八 目的と、標的
「えーーっと」
いたい。
視線が、痛い。
周りの視線は先生のおかげで、なんとか最小限に収まってきた。
だが、ヒロインことシンシアと、この目の前の男の視線が突き刺す様にいたい。
婚約者殿は不機嫌そうにメーアスと授業内容をこなしている。
それだけが救い。
「あの……」
とりあえず、初めましてだ。
まぁ、乙女ゲーのイベントとはいえ『どうして留学に?』だとか、『どうして私?』だとか。
聞きたいことは色々あれど、他の生徒と同様に授業は進めたい。
まずは、自己紹介! これに尽きる。
「初めまして、ユールティアス様。ご存知かもしれませんが、リュミネーヴァ・レ・レイ・ローゼンと申します」
「ん? あぁ、知ってるよ。よろしく」
だから、な ん で 知 っ て る の ?
あれか?
父や兄が国の要職だから、家族構成も頭に入ってるとかかな。
「まだ帝位も継いでない、君たちと同じ学徒だ。ユールでいいよ。その代わりーー」
「その代わり……?」
整った顔立ちだけみれば、冷たい印象を与えかねないのだが。
その物腰のやわらかさと、言葉の選び方でどこか上品な印象を与えるな、と。
うっかり、上の空で聞いてしまった。
「ーー私もリュミって、呼んでいいかな?」
「へぇ!?」
私も、ってなに!?
今のところそんな呼び方は誰も……、いや。
お兄様や家族はそう呼ぶし、お会いしたのかしら?
いやいや、急接近しすぎでは!?
……まさか、御自らスパイじゃないでしょうね?
私から、情報を抜き取ろうとしてるんじゃないでしょうね?
甘い。こちとら転生令嬢。
物語の展開は知らないけど、当事者ながら客観的に物事を判断できるのだ。
「……私が、お断りできる立場にないのはご存知かと」
「それもそうだね」
にっこり、とでも効果音がつきそうな笑顔はどこか憎めない。
憎めないのだが、裏がありそうで怖い。
「それで、何をすればいいんだい?」
「あ、はい。ご説明いたしますわ」
彼が入室前に先生に言われたのはこうだ。
「魔力をより感じとる練習なのですが、……まず、互いに手を取り合います」
言いながら、実のところ不安がよぎる。
私は男性が苦手なのだ。
一応、この空間には他にも生徒がおり、二人きりではないにしろ。
もし、手が、体が触れ合う、という事態になったらどうなるか……。
先程までは婚約者殿だったから、まだ良かった。
だが、今回は初めましての男性だ。
すでに、言葉を交わすだけでも相当緊張はしている。
「へぇ、……こう?」
こちらが身構える前に、手を差し出してきた。
大丈夫、……怖くない。
美形なだけで、怖い人ではない……たぶん。
あとはこちらが手を添えるだけ。
それだけで、授業は進むのだ。
覚悟を決めろーー!
(あ、まずい)
私がもたもたしているのがいけなかったのか。
はたまた、彼のいたずら心なのか。
そろりと忍ばせた手をもう片方の手で誘導した彼は、何を思ったのか。
--そのまま、私の手に口づけた。
「ーーリュミネーヴァ様! 何をなさってるんですか!」
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