第23話 秘密基地に行かない?
◇
「わお、今日一緒に帰らない?」
「えっと」
「別に風見先輩とは約束してないんでしょ?」
「うん。そうだけど」
「ならいいじゃん! たまにはゲーセンとかに寄って帰ろうよ」
放課後。いそいそと帰る支度をしていたら、目の前にみなみちゃんが現れた。顔を上げたら、仁王立ちをしていたから驚いた。
ゲーセンかぁ。クレーンゲームやプリクラがある場所だよね。騒がしいから、苦手なんだよなぁ。
どんなふうに、みなみちゃんに返事をしようか迷っていたら、教室前に見慣れた顔があるのが目に入った。風見先輩だった。
「和央ちゃん!」
「風見先輩!」
私はすぐに駆け寄った。みなみちゃんも渋々と後を追ってくる。
「どうかしたんですか?」
「今日も一緒にネットカフェに行きたいなと思ってね!」
あっ。実はみなみちゃんから、先に遊びの提案をされたんですよ。
そんなことを口にしようとしたら。
「みなみー」
と、隣のクラスのピーちゃんが現れた。
ツインテールが今日も決まっていて素敵だった。
「ピーちゃんじゃん。どうしたの?」
みなみちゃんは気さくに話しかける。
「どうしたも何も。前に貸した雑誌さ、そろそろ返してくれない?」
「うわ。完全に忘れてた。ごめん」
「いや別にいいけどー。今日、みなみの家に寄っていい? その時、返してよ」
「……まぁ、いいけど」
「あと、聞いて欲しいことあるんだよね。この前言ってたライブの——」
長くなりそうだ。
みなみちゃんはチラッと私を見た。先に私を誘った手前、気まずいのだろう。
私はいいよいいよと、手を前に出して、"そっちの用事を優先していいよ“のポーズを取った。
みなみちゃんは下がり眉になり、表情でごめんと謝った。そしてカバンを持ち、ピーちゃんと共に教室から出ていった。
ポツンとその場には、私と風見先輩だけが取り残された。
「みなみちゃんは友達多いから、いろんなお誘いがあるんだねー」
ゆるっと和むような笑みを浮かべてくれる。
「はい。すごいですよね。私は、みなみちゃんしか友達がいないから、こういうことがあったら、一人になっちゃうんですよ。あははっ」
極めて明るく言ったつもりだった。
「またまたー。ってか、和央ちゃん! それ友達0人のわたしの前で言うセリフかぁー!」
風見先輩はツッコミを入れるようにズバリと言った。
なんて返していいかわからなかったので、とりあえず笑っておいた。
そしたら風見先輩は、
「和央ちゃん。こんな先輩だけど今日も遊んでくれる?」
と謙虚に言った。かわいい。
「もちろんですよ!」
「やったー!」
なんやかんやで今日も風見先輩とネットカフェに行くことになった。私は自然と口元が緩んだ。
◇
「ええー。臨時休業!?」
いつものネットカフェに二人で向かったら、なんと休みだった。店の前には謝罪の文言が貼られてあった。
こんなこと今までなかったのに。どうしよう。
風見先輩は顎に手を当てて考え込んでいた。くるりと私に向き直る。
「じゃあさ。和央ちゃん。ウチの——」
そこまで言われてピンと来た。
もしかして風見先輩。家に誘ってくれるのかな?
ネットカフェでヒロ5が見れないなら、先輩のお家でゆったりソファに並びながら見ちゃったりして。なんて。
一瞬にして妄想が繰り広げられた。
しかし、風見先輩の次の一言は、予想に反するものだった。
「——秘密基地に行かない?」
「えっ。あっ。ええっ!? い、行きます!」
正直、動揺した。
だけど、すぐに好奇心がニョキニョキと芽を出した。
モデルをしていてもおかしくない、垢抜けた風見先輩の口から、小学生以来聞いたことのない"秘密基地"という単語が出てくるなんて。面白すぎる。
「実はね、ここから近い場所にあるんだ」
「そ、そうなんですか?」
「うん。ついてきて!」
風見先輩が颯爽と前を歩いた。
「ま、待ってくださいよ!」
ボヤボヤしていたら置いていかれそうだ。
夏が終わろうとしているのに、秋らしさをまったく感じない。トンボがいてもいい頃だと思うのに、蝉の鳴き声しか聞こえてこない。
高校生活。青春らしいことは何もできていないけど、風見先輩を追いかける一瞬は辺りがキラキラ光って見えて、無敵な気持ちになることができた。
私をどこに連れて行ってくれるのだろう。楽しみだ。
◇
草がボーボー生えた空き地の中に、大きな土管が一つ横たわって置いてあった。辺りは誰もいなくて、ひっそりしている。
「ここは……」
「秘密基地だよ!」
目が点になった。
風見先輩が案内してくれるところだから、さぞかし素敵な場所だろうと思っていた。
木の上にある展望台付きの秘密基地を想像していた。
数分前に通った大きな公園では、ジャングルジムなどの遊具があったり、ボール遊びをしていたりする子どもたちがいた。真ん中には噴水とオシャレなベンチもあった。きちんと整備されていて、安全性が高そうな公園だと思った。
だけど、この空き地には誰もいない。子ども一人いない。
少しついてきたことを後悔した。
「あっ。今、冴えない場所だなって思ったでしょ?」
「は、はい」
相手が風見先輩であっても、嘘がつけなかった。
「こっちに来て」
しっかり手を握られて、土管の前に連れて行かれた。
「わぁ……!」
中を覗いてみると、座り心地が良さそうな青色のクッションが置いてあった。よく見たら、市販のお菓子とジュースも用意されていた。
風見先輩は私の手を離すと、頭を丸めて、土管の中に入ろうとした。
スカートが捲れてパンツが見えそうになっていた。スラリとした白い太ももが伸びている。
あんまり見ちゃいけないかなと思って目を逸らした。だけど、一瞬、茶色いアザのような跡があったのが見えた。
見間違いかな。もう一度見ようとしたら、こっちを見ている風見先輩と目が合った。
「和央ちゃんもおいでよー」
のほほんとした笑顔で私を手招いた。
「は、はい」
私も同じようにしゃがんで、土管の中に入った。あれ? あまり埃っぽくない?
意外に快適かも。
目の前はコンクリート。声を出すと、鈍く反響した。遠くから自転車のブレーキを引く音がした。キキィー。平和だ。
「なんか、落ち着くかもです」
「でしょ!?」
風見先輩が嬉しそうに相槌を打った。
「わたしね、家にいたくない時、ここに来ることが多いんだ」
「へぇ。そうなんですね」
風見先輩もそういう気分になる時があるんだ。意外だった。
「ごめんね。和央ちゃん。うちに遊びに誘うと思ったでしょ? こんな土管しかないところで驚いたよね」
彼女は珍しくネガティブになっていた。
「で、でも、楽しいです! 童心に戻れたみたいでワクワクします」
気を遣ったわけではない。本心だった。




