第25話 土管の中で
「じゃあ、氷兎エレンちゃん!」
「おおー。何でそう思ったの?」
風見先輩は、私に理由を求めてくる。これは好感触か!?
「だって、サトシくんに初っ端からキスしたじゃないですか!」
「ほうほう」
「謎の転校生ってキャラ付けもワクワクするし、そんなエレンちゃんが、最後はサトシくんと結ばれる予感がします!」
私は人差し指を突き出して、熱弁した。
「なるほど。でも、じゅかちゃんはさ、サトシくんとキス以上に体の関係を持っちゃったよ?」
「最初に迫りすぎるのも負けヒロインを確定させる気がするんですよ! じゅかちゃんもいい線いっていると思うけど、お色気キャラ止まりになっちゃうと思います」
「……和央ちゃんの考察面白いね」
風見先輩の声が和らいだ。
おっと。これは正解ということかも!?
「ぶぶー。でもハズレ!」
「ええー。そんなぁ……」
私はショックを受けた。
エレンちゃんじゃないんだ。もうお手上げだ。
サトシくんと結ばれるヒロインってどの子なんだろう。見当もつかない。
「正解は……由夏先輩でしたー!」
「えええええぇえーーー!?」
一番ないと思っていた答えだった。
由夏先輩はサトシくんの一つ上で、1話で誰よりも先に登場したヒロインだった。
「和央ちゃん。驚きすぎだよ。今、土管揺れてたよ」
「だって、フラグ立っていましたか? なんていうか、考えつきませんでした!」
ラブコメって、主人公は同級生とくっつくのが正ルートだと思っていた。
年上のお姉さんキャラと結ばれるのって斬新だと思った。
「ひどいなぁ……」
風見先輩はひとしきり寂しそうな声を漏らした。
てっきり共感してくれると思ったから、意外だった。
「二人はね、結婚の約束をして最後にキスをするんだから!」
そうだったの!?
「ろ、ロマンチックですね!」
「うん。そうなの! ……和央ちゃんって、サトシくんが選ぶ女の子は、絶対年上はないと思ったでしょ」
図星だった。何も言えなかった。
「ふふふっ。仮にも、和央ちゃんの隣にいるわたしも先輩なんだからね?」
「それはわかっていますけど……」
「ねぇ。こっち見てよ」
風見先輩が凛とした声を放つ。土管の中には傾いた陽が差し込んでおり、オレンジ色に染まっていて幻想的だった。
「和央ちゃんは、わたしのこと好き?」
風見先輩は真剣な顔をして聞いた。いつもとは違う雰囲気にドギマギしてしまう。
「そ、その質問はずるいですよ」
「そうかな? わたしはね。和央ちゃんのこと好きだよ」
「うぅ……」
カウンターパンチを食らってしまった。質問をはぐらかした私に、風見先輩は直球のドキドキワードをお見舞いした。
私も好きですと言ってしまうのは、味気ないかな。
「わ……」
「ん?」
「私は……」
「うん」
意識してしまうと、滑らかに言葉が出てこなかった。
心臓がうるさい。風見先輩にも聞こえてしまいそうだった。
「えっと。サトシくんに似ていると言ってくれる風見先輩はちょっと苦手だけど——えっと、好きです!」
ひねくれた愛の言葉を囁いた。
「ふふっ」
風見先輩の顔が少しずつ近づいてくる。脇に置いたイヤホンがコンクリートの上に転がる音がした。
「ごめんね。だって、こんなにも似てるから」
風見先輩が人差し指で私の頬をからかうようになぞった。
その繊細なしぐさに、背中あたりがゾワゾワした。
「風見先輩……」
「んっ?」
「先輩がしたいなら、キスしてくれてもいいですよ?」
サトシくんだと思ってくれてもいいという言葉は使わなかった。
こんなに近くにいると、否応なしにお昼休みの記憶が蘇ってくる。
風見先輩は目を丸くした。しかし、すぐにいつもの冷静さを取り戻すように、柔らかい表情になった。
「いいの?」
「……はい」
私が答えてから、すぐのことだった。
風見先輩の顔が間近に迫り、やがてゆっくりと唇が触れた。声が溢れそうになったけど、必死に抑えた。
風見先輩は目をつぶって、私とのキスに集中しているように思えた。
一度唇を離した後、ふふっと軽く笑った。それから、もう一度キスをした。
風見先輩はもう茶化したりはしなかった。吐息が漏れると、土管に反響した。どちらかの声がダイレクトに耳に入ると、体の奥が熱くなった。
私たちは健全なキスを数えきれないくらいした。
「……和央ちゃん、みなみちゃんとキスしてたよね」
次に唇が重なる前に、風見先輩は躊躇いがちにそう言った。
「……はぁ。はい」
「ねぇ。あれさ、近くで見てすごく妬けちゃったんだ」
えっ。そうだったんだ。
「あの時は、わたし、和央ちゃんに恋してたように思う」
風見先輩が頬を赤らめる。そんな姿を見てたら、居ても立っても居られなくなった。今度は私から彼女の唇を塞いだ。
たどたどしく、風見先輩の手も握った。汗ばんだ手が恥ずかしくなるくらい冷たかった。
とろけるようなキスに身を委ねていると、口の中に熱いものが入ってくるのがわかった。一線を超えたような罪悪感にさいなまれる。だけどそれは嫌なものじゃなくて、気持ちを昂らせるものに過ぎなかった。
みなみちゃんと深いキスをした時とは全然違う。
風見先輩とだったら、もっとしたいと思うし、今以上にもっと近づきたかった。
「んっ……。はぁ」
息つく暇もないほど、口内をまさぐられる。口の裏を舌でなぞられた時、腰あたりがビクッとして羞恥に悶えた。
「和央ちゃん……」
風見先輩は何度も私の名前を呼んでくれていた。
きっとサトシくんの名前を呼びたいはずなのに。なんて、かわいくないことを少しだけ思う。
私が吐息を漏らす度に、風見先輩は我にかえってしまわないか心配だった。
唾液が溢れて口からこぼれそうになった。内股になった足の角度を変えようと後ろに下がったら、カタンと音を立てて何かが倒れた。
見てみると、缶ジュースが倒れた音だった。液体が漏れている。




