第6話 銀霜の坑道(後編)
一、換気計画
入口の光が見えた瞬間、僕は大きく息を吸い込んだ。
新鮮な外気が、肺に流れ込む。
頭の重さがすうっと引いていく。
「アストさん!」
エリスさんが駆け寄ってきた。
「よかった……顔色が悪いです。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ただ、予定より早く退避することになって」
僕は膝に手をついて、息を整えた。
頭痛はほぼ消えた。
CO₂の影響は新鮮な空気を吸えばすぐに回復するのが特徴だ。
「ガスの濃度が思ったより高かった。奥まで行くには、先に換気をしないといけません」
「換気……どうやって」
「換気孔があります。坑道の奥に、上方向に伸びる縦穴が見えました。たぶん、閉鎖時に塞がれている。それを開通させれば、空気が流れる」
エリスさんが、首を傾げた。
「でも、その換気孔まで行くのも、ガスが危なくて」
「最初の往復は短時間で済ませます。濡れ布で口を塞いで、息を止めながら換気孔まで走る。詰まっている土砂を崩して、すぐ退避。それを何度か繰り返せば、空気が流れ始める」
「何度も? それって……」
「二十分もあれば、十分です」
エリスさんが、じっと僕の目を見た。
「……本当に、大丈夫なんですか」
「大丈夫です。前世で——」
また、口が滑りそうになった。
「……本で読んだ話では、坑夫たちはもっと過酷な環境で作業していましたから」
エリスさんは、しばらく僕を見つめてから、小さく息をついた。
「……分かりました。でも、少しでも苦しくなったら、すぐ戻ってきてください」
「約束します」
僕は濡れ布をもう一度きつく結んで、坑道へと向かった。
二、換気孔の開通
二度目の突入は、最初より慎重に進んだ。
息を整えて、一気に走る。
岩壁に手をつきながら、進路を確認。
換気孔の場所は、もう頭に入っている。
【解析眼】を起動する。
『空気(入口から三十歩)/CO₂濃度:高/酸素濃度:低/状態:注意』
まだ高い。
でも走れないほどではない。
換気孔の前に到着した。
上方向に伸びる、細い縦穴。
直径は一尺ほど。
ゲームの記憶では、ここに詰め物がしてあるはずだ。
【解析眼】で確認する。
『縦穴(換気孔)/閉鎖状態:木蓋+土砂充填/閉鎖年数:推定100年/状態:腐朽進行中』
百年前の木蓋。
腐朽が進んでいる——つまり、崩しやすい。
僕は鞄から、鉱物の基本書に挟んでいた細い金属棒——安宿で借りた火かき棒——を取り出した。
換気孔に差し込んで、木蓋を突く。
ぼろ、と音を立てて、腐った木が崩れた。
土砂が落ちてくる。
目を閉じて、顔を背ける。
退避。
一旦、入口近くまで戻って息を継ぐ。
二回目の突入。
今度は崩れた土砂をさらに押し広げる。
換気孔を、もう少し大きく開ける。
三回目。
崩れた土砂を脇によけて、空気の通り道を確保する。
四回目の突入を終えて、入口近くで息を継いでいると——
微かに風を感じた。
坑道の中から、ほんの少し、空気が流れてくる。
換気孔から外の空気が引き込まれ、坑道の空気が動き始めている。
「……来た」
思わず笑みがこぼれた。
【解析眼】の数値を確認する。
『空気(入口から三十歩)/CO₂濃度:中低/酸素濃度:やや低/状態:経過観察』
下がり始めた。
まだ安全域ではないが、このまま十分待てば——
エリスさんが、坑道の入口から身を乗り出すようにして、こちらを覗き込んでいた。
「アストさん!今、風が来ましたよ! 坑道から!」
「換気孔が開きました。あと十分待てば、奥まで行けます」
カナリアも、もう羽をばたつかせていない。
元気にさえずっている。
「……本当に、やってしまった」
エリスさんが、ぽかんとした表情で呟いた。
「誰も解決できなかった問題を、一人で、半日で。」
「換気の原理は単純です。重いガスは下に溜まる。上から空気を入れれば、押し出される。ただそれだけです」
「ただそれだけ、って言えるのがすごいんですよ」
三、横道の謎
五度目の突入は、ゆっくりと歩いた。
【解析眼】が、安全を告げている。
『CO₂濃度:低/酸素濃度:正常/状態:安全』
カナリアも、まったく反応しない。
僕は改めて坑道の奥へと進んでいった。
右手の三年前に塞がれた横道の前で立ち止まる。
木板と土砂で塞がれた、この横道。
布の切れ端が覗いている、この空間。
【解析眼】で、木板を確認する。
『木板(松材)/使用年数:推定2〜4年/加工精度:高/釘打ち:計8本』
加工精度が高い。
急いで塞いだのではなく丁寧に工作されている。
意図的に計画的に閉鎖した、ということだ。
釘を抜く道具はない。
だが木板の下部は土砂が詰まっているだけだ。
手で土砂を掘り始める。
砂利と土が、ぼろぼろと崩れる。
少しずつ隙間が広がる。
十分ほど作業して木板の下半分が露出した。
懐から魔石灯を差し込んで、中を覗く。
横道の内部が、見えた。
そこにあったのは——採掘の跡だった。
壁面に新しい傷が無数についている。
つるはしで削った跡だ。
年数は三年以内。
粉砕された岩盤の破片が、床に積み重なっている。
そして、床の隅に積まれた——空の木箱が、いくつも。
【解析眼】で木箱を分析する。
『木箱(杉材)/使用年数:推定1〜3年/内部残留物:魔石粉末(微量)/製造元:不明』
魔石粉末。
ここで、魔石が採掘されていた。
しかも、つい最近まで。
「立入禁止」の看板を新しくしたのも「ガスが危険だから」ではなく、人が入ってこないようにするためだったのか。
ガスが充満した廃坑なら、冒険者もギルドも近づかない。
その「ガスの危険」を盾にして誰かがこの坑道で密かに魔石を採掘し続けていた。
……誰が?
何のために?
木箱の底に、紙切れが残っていた。
【解析眼】で読む前に、手に取って魔石灯で照らしてみる。
墨で書かれた、短い文字列。
それは数字と記号の羅列だった。
暗号か、あるいは記録か。
僕にはすぐには読めない。
でもこれは持ち帰れる。
紙切れを丁寧に折りたたんで、懐に収めた。
布の切れ端も証拠として回収する。
【解析眼】でもう一度部屋全体を見渡す。
足跡の跡。
複数人のもの。
最後に人が入ったのは一ヶ月以内。
一ヶ月前までここは使われていた。
……ゲームとは全然違う。
この坑道には、魔物も、呪いも、古代の罠もなかった。
あったのは人間の欲と、それを隠すための工作だった。
四、最初の星座が完成する
坑道から出ると、傾いた西日が目に刺さった。
エリスさんが、僕の顔を見て、息を呑んだ。
「……アストさん。何か、見つけたんですか」
「はい。ただ、今は詳しく話せません。ギルドに報告した方がいい内容です」
「……分かりました。急ぎましょう」
歩き出しながら、僕は頭の中を整理した。
違法採掘。
最近まで続いていた。
複数人。
暗号めいた記録。
これは、僕一人で抱えるには、大きすぎる問題だ。
でも、依頼をクリアした。
坑道の「異変の原因」は判明した——ガスの問題も、そしてその背後の人的な原因も。
その時視界の隅の星座図がふっと明るくなった。
生産の星座。
これまで眠っていた、フラスコと錬金鍋の形をした星座がじんわりと光り始める。
「知識結合」のトリガーが、発動した。
坑道での作業——腐朽した木材と石灰岩のCO₂反応、換気孔の物理的な開通、岩盤の成分分析——これらの経験が、生産の星座と繋がった。
生産の星座、【調合 初級】——解放可能。
スキルポイント:2。ちょうど、残っている分だ。
「——解放」
歩きながら、小さく念じた。
星がぱあっと輝く。
頭の中に、何かが流れ込んできた感覚。
素材の性質、混合の原理、加熱と冷却の効果——前世の化学知識が、この世界の「調合」という形に翻訳されていく感覚。
「調合」とは、この世界での錬金術の入り口だ。
薬草を煎じて薬を作る、鉱物を混ぜて素材を作る——そういった、物質を変化させる基礎技術。
前世の化学知識と、この世界の素材体系が、ようやく一つに繋がった。
「アストさん、急に黙って……大丈夫ですか」
「はい。少し、考えごとをしていました」
星座図を視界の隅で確認する。
戦闘の星座に、一つの星。
そして生産の星座に、一つの星。
まだ、ほとんどの星は眠っている。
でも、確かに、一つずつ増えている。
ギルドへの帰り道、エリスさんがぽつりと言った。
「……あの坑道、何がいたんですか。魔物じゃなかったんですよね」
「魔物じゃなかったです」
しばらく考えて、僕は続けた。
「人間の方が、時々、魔物より厄介です」
エリスさんは、少しの間、黙っていた。
「……そうですね」
と、静かに言った。
その顔には、何かを察したような、複雑な表情が浮かんでいた。
* * *
ギルドに戻り、エリスさんの紹介で、顔見知りの上級冒険者と騎士団への連絡役に証拠を引き渡した。
依頼完了の判定が下り、銀貨二十枚が手元に届いた。
F級新人の最初の依頼。
報酬は今の僕には破格の額だ。
受け取りながら窓の外の夜空を見る。
星がいくつも瞬いている。
現実の夜空の星と僕だけの星座図の星。
どちらも少しずつ増えていく。
「アストさん」
エリスさんがカウンター越しに声をかけてきた。
「次の依頼、何か気になるのはありますか?」
僕は少し考えてから、答えた。
「……坑道に隠されていたものの正体をもう少し調べたい。ギルドの依頼じゃなくても」
エリスさんが、少し真剣な顔になった。
「……それ、危ないかもしれませんよ」
「分かってます」
僕は、懐の紙切れを指先で確かめた。
「で一、換気計画
入口の光が見えた瞬間、僕は大きく息を吸い込んだ。
新鮮な外気が、肺に流れ込む。頭の重さが、すうっと引いていく。
「アストさん!」
エリスさんが、駆け寄ってきた。
「よかった……顔色が悪いです。大丈夫ですか」
「大丈夫です。ただ、予定より早く退避することになって」
僕は膝に手をついて、息を整えた。
頭痛はほぼ消えた。CO₂の影響は、新鮮な空気を吸えばすぐに回復するのが特徴だ。
「ガスの濃度が思ったより高かった。奥まで行くには、先に換気をしないといけません」
「換気……どうやって」
「換気孔があります。坑道の奥に、上方向に伸びる縦穴が見えました。たぶん、閉鎖時に塞がれている。それを開通させれば、空気が流れる」
エリスさんが、首を傾げた。
「でも、その換気孔まで行くのも、ガスが危なくて」
「最初の往復は短時間で済ませます。濡れ布で口を塞いで、息を止めながら換気孔まで走る。詰まっている土砂を崩して、すぐ退避。それを何度か繰り返せば、空気が流れ始める」
「何度も? それって……」
「二十分もあれば、十分です」
エリスさんが、じっと僕の目を見た。
「……本当に、大丈夫なんですか」
「大丈夫です。前世で——」
また、口が滑りそうになった。
「……本で読んだ話では、坑夫たちはもっと過酷な環境で作業していましたから」
エリスさんは、しばらく僕を見つめてから、小さく息をついた。
「……分かりました。でも、少しでも苦しくなったら、すぐ戻ってきてください」
「約束します」
僕は濡れ布をもう一度きつく結んで、坑道へと向かった。
二、換気孔の開通
二度目の突入は、最初より慎重に進んだ。
息を整えて、一気に走る。岩壁に手をつきながら、進路を確認。換気孔の場所は、もう頭に入っている。
【解析眼】を起動する。
『空気(入口から三十歩)/CO₂濃度:高/酸素濃度:低/状態:注意』
まだ高い。でも、走れないほどではない。
換気孔の前に到着した。
上方向に伸びる、細い縦穴。直径は一尺ほど。ゲームの記憶では、ここに詰め物がしてあるはずだ。
【解析眼】で確認する。
『縦穴(換気孔)/閉鎖状態:木蓋+土砂充填/閉鎖年数:推定100年/状態:腐朽進行中』
百年前の木蓋。腐朽が進んでいる——つまり、崩しやすい。
僕は鞄から、鉱物の基本書に挟んでいた細い金属棒——安宿で借りた火かき棒——を取り出した。
換気孔に差し込んで、木蓋を突く。
ぼろ、と音を立てて、腐った木が崩れた。土砂が落ちてくる。目を閉じて、顔を背ける。
退避。
一旦、入口近くまで戻って息を継ぐ。
二回目の突入。今度は、崩れた土砂をさらに押し広げる。換気孔を、もう少し大きく開ける。
三回目。崩れた土砂を脇によけて、空気の通り道を確保する。
四回目の突入を終えて、入口近くで息を継いでいると——
微かに、風を感じた。
坑道の中から、ほんの少し、空気が流れてくる。
換気孔から外の空気が引き込まれ、坑道の空気が動き始めている。
「……来た」
思わず笑みがこぼれた。
【解析眼】の数値を確認する。
『空気(入口から三十歩)/CO₂濃度:中低/酸素濃度:やや低/状態:経過観察』
下がり始めた。まだ安全域ではないが、このまま十分待てば——
エリスさんが、坑道の入口から身を乗り出すようにして、こちらを覗き込んでいた。
「アストさん! 今、風が来ましたよ! 坑道から!」
「換気孔が開きました。あと十分待てば、奥まで行けます」
カナリアも、もう羽をばたつかせていない。元気にさえずっている。
「……本当に、やってしまった」
エリスさんが、ぽかんとした表情で呟いた。
「誰も解決できなかった問題を、一人で、半日で」
「換気の原理は単純です。重いガスは下に溜まる。上から空気を入れれば、押し出される。ただそれだけです」
「ただそれだけ、って言えるのがすごいんですよ」
三、横道の謎
五度目の突入は、ゆっくりと歩いた。
【解析眼】が、安全を告げている。
『CO₂濃度:低/酸素濃度:正常/状態:安全』
カナリアも、まったく反応しない。
僕は、改めて坑道の奥へと進んでいった。
右手の、三年前に塞がれた横道の前で立ち止まる。
木板と土砂で塞がれた、この横道。
布の切れ端が覗いている、この空間。
【解析眼】で、木板を確認する。
『木板(松材)/使用年数:推定2〜4年/加工精度:高/釘打ち:計8本』
加工精度が高い。急いで塞いだのではなく、丁寧に工作されている。意図的に、計画的に閉鎖した、ということだ。
釘を抜く道具はない。だが、木板の下部は土砂が詰まっているだけだ。
手で土砂を掘り始める。砂利と土が、ぼろぼろと崩れる。
少しずつ隙間が広がる。
十分ほど作業して、木板の下半分が露出した。
懐から魔石灯を差し込んで、中を覗く。
横道の内部が、見えた。
そこにあったのは——採掘の跡だった。
壁面に、新しい傷が無数についている。つるはしで削った跡だ。年数は、三年以内。粉砕された岩盤の破片が、床に積み重なっている。
そして、床の隅に積まれた——空の木箱が、いくつも。
【解析眼】で木箱を分析する。
『木箱(杉材)/使用年数:推定1〜3年/内部残留物:魔石粉末(微量)/製造元:不明』
魔石粉末。
ここで、魔石が採掘されていた。
しかも、つい最近まで。
「立入禁止」の看板を新しくしたのも、「ガスが危険だから」ではなく、人が入ってこないようにするためだったのか。
ガスが充満した廃坑なら、冒険者もギルドも近づかない。その「ガスの危険」を盾にして、誰かがこの坑道で密かに魔石を採掘し続けていた。
……誰が?
何のために?
木箱の底に、紙切れが残っていた。
【解析眼】で読む前に、手に取って魔石灯で照らしてみる。
墨で書かれた、短い文字列。
それは、数字と記号の羅列だった。暗号か、あるいは記録か。僕には、すぐには読めない。
でも、これは持ち帰れる。
紙切れを丁寧に折りたたんで、懐に収めた。
布の切れ端も、証拠として回収する。
【解析眼】でもう一度、部屋全体を見渡す。
足跡の跡。複数人のもの。最後に人が入ったのは、一ヶ月以内。
一ヶ月前まで、ここは使われていた。
……ゲームとは、全然違う。
この坑道には、魔物も、呪いも、古代の罠もなかった。
あったのは、人間の欲と、それを隠すための工作だった。
四、最初の星座が完成する
坑道から出ると、傾いた西日が目に刺さった。
エリスさんが、僕の顔を見て、息を呑んだ。
「……アストさん。何か、見つけたんですか」
「はい。ただ、今は詳しく話せません。ギルドに報告した方がいい内容です」
「……分かりました。急ぎましょう」
歩き出しながら、僕は頭の中を整理した。
違法採掘。最近まで続いていた。複数人。暗号めいた記録。
これは、僕一人で抱えるには、大きすぎる問題だ。でも、依頼をクリアした。坑道の「異変の原因」は判明した——ガスの問題も、そしてその背後の人的な原因も。
その時、視界の隅の星座図が、ふっと明るくなった。
生産の星座。
これまで眠っていた、フラスコと錬金鍋の形をした星座が、じんわりと光り始める。
「知識結合」のトリガーが、発動した。
坑道での作業——腐朽した木材と石灰岩のCO₂反応、換気孔の物理的な開通、岩盤の成分分析——これらの経験が、生産の星座と繋がった。
生産の星座、【調合 初級】——解放可能。
スキルポイント:2。ちょうど、残っている分だ。
「——解放」
歩きながら、小さく念じた。
星が、ぱあっと輝く。
頭の中に、何かが流れ込んできた感覚。素材の性質、混合の原理、加熱と冷却の効果——前世の化学知識が、この世界の「調合」という形に翻訳されていく感覚。
「調合」とは、この世界での錬金術の入り口だ。
薬草を煎じて薬を作る、鉱物を混ぜて素材を作る——そういった、物質を変化させる基礎技術。前世の化学知識と、この世界の素材体系が、ようやく一つに繋がった。
「アストさん、急に黙って……大丈夫ですか」
「はい。少し、考えごとをしていました」
星座図を視界の隅で確認する。
戦闘の星座に、一つの星。
そして生産の星座に、一つの星。
まだ、ほとんどの星は眠っている。でも、確かに、一つずつ増えている。
ギルドへの帰り道、エリスさんがぽつりと言った。
「……あの坑道、何がいたんですか。魔物じゃなかったんですよね」
「魔物じゃなかったです」
しばらく考えて、僕は続けた。
「人間の方が、時々、魔物より厄介です」
エリスさんは、少しの間、黙っていた。
「……そうですね」
と、静かに言った。
その顔には、何かを察したような、複雑な表情が浮かんでいた。
* * *
ギルドに戻り、エリスさんの紹介で、顔見知りの上級冒険者と騎士団への連絡役に証拠を引き渡した。
依頼完了の判定が下り、銀貨二十枚が手元に届いた。
F級新人の最初の依頼。
報酬は、今の僕には破格の額だ。
受け取りながら、窓の外の夜空を見る。
星が、いくつも瞬いている。
現実の夜空の星と、僕だけの星座図の星。
どちらも、少しずつ、増えていく。
「アストさん」
エリスさんが、カウンター越しに声をかけてきた。
「次の依頼、何か気になるのはありますか?」
僕は、少し考えてから、答えた。
「……坑道に隠されていたものの正体を、もう少し調べたい。ギルドの依頼じゃなくても」
エリスさんが、少し真剣な顔になった。
「……それ、危ないかもしれませんよ」
「分かってます」
僕は、懐の紙切れを指先で確かめた。
「でも、このままにしておく方が、もっと危ない気がする」
エリスさんは、しばらく僕を見つめてから、小さく頷いた。
「……調べる時は、一人でやらないでください。ギルドに相談してから」
「約束します」
夜のギルドは、依頼帰りの冒険者たちでまた賑わっていた。
その喧騒の中で、僕は次の手を考え始めていた。
暗号めいた記録、布の切れ端、複数人の足跡——これらが示す先に、何があるのか。
そして、その先に、ステラ・ノクスとの出会いが待っているとは、この時の僕にはまだ分からなかった。




