23話 ぶつけられた激情
「ねぇ、少し付き合ってくれなーい?」
俺と『暁の傭兵』の合同探索の二日目、もう日が沈もうというタイミングでラビスがいつものどこか間延びしたような声で話しかけてきた。
「付き合う?」
「そうそう、今日は高危険度のモンスターに会わなかったでしょ?体動かし足りないんだよねー」
「……もう皆、野営の準備に取り掛かってる。体が動かしたいなら手ごろなモンスターでも狩ってきたらどうだ?」
「食料ならまだ町から持ってきたのが十分残っているぞ?」
なんとか面倒事を避けたい俺は、彼女の欲求を別の形で発散させようとしたがその思惑はレドによってあっけなく粉砕されてしまった。
「だって。いーじゃんちょっとくらい。手合わせして親睦を深めよーよ?」
「悪いが俺は疲れてる。他のメンバーを誘ってくれ」
そう言って逃げるように彼女から離れる。
嘘は言っていない。
睡眠をとらなくても体力的な疲れは無いが、精神的な疲れは別だ。
やらなくていいことは極力やりたくない。
背後からラビスが俺の首に腕を絡ませ、囁いてくる。
「嘘吐き」
普段ののんびりとしたトーンとはまるで違う冷たい声。
というか嘘じゃないんだが。
彼女の身長は俺より少し低いくらいなので、その声はすぐ耳元で聞こえる。
「ごめんごめん、言い方が悪かったねー。…少し付き合えよ六英雄」
そう言って俺の首から腕を離し、返事を待たずに彼女は前方の森の中を進んでいく。
一部始終を見ていたであろうロボが、俺の隣に来た。
「少しだけ、彼女の我侭に付き合っていただけませんか?」
「……」
「もちろん無理にとは言いません。どうしてもディアボロ様の気が向かないと言うのであれば、彼女には私から話をつけておきます」
「……これは必要なことなのか?」
「はい。恐らく、あなたにとっても」
含みを持たせるような言い方をしないでくれよ。
これでは嫌でも行くしかないではないか。
「私も同行します。万が一は絶対にありません」
「分かった」
俺は気が進まないながらもラビスが消えていった方向に歩みを進めた。
はたしてロボの言う『万が一』は俺とラビス、どちらを心配しての言葉だろうか。
「やっぱり先生も来ちゃったかー……」
ラビスは少し開けた場所でシミターを振るっている。
彼女の姿を目にする前からその風を切る音は俺の耳にまで届いていた。
「はい。万が一の事態に備えてですので気にすることはありません」
「『万が一』、ね」
俺はラビスから視線を外さずに彼女の前へと移動する。
シミターが俺の喉元に振るわれた。
俺はエンドレスダークを展開し、振るわれたシミターと喉元の間に腕をねじ込む。
鈍い金属音が鳴り響き、少し火花が散った。
どう見ても殺す気だろこの女。
続けざまに彼女は次々と斬撃を浴びせてきたが、それを悉く受け止め、払い、弾き返した。
六英雄としての加護が無ければ一撃目で死んでいただろう。
背中を嫌な汗が伝う。
ロボが動く気配は、ない。
「防戦一方?武器も使わないで、それで手合わせしてるつもりー?」
「この鎧自体が俺の武器だ」
「ふーん……」
彼女は俺から間合いを取り、鼻唄を歌いながら独特のリズムでステップを踏み始めた。
いつの間にか日はすっかり沈み、夜空には青白い月が浮かんでいる。
彼女の能力の高さはモンスターとの戦闘である程度把握していたが、認識を改めなければならないかもしれない。
兎人特有の俊敏性は想定内だったが、一撃一撃が予想以上に重い。
これは兎人の種族的な特性ではなく彼女個人の能力なのだろう。
装備の隙間から覗く筋肉を見れば容易に察せられる。
俺が知る限り兎人は基本的に筋力が低い種族だったはずだ。
あれは彼女が後天的に身に付けたものだ。
日々の修練がもたらした成果に違いない。
ステップを踏む彼女の輪郭が、ブレる。
リズムを刻んでいた足音が、増える。
「…いつまでもスカしてんじゃねえぞ!!」
ラビスが三人に増えた。
彼女が怒声を上げながら襲い掛かってくる。
スキルの類だろう。
先ほどより明らかに手数も斬撃の重さも増している。
目の錯覚などでは、ない。
普段の彼女からは想像も付かないような叫びをぶつけてくる。
「私程度、わざわざ自分から攻撃するまでも無いってか!?疲れて動けなくなるのを待ってんのか!?子供のままごとにでも付き合っているつもりかよ!!」
「そんなに私は弱いのか!?」
「私たち『暁の傭兵』がまるで歯が立たなかった第五危険度のモンスターの群れを簡単に壊滅できるほどのお前からしたら、うっかり私を殺してしまうのが怖くて武器も使えないよな!?」
「……私がもっと強ければ!ダイアナは死ななかったのに!!」
俺は何も言い返せなかった。
答える言葉が無かったのではない。
彼女の激情に圧倒されているのだ。
だがここだけは。
ここだけははっきりしておかなければならない。
俺は自分を無理やり奮い立たせ、既に体力が尽きかけ、一人に戻ったラビスの胸倉を掴み、引き倒した。
「まだ言いたいことがあるなら好きに吐き出せ。何を言っても構わん」
彼女の頭を掴み、顔を逸らせないようにし、真正面から睨み付ける。
「それで?そのあとにお前がすべきことは何だ?」
「それは……」
「同じ思いをしないように、今度こそは仲間を守れるように、自分が強くなるしかないだろうが!」
この世界に来て初めて怒鳴り声を上げた。
恐らく俺も冷静ではないのだろう。
だがこれだけは言っておかなければならない。
「その時出せる全力を出して戦ったんだろうが!だったら前を見ろ!あの時こうしていればなんて考えてる時間がどこにある!!」
「う、ぐ……」
「『私がもっと強ければ』?寝言は寝て言え!仮定の話に何の意味がある?」
「……」
「ダイアナのことを忘れろなどというつもりは毛頭ない。ただ、今いる仲間のために何ができるかも考えるべきじゃないのか……?」
あぁ、本当に気持ち悪い。
吐き気を催すほどの自己嫌悪に苛まれる。
俺がこんな偉そうな事を言える立場じゃないのは分かっている。
俺は人族の英雄で、ダイアナの危機に間に合わなかった男だ。
あの日から自分には関係の無い話だと、別に面識の無い相手が死んだだけだと、割り切ることができずいつまでも気分が悪いままだ。
俺はようやく冷静さを取り戻し、彼女から手を離した。
ラビスはその真っ赤な瞳からボロボロと涙をこぼしている。
思わず後ずさる。
「……ディアボロ様」
「ロボ、すまない。冷静さを失っていた。彼女にも、本当に…」
言葉が上手く出てこない。
何をやっているんだ俺は。
「あとのことは私にお任せください。あなたはもう休んでください」
「……」
その場から逃げるように離れる。
背後からロボの声が聞こえてきた。
「ありがとうございます」
俺にはその言葉の意味が理解できなかった。




