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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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18


 儀式で海福の血に残された僵尸を抑える力を増幅させ、同時に僵尸の始祖である佐伯の血を減衰させ共鳴を抑える。

 故に先代が亡くなり、代替わり儀式前の減衰させられていない佐伯一族の血に誘発された僵尸は土中で蠢き出す。

 ちなみに儀式は必ずしも正武家が行わなければならない訳ではなく、稀人でも行えるそうだ。

 ただしそれ相応の力を持っていないと儀式の最中に血のしがらみに飲み込まれてしまう恐れがあるらしい。


「それって亡くなる前に代替わりの儀式をすれば良いんじゃないの?」


「当時は船旅も命懸けだ。出来るだけ長い期間で効率良くする為にこうした運びとなったのだ」


「うーん。ていうか海福が死んだら僵尸が動き出すっていうのはどうしてなの? だって一番最初に僵尸にされた網元は制御不能になったでしょう? それに血が受け継がれて子孫が僵尸に影響を与えるって、そんなの分からなくない?」


「簡単なことだ。海福が僵尸を作る際に自身の血を使った。それだけのこと」


 海福の血は亡くなった網元の口に注がれ、生き血を得て動き出した網元だった僵尸は次々と島民を襲って僵尸化させた。

 それはつまり血液感染する病気のようなものだろう。

 薄まったとしても海福の血が哭之島の僵尸にとっては身体を動かす原動力となっている。


 次々と玉彦によって明かされる哭之島の実態に、午前中だけで私の頭はパンクしそうだった。

 昨日の朝までは僵尸が眠る島で起こさないように代替わりの儀式を行うだけで、ちょっと長居して遅い夏のバカンスを玉彦と、と甘い考えを持っていたのに、蓋を開けてみれば代替わりの儀式は頓挫しそうだし、僵尸を根こそぎ九条さんは退治しようとしているみたいだし。

 坂を転がり落ちるように問題が雪だるま方式に面倒臭くなってきている。


「玉彦……」


「うん?」


「このままさっさと八紘さんに儀式するって言って儀式して、九条さんをお布団で簀巻きにして船に拉致って帰らない?」


 啖呵を翻して実力行使で九条さんに不穏なことをしようという私に玉彦は頷きかけたけれど、ぐっとこらえた。


「そのような格好の悪いことはしたくない。九条の心残りを何とかしてやりたい思いもある。それに」


「それに?」


「誰が九条を簀巻きに出来るというのだ……。そこが一番の無理難題だ」


「玉彦と豹馬くん二人掛かりで? 私の眼も活用して?」


「……お前はまだ九条の本当の恐ろしさを知らぬとみえる。そも弟子の比和子の眼が九条に通用などするものか。鈴白に帰った後のことを考えているのか。死ぬまでずっと責められ続けるぞ。ずっとぞ!」


「うっ……」


 二人揃って無言になっていると、お昼が近づいて来て山から戻って来た九条さんと豹馬くんを見て、私は後ろめたさから思わず顔を背けてしまったのだった。



 午後も島内の捜索に出掛けると思っていたら、予想に反して九条さんは作戦会議を開きましょうと提案したので玉彦は住職さんを始めとする西側の昨晩宴会に参加していた人たちを集めた。

 詳しい事情は説明せず、今後数日夜中に僵尸が島内を彷徨うことが考えられる、と次代の玉彦が言えば、彼らは疑うこともなくそれは大変だと俄かに騒ぐ。


 西側の人たちは五村の出身だから正武家の玉彦がそう云うことを言っても疑うことが無い。

 むしろ玉彦がわざわざ島に来たのだからそう云う正武家のお役目にまつわることが島にあるのだろうと暗黙の了解だったようである。

 それに島には僵尸が眠るという謂れがあることを知っていて移住してきた人たちだから、なおさらだった。


「家から外に出なければ問題はないはずだが、心配であれば陽がある内に寺へ避難してほしい」


 玉彦が言うと彼らは顔を見合わせた。

 お寺を囲う塀には水彦の御札が埋め込まれており、僵尸は近付けない、と豹馬くんが説明を加えると、彼らはだったら自分たちは大丈夫だと頷き合った。


「大丈夫、ですか?」


 私が近くにいたおばさんに声を掛けると隣の旦那さんらしき男性が胸を張った。


「わしらはこっちに来る時に家の正武家様の御札を頂いて引越ししてきとるんですわ。玄関にありますんで」


 そうなの? と玉彦に視線を送れば彼も知らなかったようで少し驚きの表情を見せていた。

 次代の玉彦ではなく、当主の澄彦さんには五村の人間が哭之島へ移住する際には御札を持たせることが先代から申し送りされていたようである。

 澄彦さん、あぁ見えてきちんとお仕事をしているんだと妙に変なところで感心をしてしまった。


「では西側は問題ないということか。東側は」


 玉彦が集まった島民に返事を促すと、全員が揃って首を横に振った。

 御札は無いし、こちらから説明をしてもすんなりとは従ってくれないという意思表示の表れだ。

 せめて網元が間に入ってくれたならと思うけれど、昨日一悶着あったので望めないだろう。

 さてどうしたものか、島民たちが口々に悪口を交えて東側の人たちのことを話し始めれば、少ししてから私の隣のおばさんが小さく手を上げた。


「あのう。紘夢さんに話をしてみるってどうかね?」


 おばさんの発言に外部の四人以外がその手があったか! と拍手が起こる。

 昨晩の宴会で散々八紘さんは文句を言われていたけれど、弟の紘夢くんについて誰も悪く言う人はいなかった。

 むしろあんな家でと同情的だったのを思い出す。

 紘夢とは一体どういった人物なのかと九条さんが住職さんに水を向ければ、腕組みをしてがっくりと首を大袈裟に下げた。


「紘夢は佐伯の本来の跡継ぎなんですわ」


 ぎょっとして住職さんを二度見した私とは対照的に、玉彦は玉彦様モードで無表情を保っていた。




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