最終話 エピローグ
由美子ちゃんが目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
途端に病室内が慌ただしくなる。
「おい、意識が戻ったぞ! すぐに先生を呼んできてくれ」
「はい、編集長!」
由美子ちゃんは大人達の様子を不思議そうに眺めていた。
「ここはどこ?」
「やあおはよう、気分はどうだい?」
「……まだぼーっとしてる。……あなたは誰?」
「僕は月刊ラムーというオカルト雑誌の編集長をしている浪岡瑠人という者だ。君は長い間鈍異村の地下にある氷室の中で眠り続けていたんだよ。落ち着いてからでいいから君に何があったのか、覚えている事を話してくれないか?」
「ああ……浪岡さん、知ってる。テレビで見た事があります」
「え?」
浪岡氏は由美子ちゃんの言葉に目を見開いて驚いた。
「まさか、君は何十年も眠っていたんだよ。どうして僕の事を知っているんだい?」
自分が眠っている七十五年間生霊となって各地を彷徨っていたと言って信じて貰えるだろうか。
でもオカルト雑誌の編集長ならばどうだろう。
由美子ちゃんは少し考えた後答えた。
「ずっと夢を見てたの。長い長い夢を……」
由美子ちゃんは今までの記憶を夢に例え、それを順番に思い出すように虚空を見つめながら徐に口を開き語り始めた。
鈍異村が魔王の呪いによって滅びてから自分たちが霊となって現世を彷徨い、やがて元凶である異世界人の元へ辿り着いて復讐を果たすまでの事をゆっくりと語る。
それは荒唐無稽で到底信じられる様な内容ではなかったが、浪岡氏は由美子ちゃんの言葉に静かに耳を傾けていた。
「はぁ、はぁ……そして私はようやく日本に帰って……」
「もういい由美子ちゃん、君の身体は消耗が激しいんだ。まずはゆっくり身体を休めてくれないか」
「誌郎お兄ちゃん、愛お姉ちゃん、どこにいるの……? 寂しいよ………………」
由美子ちゃんは意識を失った。
「由美子ちゃん? しっかりしろ! くそっ、先生はまだ来ないのか!?」
由美子ちゃんの返事はない。
浪岡氏は由美子ちゃんが完全に眠っている事を確認した後静かに呟いた。
「鈍異村の地下施設で氷漬けになっていたこの子を見つけた時は驚いたが、あの状態から本当に蘇生するとはまさに奇跡としか言いようがないな。この子を抱きかかえるように亡くなっていた女性は母親だろうか……子を想う母の魂がこの子を生かしたのだろう……なんてオカルトめいた話、誰も信じないだろうな」
◇◇◇◇
「由美子ちゃん俺達の姿が見えてないみたいだったね。ずっと隣にいたのに」
「もう霊体じゃないからねえ。それも仕方がないわよ」
「そういえば愛はいつの間に霊体に戻ったんだ? あのトリスとかいう奴に憑依したままなら由美子ちゃんとも話ができただろうに」
「ああ、あんな汚らしい身体崖の下に捨ててきたわよ。由美子ちゃんの身体が見つかった以上、もうあの身体に用は無いし。今頃熊の餌にでもなってるんじゃないかな?」
「そっか。じゃあ俺達もそろそろいくか?」
「そうね、先に天国にいってる村の皆にも報告しなくちゃいけないしね」
「でも俺達の行先は地獄じゃないのか? 何人殺したかもう数えていないぞ」
「大丈夫でしょ、神様公認だし」
「あはは、それもそうか。それじゃあ……由美子ちゃん、元気でな」
「急いでこっちに来なくてもいいからね由美子ちゃん」
俺と愛は由美子ちゃんに向けて最後の別れの挨拶をした後、この世への未練を全て捨て去ってあの世への旅に出発した。
その瞬間、俺達の声が聞こえていないはずの眠っている由美子ちゃんの目から一筋の涙が流れた。
◇◇◇◇
月刊ラムーの最新号には由美子ちゃんの話を元にした鈍異村滅亡事件についての特集が誌面の大半を占めた。
その反響は凄まじく、一躍時の人となった由美子ちゃんを一目見ようと彼女が入院している病院には日々オカルトファンが押しかけて問題となったが、由美子ちゃんは訪れた人達を邪険にすることもなく、ファンたちに自らの体験談をよく聞かせた。
彼女の温厚な人柄は病院を訪れた者達に親しまれ、普段の彼女と怨霊となった彼女とのギャップにノックアウトされた大きなお友達が大量発生した結果、非公式ではあるが彼女個人のファンクラブまで作られた。
しかしオカルト業界以外では彼女の話は「現実的ではない」「作り話か眠っている間に見た夢の中の出来事に違いない」と懐疑的な意見が多かった。
ただ彼女が七十五年間氷漬けとなって眠り続けていた事は科学的に証明されており、彼女は天寿を全うするまで令和の眠り姫としてまるでアイドルのように全国民に親しまれる事になる。
ある日由美子ちゃんをロリババア呼ばわりしたとあるアンチの人物はその直後に交通事故で入院する程の怪我を負い、怨霊の祟りは本当にあったという逸話が都市伝説として後世にも伝えられている。
完




