第40話 不運×わがまま
「誰かと思えば…お前らか」
「酷いなー。あれだけ殴りあった仲なのにー」
男の1人が雅人の肩に腕をかけた。
「暑い。離れろ」
「それによー…女連れてるとか調子乗ってんじゃねぇぞ」
さっきとは打って変わってドスの利いた声になって雅人の胸ぐらを掴んだ。
「彼女じゃねぇよ。めんどくせぇな…」
「でもよー。女と買い物に来てる時点で重罪なんだよな!」
男が腕を振るのと同時に雅人はしゃがむことで男の殴りを躱した。
「ここでやるのかよ…」
「怖気付いてんじゃねぇぞ!」
後ろから拳を振られるが雅人自身が回って避け、更に背中を押した。
「お前らさ…俺に負けてからなにを得たんだよ。チームプレイもクソ、ソロはもっとクソ。なにが出来んだよ」
「うるせぇ」
男たちの殴りは踏み込んでから拳を突き出す方法。
相手の身動きが封じられていない状態でこの殴り方は弱いのだ。
動かれて回避されれば大きな隙を作ることになるからだ。
腰を使ってフックに変えるとかならまだ使えるものの、ただ真っ直ぐに突き出すだけでは相手に避けてくださいと言っているようなもの。
相手が一般人ならば当たるだろうが相手は今も立派な不良。
当たるわけがない。
前からの拳を受け止め捻って後ろ向きに投げた。
さらに突っ込んできた男に肘がめり込み、後ろから来た男には蹴りが入った。
「弱すぎだろ」
伸びている男たちを横目に雅人は葵の手を取ってその場から立ち去った。
「赤嶺くん...速いです」
「ああ、悪い」
雅人の脚に葵が長時間ついてこれるわけがなく、2人の足が止まった。
「ご、ごめんなさい。また不幸に巻き込んでしまって...」
「そう来たか。別に葵のせいじゃないって。俺が昔にやらかしたアレだ...つけだ。うん」
「でも...ゲームが...」
「ゲームなんて今度また買えばいいだろ。今日は帰るぞ」
葵の背を向けると雅人は歩き出した。
その背中を葵は追いかけた。
雅人と葵が帰ってくると詩音たちがリビングで騒いでいた。
「あ、おかえり。どこ行ったの?」
「散歩」
「このクソ暑い中よく家から出る気になれるよなー。パリピ陽キャの気が知れん!」
「なにかありましたか?」
「アタシがくじ引きでゲーム当てたの!凄いでしょ」
「不正をまず疑った」
「殺すわよ」
不正を疑っただけで殺される理不尽な世界。
「ちゃんと正攻法で出したわよ!」
「なにを当てたんですか?」
「赤ひげのパーティーゲームよ」
「まさかのテレビゲーム」
「やり方分かんないから2人も早く来て解説して」
「ゲーム音痴が」
赤ひげパーティーをやり終わる頃には葵の顔にはすっかり笑顔が戻っていた。
「またビリかよー!チキショウめが!」
「あんた運悪すぎでしょ!4回連続とか笑うわ!」
「ドンマイです豹堂くん...次は勝てますよ...多分」
「お前ら弱すぎてつまらない。俺の相手出来るの葵くらいだぞ」
「貴方達が強すぎなのよ!トップ独走状態じゃない」
「それがゲーマーというものだ」
「不良でゲーマーとか手遅れ過ぎて草も生えない。社会不適合者になるまえに矯正してもらったら?葵に」
挑発され葵という言葉ガン無視の雅人と急に名前を呼ばれ目を丸くする葵。
「帰って来た時、なーんか気まずそうにしてたからなにかあったんでしょ?」
「なにもなかった」
「葵に聞くけど本当になにもなかった?」
葵はチラリと雅人の顔を見た。
雅人は目線でなにも言うなと伝えたつもりだったが葵にはそれは伝わらなかった。
「実は...」
葵は出先であったことを話した。
「それで私のせいでお買い物が出来なくて...」
笑顔が戻った葵の顔に曇りが見えて来た。
だが詩音たちにはそんなことは関係なかった。
「別に葵が抱え込む問題じゃなくない?問題なのは高校生にもなって不良してることでしょ。ねえ、赤嶺雅人さん?」
「るっせ」
「葵は自分に害が及ばないように警戒するのと自分を攻めないこと。それさえしっかりしてればこんなお猿さんにはならないわ」
「んだとブスが。いい加減キレるぞ」
「まあまあ、雅人にも非はあるんだぞ」
「は?」
「喧嘩するなら古賀のいない場所でしろよ。そんなんだから古賀を心配させるんだろ」
「うるせぇな...ぶっ殺すぞ」
「正論に暴論で立ち向かうの図」
「ど、どうしてそこまでして私の不運を否定するんですか...」
「不運だから」
「えっと...」
「馬鹿、それじゃあ説明不足」
「不運っていうのは所詮は運でしかない。不幸体質も言ってしまえばないも同然。だけど葵の周りでは不幸な出来事が起こっている...ではここで質問です。葵は今幸せですか?」
葵は即答は出来なかった。
だが言うことは決まっていた。
「し、幸せです...」
「ならそれでいいじゃん。周りが地獄絵図だろうとそれは葵のせいじゃない。それは赤嶺のせいなんだから」
「ストップ赤嶺!あとで愚痴なら聞いてやるからその拳を収めろ!」
「もし不幸が気になる赤嶺召喚するなりして存分に使って回避すればいい。それが一番頭いいでしょ」
「葵も助かって、雅人も使われてまさにwinwinね」
雅人の怒りをよそに女子達は言いたい放題。
だがそれが葵のためでもある。葵だけが雅人を使うのは不公平と感じていしまうかもしれない。
だったら、詩音たちには雅人はいらないということを証明すればいいだけ。
そのためさっきから言いたい放題なのである。
「雅人もそれで文句ないわよね?」
「ああ、それに関してはないが俺は地獄絵図なんかつくらねぇから」
「赤嶺も文句ないようだしこれで解決。おしまい!葵はこれ以上暗い顔をみせない!」
むにーと葵の頬を詩音は引っ張った。
「ほら、可愛い。赤嶺もそう思うでしょ?」
「可愛い」
「でしょう?ならいい加減座ったら?仁も大変そうだし」
葵の可愛さからか疲れたからか雅人は大人しくなった。
「皆さんありがとうございます」
「大したことじゃないし。葵とは友達として公平でいたいの。遠慮する必要はないしやりたいことはじゃんじゃん言えばいいよ」
「無理そうなら要相談ね」
特別なことのように思えるが友達なら誰しもが自然にやっていることだ。
友達に『死ね』とふざけて言ったり『○○いこー』と言ったりするのは今では普通のことだ。
これは、葵に中学まで友達と呼べる人はいなかったのと、不幸体質という偶然が重なった結果の出来事。
誰が悪いかと聞かれればちゃんと喧嘩相手を始末しなかった雅人の責任だろう。
「あの...私の我がまま聞いてくれますか?」
「なになに!」
「夏祭りに行きたいです」
この瞬間の雅人の顔を説明しよう。
滅茶苦茶嫌そうな顔をしていた。




