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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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 九条さんは歴戦の稀人である。

 人生の大半をお役目に費やしたといっても過言ではない。

 玉彦のお役目で稀人としてお供をしてくれるのは、宗祐さんや南天さん、そして最近だと豹馬くんや須藤くん。

 九条さんとのコンビで動くのは今回が初めてだった玉彦は、痒い所に手が届く九条さんの稀人ぶりにそれはそれは大満足なようで、引退とは名ばかりでまだまだ現役だと感心していた。

 真夜中の山中でのお役目にて、一体九条さんはどんな手腕を発揮しているのか気になるところである。


 九条さんの手腕はさて置き、玉彦が感心していることはまだ他にもあって、僵尸を捜している合間に聞かされる水彦や道彦の話が参考になるそうだ。

 ちなみに澄彦さんの話は一切出ないらしい。


 そんな感じで上手くやっているコンビを夕方、私と豹馬くんはお寺の門の前で見送っていた。

 初七日を終えた住職さんたちもお寺へと戻り、そして網元の屋敷に集まっていた人たちも一緒にやって来た。

 本来なら屋敷で夜も宴会らしきものを行うのだけれど今は有事なので、安全なお寺で、ということになったようだ。

 有事なので中止とならないところに苦笑いしか浮かばない。

 でも送られる紘雄さんからすれば賑やかな席の方が嬉しいだろうと思う。

 やって来た一行の中には紘夢くんは勿論のこと、八紘さんや航太郎さんもいた。

 二人は私たち四人を見てうわっとした顔をしたけれど、軽く頭を下げてお寺へと入って行った。

 私はそんな二人を見て、おや? と思う。


「ねぇ、なんかちょっと感じが変わった気がしない?」


 隣の玉彦にそう言うと、人の機微に疎い玉彦は首を傾げる。


「そうか?」


「すっごい感じが悪くて意地悪そうな雰囲気だったのに、顔が穏やかっていうか」


「憑き物が落ちた感じ、でしょうかね」


 九条さんの合いの手に、私はそうそう! と指差す。

 すかさず私の指先を不敬だと叩き落した玉彦は、すっかり九条さん贔屓である。


「片意地張らなくて済むようになったからじゃねぇの? 肩の荷が下りたんだろ」


「本当にそう思っているならお前の目は節穴なのでしょうねぇ」


 九条さんは片頬に手を当てて、なんとも情けないというジェスチャーをし、豹馬くんは言いたいことを堪えて顔を背けた。

 うん。どう考えてもたぶん食って掛かって返り討ちに遭うパターンだ。


「今夜は東の避難者と初七日の参列者が寺に居ることとなる。人が多くなれば、僵尸もまた引き寄せられやすい。間違えても塀の外に比和子を出さぬように頼むぞ豹馬」


「了解です」


 玉彦の忠告に豹馬くんは頷き、そして私に向かってそう言うことだから絶対に外へは出るなよ、と念を押した。



 玉彦と九条さんを夕陽に向かって送り出し、私と豹馬くんは賑やかになったお寺へと戻る。

 通夜振る舞いのような座敷で夕食を頂いて、早々に部屋へと帰った私と豹馬くんはそれぞれの部屋で思い思いに過ごす。

 とは言っても三部屋連なっている部屋の真ん中の九条さんの部屋の襖を両側開け放ち、一つにしていたのでお布団に横になってスマホをいじりつつ首を伸ばせば、私と同じような体勢でやはりスマホをいじる豹馬くんが見えた。

 一応豹馬くんだって男の人なので玉彦がこの状況に一言文句を言いそうだったけれど、私の身の安全と豹馬くんへの信頼を天秤にかけて納得はしている。

 手元に引き寄せた電気スタンドの色褪せたスイッチを押して灯りを消せば、豹馬くんの周囲だけ淡く光っていた。


 田舎の夜が暗いことを私は鈴白村で嫌というほど経験している。

 特に正武家屋敷は小高い山の上にあるので、街灯の明かりは届かず、夜の庭を歩くには月明かりだけが頼り。

 お寺も立地的には正武家屋敷に近いものがあり、暗闇と言えば暗闇だが全く見えない訳ではない。

 夏も終わりに近づいたとはいえ、まだまだ夜は蒸し暑く感じることもあって、豹馬くんの向こう側の障子は開けられて外の木々と白い塀がぼんやりと見える。

 闇に目が慣れ始めれば暗くはあるもののそこに何があるのか認識は出来た。


 そして私は再び色々と考えるのだ。


 この島には夜這いの習慣が過去にはあって、同意のもとであればともかく、大事な娘を守る為に私が泊まっているような部屋が島民の家にもあったりする。

 八紘さんの母親は自分の部屋に招き入れたと住職さんが言っていたので、彼女の部屋はこんなに暗くもなく窓もあって、カーテンを閉めていたところで、何と言うか、その、相手の顔が分からなかった、なんてことがあり得るのだろうか。

 最中に目を閉じていたとしても、終わった後に見送るだとか相手の男を絶対に見ているはずなのだ。

 それに声だって、とは思うが小声で囁かれれば余程聞き慣れていないと分からない、のかな。


「豹馬くん、豹馬くん」


「んだよ」


「ちょっと囁いてみて」


 一つ向こうの部屋から私の部屋を照らした光が翳り、豹馬くんがこちらに背を向けたのが見えた。


「ちょっと囁いてみて」


「なんで、どうして。こんなに離れて囁けって、お前馬鹿なの?」


 確かにこの距離で囁かれても声の違いを判断する以前に声が聞こえない。

 仕方ないので私は高校生時代のジャージにTシャツという色気のいの字もない寝間着の格好で、豹馬くんに近付く。

 すると豹馬くんはがばっと起き上がって、部屋の電気を煌々とつけた。

 目の奥に伝わる激しい刺激に固く閉じた目を開くと、豹馬くんは胡坐をかいて眉間に深く皺を刻んでいた。


「いいか、上守。オレは絶対にお前に邪な感情は持っていないし、自制心にも自信がある。だからこうやって玉様も爺様も信用してお前と夜でも一緒にいる。だがな、傍目から見て余計な詮索をする奴もいるんだ。気安くこっちに来るんじゃねぇよ」


 お前と一緒の部屋に居る時は絶対に電気の下にいるからな! と豹馬くんは枕元の眼鏡ケースから眼鏡を取り出して乱暴に掛けた。




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