第82話 雅人×葵
「おはようございます…」
朝、雅人が玄関のノックを聞き開けると寒さでか恥ずかしさでか顔を赤くした葵がいた。
「なんの用だよ2人して人の冬休み潰しやがって」
「2人?私は1人ですけど…」
「この前梓が部屋に来た」
それを聞いて葵は奥歯を噛み締めた。
また先を越されたと。
「あの梓さんとはなにを…」
「部屋でゲームしてた」
雅人は首の後ろをかきながら言った。
雅人はなに一つとして嘘は言っていない。
雅人が部屋でゲームをしていたら梓が合鍵を使って押し入り発情させたいからと雅人を誘惑した。
これが昨日のあらすじであり途中で調子に乗ってしまったものの雅人としてはゲームをしていただけに過ぎないのだ。
「なにもなかったですか?」
「なかった」
だが梓の本心を知っている葵は疑いざるおえなかった。
好意を寄せている異性の部屋で2人きりになるのだ。恋愛初心者の葵でもどうなるかくらいは理解することが出来た。
「で、葵は何の用?」
「あの…お買い物に付き合って欲しいなと思いまして…」
梓に先を越され雅人の時間を潰すことに後ろめたさを感じて葵は小さくなった。
がしかし、梓が先に来ているということを思い出すと葵は大きくなった。
「一緒にお買い物に行きませんか!」
「…着替えるから中で待ってろ」
雅人は葵を部屋の中に入れると着替え始めた。
雅人達が向かったのは立川にあるリリポート。
大型のショッピンングセンターでリア充御用達の煌びやかな空間。
「リリポートまでなにを買いに来たんだ?」
「お洋服を…買いに…」
「洋服なら神崎とか茜さんに頼めばよくないか?」
「その…年末ですし皆さん忙しいと思いまして…」
「その皆さんに俺は含まれなかったわけか」
「そういうわけじゃ…」
「冗談だ。ほら行くぞ」
雅人は葵の手をとって歩き出した。
「洋服って具体的にはなにを買いに?」
「インナーとそれに合わせる下を買いに来ました」
「思ってたけどそのコート古いよな。ババくさいというか…」
「これ、お姉ちゃんのお下がりですよ」
「今の話はなしだ。葵はなにも聞いてない。いいな?」
「…えへ♪」
「マジで死ぬから」
知らなかったとはいえ恩師の服を『ババくさい』と言ってしまったのだ。
流石の雅人でも死を覚悟した瞬間だった。
「お姉ちゃんには黙っておくので今日は1日付き合ってくださいね?」
「…わかった」
無視して帰って死ぬか、1日女の子と一緒に買い物して生き残るかだったら誰であろうと後者を選ぶだろう。
それは傍若無人な雅人でも例外ではない。
「と言っても。知っての通り知識なんてゼロに等しいがいいのか?」
「はい。1人で選ぶと分からないので店員さんだと断れなくなってしまいますし…赤嶺くんなら似合ってないならハッキリ言ってくれると思ったので付き合ってもらいました」
「まあ、似合ってないものに金使うことないだろ」
「そう言ってくれると思ってました」
葵は笑うと雅人の手を引っ張り店へと入っていった。
「葵って寒色系のものしか着ないよな」
「そうですね…暖色系は全部お姉ちゃんのです。このオレンジのコートもジーパンもお下がりです」
「上にいると大変だな」
「自分のお金を使わなくていいですしお姉ちゃんはかなりこまめにお手入れするので私が貰う時は綺麗なんです」
「そうだったのか…毎回血が付いてたりするからそこまで服持ってないんだと思ってた」
「多分喧嘩してもいい用の服だったんだと思います」
雅人と葵が話していると店員に声をかけられた。
「仲がよろしいんですね。彼女さんくらいの背丈なら膝丈のオレンジのトレンチコートに黒など暗めの色のスカートを合わせることで足長効果を見込めますよ」
「たしかに足長に見えるが…可愛くない」
「え、可愛…くないですか?」
「明るい色より薄茶のコートに灰緑のスカートの方が似合ってる。もっともこれで寒くないかだが」
「スカートと言っても生地が厚いので寒くないと思います。タイツを履いても対策出来ますし」
「あとは、フードを被ればほら可愛い」
雅人はフードを被った葵を撫でた。葵は恥ずかしいのかフードを持って目深に被った。
「彼女さんのことよくご理解されてるんですね」
「まだ半年だけどな」
「半年もですか。長いですね」
「長いのか…?。まあいいや、これ買う」
「え、でも私手持ちをそこまで…」
「遅めのクリスマスプレゼントってことで。ほら、着てきた服忘れないようにな」
「あ、そうでした」
葵が試着室に戻っていくと雅人は値札が貼ってあるタグを持って会計へ向かった。
「本当にいいんですか…?結構値段が高かったような気がしたんですけど…それに赤嶺くんゲームも買ってますし…我慢してまで買わなくても…」
「葵が飯作ってくれるから自分で作ったりするより食費が浮くんだよ。葵が使ってもいい金ってことだ」
「でも…」
「気にすんな。いつもの礼だ」
葵は服が入った紙袋を抱えると優しく抱きしめた。
「今日はお付き合いただきありがとうございました」
「俺もいい気分転換になった。ありがとう」
「それでその…これからなんですけど…」
「これから…ああ〜そうか」
雅人は納得した様子を見せると葵の腕を引っ張り自室へと引き込んだ。
玄関の鍵を閉め恒例行事が起こらないようにもした。
「あの赤嶺くん…」
紙袋を抱える葵の手は震えていた。
「悪い…」
「その…あまり乱暴にしないでください…」
頬を赤くし上目遣いで見上げる葵に雅人はニコリと微笑んだ。
その笑みは楽しい時の無邪気スマイルでも挑発の時の挑発スマイルでもない。
完全に無理と否定するときの諦めの笑顔だった。




