第13話 いけない子
「今、目が覚めたところだよ。んんー。よく寝たぁ」
風見先輩はその場で、めいいっぱい体を伸ばした。ワイシャツから見える二の腕が、やけに白かった。慌てて目を逸らす。
「このブランケット、和央ちゃんがかけてくれたの?」
「は、はい」
「やさしー。ありがとー」
風見先輩はムクっと起き上がった。髪がボサボサだった。
「ねぇ。わたしに好きって言った?」
「えっ。あの。その……」
「ひひっ。言ったでしょ〜」
顔を近づけて、じーっと見つめられてしまう。
ロックオンされた気がした。
「和央ちゃんの声がきゅーんと耳に届いたから、起きちゃったんだけど?」
「……」
「でも、寝ぼけてたから、よく覚えていないなぁ。だからもう一回言ってくれる?」
「えっ」
体が固まってしまう。そんな。起きている本人を目の前にして、言えるわけない!
私が反論する前に、風見先輩は準備万端というように横顔を向けた。
右耳をんっと突き出して、囁かれるのを今か今かと待っていた。
ごくりと唾を呑んだ。ええい。一度聞かれているなら、もうきっと恥ずかしいことはない。はず!
「……む、昔、好きだったよ」
「いつから?」
台詞の途中なのに、風見先輩から口を挟まれてしまった。
そ、それは……。
私は覚悟を決めた。
「き、昨日から」
「ふふっ。それって、和央ちゃんのことじゃん♪」
正面を向かれて、にこーっと笑われてしまう。
「——また会えて嬉しいな」
私は残りの台詞までしっかりと言い切った。
「うん。わたしもまた和央ちゃんとネットカフェに来られて良かったよ〜」
アニメの世界と現実が混合している。頭がこんがらがってしまいそうだった。
だけど、目の前の桃色の世界に少しでも長く浸かっていたいと感じる自分もいた。
「ねぇ。さっきも思ったけどさ、耳で囁かれるのって結構ゾクゾクするね」
「そ、そうなんですか?」
「そっか。和央ちゃん、される側になってないもんね。ねぇ。左耳向けてみて」
「こうですか?」
風見先輩の言われるがままにした。
そしたら、不意打ちで耳を触られてしまった。
「ひゃっ」
ビクッと肩が跳ねた。恥ずかしい。感じてるとか思われたかな?
絶対、笑われると思ったのに、風見先輩はノーリアクションのままだった。
調子が狂う!
風見先輩の顔が近づいてくるのが気配でわかった。触れるか触れないかの距離に、ドキドキしてしまう。
ふーっと息を吹きかけられた。予想していなかった行動だけに、今度は背中ごとびくんと跳ねてしまう。
クスッと笑われた気がして、思わず風見先輩のほうを向いた。
「好きだよ」
「……っ!」
そしたら告白台詞を言う彼女と目が合った。風見先輩の目はキラキラしていて、魔法にかかったみたいに、ときめいてしまった。
キスできるくらい近い距離に、心臓が翻弄される。ずるすぎるよ。
「あっ。和央ちゃん、こっち向いたらダメじゃーん」
風見先輩が私の右耳を追いかけるように食らいつく。
「……いけない子」
至近距離で囁かれた。先輩の海の風のような、なめらかな声で言われると、何も考えられなくなってしまう。
「どう? ゾクゾクした?」
「しました……」
ヘニャヘニャと力が抜けて、そのまま床になだれ込んでしまう。もう限界だ。
「ありゃ。和央ちゃん、どうしちゃったの?」
「……」
「ほらほら。ブランケットかけてあげる」
風見先輩はすぐ近くにあった茶色の膝掛けをパサッと私にかけた。先ほどまで彼女が使っていたものだった。ふんわりといい香りに包まれる。
「ありがとうございます……」
もう暑いくらいだった。
私の心は十分に満たされていた。
だけどその言葉を聞くまでの間だけだったと思い知らされる。
「本当にサトシくんっぽいよね」
「……」
ああ、まただ。
サトシくんの名前を出されると、モヤっとしてしまう。
夢の世界にいたようなまどろみが一瞬にして無くなってしまう。
「ありゃ。和央ちゃんどうしたの?」
「……飲み物取ってきます。コップ、空になっちゃったので。風見先輩の分は、そこにあります。中身はリアルゴールドです。良かったら飲んでください」
「ありがとう〜。実は喉渇いてたんだよねっ」
風見先輩がぐびっとジュースを飲んでいる間に、私はそそくさとブースから抜け出した。
「はぁ……」
ドリンクバーの前には誰もいなかった。機械の起動音だけがジーッと鳴っていた。
風見先輩が私に構ってくれるのは嬉しい。
だけど、サトシくんの名前を出されるのは嫌だなぁ。
しかし、彼は風見先輩と私を繋ぐ重要人物でもある。
むしろサトシくんがいたからこそ、関係値0の私に興味を持ってくれたとさえ言える!
きっと胸が痛いのも気のせいだ。うん。そんな違和感はスルーしてしまえば良い。
ドリンクバーでは烏龍茶を注ぐことに決めた。口直しというやつだ。
くるりと後ろを振り返ると、雑誌コーナーがあることに気づいた。
本屋で見かける最新号のファッション雑誌なども置いてあるのが驚きだった。
一通りタイトルを見ていったら、ふと「国民的兄・俳優の〜」という見出しが目に入った。
そういえば、私に似ている兄がいることを風見先輩に打ち明けたんだった。結果的に、寝ていて聞いていなかったというオチだったけど。
……。
まだ言わなくてもいいよね。そのうち、いつかは言うから。
今はこのままがいいな。
「あの。どいてもらってもいいですか?」
突然スーツを着た男性から声をかけられた。
「す、すいません! どうぞ!」
いけない。ドリンクバー前を占領していたみたいだった。
とりあえず風見先輩がいるブースに戻ろう。
私は手元の烏龍茶をこぼさないように気をつけながら、急いでもと来た通路を戻っていった。




