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気づいたこと

「ちょっと…考えさせて」

アナスンはその場を泳いで去ってしまった。


──わたしが、ジュールと結婚…


そんなこと考えられない、とアナスンは思った。


ジュールのことは大好きだけど、彼はただの友達で、決して恋人ではない。


そう、決して恋人ではないのだ。

アナスンは自分にそう言い聞かせていたが、どうしたわけか、わずかな胸騒ぎが残っていた。




「おい、アナスン」

その日の夜、アナスンは父王に呼びかけられた。

「なあに?お父さま」

アナスンが父王に泳ぎ寄る。

「アナスンも、もうすぐお婿さんを探さないとね!」

父王が何か言い出す前に一番上の姉が前に出てきた。

「お婿さん…」

「あなたは賢いし、とってもかわいいから、きっといい人が見つかるわ!」

今度は二番目の姉が前に出てくる。


ここでアナスンは気がついた。

そういえば、5人の姉のうち4人はすでに嫁いでいるのだ。

4人の姉がここにいるのは、あくまで王族としての義務である公務のためで、住居は別にあり、そこで夫と暮らしている。

うち2名は、すでに子どもも産まれていた。


四番目の姉は未婚だが、婚約者がすでにいる。

ともなれば、祖母や父王、姉たちが次は末娘にあたるアナスンの結婚相手を探そうと考えるのは当然の流れと言えよう。


「そんな…わたし、結婚なんてまだ考えられない…」

「そんなことを言って勿体ぶってると、ステキな殿方にはなかなか巡り会えないわよ!」

と一番上の姉。

「そうよそうよ!いい人ほど早い者勝ちなんだから、お婿さん探しは早くから始めるべきよ!!」

二番目の姉が続いてまくし立てる。


「まあ、無理にとは言わないが…姉さんたちの言うことも一理あるとは思わないか?アナスンよ」

「そりゃあ、そうだけど…」

父王と姉たちの言っていることも、一切間違ってはいない。

それに、この世界の王族は、結婚することが義務とされている以上、避けても通れぬ道なのだ。


「お前、どんな男が好きだ?そんなにすぐには好きになれないだろう。だから、何度か会ってみて、意気投合した男の中から決めるというのも悪くないと思うぞ。それとも、すでに好きな男がいるのか?」

父王が尋ねてきた。


「好きな男の人…」


結婚したいと思うぐらいに好きな男の人なんて、いない。

わたしはまだ15歳だし、前世でさえまだ17歳だったから。

結婚とか、子どもを産むなんて…未だに想像できない。


「ねえ、彼はどうなの?」

あれこれ思索しているうち、一番上の姉に声をかけられて、アナスンはハッとした

「彼?」

「ほら、あなたがよく会っている彼よ!」

「ジュールのこと?ジュールは……ただの友達で…」


そう、ジュールはただの友達だ。

プロポーズこそされたけれど。


「ホントにそう?」

二番目の姉が詰め寄ってきた。

「…そうよ、ただの友達」

「じゃあ、彼がほかの女の子と結婚しても、「おめでとう」って祝福できるわよね?だって友達なんですもの」


「それは…」


ジュールが他の女の子と?

それは考えられない。


そんな発想に、アナスンはハッとした。

どうしてそんなことを考えてしまうのだろう。


アナスンは、黙ったままその場で考え込んだ。


「……ねえ、お父さま。わたし、近いうちに結婚したい相手を連れてくるわ。だから、婚約者探しなんてしなくていい」

しばらくその場で黙っていたアナスンは、口を開いたかと思うと、そのまま泳いで行ってしまった。


「アナスンたら、ようやく自分の気持ちに気づいたのね」

「ホント、素直じゃないんだから」

2人の姉は、去っていくアナスンの背中を見守りながら談笑する。

「お前たち、妹に意地悪するんじゃない」

父王が2人を諫める。


「あらやだ、お父さま。意地悪なんかじゃないわ」

「むしろ背中を押してやったんですもの、感謝されてもいいのではなくて?」

「あれほどまでにできた殿方、ほかにいないですしね」

「彼ったら、アナスンのために海の魔女と危険な賭けをしたそうですわよ?そんな殿方、めったにいないんですから。彼とアナスンが結婚すべきだって、お父さまも思っていらしたんでしょう?」

2人はクスクス笑った。


「わかったわかった。お前たちはもう帰りなさい。夫と子どもが待っているだろう?」

「はあい、また明日!」

「さよなら、お父さま!」


まったく、あの子たちのお転婆も相変わらずだなと父王は呆れた。




一方、宮殿から去っていったアナスンは、ジュールをさがしていた。

心当たりを片っ端から探し回ってみても、なかなか見つからない。


ひょっとして、自分のことが嫌いになって、どこかへ逃げていってしまったのだろうか。

そんな嫌な予感がよぎった矢先、見慣れたシルエットを見つけた。


「あっ、ジュール。いた!!」

「……アナスン」


呼びかけられたジュールは、心なしか落ち込んでいるように見えた。


きっと、わたしのせいだ。

わたしがプロポーズから逃げたりなんかしたから…


「ジュール。さっきの答え、まだ言ってなかったでしょう?」

「え?う、うん」

ジュールがピクリと体を震わせた。


「いつまでも答えをはぐらかすわけにはいかないから、言うわね……わたし、あなたと結婚するわ!!」

アナスンは思い切って、心の内を明かした。





アナスンはようやく自覚した。

思えば、自分はずっと前からジュールのことが好きだったのだ。

ダイオウイカだったときから、いつもそばにいてくれて、ときには危険から守ってくれて、自分の家族に認められるためだけに、危険な賭けに出てくれた彼のことが。

ずっとずっと好きだったのだ。


だから、ジュールがほかの女の子と仲良くするたびに胸騒ぎがしたし、そうでなくても、ずっと胸に何かか支えていたような感じがしていたのだ。


その胸の支えの原因が何か、アナスンはようやく気がついた。


「ホント?ねえ、ホント⁈」

ジュールは信じられないといった顔でアナスンを見た。

「ホントよ!!」

「…ねえ、アナスン。ボクの髪を思いっ切り引っ張って!」

「どうして?」

「いいから!」

ジュールがあまりにいうものだから、アナスンは言われた通りに、ジュールの金色に光り輝く髪をグッと引っ張った。


「いたたた!やったあ、これ、夢じゃない!!」

「そうよ、夢じゃないのよ!わたしたち、結婚しましょう!!」

2人は手に手を取り合って、その場で優雅に踊った。




アナスンとジュールが結婚するという話は瞬く間に国中に広まって、2人はきらびやかな宮殿で、父王と祖母、姉やその夫や子どもたちや、その他大勢のたくさんの人魚たちに祝福されながら、結婚式を挙げた。


その中で、ジュールに心を寄せていた少女たちは残念そうにしていたり、アナスンのことをアイドルのように慕っていた男性たちは複雑な心境だったようだが、最後には祝福してくれた。




「やれやれ、ここまでたどり着くのに、どれだけかかっているのやら。面倒なもんだねえ、お姫様も元ダイオウイカの人魚もさ!」

唯一、こんな未来が来ることを知っていた海の魔女だけは、祝福ムードに呑まれることなく、岩のテーブルセットに腰掛けながら、優雅に水晶を眺めていた。


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