40話 厄介事の種
「なるほどねえ……。魔王様はあなたに報酬を約束し、あなたは魔王様に労働を提供する。英雄と言っても健全な労働者とあまり変わらないのね」
「そうですね」
「でも自分の能力を只では提供しない姿勢は好感が持てるわあ。だって、そんなの気持ち悪いじゃない?」
「……俺も概ね同じ意見です」
意外にもヴェリルの考え方は俺の考え方に近かった。
彼女の言うとおり、何の見返りも求めずに命がけで働く奴などいい奴を通り越してただただ気持ち悪いだけだ。
ましてやそんな奴に重要な仕事を任せるなど以ての外だ。
利益によってではなく、自分の信念によって動く者はその信念が変われば何の罪悪感も抱かずに裏切る。
労働と報酬によって結ばれる契約は、報酬を受け取る権利を保障する代わりに労働の責任を負わせるいわば鎖だ。
相手の力が強ければ強いほどその鎖は重要な意味を持ち、それが無ければいつ飼い主の手を噛むかも分からない猛獣を放し飼いにするようなものだろう。
「あらあら……、野蛮な人族にもあなたみたいなお利口さんもいるのねぇ」
「……たまたま俺とあなたの考え方が似通っていただけです。俺自身、頭はあまりよくありません」
「あなた、自己評価が低いのかしら?六英雄なんて言うくらいなのだから、もっと傲慢な人物を想像していたのだけれど?」
「それに関しても、優れているのはあくまで六英雄の加護そのものであって俺自身ではありませんので」
俺の頭が良くないは本当だ。
学校ではそれなりの成績をとっていたつもりだが、それは単純に周囲よりも俺の勉強時間が多かっただけで別に頭が良かった訳では無い。
この国が頼りにしているのも、俺自身ではなく六英雄の加護だ。
そう考えると、俺には本当に何も無いな。
人を惹き付けるカリスマ性も、優秀な戦略を思いつく頭脳も、見目麗しい容姿も、何も無い。
あるのはどこの誰に与えられたのかも分らない六英雄の加護のみ。
これで傲慢になれというほうが無茶だろう。
「私のビジネスパートナーになるならもっと自信家でいてもらいたいのだけど」
「性分ですので」
彼女、今ビジネスパートナーと言ったか?
まだ手土産に持ってきている素材は出していないのだが。
もしかして比喩的な表現だったりするのだろうか。
「ビジネスパートナーと言うのは?」
「そのままの意味よ」
そのままの意味らしい。
「アーネちゃんからあなたの事は事前に聞いていたわ。ただ彼女の事は信用しているけれど、やっぱり実物を見てみない事には判断ができないじゃない?私、重要な商品は自分の手で触って、味わってその価値を見定める事にしてるの」
いかにも商売人らしい考え方だ。
というか俺のこと商品として見ていないかこの女。
「その結果、あなたは合格よ。今のところはね」
「そうですか」
アーネからどこまで俺の情報を聞いているのかは不明だが、一体何を以ってして合格なんだ?
俺、この部屋で毒煙吸わされてセクハラされただけだぞ。
「でも油断しないでね。あなたが使えないと判断したときはすぐにでも切り捨てるから」
「肝に銘じておきます」
今切り捨ててくれよ。
俺はそちらからの余計な干渉さえなければいい。
なんだかこの状況だと俺の方から彼女に自分を売り込んだみたいではないか。
先ほどからどんどん変な方向に話が進んでいるような気がする。
「とりあえず今後は素材、魔道具、アイテムの売買がしたければこの『毒蛇御殿』までいらっしゃい。『ヴェノム商会』傘下の店でも良いけれど、ここに来れば私が直々に鑑定して差し上げるわ。冒険者ギルドを含んだどの場所よりも良い取引をして差し上げましょう」
絶対に嫌なんだが。
まだ出会ってから間もないが、ヴェリルは俺にとってかなり苦手な部類の人物だ。
今まで会ったどの人物よりも警戒心が強い上に頭も切れる。
いいように使われる未来しか見えん。
「安心して?私はどれだけ嫌いな相手でも不誠実な商売はしないわぁ。私にも商人としてのプライドがあるし、代表である私が『ヴェノム商会』の看板に泥を塗るようなまねはしない。その相手がたとえ人族でもね」
「そうですか」
安心の意味知ってる?
そんなこと言っても逆効果だろ。
まぁいい、ここに来るのも最初で最後だ。
今のところ物を売買する予定は特に無いし、どうしても必要になったら『ヴェノム商会』以外の店に行こう。
「とりあえずは、そうね……」
彼女はおもむろにポケットから手のひらサイズの結晶を取り出した。
あれは確か『念話結晶』。
遠く離れた相手との通信を可能にするたいへん便利な魔道具だが、その分貴重で非常に高価なものだったはず。
嫌な予感しかしない。
頼むからもう帰らせてくれ。
「サーシャ、今すぐ私の部屋にいらっしゃい」
誰だよ。
2人きりでの会談じゃなかったのかよ。
ほどなくして扉の前に現れた黒い渦から何者かが出てきた。
ヴェリルと同じ紫色の髪をツインテールにした利発そうなラミアの少女だ。
「紹介するわ。私の一人娘サーシャよ」
「はじめまして英雄様。サーシャと申します」
少女がペコリとお辞儀してくる。
お辞儀をする瞬間、彼女がぺロリと舌なめずりをしたのが見えた。
母娘でよく似てますね、どことは言わないが。
「ではあなたに最初の仕事を与えましょう」
結構です。
そう言えたらどれほど良かったことだろう。
「あなたにはサーシャの護衛を頼みます」
「よろしくお願いしますわ。英雄様♪」
サーシャとヴェリルが二人揃って舌をチロチロさせながら微笑んできた。
…ロボに断ってもらおう。




