第1話 夜空に生まれ落ちて
一、転生
死んだと思った。
少なくとも、息を引き取る瞬間まではそう信じていた。
胸の奥で何かが弾けるような、鈍くて重い痛み。視界が暗転し、意識が遠のいていく。三十年に満たない人生の最後の景色が、見慣れた六畳一間のアパートと、起動したばかりのゲーム画面だったのは、我ながら情けないと思う。
——だから、目を開けて知らない天井を見上げた時、僕はしばらく動けなかった。
「……?」
古びた木目の天井。シミの浮いた漆喰。窓から差し込む光は、蛍光灯のそれとは違う、柔らかい朝日の色だ。
布団の感触も違う。安いポリエステルの掛け布団じゃなくて、もっと粗い手触りの——リネン、だろうか。
体を起こそうとして、奇妙な違和感に気づく。
軽い。
体が、信じられないくらい軽い。
腕を持ち上げてみる。骨ばった細い腕。指は長く、爪は整っているが磨かれてはいない。前世——いや、自分の腕は、確かもっと節くれだっていて、薬品で荒れた指先をしていたはずだ。
「嘘、だろ……」
声も違う。喉から出た音は、変声期を終えたばかりのような、少し高くて澄んだ少年の声。
ベッドから降りようとして、よろけて床に手をつく。バランスの取り方が、自分の知っている体のそれと全然違う。
部屋を見回す。狭い。屋根裏部屋みたいな天井の低さ。窓際に古い机と椅子、壁際に本棚が一つ、ベッド一つ。それで終わりだ。家具は最低限で、しかも明らかに手入れがされていない。
立ち上がって、机の上の小さな鏡を覗き込む。
「————」
息が止まった。
そこに映っているのは、僕じゃない。
黒髪の少年だった。前髪は目にかかるほど長く、整えられていない。顔立ちは、女性的とまでは言わないが、線が細くて中性的。肌は陽に当たっていないみたいに白い。
そして、瞳。
銀色の瞳が、こちらを見返している。
夜空に銀が一筋差したような、奇妙な色の瞳。現実の人間にそんな目はあり得ない。でも、僕はその顔を知っていた。
知りすぎるほど、知っていた。
「……アスト・ノクトゥルナ」
その名前が、震える唇から零れ落ちた。
学生時代、何百時間と画面越しに見つめ続けた顔。誰よりも好きで、誰よりも育てようとして——結局、誰も救えなかった、あのハズレキャラの名前。
「なんで……どうして……」
鏡に手を伸ばす。指先が冷たいガラスに触れる。鏡の中の少年も、同じ動作で、同じように指を伸ばしている。
夢じゃない。
これは、夢じゃない。
僕は、ゲームのキャラクターの中に——
「いるのか?」
その時、ふいに頭の奥で、知らないはずの記憶がチカッと光った。
二、奪われた人生
頭の中に、洪水のように記憶が流れ込んできた。
でも、それは「アスト・ノクトゥルナ」の記憶じゃない。
僕自身の——大山亮生という男の、二十八年間の記憶だった。
* * *
「大山くん。その研究、悪いけど私が長年温めていた構想なんだよ」
藤堂教授の言葉を、最初は冗談だと思った。
博士課程三年目の春。新素材の合成に関する僕の研究は、ようやく国際的な学術誌に投稿できる段階まで来ていた。
専門は触媒化学と材料科学の境界領域。複数の元素を特殊な条件で組み合わせて、これまでにない性質を持つ素材を作り出す研究だ。超軽量で超硬質な合金、化学反応を自在に制御する触媒、温度や光に反応する応用素材——どれも理論を組み立て、実験で検証し、何度も失敗しながら積み上げてきた、僕の研究だった。
大学に入ってからの八年間、文字通り全てを注ぎ込んできた。研究室に泊まり込みで、フラスコと睨めっこしながら過ごした夜の数を、もう覚えていない。
「教授、何を……」
「君の貢献は認めるよ。だから第二著者には入れる。それで十分だろう?」
第二著者。
筆頭著者は、隣に立っていた石田先輩だった。研究室の主流派、教授のお気に入り。僕の実験データの取り方すら知らないはずの、あの石田先輩。
「先輩、何か言ってくださいよ」
縋るような視線を向けた。
石田先輩は、目を逸らした。
ただ、それだけだった。
——その瞬間、何かが折れる音がした。
* * *
抗議はした。
でも、学生の言葉なんて誰も聞かなかった。教授は学界の大物で、石田先輩はその後継者で、僕は地方国立大の、コネもない一介の院生だった。
学位は取れなかった。研究室を追われた。博士課程中退、二十六歳。
その後の数ヶ月、僕は何もできなかった。
安アパートの六畳間で、ただ天井を見ているだけの日々。化学も物理も、もう触りたくなかった。あれだけ愛していたはずの研究が、思い出すだけで吐き気がする毒になっていた。
* * *
そんなある夜、片付けもしない部屋の隅で、ふと棚の奥に押し込まれた古いゲームソフトを見つけた。
『アストレア・サーガ』。
高校生の頃、寝食を忘れて遊んだ剣と魔法のRPG。クラスに馴染めなくて、放課後にひたすら部屋でやり込んだ、僕の青春そのもの。
大学に入って研究に没頭するようになってから、ゲームは自然と卒業していた。何年も触っていなかったソフトのケースは、埃をかぶって変色していた。
——なぜか、無性に懐かしくなった。
あの頃の僕は、まだ何も奪われていなかった。
ゲーム機を引っ張り出した。コードを繋ぎ、電源を入れる。色褪せたタイトル画面、聞き覚えのあるBGM。それだけで、少しだけ呼吸が楽になった。
キャラ選択画面で、僕の目はあるキャラに吸い寄せられた。
アスト・ノクトゥルナ。
ノクトゥルナ家の三男。才能判定『無属性』のハズレキャラ。ゲーム序盤で死ぬか、登場すらしないモブ。
でも、高校生の僕は何百時間もかけて、このキャラを育てようとした。誰も使わない『無能』を強くする攻略法を、独学で研究して、検証して、攻略Wikiに投稿したこともある。
結局このキャラはゲームシステム上どうしても育たなくて、誰にも認められないまま、ハズレキャラのままだった。
でも、嫌いになれなかった。
高校生の頃から、なぜか自分と重なって仕方なかった。
——皮肉なものだ。
大人になった僕は、研究という自分なりの『育て方』を見つけたつもりだった。なのに結局、奪われて、ハズレに戻った。
画面の中の少年に向かって、僕は呟いた。
「もう一度、お前を強くしてやる」
選択ボタンを押した、その瞬間。
胸の奥で何かが弾けた。鈍くて、重い、痛み——
* * *
目が覚めると、僕はベッドから転がり落ちて、知らない部屋の床に座り込んでいた。
「……あ」
声が漏れる。
全部、繋がった。
心臓発作で死んだ。たぶん。ゲーム機の前で、推しキャラを選んだ瞬間に。
そして、目が覚めたら——
画面の向こうにいたはずの、あのアスト・ノクトゥルナの体の中にいた。
「……嘘だろ」
でも、口から零れたのは、もう一つの言葉だった。
誰に向けたわけでもない。前世の自分が、画面に向かって呟いた言葉が、今の僕の唇からもう一度こぼれ落ちた。
「——もう一度、お前を強くしてやる」
三、ノクトゥルナ家の三男
しばらく床に座り込んだまま、僕は呼吸を整えた。
——落ち着け、大山亮生。いや、もう亮生じゃないのか。
頭の中を整理する。前世の記憶ははっきり残っている。それと並行して、もう一つの記憶——この体の本来の持ち主、アスト・ノクトゥルナの記憶も、薄く流れ込んできているのが分かる。
集中すると、見えてきた。
ノクトゥルナ家の三男、アスト。十五歳。母を三年前に亡くしている。父と二人の兄、そして数人の使用人と一緒に、王都の外れにあるこの古い屋敷に住んでいる。
……そして。
三年前に行われた『才能判定の儀式』で、彼は——
「無属性、か」
口に出してみて、苦笑が漏れた。
この世界では、十二歳になると『才能の水晶』に手をかざして、自分の属性と素質を測定する儀式が行われる。火、水、風、土、光、闇、雷、氷の八属性。それぞれの素質は『高位』『標準』『低位』の三段階で判定される。
そして、稀に。
どの属性にも『高位』『標準』のレベルで反応しない者がいる。全属性に微かな適性はあるが、どれも専門属性持ちの完全な下位互換でしかない者。
無属性。
平たく言えば、まともな魔法が使えない者。
この世界では、それが——『ハズレ』と呼ばれている。
「……笑える話だな」
前世でハズレキャラに転生して、転生先もハズレ。
ゲームと現実、両方からハズレた人間。
でも、不思議と絶望はなかった。むしろ、心の奥がやけに静かに澄み渡っている。
立ち上がって、改めて部屋を見回す。
屋敷の屋根裏に近い、北側の狭い一室。日当たりは悪く、家具は最低限。本棚に並ぶ本も、ほとんどが基礎教育の教科書ばかりで、新しいものは見当たらない。
長兄や次兄の部屋は、もっと広くて陽当たりの良い場所にあるはずだ。三男の——しかもハズレ判定された——アストには、ここで十分だと判断されたのだろう。
「……いや、本当に酷い扱いだな」
アスト本人の記憶が、それを裏付ける。
食事も家族と一緒に取らせてもらえない。母が生きていた頃は違ったが、彼女が亡くなってからは、台所の隅で使用人と同じ食事を取るのが当たり前になった。
兄たちからは『出来損ない』『家の恥』と呼ばれ、父からは存在自体を見ないようにされている。
幼い頃は——母がいた頃は——アストは普通の子供だった。よく笑い、本を読むのが好きで、母と一緒に庭の星を眺めるのが日課だった。
その全部が、三年前を境に消えた。
「……ヘレナ、さん」
その名前を口にした瞬間、胸の奥が締め付けられた。
アストの母、ヘレナ・ノクトゥルナ。三年前、原因不明の病で亡くなった、優しい人。
彼女は、アストが才能判定で『無属性』と告げられた時、こう言ったらしい。
「アスト、それでもあなたは私の自慢の息子よ」
アストの記憶の中で、その言葉だけが、唯一温かい光のように残っている。
他のすべての温度は、母と一緒に消えてしまった。
胸ポケットに、何か硬いものが当たる感触。
手を入れて取り出すと、銀の鎖に小さな青い宝石が嵌め込まれた、古びたペンダントだった。
深い青——夜空のような色。よく見ると、宝石の中に星のような小さな光が揺れている気がする。
「母の形見……」
アストの記憶が教えてくれる。これは母が亡くなる直前、彼女が震える手でアストに渡したものだ。
「お前を守る星よ。困った時は、これを握りしめなさい」
それが、母の最後の言葉だった。
兄たちには見せていない。見せれば、たぶん奪われると分かっていたから。
僕はペンダントを握りしめて、ゆっくりと深呼吸した。
——前世の僕は、何も守れなかった。研究も、自分自身も、全部奪われて終わった。
でも、この体の持ち主だった少年は、それでも母の最後の言葉を、形見を、ずっと一人で守ってきた。
胸の奥で、何かが熱くなる。
「……無駄にはしないよ」
誰に言ったわけでもない。前世の自分にか、それともアストにか、あるいは亡くなったヘレナにか。
その時——
コンコン、と部屋の扉がノックされた。
「アスト様、起きていらっしゃいますか」
老いた女性の声。聞き覚えがある——アストの記憶の中に、温かい色で残っている。
「……マリア?」
扉を開けると、白髪を綺麗に結い上げた、皺の深いメイドが立っていた。
「おはようございます。朝食をお持ちしました」
彼女が抱えているのは、簡素な木のトレイ。固いパンと薄いスープ、それから煮野菜が少し。明らかに、屋敷の他の人間が食べているものとは別物だ。
「……ありがとう、マリア」
「いえ、私の仕事ですから」
でも、その後で彼女は声を潜めた。
「……それと、アスト様。今日は朝から旦那様のご機嫌がよろしくありません。なるべく、お部屋から出ないように」
「父さんが? どうして」
「ルーカス様が、王都の騎士団試験で良い成績を取られたそうで。それで、その……つい」
マリアは言葉を濁したが、何を言いたいかは分かった。
長兄が褒められれば褒められるほど、その対比で『無能な三男』への風当たりが強くなる。アストの記憶にも、似たような場面が何度もあった。
「……分かった。気をつける」
マリアが頭を下げて去っていった後、僕は扉を閉めて、しばらくその場に立ち尽くしていた。
窓の外を見る。
灰色の空。手入れされていない庭。遠くに見える街道は、王都へと続いている。
——この屋敷にいる限り、僕は何にもなれない。
アスト・ノクトゥルナとして生きる以上、ここでは『無能な三男』のままだ。父に認められることも、兄たちに見直されることもない。母はもういない。マリアの優しさだけでは、この家の冷たい空気を埋めることはできない。
じゃあ、どうする。
前世の自分なら、ここで諦めた。
でも——
「……出よう」
声に出してみる。
不思議なくらい、迷いがなかった。
「家を出よう。冒険者になる。誰にも縛られず、自分の力で道を切り拓く」
胸の中のペンダントが、ほんの少しだけ、温かくなった気がした。
四、異界の星座図
決意は、口に出せば現実になる。
……はずだった。
「……いや、待て」
扉に向かって踏み出そうとした足を止めて、僕はベッドの縁に座り直した。
冷静になれ。冷静になれ、大山亮生。
いま僕が知っているのは、ここがゲーム『アストレア・サーガ』の世界で、僕がアスト・ノクトゥルナという『無属性』のハズレキャラに転生した、という事実だけだ。
でも、それは『ゲームのキャラに転生した』だけの話だろうか?
——本当に、それだけ?
頭の片隅で、何かが引っかかっていた。
ゲームと現実が、完全に一致しているわけじゃない。だって、僕は今、生身の肉体を持っている。匂いも、温度も、痛みも感じる。これは『ゲームの再現』じゃなくて、『ゲームに似た現実』だ。
じゃあ、ゲームにあった『ステータス』や『スキル』は、この世界にも存在するのか?
「……試してみるしかないか」
集中する。
前世でアストを育てていた時、何度も開いたあのウィンドウ。ステータス画面。スキルツリー。レベルとHPとMPの数字。
——出ろ。
念じてみる。視界の隅に、何か浮かばないか。
……何も起こらない。
「……だよね」
苦笑する。そう簡単にはいかないか。
でも、何かが引っかかっている。アストの記憶を辿ってみると、この世界の人々は『魔法』や『スキル』を、感覚で扱っているらしい。詠唱して、魔力を込めて、発動する。火属性の人間なら、無意識のうちに『火を出す感覚』が分かるのだという。
——感覚、か。
じゃあ、ゲームのスキルツリーも『感覚』として存在しているのかもしれない。
画面に表示される視覚的なものじゃなくて、もっと別の形で。
目を閉じてみる。
深く、深く呼吸する。
胸の奥にある、前世から持ち越したはずの『何か』に意識を向ける。研究を奪われた屈辱。母の死を悲しむアストの記憶。三年間積み重なった『無能』というレッテル。そして——
もう一度、お前を強くしてやる。
あの夜、画面に向かって呟いた言葉。
その言葉に込めた、全ての感情。
——僕は無能じゃない。前世の知識がある。化学も物理も、あのゲームの攻略法も、全部覚えている。
——もう一度、自分の人生を取り戻す。
強く、念じた。
その瞬間。
「————」
視界が、開いた。
目を閉じているはずなのに、夜空のように暗い背景が、目の前にどこまでも広がっている。
そして、その黒い空間に——星が、瞬いていた。
「……何だ、これ」
声が震えた。
星々が、規則正しく並んでいる。いや、ただ並んでいるんじゃない。星と星の間に、薄く光る『線』が見える。星座のように、いくつもの星が線で繋がっている。
そして、その『線』が、明らかに人工的な意図を持って配置されている。
これは——
「スキルツリー、だ」
間違いない。
前世のゲーム『アストレア・サーガ』で、何百時間も眺めたあの構造。ノードとノードを結ぶ線、解放可能なルート、上位スキルへの分岐。
でも、ゲーム画面のそれよりも、ずっと美しい。星座図のように、夜空に描かれている。
目を開けてみる。
現実の部屋の景色が戻ってくる。古い天井、灰色の朝。
もう一度、意識を集中させる。
——浮かべ。
すると今度は、視界の隅に、ぼんやりとした半透明のウィンドウが浮かんだ。目を閉じなくても見える。ただし、現実の景色を邪魔しない程度の、薄い表示。
『異界の星座図』
その文字が、ウィンドウの上部に表示されていた。
「『異界の星座図』……」
名前を呟いてみる。
不思議な感覚だった。ゲームの『スキルツリー』とは違う。これは、もっと——
なんと言うか、生きている。
星々が微かに脈動するように瞬いていて、僕の感情に応じて光の強さが変わる。前世のゲームのUIみたいに固定された画面じゃなくて、もっと有機的な、夜空そのものみたいな構造。
集中して、星座図を観察する。
大きく分けて、四つの『星座』があるのが見える。
一つ目は、剣と盾を組み合わせたような形——戦闘の星座。ノードの数は少ない。基本的な剣術と、最低限の体術くらい。
二つ目は、フラスコや錬金鍋を思わせる形——生産の星座。錬金術、薬学、製作系のスキルが並んでいる。
三つ目は、目玉と本を組み合わせた形——解析の星座。鑑定、観察、定量化といったスキル群。
そして、四つ目。
中央に、ひときわ大きな、まだ何にも繋がっていない星が一つ、孤独に輝いていた。
「『異界の知』……?」
その星には、そう名前がついていた。
他のどの星座にも属さない、孤立した一つの星。
でも、おそらく——いや、確実に——これが僕の固有スキルだ。前世の大山亮生が積み上げてきた化学と物理の知識、そしてゲームの攻略知識。それを束ねる、僕だけの星。
まだ何も解放されていない、これからどんな星座を描くかも分からない、真っ白な可能性の塊。
「……すげぇ」
思わず声が漏れた。
ゲームのスキルツリーが、現実の感覚として、僕の意識の中に存在している。これを操作できれば——スキルを解放できれば——
「勝てる、これは」
胸が高鳴った。
久しぶりの感覚だった。研究を奪われてから——いや、本当はもっと前から——ずっと忘れていた感覚。
可能性。未来。何かを掴めるかもしれない、という確信。
ステータスは弱い。アストの体は細くて、魔力もほとんどない。才能判定では『ハズレ』と判定された。
でも、それは『この世界の物差し』で測った結果に過ぎない。
僕には、別の物差しがある。
異界の星座図。前世の知識。そして——研究を奪われても、まだ折れずに残っている、何かを成し遂げたいという執念。
「……上等だよ」
星座図を見つめながら、僕は呟いた。
「もう一度、頂点を目指してやる」
夜空のような星々が、僕の言葉に応えるように、ふっと一斉に明るく瞬いた気がした。
五、化学者の道具箱
星座図を見つめながら、僕は最初に解放するスキルを考えた。
戦闘の星座、生産の星座、解析の星座——どの星も、解放可能な状態でぼんやりと淡く光っている。それぞれの星の中心に、薄く必要なポイント数が浮かんでいた。
戦闘の星座、初期スキルの『火の粉 Lv1』——必要スキルポイント、1。
生産の星座、初期スキルの『調合 初級』——必要スキルポイント、2。
解析の星座、初期スキルの『解析眼』——必要スキルポイント、1。
「スキルポイント?」
呟くと、視界の隅に新しいウィンドウがふっと浮かんだ。
『アスト・ノクトゥルナ/レベル:1/経験値:0 / 100/スキルポイント:3』
「……3、か」
ゲーム時代の知識を思い出す。『アストレア・サーガ』では、レベルアップごとに1〜3ポイントが入手できた。キャラクター作成直後の初期ポイントとして3ポイント、というのは、ゲーム本編とほぼ同じ仕様だ。
……ただ、戦闘の星座を見て、僕は思わず眉を寄せた。
『火の粉 Lv1』。
よりにもよって、こいつが初期スキルか。
「これ、ゲームじゃ完全な死にスキルだったんだよな……」
懐かしさと苦笑が混ざった声が漏れた。
高校時代の僕は、何百時間もかけてアスト・ノクトゥルナを育てようとした。だから、このスキルの『無能さ』はよく覚えている。
『アストレア・サーガ』では、属性適性のシステムが特殊だった。
火属性持ちのキャラなら、初級スキル『火球』を取った瞬間に強力な炎を放てる。水属性持ちなら『水流』で敵を押し流せる。風属性持ちなら『突風』で動きを止められる。それぞれの属性に応じた、強力で実用的な魔法。
ところが——アストのような無属性のキャラは違う。
無属性は、ゲーム的には『全属性に適性はあるが、どれも専門属性の完全な下位互換』という扱いだった。
火属性持ちが『炎』を出すなら、無属性は『火の粉』。
水属性持ちが『水流』を出すなら、無属性は『水滴』。
風属性持ちが『突風』を出すなら、無属性は『微風』。
全部が、専門属性の劣化版。
器用貧乏というより、ただの『下位互換』。だから戦力として頭数に入らず、社会的にも『ハズレ』と呼ばれる。
ゲームの中の『火の粉』なんて、本当に役に立たなかった。エフェクトすらほぼなくて、敵にダメージなんて与えられない。攻略Wikiでも『戦闘では取るな』と書かれていた、完全なゴミスキル。
でも。
頭の片隅で、何かが引っかかった。
ここは、ゲームじゃない。
現実だ。
現実の世界では、物理法則がちゃんと動いている。重力、慣性、化学反応、酸化還元——全部、僕が前世で学んできた知識が通用する世界だ。
もし本当に『火の粉』が——現実の物理現象として——出るとしたら?
火の粉。微小な火炎。
それは、たとえ威力が無くても、着火源にはなる。
着火源があれば、可燃性のガスや、微細な粉塵があれば——
「……粉塵爆発」
声が漏れた。
ぞくり、と背筋に何かが走った。
粉塵爆発。
可燃性の微細な粉塵が空気中に一定濃度で浮遊している状態で、着火源を与えると、爆発的に燃焼する現象。
小麦粉、砂糖、石炭の粉、金属粉。条件さえ揃えば、信じられないような威力になる。前世の地球でも、工場の事故で大きな被害を出してきた現象だ。
火属性の専門魔法のような派手な『炎』はいらない。むしろ、爆発を起こすのに必要なのは、最初の小さな火の粉だけ。
ゲームの中では『役立たず』だった火の粉が——
現実の物理法則の中では、専門属性持ちには絶対に思いつかない攻撃の起点になる。
「待てよ……」
頭の中で、急速に何かが組み立てられていく。
火の粉だけじゃない。
ゲームでは『水滴』も『微風』も、全部使い物にならない死にスキルだった。
でも、現実なら——
水滴は、敵の手元を滑らせて武器を落とさせる程度には使える。電気を通す道具として、何かと組み合わせれば感電のトリガーにもなる。
微風は、煙や毒ガス、粉塵を意図した方向に流すのに十分だ。粉塵爆発の前準備として、粉塵濃度を調整する役にも立つ。
静電気の微小な放電は——もし無属性が雷属性の下位互換として使えるなら——着火源として、燃焼装置の起爆に応用できる。
「……これ」
全身に鳥肌が立った。
「……これ、化学者の道具箱だ」
専門属性持ちにとって、無属性は『どれも弱い劣化版』でしかない。
でも、僕にとっては違う。
全属性の微弱現象を、自由に組み合わせられる。
火の粉、水滴、微風、土埃、微量の光、わずかな闇、静電気、薄い氷の結晶——どれもゲームの中では『使えない』扱いだったけれど、現実の物理法則と組み合わせれば、これは——
化学反応の起点を、全種類揃えた道具箱だ。
僕は震える手で口元を覆った。
笑いが、込み上げてきた。
専門属性持ちは強い。彼らは確かに、単一の武器として圧倒的な力を持つ。
でも、彼らには『他の属性』がない。火属性は水を出せないし、水属性は風を起こせない。一つの強力な武器に縛られている。
無属性の僕は——全部弱い。一つ一つの威力は専門属性に遥かに及ばない。
でも、全部使える。
組み合わせ次第で、彼らには絶対にできないことができる。
「……上等じゃないか」
息を整えて、僕は心を落ち着けた。
いや、まだだ。これはあくまで『理論』だ。実際に使えるかどうかは、試してみるまで分からない。
ゲームの中で『火の粉』が出る感覚は覚えているけれど、現実の身体でそれが本当に再現できるかは別問題だ。火の粉が出たとしても、思い通りの量と方向に調整できるかも分からない。物理法則は前世と同じだとしても、この世界特有の何かが介入する可能性もある。
検証は、必要だ。
でも——
戦える。この僕でも、戦える。
その確信だけは、もう揺るぎなかった。
「……まずは情報だ」
頭を冷やして、僕は最初のスキル選択に意識を戻した。
粉塵爆発の理論があっても、実行するには『敵を知る』ことが先決だ。何が燃えるのか、どんな粉塵が利用できるのか、敵がどんな反応をするのか——情報がなければ、化学者の道具箱も宝の持ち腐れだ。
化学だって、最初に必要なのは『分析』だ。物質の組成を知らずに反応を組み立てることはできない。
「……『解析眼』だ」
迷いはなかった。
意識を解析眼の星に向けて、念じた。
——解放。
その瞬間、視界の中の星が、ぱあっと強く輝いた。
次の瞬間、世界の見え方が変わった。
「うわっ……」
思わず後ずさる。
部屋の家具一つひとつに、薄い文字情報が重なって見えるようになっていた。
ベッドを見ると、視界の隅に小さくこう表示される。
『木製ベッド(樫材)/製作後38年/耐久 6/10/状態:軋み有り』
机を見れば、
『木製机(杉材)/製作後22年/耐久 7/10/状態:左脚にガタつき』
床に落ちていた古いペンを拾い上げると、
『鉄製ペン先/使用頻度:低/状態:インクなし、要補充』
「……すげぇ」
言葉が漏れる。
ただの物の名前と数値だけじゃない。状態まで分かる。机がガタついていることは見ただけじゃ分からなかったし、ベッドがそろそろ寿命だなんて発見だ。
これは——使い方次第で、本当に強い。
例えば、ダンジョンで何かの装備や素材を拾った時、『これは何の素材か』『どれくらい価値があるか』『使い物になるか』が一瞬で判別できる。商店で買い物をする時、ぼったくられているかどうかも分かる。
戦闘でも——粉塵爆発を狙うなら、その場にある粉塵の成分や濃度を見抜けるかもしれない。
「自分にも使えるのか?」
自分の手をじっと見つめてみる。
すると、視界に新しいウィンドウが浮かんだ。今度は、もっと詳しい情報が表示されている。
『アスト・ノクトゥルナ/種族:人間/年齢:15/レベル:1/HP:45 / 45/MP:1 / 1/力:6/知:18/速:8/器:10/属性:無(全属性適性/下位互換)/才能判定:ハズレ/スキル:解析眼(Lv1)/スキルポイント:2』
しばらく、何も言えなかった。
数字の羅列が、僕の現状を冷酷なまでに正確に教えてくれていた。
HP45。一般的な大人の半分くらいだろうか。アストはまだ十五歳の少年で、しかも栄養状態が良いとも言えない。
MP1。これは——壊滅的という言葉でも足りない。アストの記憶を借りれば、専門属性持ちのMPは最低でも50はある。標準的な魔法使いなら100〜200。MP1では、初級魔法すら発動しない。
でも、僕の戦い方は、もう違う。
たとえMPが1しかなくても——火の粉一つ、水滴一つ起こせれば、それで十分。
あとは知識で、現実の物理法則で、戦況をひっくり返せばいい。
力6。これも低い。同年代の平均が10前後なはずだ。
知18。これは——ちょっと待て、これは何だ?
知能を表す数値だろうか。同年代の平均は10〜12と言われている。18は明らかに高い。アスト本人の知能というよりは、前世の僕の精神が反映されているのかもしれない。
速8、器10。可もなく不可もない。
全体として、正面切って戦う力はない。それは明確だ。
でも——
「『知』だけは、人並み以上か」
苦笑が漏れる。
不公平に低いステータスの中で、唯一マシなのが知力。それも、たぶん前世の僕の精神が乗ったから。
なら、戦い方は決まっている。
「頭で勝つ」
声に出して言ってみた。
力で負けるなら、知略で勝つ。
専門属性に負けるなら、全属性の組み合わせで勝つ。
数で負けるなら、戦況そのものをひっくり返す。
前世の研究者だった僕は、限られたリソースで成果を出すことに慣れている。実験費用も、サンプル数も、時間も、いつも足りなかった。それでも結果を出すために、何度も方法を組み替えた。
今の状況は、それと似ている。
ステータスは限られている。スキルポイントも残り2しかない。でも、頭を使えば——前世の知識を組み合わせれば——きっと、突破口はある。
「……決めた」
残りの2ポイントは、まだ温存しておこう。状況を見てから、必要なスキルに振る方が効率的だ。
火の粉も、いずれ取る。でも今すぐ取って試すには、ここは僕の屋敷の部屋だ。火事を起こすわけにはいかない。
検証は、外に出てからだ。
ステータスウィンドウを閉じる。解析眼のスキルはオン・オフが可能らしい。意識して切り替えると、世界に重なっていた情報表示がスッと消えた。
代わりに、もう一度視界の隅に星座図を呼び出す。
夜空のような暗い背景に、四つの星座が静かに輝いている。
戦闘の星座は、まだ眠ったまま。
生産の星座も、解放を待っている。
解析の星座は、最初の一つだけが、ほのかに輝き始めた。
そして中央の『異界の知』は、依然として、孤独に、しかし誰よりも強く脈動していた。
「……これから、お前に新しい星座を描いてやる」
誰に言ったわけでもない。
でも、画面の向こうにいた、あの頃のハズレキャラに——そして、今ここにいる、何者でもない自分自身に——僕は静かに約束した。
六、二度目の人生、最初の一歩
星座図と解析眼の発見で、すっかり時間の感覚が飛んでいた。
窓の外を見ると、朝の灰色だった空が、いつの間にか昼の青に変わっていた。
「……どれくらい集中してたんだ」
苦笑する。前世でも研究に没頭すると同じだった。気がつくと夜が明けていて、フラスコの中の反応も止まっている、なんてことが何度もあった。
ベッドの縁に座り直して、僕は深く息を吐いた。
現状を整理しよう。
一つ。ここはゲーム『アストレア・サーガ』に酷似した世界だが、同一ではない。物理法則が働き、人々は生きている。
二つ。僕——アスト・ノクトゥルナ——は、この世界でハズレ判定された無属性の少年。家族から軽蔑され、屋敷の隅で暮らしてきた。
三つ。だが僕には、前世の知識と『異界の星座図』というスキルツリーがある。これは、誰にも見えていないはずの能力。
四つ。MPは1、力も低い。正面戦闘は無理。だが知識と組み合わせれば、戦える。
じゃあ、どうする。
答えは——もう、出ていた。
「ここを出る」
声に出すと、不思議なくらい迷いがなかった。
この屋敷で、僕にできることは何もない。アストの記憶を辿る限り、父カイルがハズレ判定された息子を見直すことはあり得ない。長兄ルーカスは王都の騎士団試験で成績を上げ続け、家の希望として持ち上げられている。次兄エイミーは、いつも長兄の機嫌を取って、アストを蔑むことで自分の立場を保っている。
僕がどれだけ前世の知識を使っても、この屋敷の中では『無能な三男』のレッテルが剥がれることはない。
なら、外に出る。
冒険者として登録すれば、家名に関係なく実績で評価される世界がある。アストの記憶の中に、王都の冒険者ギルドのことは断片的に残っている。十歳以上なら、誰でも登録できる。没落貴族の子息が冒険者になる例も少なくない。
ハズレ判定された僕でも——いや、ハズレ判定されたからこそ——あの場所なら、ゼロから自分の力を試せる。
「……決まりだな」
立ち上がって、部屋を見回した。
持っていくものを選ぶ。
まず、本棚の隅にあった旅装。アストが昔、街の市場に行く時に着ていた、地味な茶色の上着とズボン。ノクトゥルナ家の家紋は入っていない。むしろ、平民の服に近い。これが好都合だ。
次に、机の引き出しに入っていたわずかな路銀。銀貨が三枚、銅貨が十数枚。アストが三年かけて、母の形見以外で唯一こっそり貯めていたお金だ。これでは数日分の宿代と食費でなくなる。早く冒険者として依頼を受けないと、すぐに路頭に迷う。
それから——本。
本棚から、何冊かを選ぶ。植物図鑑、鉱物の基本書、それから簡単な医学書。アストがこっそり屋根裏で読んでいた、教育されなかったから自力で集めた本たち。重いから全部は持っていけないが、最低限の三冊は背負っていこう。
最後に、ペンダント。
胸ポケットから取り出して、しばらく手の中で眺めた。
銀の鎖。深い青の宝石。その中に揺れる、星のような小さな光。
握りしめると、不思議と心が落ち着いた。
「……行こう、母さん」
誰に言ったわけでもない。
でも、ペンダントの宝石の中の光が、ほんの少しだけ、応えるように瞬いた気がした。
* * *
部屋を出る前に、もう一度だけ、僕は窓辺に立った。
昼下がりの空。風が雲を流していく。
窓の外、遠くに見える街道は、王都へと続いている。アストの記憶を借りれば、屋敷を出て徒歩で二日くらいの距離だ。
その途中に、いくつかの小さな村がある。最初の村まで歩けば、その日のうちに宿は確保できる。冒険者ギルドの支部もあるはずだ。本格的な依頼は王都まで行くべきだろうけれど、最初の手続きはそこで済ませてもいい。
計画は立てた。
もう、振り返らない。
「……ありがとう、母さん。マリア」
部屋の中で、聞かせる相手のいない感謝を呟いた。
マリアは、たぶん僕が出ていくのを止めない。彼女はアストのことを案じてはいるけれど、この家での扱いも知っている。きっと、見送ってくれる。
扉を開けた。
屋敷の廊下は、いつも通り静かだった。父も兄たちも、今は別の部屋にいる。屋敷の北側——使用人の出入り口に近い廊下を選んで、僕は静かに歩いた。
途中、台所の脇を通ったとき、奥でマリアが何かを切っている音が聞こえた。
一瞬、足が止まった。
別れを告げるべきか。
……いや。
マリアに迷惑はかけたくない。後で僕がいないと気づいた時、彼女は『知らなかった』と言える方がいい。きっと、その方が、彼女のためになる。
でも、台所の戸の前の床に、何かが置いてあった。
小さな布の包み。
手に取ってみると、ずしりと重みがある。包みを開くと——干し肉の小さな塊、固いパンが数個、それから旅用の水筒。さらに、小さな袋に銀貨が五枚ほど。
マリアだ。
いつからか分からない。でも彼女は、僕が今日にも出ていくと、たぶん気づいていた。
包みの上に、走り書きの紙片が置いてあった。
『ヘレナ様のお子様だから、お助けします。どうかご無事で。マリア』
胸の奥が、熱くなった。
母を覚えてくれている人が、まだ一人いる。
その事実だけで、僕はもう少し強くなれる気がした。
包みを背負った荷物の中に入れて、僕は深く頭を下げた。台所のマリアには見えないだろう。それでも、感謝を形にしたかった。
「……いつか、必ず」
戻ってくる、とは言わなかった。
戻ってこられる自分になる、と心の中で誓った。
* * *
屋敷の裏門を出ると、初秋の風が頬を撫でた。
ノクトゥルナ家の領地は王都の外れにあって、屋敷の周りは寂れた畑と森が広がっている。手入れが行き届かなくなって、もう数年が経つ。畑の半分は荒れたままで、森との境界もぼやけている。
その光景を見て、僕は奇妙な感慨を覚えた。
ノクトゥルナ家は、かつて栄えた家だ。アストの記憶の中に、祖父の代の話が断片的に残っている。広大な領地、立派な使用人たち、賑わう屋敷。それが今は、こんなにも寂れた。
——衰えた家。
——ハズレ判定された三男。
どちらも、放っておけば、ただ消えていくだけの存在だ。
でも、消えるのはまだ早い。
「……見ててくれよ」
屋敷を振り返って、僕は呟いた。
父にも、兄たちにも届かない言葉だ。それでいい。
今は、まだ、誰の評価もいらない。
ただ、自分の足で歩いて、自分の頭で考えて、自分の力で何かを掴む。
その結果として、いつか、誰かが振り向く日が来るかもしれない。来なくても、それはそれで構わない。
大事なのは、もう、奪われない人生を生きること。
* * *
街道に出ると、足元の砂利が乾いた音を立てた。
風がまた頬を撫でていく。
道の先には、王都へ続く街並みが、地平線の彼方にぼんやりと見えている。アストの記憶では、二日もかからずに着くはずだ。
胸の中のペンダントが、衣服越しに体温を伝えていた。
歩き始める。
最初の一歩は、不思議なほど、軽かった。
前世の僕は、何も守れなかった。研究も、誇りも、自分自身も、全部奪われて終わった。報われない人生だった。
でも——
もう一度、お前を強くしてやる。
画面の向こうの少年に向けた、あの言葉。
それは結局、前世の僕自身に向けた言葉でもあったのかもしれない。
二度目の人生を、もう一度。
今度こそ、頂点まで。
星座を、自分の手で描き直す。
「……行こう」
誰にも聞こえない声で、僕は呟いた。
頭上の空には、まだ昼間の青しかない。
でも、目を閉じれば、いつでもあの星座図が見える。
夜空のように暗い背景に、瞬く星々。
戦闘の星座、生産の星座、解析の星座、そして中央の『異界の知』。
まだ、ほとんどが眠っている。
でも——
これから、僕が起こす。
一つずつ、一つずつ、確かな足取りで。
昼の太陽が、僕の前にまっすぐな影を落としていた。
その影を踏むようにして、僕は街道を歩き始めた。
夜空に生まれ落ちた、二度目の人生の、最初の一歩を。
——第1話 了——




