第78話 悲しみ×アサシン
葵はこれからどうしようか悩んでいた。
杏樹に言われた『迷惑になる』という言葉。
雅人のお荷物になりたくない葵はどうにかして雅人を遠ざけたかった。
「よし、片付け終わったから赤嶺達呼んでもいい?」
「それはダメ...です」
「なんで?風邪でもないのに?」
「それは...」
この時、詩音の中で点と点がつながった。
仁が見たという金髪ギャルと葵が雅人を遠ざける理由...これらの情報から仮説を立てた。
「本当のこと話して欲しんだけどさ...クリスマスツリー設営の時になにかあった?」
「なにも...」
「噓。今も泣きそうな顔してなにもないは信じないから」
詩音は冷たく言い放った。
葵の目には徐々に涙が浮かび涙袋を膨らませた。
「なん...でもない...です」
「大泣きじゃん。言ってごらんよ赤嶺には言わないで置いてあげるから」
ついには言葉を発さずにぐずりながら首を横に振った。
その間にも詩音は慧輝に情報を求めたが慧輝はなにも聞いてないと返ってくるだけだった。
「豹堂がさ、見てたんだって葵と金髪のギャルが話してるとこ」
葵が首を横に振っても詩音は続けた。
「その泣き方からして大分心にくること言われたんでしょ。それこそ赤嶺が聞いたらブチ切れレベルのことを。でもそんなの気にしなくていい。なに言われたか分からないけどそれは葵と赤嶺の問題だから外野がごちゃごちゃ口に出すことじゃない。葵はウチに迷惑なになるって言ったけどそんなことないから。葵が迷惑なら大問題児の赤嶺と普通に話したり出来るわけないでしょう?だから、大丈夫」
詩音は子供あやす母親のように優しく言った。葵は詩音の胸に顔を埋めて泣いた。
最初は我慢してた声も次第に大きくなって言った。
「本当に...迷惑じゃないですか?」
「勿論」
「...実は...」
葵は杏樹に言われたことを詩音に話した。
「中学時代の特に仲も良くない女が言ったことなんて気にしなきゃいいのに」
「でも!気になるじゃないですか...私不幸体質ですし...」
「まったく。会ってすぐの時に話し合ったんじゃなかったの?」
「それはそうですけど...」
「なら赤嶺が離れてって言わない限り気にしなくていいの。外聞外見気にしない!赤嶺が嫌なら茜さんに言えば消してくれるから」
葵の頼みとあれば茜は雅人の存在諸共海か山に葬り去るだろう。
「それに守りたいとか言って葵のそばにいるのは赤嶺でしょう?」
「それはお姉ちゃんに言われてるからで...」
「この前赤嶺と茜さんのライン見たけど『ずっと葵のそばにいろ』なんてやりとりは無かったけど?」
「いつの間に...」
「アイツスマホにロックかかってないから。ま、ウチを信じないというんなら話は別だけど」
「でも...」
「赤嶺に一対一で聞くのが怖いなら味方がいるこの状況で聞いてみれば?」
詩音の提案により雅人と仁は葵の部屋に呼ばれた。
「あれ、安田は?」
「バイトがあるから帰った」
「そっか。ま、豹堂いれば逃げる時間稼ぎは出来るでしょ」
「え、なになに。神崎達が逃げてオレが殴られるようなことするの?」
「それは赤嶺次第」
なにも聞かされていない雅人と仁は頭に?を浮かべたが葵が雅人のすぐそばに行ったことと詩音からのアイコンタクトで仁は理解したようだった。
「あの赤嶺くん...赤嶺くんは...私と一緒にいて...迷惑じゃない...ですか?」
葵は震える唇を必死に抑えながら言葉に出した。梓への劣等感、不幸体質というバットステータス、杏樹に言われた『迷惑』という言葉。恐れる全てを押し殺して履いていたスウェット裾を握りながら。言った。
「ああ?半年前に行ったこともう忘れたか?俺は覚えてたのに。不幸、迷惑なんでもいい。まとめてかかって来い。俺がなんとかしてやるよ」
顔を上げた葵の目には涙が浮かんでいた。
だが今の涙は悲しみの涙ではない。好きな人に自分の体質を、葵自身を受け入れてもらったことによるうれし涙だ。
「んで?なんでいきなりそんなこと聞いたんだ?ん?」
雅人とてなにも学習しないわけじゃない。葵がこうして落ち込むときは他人からなにか吹き込まれたからだ。それを雅人はこの半年で学んだのだ。
「いえ、ふと思っただけです」
「噓だな」
雅人にまで噓を見抜かれ冷や汗を流す葵だが一番恐れるべきは雅人のような狂戦士ではなく味方のふりを近づく暗殺者なのだ。
「豹堂が見たっていう金髪のギャルが原因みたいよー」
「詩音さん!味方ではないんですか!」
「うん味方。赤嶺も味方なんだから情報は共有しておかないとね」
楽しそうにする詩音とは裏腹に雅人を必死に押さえつけている仁は泣きそうだった。
「赤嶺くん!違いますから!あいや、違くはないんですけど...今行ったところで居場所なんて...」
「仁が見た金髪のギャルってこいつか」
「ああそうその子」
雅人がスマホを見せると仁は頷いた。
「居場所は新宿か...ちょい遠いがしばらく動かないみたいだからすぐ行けるが?」
「あんたのその情報はどこから」
「不良を舐めんな。不良と言っても一匹狼でやってたわけじゃない。利害が一致すれば仲間になるし仲間だった奴を殴ったこともある。無駄な衝突を避けるために連絡先は大量に交換した」
雅人はあくまでこの辺りの地区にいる不良だけだが茜ほどになれば日本中の不良と繋がりがあると言っても決して過言ではない。
相手の情報から誰が警察に連れていかれたなど情報と言われるもの全てをやり取りする。
時には危険だから誰かを匿ってくれなどの対価を無視した必死な救援要請もあるのだ。雅人が付き合っていた彼女もその類だ。
「中学生のくせにそんなことまでしてたのな」
「不良は中学生だけってわけじゃねぇからな。中学生から成人したやつもいた。とにかく放せ」
「どこも行かないというなら」
「んなこと約束出来るわけないだろ。余計なことしやがって。神崎みたいに部屋の中に閉じ込めるぐらいなら今更許せる。だがな、言葉で葵に余計なこと吹き込んで泣かせるのは許せねぇだろうが!」
「神崎の詳細は後で聞くとして...古賀、ヘルプミー。腕に力が入りません」
「赤嶺くん!」
仁が離れるとほぼ同時に葵が背中から抱き着いた。
後ろに葵がくっついているとなると強引には行けず雅人の進行が止まった。
「今は一緒にいてください...」
「...その金髪のギャルをぶっ飛ばすことだって出来るんだぞ」
「いいです。彼女には心の中でばーかと沢山言いましたから」
「...葵がそれでいいなら俺からはなにもしない。だが、今度絡んで来た場合は容赦なくぶん殴る」
「その時は私がまたこうやって止めますからいいですよ」
葵の説得で歩みは止まった雅人だが怒りが止まることはなかった。
『その金髪のギャルを絞めておけ』
それがグループに送られたメッセージだった。




