【異世界召喚ですか?】後編
この世界では魔力を使い、特殊な技を使える人間が多種多様に存在するらしい。
基本の属性魔法は、光・闇・地・水・炎・風なのだそうだ。
通常では考えられない計算能力を持つ“算術の才”、鋭い味覚を持ち料理の味を思いのままにできる“料理の才”、薬草を調合し薬などの効果を高める“調合の才”、普通の人間より重い物を持ち上げる“腕力の才”などがあり、これらを使用するには魔力を消費するとイスマエルに昨日教わったばかりだ。
アイドルグループ三人組の・・・ちがった、聖女の世話係の三名の“才”については、まだまだ私の理解の範疇ではないので、そのうちゆっくり説明してくれるそうだ。
では、召喚された聖女はどの属性魔法で、どんな“才”を持っているのか? と、質問すると。
「我々の世界が召喚する聖女は特に属性は決まっておらず、求めるのは“癒しの才”・“浄化の才”・“復活の才”なのだが、たまにハズレもある」
“ハズレ”ってなんだよ? 勝手に呼んどいて失礼だな! と、私が言うと、少し首を傾げて。
「ふむ・・・我々が希望した“才”とは異なる聖女も歴史上存在したらしい、何せ聖女の“才”とは未知数だからな」
まあ、とりあえず私は最初に“生命の水”の浄化を成し遂げたので、能力に問題はないらしい。
でも、「私、うつ病患者なのですが?」と、言ってみたが通じなかった・・・。
鼻先に痛みと、息苦しさを感じて、慌てて口呼吸に切り替えて起きた。
「ぶはっ! 苦し・・・」
瞼を開けたら、部屋に入る光の洪水・・・と、ナトンがニヤニヤしながら私の鼻をつまんでいた。
私はその腕を夢中で払った。
「殺す気かっ! 女子の鼻つまんで起こすってどーゆー事じゃ!?」
寝床から起き上がり、ショタコン大好物キャラ顔のナトンに苦言を飛ばした。
悪びれもせず、両手をひらひらして笑顔でとぼけている。
「あははっ! おはようヒロコ! 今日もこの世界でキミは生きてるでしょう?」
「ナトン君・・・何を確認しているの?」
私は羽根布団をはみながら、ナトン少年を睨んだ。
「だって、もう3日もヒロコは部屋に閉じ籠っているからさ、まだ僕達のいる“この世界に生きている自分を否定している”のかなって思ってさ」
ドキリとして、はんでいた羽毛布団を口から離した。
背中に一筋の汗が伝った・・・。
「な・・・なかなか鋭い事をおっしゃる」
「おお、当たったんだ! ・・・まあ、ヒロコが最初から軟弱なのはわかってるけど、閉じ籠るのは良くないよ?」
(“軟弱”ねえ・・・)
「ちょっと病気のせいで動くのが辛くて・・・」
「そうなんだ・・・ヒロコに元気を出してもらう方法とかないのかな? あ、そうだ、医者の“鑑定の才”で見てもらおうよ」
「“鑑定の才”?」
「病気の原因を診てもらう魔法の一種だよ」
婚約者の証をマクシムに無理やりつけられた私は・・・3日間“寝逃げ”している。
「やっぱり、マクシムがあんな事したからショックだった? 僕も悪かったよ、ゴメン、ヒロコの気持ちも考えないで強引に話を進めちゃって、でもね・・・」
「あの! 私、怒ってないし、ショックってほどでもないし・・・マクシムも、ナトンも全然悪くないと思ってるから、大丈夫だよ! 私がすぐに寝込んじゃうのは、やっぱり・・・メンタルが豆腐だから~・・・」
自分で言ってて、凹んでしまう。
みんな私に気を使ってくれて、この部屋には身の回りの世話をしてくれる侍女と、忠誠を誓ってくれたイスマエルしか顔を出さなかった。
放っておいていてくれて、すごくありがたいのだ。
ウツ病患者としては、特に。
「“メンタルが豆腐”の病気ってなんだろう・・・?」
ナトンは真剣に悩んでいる。
(語彙力がなくてスマン・・・)
「あ~、それよりマクシムの行動の原因をちゃんと説明しておこうと思って」
私は、ナトンの行動ひとつひとつに、ちょっと感動している。
明るくとぼけてはいるけど、一歩引いて、上手くみんなを繋げてくれているのだ。
黄緑色の宝石みたいなナトンの瞳が、朝日に照らされて、まるで・・・。
「そういえばこんな色の珍しいキャッツアイがあったなあ」
私はつい、ナトンの瞳を見つめすぎて顔を近づけてしまった。
「ヒロコ、後ろのイスマエルが僕を射殺そうとしているよ・・・」
確かにすごい殺気だ、ヒンヤリとした空気が部屋に充満している。
きれいな灰色の髪は、相変わらずマジメっぽいオールバックにキメキメのくせに、黒縁メガネの奥には吸い込まれそうな海色の瞳・・・性格はいまいち掴めないところがる。
(あのソラルさまの息子だ・・・言い寄って来る女子は沢山いるだろうに、おねーさんはキミが心配だよ)
「ナトン、作法の勉強はどうした?」
「ええ~? まだ先生が来る時間じゃないよ」
「いいや? おまえ自身の今現在の作法の問題点に、まったく気が付いていないのは、ちゃんと勉強をしていないから・・・ではないのか?」
「おぉうっ! 随分とエッジの効いた嫌味だね!」
私は今日も嫌味が冴えているインテリ眼鏡のイスマエルに、あるお願いをした。
※ ※ ※ ※ ※
爽やかな春を告げる風に、甘い花の香りが混じり、鼻先をかすめた。
「なぜ・・・外で昼食を食べるのです?」
イスマエルの声質もソラルさまに似ていて、耳に心地よかった。
「え? 天気が良いし、風が気持ちいいから、みんなで食べたら楽しいだろうなあっと、思って」
そういえば、自分が城のどこに居るのかもまったく考えてなかったな、と、気が付いた。
だって・・・さすがに、朝起きて、ご飯食べて、夜眠って、また・・・この世界で目が覚めて生活が始まるとは思っていなかったのだから――――。
城内見学のついでに、“生育の才”を持つという庭師自慢のバラ園に、ピクニック気分で昼食を食べる事をイスマエルにお願いしたのだ。
先程から敷物の端の方で金髪碧眼の美青年のマクシムが両膝を抱えている。
こないだの騒動の後、マテオGにナトンとマクシムは廊下に正座をさせられ、思いっ切りカミナリを落とされたらしい、しかも、本物も・・・さすが小さくても宰相様だ。
(すみません。私はそんなマテオ宰相様に初対面でキレ芸を披露しました)
午前の勉強時間から解放されたナトンは、敷物の上で昼食の準備を私と一緒にしていた。
うん、いたずらっ子だけど、いい子だな。
イスマエルは侍女さんと一緒に必要な飲み物などの確認作業に余念がない。
うん、とてもまじめだ・・・たまに“かまってちゃん”に化けるのが不思議だ。ツンデレの“デレ”がわかりにくいよ。
彼らは何故か、私がこちら側に召喚される寸前まで、仕事で担当していた書籍のキャラクターに似た感じがする。
まあ、テンプレ的な姿形だけなのだけれど。
マクシムのキャラは俺様っぽくて、あんな両膝抱えて反省するタイプじゃないし。
ナトンのキャラはこんな大人びて、周りに気を使うタイプじゃない。
イスマエルのキャラは確かにインテリ眼鏡ツンデレキャラだけど、“父さんかまってちゃん”には化けない。
(あれ・・・? なんか忘れているような・・・ま、いっか!)
私が派遣社員で働いていた部署は、同じ社内で配信サービスをしているゲームの“書籍化プロデュース部門”だった。
これが上層部の見切り発車が原因で、てんで上手くいかない。
シナリオライターが死ぬ気で書いた素晴らしい脚本を、いいとこどりする三段腹のリーマンクリエイター&ハゲおやじどもは素人同然の企画書を通して、私の部署に爆弾投下してくるのだ。
それをちゃんとした書籍化への枠組みにはめ込んで、出版社さんと色々と調整するのが仕事だった。
そのキャクラター達だって、結局、神絵師と直接バトルしたのは私だ・・・特別マネジメント報酬が発生する仕事内容なので、派遣社員がやったなんて上層部に報告できなかったのだが・・・私がゲーム・ネット小説・印刷事情に詳しかったからなんとか仕上がった。
それな・・・会社の大きな決裁権が必要な仕事で守秘義務も厳しいから、本来は派遣社員がやっちゃいけないんだぞ? コンプラ違反を孕んでいるので、良い子はマネしないでね!
うん、成功報酬はすべてアホ課長の懐行きだったな――――。
そういや、初回特典のポストカードの追加発注が間に合わなくて、最後までクレーム対応で終わったな。
(やっべ、自分が社畜すぎて涙出てきた)
え? そのゲームの世界じゃないかって?
ぜんぜん違うんだな、これが! 主人公は聖女じゃないし、ソラルさまみたいな“イケおじ”もいないし、あんな可愛いマテオGも出てこない。
ゲームキャラクターを4人から選んで、現国王を闇に葬って、6つの国を統べる皇帝陛下に下克上を仕掛けるというシナリオなんだけど・・・これがTwitterでBLカップリングアンケート取った犯人のせいで、腐女子を中心にドル箱に大化けしたんだよ!
みなさま、そのTwitter犯・・・もうお気づきですよね?
ステマするつもりはなかったんです!(ペコリ)
そういえば、書籍化初回特典のキャラクター8枚分の神絵師の書いた原稿(原画)・・・本当に私が貰ってよかったのかな? まあ、神絵師には既にキャラクター作画などなど契約全部、私が出版社に渡りつけたし(神絵師&ファンの為にも、ここ大事! だって、次回作の絵が変わったら悲鳴ものじゃん!)出版社にも、勤めていた会社にも小説とキャラクター使用料の契約書しっかり渡したし。
アホ課長が「挿絵とかの原稿保管はやったことないから、おまえにやるよ! 電子で原稿あるから大丈夫だ。お前の成功報酬だよ、ガハハハハッ!」って言ってたしな、アホ課長に版下・扉絵・挿絵・神絵師・著作権・キャラクター使用料とか説明するのが面倒くさいから、スルーしといた。
ちゃんと原稿の受渡し内容も、原稿所在の確認として変更不可の課長の承認サイン&押印付きPDF資料を添付して、メールで部署全員にCC付けておいたから大丈夫!
どうせ当のアホ課長は返信不要のメールだから放置してると思うよ?
派遣社員の私は、本来はそこまで責任を負わないはずだし、色々と課長がやった事になっているからね。
結局・・・“成功報酬”幾らもらったんだよ課長!
(あ~、久しぶりに回想だけで脳みそフル回転したわ)
「私って本当に・・・仕事中毒だったなあ・・・」
涙が溢れちゃったヲ。
「どうした! ヒロコ?」
超渋メンボイスが、バラ園のアーチの向こう側から聞こえた。
庭師自慢の素敵なバラが咲き乱れるアーチの向こう側は、城の本館と騎士寮をつなぐ長い渡り廊下があると先ほど教えてもらったばかりだ。
ふと声がした方向に顔を向けた。
心配そうに私を見つめる、夕刻の深い青空色の瞳がすぐ私の目の前にあった。
剣だこができているゴツゴツした指が、私の頬を拭っていた。
「どうして泣いているんだ? どこか痛いのか?」
飛んで火にいる夏の虫&据え膳食わぬは――――っ!
ソラルさまゲーッツ!
もちろん思いっ切り抱きつく。
私とソラルさまの身長差を考えると、ソラルさまはユーカリの木で、私はそれにはり付くコアラ状態だ。
(スーハースーハー・・・ええオスの匂い・・・ぐはっ、幸せ最上級!)
「ヒロコ・・・勇気を出して外に出たんだな? がんばったな」
ソラルさまに抱きつけた上に、頭をなでなでして貰った。
(これでご飯三杯イケます!)
しかも、左手は腰に回してもらうというスペシャルご褒美!
(誰かぁ! このシーンを写メに撮ってぇ! 一生モノのお宝にしますから!)
でもちょっと視線が痛かった。
(サーセン、調子に乗りました・・・)
「ひぃろぉこぉぉぉっ! 俺という婚約者がいながら何故、他の男の腕の中に飛び込むぅ!!」
ユラリと、さっきまで両膝を抱えていたマクシムが立ち上がった気配がした。
「あ、マクシムが立った!」
ナトンがなんか言ってる。
「お、復活したか? マクシム?」
イスマエルもマクシムが立ち上がった方に意識が向いてるね? よしよし。
もう少し、もう少しで、ソラルさまのフェロモン発生源の脇下に鼻が届く!
「ヒロコ、ちょっとくすぐったい」
あ、正気に返った・・・主に私が。
「ご・・・ごめんなさ~い」
今後の為に、反省したフリだけしておくよ。
最終的にソラルさまから私を引きはがしたのは、イスマエルだった。
「はいはい」という感じで、濡れた冷たいおしぼりを手渡してくれた。
やっぱできる男は違うね!
「では名残惜しいが、私は騎士の訓練指導がまだ残っているから退散するよ。イスマエル、ヒロコを頼むぞ」
「なんだその自分の所有物的な発言は?」
(おっ!イスマエルさん、“お父さんかまって”モードですか?)
薄いマントを翻して美しい姿勢で、騎士団長ソラルさまはバラのアーチの向こう側に去って行った。
「チッ・・・あの渡り廊下から、どうやったらここが見えるんだよ! 絶対あれ猛禽類レベルの視力だぞ?」
上品なはず(?)のマクシムが悪態をついている。
といか、今まで猫かぶってたな? こいつ。
その横で、眼鏡の中心を押し上げながらイスマエルがつぶやいた。
「いや、ヒロコの体液の匂いに反応したんじゃないか?」
「うっわ! その方がかなり怖いよ?」
イスマエルさんや? さすがのナトンも私もその表現にはドン引きだぁ。
マクシムはちょっと拗ねているけど、落ち込んだ気分は浮上したらしい。
侍女さんは飲み物の供給だけで、敷石の上でワゴンと共に控えてくれている。
「はあ~、目の前に自然があると落ち着くねえ~」
サンドウィッチを頬張りながら、私はお気に入りのフルーツティーを美味しく頂いている。
「ふむ、質素な食事でも外で食べるとなかなかに・・・いいな」
「イスマエル、このサンドウィッチのどこが質素なんだよう!」
豪勢なローストビーフ入りのサンドウィッチをナトンは指さしながら言う。
「マクシム? ちゃんと食べてる?」
「はい・・・ちゃんと、頂いてます」
私も、みんなもクスクスと笑う。
「マクシム?」
「なんですか? ヒロコ・・・さま」
「もう猫かぶらなくていいよ、“様”なんていらないよ」
「ばれてたか・・・ちえ・・・」
「私は全然上品じゃないから、畏まられると返って恥ずかしいよ」
「う~ん、そうかな? ヒロコは結構いい感じだよ?」
「いやぁ? 締めるとこは締めるけど、私、基本は口が悪いからね?」
私と接する時間が多かったイスマエルが肩を震わせている・・・そうか、そんなにおかしいか!
表情豊かに私は眉を少々ひくつかせてしまった。
鬱が酷かった時は、表情筋がまったく動かせなかった。
口と顎が重だるくて、上手く口が回らないのが怖くて、会話もままならなかった。
食べ物の味もほとんど感じなくなっていた。
でも、今はちゃんと食べられている、会話も楽しくできる、他人と一緒にいて笑うことも、涙を流して泣くこともできてる。
私は半年ぐらい感情によって涙を流す事さえなかった時期がある。
休日は布団から出られず、這ってトイレにいく、唯一私の命をつなぐものは熱湯と冷水をボタン一つで供給してくれて、水のボトル配送も玄関置きで済む、ウォーターサーバーだった。
あれはありがたい、めっちゃありがたい! 震災でガスが一時止まった時も、あのサーバーで安心感が全然違った。
「ヒロコ・・・ごめんなさい」
「ん? マクシム、なにが?」
「勝手に婚約者の証を付けちゃって」
「本当にそうね、いい迷惑だったわ」
「ううう・・・」
「でも、もういいわ。びっくりしたけど怒ってないよ?」
「ほら、マクシム! ちゃんと自分から話すってさっき言ったじゃん」
ナトンにマクシムが背中を叩かれている。
(おいおい、どっちが年上だか、お姉さんわかんないよ!)
そして、マクシム・ナトン・イスマエルは、異世界の私にも判りやすくゆっくり話しはじめた。
聖女の召喚についての説明と、何故、マクシムがあんな事をしてまで、もう一人の聖女の世話係になりたくなかったか。
この世界に召喚されたのは、私の方が先だったのだ。
あの“星霜希水の間”・・・すごく明るかったが、とても長い年月をかけてこの星を循環した“生命の水”が湧き出る、この国の最上級の神聖な場所で、かなり地下にあるらしい。
その生命の水を盗もうとする悪党もいるので、正確な場所は一部の人間しか知らないのである。
生命の水はとても些細な事でもすぐに反応するらしく、水の様で水でないもの、この星の血液と呼ばれているという。
だから、私が濡れているようで、濡れていなかったのだ。
要するにこの星の血液が、貧血と汚染された状態だったという。
私があそこに召喚される寸前まで、生命の水は濁っていたらしい。
こちら側に私が辿り着いた途端、あの状態・・・キラキラし始めたという。
というか、水が金ラメっぽく光っていたのを見たのは、マテオ宰相・4人の世話係候補・東西南北の扉に立っていた4人の騎士だけで、その金ラメっぽく光った事実はマテオ宰相が、かん口令を引いた。
あ、この部分は侍女さんには席を外してもらっていたので大丈夫。
どうやら、それがバレると私が一生城から出られなくなる恐れがあるのと、皇帝陛下に知られてしまうともっとヤバイらしい。
なんか、今後の研究の為に生きいていても、死んでいても・・・研究材料とかに・・・あ、これ15R引っかかるレベルなので伏せておく。
下手したら私、軍事兵器?みたいな? 望まない感じで子供産まなきゃなんない・・・て・・・怖いわっ! そこは18禁だわ!
私が倒れて運び出された後に、召喚士の選手交代をして、聖女召喚の第二弾が始まったのだけれど、それで金ラメが出たかどうかは、4人の騎士と4人の世話係候補と、もう一人の宰相しかわからないんだって。
(まだ他に世話係候補っていたんだ!)
でも、濁った水はもう私が浄化しちゃったから、もう1人の聖女の実力ちょっとわかんないって、言ってた。
マクシムとナトンは金ラメ状態は目撃してないとの事です。
秘匿事項か・・・「え? じゃあソラルさまは大事な目撃者なんじゃない?」って言ったら、イスマエルは「その話はまた今度」って、私の質問が長くなりそうだから受け付けないって、バッサリ切られた・・・ぐすん。
二人目の聖女は真っ黒ショートボブの私と違って、明るい茶色で長髪のボンキュッボンのかわい子ちゃん・・・どうせ私は童顔の関東平野ですよ! ええ、化石も産出しないような関東ローム層で、特徴的な魅力もないですよ!
けど、マクシムが言うには、召喚した時の感じた温度が違ったんだって。
「温度? え? 部屋が寒かったとか?」
「ちがう、なあ? ナトン」
マクシムがナトンに同意を求め、ナトンが頷いた。
「ブリザードを吹かせるイスマエルは、もうヒロコの世話係に決定していたから、その場にはいなかったし」
「は? ブリザード?」
「まあ、できてもあの場ではやらんがな?」
「イスマエルは風と水属性魔法士だから、氷が作れるんだよ。ゴメン、ちょっと脱線したから忘れて?」
(いや、ナトンさんや?「忘れて」って言われても・・・今、なに気にすごいファンタジーな事言わなかった?)
私は先ほどイスマエルから渡された冷え冷えのおしぼりを見つめた。
(地味に便利だ!)
「俺が感じたのは、聖女を求める心の温度だよ」
(うん、なに気にマクシムも私には理解不能な言葉を使ってるよ? 気づいて!)
「教えて! イスマエル先生!?」
メガネ君のイスマエルはちょっと困った顔をした。
(お、珍しい反応だ)
「ヒロコ、ちょっと話の流れをもう少し聞いてくれ」
「はい・・・」
「その・・・なんというか、最初のしんどい召喚士を介抱するヒロコを見た後で、アレはないと思った」
「うん、アレはないな・・・ていうか、彼女の反応こそが普通なんだけどね」
「私は非難されてるの? 持ち上げられてるの? どっち?」
では、マクシム目線の回想シーンからどうぞ!
その少女は“生命の水”の噴水から現れ。
揺らめく大地を想像させる長髪、身体の曲線は細く、白いシャツに膝上の格子柄の短いスカート、大きめの紺色の鞄を肩にかけていた。
小動物を思わせる魅力的な黒い瞳と、整った顔立ちをしていた。
「ここ・・・どこ?」
彼女の声を聞いて、年老いた背の高い宰相は答えた。
「あなたが産まれた世界とは違う世界でございます“聖女様”」
「聖女? へ? これ何のコスプレイベント?」
(ん?:byヒロコ)
「いえいえ、あなたの思っているような向こう側の式典ではないと思いますよ?」
西の宰相がそう言い終わると同時に、漆黒の長髪、ルビーのような赤い瞳をしたルベンが、聖女の手を取り、噴水から連れ出した。
「ひゃあ! 萌え! マティアス様の2.5次元版?」
(んん?:byヒロコ)
「ウホン!」
宰相は咳払いをひとつした。
彼の薄茶色の前髪がその拍子に少し乱れ、琥珀色の双眸が合図だと言わんばかりに、世話係候補の俺達に向けられた。
跪く俺とナトンは、顔を上げてその少女を見上げ、挨拶をした。
「お初にお目にかかります、異世界の聖女様、マクシムと申します」
「はじめまして、聖女様! ナトンです」
(おい、自己紹介が私の時と違わないか?:byヒロコ)
(しょうがないじゃん、進行役の宰相様に合わせてるんだよ:byナトン)
「聖女? アタシが? ・・・ええ! リュカ様! それに・・・アレクシ様がっ! え? 転生!これ異世界転生ってヤツ?」
何故か彼女は混乱し、意味の解らない事ばかり話し始めたので、後ろに控えていたもう1人の世話係候補は自己紹介を省かれた。
(そこすっげー気になる:byヒロコ)
「聖女様は向こう側の死の運命を逃れ、こちら側での新たな人生を手に入れました。今ここで行われたのは、異世界召喚でございます」
(おおっ! マテオGより親切でわかりやすい説明だな:dyヒロコ)
西の宰相の一言で、少女はショックのあまりその場に崩れ落ちる。
「い・・・いや、待って! かなり楽しいけど、アタシこんな夢見てる場合じゃないの! 初回限定ポストカードの在庫があるジョンク堂へ行かなきゃ! 早く行かなきゃ、推しメンが手に入らないの!」
宰相が鋭い視線を黒髪のルベンに向けた。
「おい、ルベン、なんでもいいから“名呼び”をしろ!」
少女に手を貸しているルベンが、そっと震える肩を支え、優しく顎を持ち上げ目線を合わせた。
「マティアス様・・・アタシ現実問題として、今すぐ池袋の本屋へ行かなきゃいけないの!」
(ぬンンっ!?:byヒロコ)
「あの・・・マティアスってどなたです? 私はルベンと申します、あなたのお名前をお聞かせ下さい」
「え! ここって身分証明がいるお店なの? 名前、名前・・・あれ?」
慌てて自分の鞄についている、白い毛だらけの何かを確認した。
「聖女様・・・お名前は私が授けてもよろしいでしょうか? 異世界転移をした場合は、前の世界に自分を示す名前を置いてきてしまうものだと伺っております」
「やばい、“もふもふトリッキーくん”に入れといた定期の名前がかすれて読めな~い! そうだ、学生証!」
どうやら、鞄に付いている白い毛だらけの妙な形の物体は“もふもふトリッキーくん”と言うらしい。
「もふもふ?・・・て?」
顔面氷結をしているルベンの手を放し、彼女は自分の鞄をひっくり返し、中身をぶちまけた。
「あの・・・聖女様、大丈夫ですよ、身分証明書とか見せなくていいんですよ?」
「あああああった・・・けど、自分の好きな名前に設定してもいいの?」
「設定? あ、はい、どうぞ?」
「マティアス様に呼ばれるなら“ノエミ”がいいな!」
「では、“聖女ノエミ”私達の世界へようこそ!」
噴水の中に循環している生命の水が、ほのかに白く光り、“星霜希水の間”はマイナスイオンの清浄な空気で満たされた。
聖女ノエミはその直後に宰相達から今後の説明を受けたが、本人は納得せず「サギだ! 自分の世界に返して!」と、泣きながら叫び出したという。
召喚士四名は、先に交代したGさんズに支えられながら“星霜希水の間”からなんとか緊急救護室に運ばれたらしい――――。
私は両手で頭を抱えながらマクシスのその話を聞いていた。
そういえばもう一人、世話係候補に黒髪長髪の超絶美形がいたよね・・・タイプじゃないからすっかり忘れてたけど。
こっちの金髪碧眼マクシムの“俺様キャラ・アレクシ”風のルックスはその子の精神衛生上よろしくないかもな。
寸胴の兎っぽい“もふもふトリッキーくん”はアレクシ様の大事なペットだもの、コアなファンしか買わないよ。
そんなファンにとっては、私にソラルさまを見せるぐらいの彗星ぶち抜き弾丸級に違いない。
まあ、声優投票ではマティアス様が不動の第一位だけどね?
そうかぁ、あの声で名前を呼んで貰えるのかあ・・・って! 声まで同じじゃないと思うよ?
「うん、その子の反応は同郷としては“ある意味普通”だと思うよ・・・」
気の毒だ・・・気の毒すぎる!
だって、私のパターンから推測すると・・・その子もまた、死の運命によりこちら側に来てしまったのだ。
このままこの世界の軌道を正さないと、向こう側で輪廻転生するはずの人が、生きた軌跡も消されて、家族からも忘れられ、存在しなかった事にされてしまうのだという――――。
それぞれの宰相は命を懸けて召喚術を行った。
詰まるところ、100%の成功確率がないからこそ命をかけねばならないのだ。
実際は宰相を中心として召喚術を行使するメンバーが、どんなに優秀で素晴らしい魔力や才能を持っていても、成功確率は半分以下だという。
聖女召喚が失敗すれば、ある者は発狂し、ある者は四肢を失い、ある者は塵になると言う・・・そして、術を発動したという事実さえもどこかで消えているという始末なのだ・・・と。
なんという狂った世界に、私は来てしまったんだろう!
異世界から1人の人間を転送するのだ、失敗すれば、召喚する者もされた者も、どちらの世界にも存在できずに、肉体も精神も魂も消滅してしまうのだという。
この星の延命の為に、神の代理人と呼ばれる皇帝の命令によって、6つの国が次々と聖女召喚の準備を進めているという。
私一人では・・・いや、この国の聖女二人の力では、せいぜい定期的にこの国付近の星の生命の水を、清浄化できるのが関の山のような気がする。
(ん? 私ら定期交換の浄水フィルター扱いか? まさか、使えなくなったらポイっとかされないだろうな!)
私はとても恐ろしい事を想像してしまった。
もしかして、私の故郷の方がヤバいんでないかい?
そんな頻繁に人間が掻っ攫われるんか?
特に日本の被害が酷くて、過労死の原因になっているとか?
ほら、いつの間にこの仕事を私がやる事になったんだろうか? みたいな事ありませんか?
あ、ない? 失礼しました~!
「確かに彼女の事は気の毒だと思うんだけど・・・ヒロコの対応はもうちょっと大人の対応って感じだったし、あの聖女宣言に、俺、胸が熱くなっちゃったんだよね! もう、これはヒロコに清き一票を捧げなければっ! くぅっ!」
っと、何故か硬い拳を握るマクシムに呆気にとられた。
(マクシムさんや? 私は選挙活動をしてる政治家かっ!?)
「いや、実際の年齢は私の方が上だと思うから仕方ないよ」
(どう考えても、その子は普通のオタク系JKだよ、それは絶対“ 二次元に恋するオトメ”だと思う)
「そうなんだけど・・・僕もヒロコの最初の召喚士に対する、見事な介抱活動見ちゃった後だったし、第一印象は大事だと思うよ?」
(いや、ナトンさんや? そこで面接官みたい事言われても困るんだけど・・・)
「私・・・その子が他人だと思えない」
(言えない! 自分の担当していたラノベ買いに行って、事故ったのが聖女様になってるとか)
「そうなの?」
「うん、まったく同じ世界から来てそうだし」
(説明できない! スマゲーの“沼友達”になれそうだとか)
私達は敵か味方かまだわからない、もう1人の聖女について調査をする事にした。
(隣の“沼”は何色だ!?)
バラ園でのピクニックランチも終了に差し掛かったところで、「聖女の資質とは何か?」について四人で緊急ミーティングを開いた。
・・・・・・が、まったく判らない。
出てくる意見がみな憶測でしかないのだ。
凛々しい、美しい、様々な才能がある、頭脳明晰、聖母のような優しさ、乙女である・・・などなど。
(どれも私には掠ってもいませんけど?)
「ねえ・・・みんな、私はまずこの世界の事をちゃんと勉強するよ。このままお互いに共通知識がないままにミーティングをしても何の解決にもならないよ・・・私にどうかこの国で生きて行く術を教えてください! お願いします!」
私はピクニック用の敷物の上で土下座をした。
(浄水器の交換フィルターにはなりたくない!)
その場にいた全員が、土下座する聖女を目の当たりにして唖然とした。
「ヒロコ! 聖女がみだりにそんな頭を下げてはなりません!」
イスマエルが先生のように私を叱った。
私は慌てて頭を上げ、眼鏡のレンズ越しの、深く青い瞳を直視した。
「うん・・・わかった! イスマエル、もっと私に色々教えて下さい。ちゃんとした作法も覚えます」
マクシムはそんな私をじっと見つめて、右手を伸ばしかけたが・・・戸惑いながら、私に届く前に下ろした。
どうやらナトンが隠し持っていたナイフで、マクシムの背中をツンツンしていたらしい。
「ヒロコ・・・俺ならダンスレッスンや、美しい作法なら教員免許を持っているから、貴婦人の相手は得意分野なんだ。君を皇帝陛下の御前に出すぐらいワケないさ!」
キラキラとした晴れた日の青空色の瞳で、私を見るマクシムに少々たじろぐ。
「へ・・・皇帝陛下の御前!?」
(神の代理人の前になんか私を出すな! その場合は全力で逃げる!)
「そうだよ! え~と、僕は勉強とかは教えられないけど、ヒロコの為に護身術を教えられるよ! 例え体が小さくて、体力がなくて、か弱くても、技を磨けば素晴らしい体術を身に着けられるんだ!」
いつもおちゃらけた雰囲気のナトンが、グリーンキャッツアイのような瞳で真剣に言った。
「技を磨く“体術”・・・でスか?」
何故か目の前の男子達が、様々な意見を出し、意気投合し始めた。
(ナニゴト! この体育会系の連帯感は?)
三人は示し合わせたように頷き、イスマエルが自信ありげに眼鏡のアームを持ち上げ、こう言った。
「ふっ・・・では、“史上最強、最高品質、聖女育成計画”を始める!」
『おぉーーーっっ!!』
男子三人は右拳を空に向かって掲げた。
(ふおぅっ! 私が“育成”されるのデスカ~?)
大変申し訳ないのですが、もう精神と体力と、色々と環境変化に対応し切れないので、本日のミーティングは強制終了させて頂きますっっっ!
ガックリと脱力した私が正座したまま倒れた先は、極甘の潤んだ青い双眸を向けるマクシムでも、一生懸命に声をかけてくれて、相談に乗ってくれそうなナトンでもなく、時々小姑のように口うるさいけれど、ぎこちない表情で心地よい距離を保ってくれるイスマイルの膝の上だった。
「ごめん・・・今日はもう体力が限界だよぅ」
「まったく・・・早く大人に育って下さいよ」
「ムリだから!」
そして、そんな無茶ぶりをされた私に、衝撃的な事実を告げた。
「そう言えば、ヒロコの世界の星回りでは、1年は何日あるのです?」
「は? 1年は365日でしょう?」
「やはりそうか・・・」
その言葉にナトンもマクシムも顔を見合わす。
「やはり? ・・・て?」
「この世界での1年は、ひと月が40日で十三ヶ月あるんだ」
マクシムが上から私を覗き込みながらそう言った。
「な・・・なんですとぉっ!?」
ナトンは仔猫のように可愛らしく首を傾げる。
「ヒロコ・・・ここでの1年間は520日だよ?」
「は、早く言ってよぉおおおおおっ!」
つまり・・・この世界標準では、私は17歳かぁーーーいっ!
もう薬が、三日分しかないんですが・・・。
ウツ病の私はどうすればいいんでしょーか?
後にこの世界の精神科医についてジワジワ思い知る事になるが・・・まったく私の世界とは異なる部分が多く、やはり根底には“根性論”が横たわっていた。
三日後には薬も底を尽きそうだったので、デプロメールは量を調整し、服用して六日目で在庫切れとなった、入眠剤は2日分は消費せずにお守りとして取っておいた。
(だって昼寝できるもんね!)
仕方がないので1日の24時間(星の自転は地球と同じらしい)のうち、14時間をベッドの上で過ごしながら、この世界の常識を少しずつ学び、聖女としての役目を学ぶ事となる。
どうやら私の次の転職先は、城仕えの“聖女見習い”に決定したらしい――――。
はーい、お疲れ様でーす! もりしたです。
かる~く楽しんで頂けましたでしょうか?
自分で読むんだったら、読み切りでちゃちゃっと前後編がいいな~? と思い、書いてみました。
え? 続編? ・・・・・・・・・・・
続きが読んでみたいと、お声があれば、もりした頑張っちゃいますぞ? でへ!
(でも、ネタが蓄積したら勝手に書くけどね!)
ただ今、もりしたはhttps://ncode.syosetu.com/n6049fm/ で、
【転生しましたが、魔力ゼロ、女子力ゼロ、捨て子スタートです。】
の、連載カキカキしてますので、そこで生存確認ができます。
それでは、創作沼でまたお会いしましょう!
追記:7/25 0時現在、次回作【育成?】とりかかったス! ネタ蓄積中ですぞ~(笑)