支え
それから俺達はしばらくの間、町を進んでいった。
「公開演習ですか」
町の一角、開けた場所で俺達は立ち止まる。
そこにはロープが巻き付けられた杭が複数、円形を描くように土の地面に刺さり、大きな枠が作られていた。
枠を囲む様に人々が立ち、歓声を上げている。
「うおーっ!!やっちまえっ!!」
「いけ好かねぇ、イケメン野郎をぶちのめせー!」
「がんばれジーア!!」
「負けないでー!!」
歓声は、枠の中の騎士達に向けて。歓声の中でも良く響く名前があることに、俺は気付く。ジーア?俺が以前滞在していたときには、聞かない名前だ。
「……見ておこう。一応な」
「うん!わくわくするね!」
軽く打ち合う程度だろうから、マリンも安心。
「あんまり興味ないですね」
俺達は、前方の人の群れに混ざる。枠の中では、騎士達による模擬戦闘が行われていた。それも、少し特殊な。
「一対多数、ですか」
十五人ほどの騎士達と、それと向かい合う一人の騎士。多数の騎士達の方は白い鎧を着込み、真剣を構えているが……。
「イケメンの方は、鎧無しで木剣のみか」
鎧が無いのでハッキリ見える、金髪の美青年の顔。とても凛々しく、見ただけで性格の良さが感じ取れる。
「いくらイケメン嫌いの俺でも、心配になっちまうな」
いくらイケメン嫌いの俺でも心配だ。危なくないか?
「行くぜっ!!ジーア!!」
「いつでも良いですよっ!かかってきてくださいっ!!」
俺の心配を余所に、演習は始まった。
多数の騎士達が、一斉に動き出す。
「おおおおおお!!」
気合いの叫びと共に、ジーアと呼ばれた青年に突撃する騎士達。
持っていた真剣を振り上げ、ジーアに振り下ろした――。
「……マジかよ」
無意識の内に、そう呟いた。それだけその光景は異常だった。
「あれだけの数を」
当たらない、襲いかかる十五の刃、その全てが。かすりもしない。刃の間を通り抜け、時にはいなし、かわし続けている。
「なんだよ、あの動きは……!」
あり得ない。速すぎる。明らかに普通の人間が出せる速度を超えてる。
明らかに、常識外の力を使ってる。
「才力ね。あれは」
フィルが、言った。俺も、そう思ってた。
才力とは。人間が使える、異常な能力。身体能力を上げたり、体の防御能力を上げたりと、簡単に言えば色々と便利な力だ。
とは言っても、あそこまでの能力は珍しい。あれは、かつてのフィルにも匹敵するのでは。
「……」
俺は、その光景をみている。
「すげーっ!!」
「当たり前だろ。ジーアさんは既に、騎士の中で最強とされてんだぞ。エリートだぞエリート!【天才】だ!」
歓声が沸く。周りの話が聞こえてくる。
「かっけー!!」
「こっち向いてー!!ジーア様!……イヤ、やっぱり向かないで危ないから!」
称賛の声が、上がる。
「どうなってんだっ!?」
皆が、その光景に魅了されている。
俺の心は、正反対に萎えていた。
嫉妬、か。
「……はぁ」
少し情けない気分になった。俺は天才を嫌ってるくせに、天才になりたがってる。
「……観察に集中しないとな」
目の前の光景に集中することで、気分を少しでも紛らわせよう。
「行けー!!ジーア!!」
「やれやれッ!!そこだッ!!」
多くの歓声の中、戦いは進み、やがて決着は着いた。
勝者は、言うまでもない。
「くっそっ!!強すぎだろー!!ジーアお前っ!!」
「ははは……すまない、強くやり過ぎた。手を貸すか?」
イケメンは、倒れた仲間に手をさしのべている。その行動は、まるで虚偽がない善意のものだ。
「どっかの誰かとは大違いだ……!」
「ぶん殴ります」
フィルは俺の言葉に、拳を握りしめて、めきめきと鳴らした。ひいッ!止めてくれ!お前に殴られたら洒落にならない!
「冗談です。……まっ、どうせあいつも、腹黒かったりするんだぜ」
負の感情を込めて、俺はそう言った。どうやら負け惜しみ癖は、まだ治らないらしい。
「……さてと、お集まりの皆さん!我々の演習を見ていただき、ありがとうございます!」
全ての騎士が横に整列し、俺達の方に目を向けた。ジーアも列に加わり、感謝の言葉を述べる
「今回私は天の力により勝利を収めましたが、例えその力がなくとも、我々は平等、平等なのです。全てが大事な命なのですから!!」
ジーアの言葉、それが俺の耳に入る。
「平等、ね」
その言葉にも嘘はない。俺はなんとなくそう感じた。
感じたからと行って、どうということはないが。
演習場から離れて、違う通りを行く。
静かで、店と人が少ない場所。
「すごかったねっ!キャプテン!」
左隣で歩くマリンの、嬉しそうな声。どうにも、複雑な気持ちだ。
「――どう感じた?船長」
「え?」
右隣で歩くフィルの言葉、どういう意味だ?
「嫉妬してるわよね。みじめで滑稽な貴方とは違うもの」
「……喧嘩売ってるのか」
なんかフィルの奴、いつもよりきついな。
「事実でしょう。本当に貴方の姿は見てて楽しいわ。天才的な何かを期待して挑戦
を繰り返しても、結局全て空回り」
「……お前はやっぱり」
完全にこの女は俺を見下している。そして馬鹿にしてる。
「それが理由か?お前が俺の仲間になったのは」
「さあ、どうでしょう?」
少し嫌味を込めた声で、フィルは言った。それは、肯定と同じだろうな。
「……」
フィルには何度も助けられたし、彼女は大事な船員だから。ここは流すとしよう。
「――フィルさん!駄目だよ、船長に謝って!!」
唐突に、マリンが怒気を表した。
「マ、マリン!?」
「キャプテンは……!とっても頑張り屋さんなんだよ!!空回りしたって、みじめなんかじゃないよッ!!」
怒るマリンの目はとても真剣で、誠意に満ちている。
「……悪かったわよ。ごめんなさいね。船長」
小さい声で、フィルは謝罪した。心なしか怯んでいるように見える。
「……ありがとな、マリン」
俺は少し不満そうなマリンの頭を、感謝の気持ちを込めて撫でた。
「こんな俺の為に怒ってくれて」
「……キャプテンは自分のこと、嫌いなの?」
「特に好きでも嫌いでもないよ。俺は」
そんな地点は、とっくに過ぎた。
「――うおおおっ!あの時の恩は、忘れないっ!」
「すげーぜっ!やっぱっ!」
好意の声は、在る人物に集中している。
「……うん。いつも通りですね」
歓声を浴びるのは彼にとって特別じゃない。並外れたスペックで、人を超えた成果を残し、誰かを助け、ジーアは自分に向けられる光を見てきた。
【死ね。くたばれ】
【羨ましい。死んでくれ】
【とにかく消えろ】
その中に混じる、悪意だっていつも通り。
「……こんなもの、ですか」
どれだけ善に尽くそうと、こういったものはなくならない。それを思う度、彼は強い憤りを感じる。
「どうした。顔、酷いぞ」
隣に立つ友人の騎士が、目ざとくジーアの変化を指摘する。
「あ、すいません。ちょっと」
「悩み事あんなら、いつでも言えよっ!」
「……ははは、ありがとう――」
【なんでアイツだけ。死ねよ】
「……何でだよ」
「?」
強い歯軋りの音が、光に隠れてかき消えた。
「――危ないっ!リンゴがっ」
通りに面した果物屋から、一個のリンゴが発射される事件発生。
それは的確に、一人で歩くジン太の頭へと飛び。
(来たな)
しかし、彼は冷静に右腕を駆使してキャッチ。
「ふっ」
己を襲う災厄を、積んできた経験による盾で防ぐ。
(甘いぜ、リンゴ君)
「危ないっ!バッファローがっ!!」
「は?――ぐうあっッぷッ!?」
後方から突っ込んできたバッファローに、ちっぽけな盾は壊される。
吹き飛びながら彼は一言。
「――なんでだよ」