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お葬式で故人を火葬する為の棺は、思いの外重い。
遺体が収められていれば尚更で、男性四人で持ち上げてようやくである。
中の遺体が千年前の人間で、ちょっと干乾びかけていても、である。
午前中に山で九条さんたちに発見された僵尸は島民たちの協力もあり、テントを張って陽を遮り、慎重に掘り起こされて衣服は腐れていたもののほぼほぼ綺麗なままで発掘された。
私よりも小柄で細いお爺ちゃんの僵尸だった。
玉彦が祓ったわけでもないのに手足は細く無駄な肉は元々なかったせいで骨と皮に近い。
動き出そうと活発になればそれなりに身体がパンプアップされるそうだ。
豹馬くんが無惨な状態にしてしまった僵尸はまさにその状態だったようだ。
もう少し身体がしっかりと機能するまで待っていれば、引き上げても上半身と下半身が残念なことにはならなかっただろう。
お爺ちゃん僵尸はお寺に用意されていた白装束を着せられたあと、丁寧に棺に寝かされた。
恐々覗き込んだ私の目には、普通にちょっと干乾びた遺体に映る。黒い靄は纏っていたけども。
それから棺はおじさんたち四人に担がれ、住職さんを水先案内人として網元の屋敷にアポなしで運び込まれた。
突然乗り込んできたお葬式を彷彿とさせる一行に、屋敷の外に裸足で飛び出してきた八紘さんと航太郎さんが目を白黒させる。
昨日会った八紘さんは頭部に包帯を巻いて目を癒していたけれど、大分良くなったみたいで包帯は取れていた。
残念なことにやはりイケメンではない。
玄関からは使用人らしき二、三人が木戸から覗いていた。
「なっ、なにごとですか!? なんですか!?」
年長者の航太郎さんが住職さんに詰め寄って棺を指差す。
「正武家様がそうせよとおっしゃいました次第で」
「嫌がらせか! 棺桶なんぞ! 兄貴の葬式は終わったぞ!」
今にも住職さんに掴みかかろうとする勢いの航太郎さんさんだったけれど、白い着物に黒い羽織を肩に掛けた玉彦が葬列の最後尾からゆっくりと歩んできたのを見て、口を噤んだ。
昨日のけんもほろろな塩対応を思い出し、冷ややかな雰囲気を無言の威圧感で醸し出す玉彦に目元を痙攣させる。
「今さらなにしに……!」
「下がりなさい。下郎。お前なんぞに用はありません。佐伯の跡継ぎはどこにおりますか」
玉彦の前に進み出た九条さんが顔を真っ赤にさせた航太郎さんを屁ともせず、屋敷を見渡す。
すると下郎とまで呼ばれた航太郎さんがカッとなってこともあろうか九条さんの襟元に手を掛けた。
さすが海の男である。来客の前ではそれなりの言葉遣いや対応を見せていたのに、喧嘩っ早い。
師匠の危機に玉彦から数歩遅れて葬列の最後尾から私が駆けだせば、二秒後には私の足元に航太郎さんが転がった。
「「「「はっ?」」」」
たぶん、その場に居た玉彦と豹馬くんと当の本人の九条さんを除いて誰もが目を丸くした。
投げ飛ばされた航太郎さんも仰向けに空を見上げて驚きのあまりに固まっていた。私の眼の所為ではない。
九条さんは手にしていた黒い檜のステッキで胸元を掴んでいた航太郎さんの手を叩き落して、間髪入れずに柄の部分をお腹に遠慮なく突き立て、けっして小柄とは言えない航太郎さんの身体をほいっと軽々空中に放り出し、浮かび上がった身体の背を素早い動きで一度ステッキで突いて仰向けにして落としたのだ。
最後にコツンとステッキの先端は航太郎さんの額に乗せるというおまけ付きだった。
私は数年後、この動きの本来の一連の流れを見ることになる。
九条さんの曾孫の竜輝くんによって行われた反閇、である。
九十七歳であんな事が出来ちゃう九条さんを簀巻きにして船で拉致って帰ろう、などと考えていた私。
玉彦が言っていたまだ九条さんの恐ろしさを知らないとの言葉を思い出しつつ、ほぼ強制的に屋敷に用意させた大広間に腰を下ろした。
棺は北枕に広間の中央に置かれて、上座に玉彦、その後方に私。九条さんと豹馬くんは玉彦の斜め前方左右に座す。
普段の惣領の間とは違う配置で、その意味を知る私は緊張感が増す。
当主や惣領の間で稀人は通常、正武家家人の後方にいる。
家人の正面に依頼者、左右前方には本殿の巫女や私が座る。
そして巫女や私の後ろに家人付ではない稀人が座るのだ。
これは稀人の視界を広くして、自分の前にいる人物を守る為である。
稀人の後方は壁や襖なので注意を払う必要はほぼ無く、前方だけに意識を向ける。
だったら家人の前に座っていた方が出足を遅らせることがなく対応できそうなものだけれど、家人の視界を無駄に遮るのは不敬とされているのでまずその位置に稀人が座ることは無い。
しかし今、九条さんと豹馬くんは玉彦の前に座り、守りを固める配置。
しかも九条さんは私自身の判断で危険と感じたら、神守の眼を使うようにと指示を出した。
これまでことごとくフラグをへし折って来た九条さんである。
師匠がそういった指示を出すのならば、そういった事が起こるということなのだ。
なので私は増々緊張して、正座した足をもぞもぞさせる。
座敷全体を見渡せる位置に私が座らされた理由に緊張するなというのは無理があった。
なにせ九条さんと修業はしているものの、実際のお役目に駆り出されることはほぼ無く、免許だけ持っていて運転しないペーパードライバーのようなものなのだ。
私の二十年の人生の中で一番実戦で眼を使ったのは高校二年生の時である。
「ぁぁぁぁ~……」
と、小さく呻くと玉彦が振り返り、私にだけ見えている顔を優しく微笑ませた。
「上手くやろう、失敗したらなどと考える必要はない。下手でも失敗してもそれもまた経験である。私がここにいる。比和子が暴走しようとも想定内である」
「頑張れって言われるよりマシだけど、下手で失敗する前提で言われるとなんかムカつくわ……」
伸ばしていた背筋が猫背になって、私はちょっとだけ緊張が解れた。




