悲しみは滝の様に
扉が開きライラの赤い髪越しに光が部屋に差し込んでくる。フェシリアはギュッと目を瞑り、覚悟を決めた。
(ノーフォーク公が来てしまった…)
「この度は誠に申し訳ございません。私に出来ることならばどんな罰でも受けるつもりです。」
自分でも声が震えているのがわかった。フェシリアは下げれるだけ頭を下げた。何だか体も少し震えている。
「頭をあげなさい。」
しかし、その声はノーフォーク公ではなく、息子に家督を譲った、前ノーフォーク公のものだった。
恐る恐る頭を上げるとフェシリアの目の前にいるのは、前ノーフォーク公とその奥方様、アリツィア夫人だった。ノーフォーク公爵家といえばこのエドニア大国の中でも有数の名家である。王家とも親戚関係にあり、誰もが一目おくお家柄だ。
息子と同じ金髪碧眼、少し白髪はあるがそれがまたロマンスグレーになり歳をとってもまだ魅力を放つ前ノーフォーク公、同じく公爵家から嫁いだ美しきアリツィア夫人。まるで絵画の中から飛び出してきたような夫婦だ。
(う、美しい。そりゃ、息子もあんなに美型になっちゃうわ)
フェシリアは父親から受け継いだ自分の茶色の髪を見て、場違いな事を考えていた。そしてすこし悲しくなった。
「今、少しいいかね?」
前ノーフォーク公が話し始めた。
「今回の事は、誠に残念だよ。私達も人の親、やはり息子があんな目にあうのを見るのは辛いものだ。フェシリア、私達は一度は君を娘にと望んでいた。だが、あんな形になってしまった。悲しいよ。」
続いてアリツィア夫人も静かに話始めた。
「フェシリア…体は大丈夫?」
フェシリアはアリツィア夫人の声を聞いて泣き出してしまった。
(こんな時でもワタシの体を気づかってくれている。ごめんなさい。ごめんなさい。)
フェシリアとアリツィア夫人は初対面ではない。前ノーフォーク公は家督を息子に譲った後、別宅に移り住んだ。
夫人は別宅で刺繍を教えたり、お茶会を開いたりしていた。フェシリアは姉と一緒に何度も参加させて貰い、飾らなく、やさしいアリツィア夫人の事が大好きだった。
そんな夫人をも裏切ってしまった。
次から次へと涙が溢れてきてとまらない。
「フェシリア、もう泣かないで。今は体を治す事に専念しましょう。あなたはそんな無責任な人ではないわ。私はわかってる。何か事情があるのでしょう。でも、今はその事は話さなくてもいいの。ね?」
夫人はとてつもなく優しい。今はそのやさしさが胸につきささる。
「ひとまず、息子も治るまではこの館にいるようにと言っている。治ってからまた話を聞かせてくれ。私達は別宅へと一旦帰る。困った事があったら執事のヘンリーに言いなさい。いいね?」
二人の後ろでノーフォーク邸執事のヘンリーが片手を胸にあて頭を下げた。
(うちの執事とは全然違う。品もあるし、一部の隙きもない。本物のプロだわ。それに、前ノーフォーク公も本当に優しい。頭にきているだろうに)
前ノーフォーク公夫婦は名家であるだけではなく、人格者としても広く知られている。
(やっぱり、ここに私が入るなんておかしな話だったのよ)
二人に対する申し訳ない気持ちと自分に対する惨めな気持ちで、もうフェシリアの涙はとどまるところを知らなくなってしまった。次々溢れてきてこのままでは近々脱水症状で今度は倒れてしまうだろう。
(うぅー。悲しいよ。)
それを察したアリツィア夫人が
「一人で泣きたい時もあるわよね。フェシリア、私達はもう行くわ。泣くだけ泣いて元気が出たらちゃんと寝て、ご飯を食べるのよ。」
そう言って二人は部屋を出ていった。ヘンリーも
「何か御用の時はベルをお鳴らしください」
と言って一礼して出ていった。
静かになった部屋にフェシリアの泣き声だけが響いていた。…フェシリアの泣き声だけが? シクシクシク…
「お嬢様ぁ」
そうだ!忘れていた。ライラがいた。まるで置物のように静かだったけど。
「お嬢様ぁ、いい方たちですねぇ…うっうっ」
「そうね、ライラ。でもあまり甘えられないわ。」
(めっちゃ泣いてるじゃない。どうしよう。)
ライラは頭を上げ涙で真っ赤になった目でスッと前を向くと、
「さ、そろそろ何かお嬢様にフルーツでももらいましょうか」
といって、ヘンリーが置いていったばかりのベルをガランガランと思いっきり鳴らした。
フェシリアの涙はまるで音が聞こえる様にヒュンとひっこんでしまった。




