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霧の海

「盗賊達の引き渡し、ありがとうございました!!」


 町の外れの野原。そこには多くの馬車が停まっていた。馬車の中には、盗賊達が収容されている。

「タイドス王国の騎士団、団長ロードルが、貴方たちの活躍を心に刻みました!!刻みましたとも!!」

 馬車の近くで騒がしい声を上げているのは、盗賊達を捕縛するために町まで来た騎士団の団長、体格の良い中年大男ロードス。

 鎧で全身を包み、ひとの良さそうな笑みを俺達に向けていた。

「本当に本当に感謝申し上げる!!このお礼は必ずッ!!」

「あー、ハイ。それは嬉しいですね」

 お礼の言葉を受けながら、俺は少し微妙な気持ちになっていた。

(お礼欲しくて、戦っただけなんだよな……)

 事前に報酬は確認していた。正直、盗賊団と戦うなんて荷が重すぎるが、背に腹は替えられない気持ちで戦うことを決めたんだ。

 怖かったのでマントの下に鎧を着込んで、足の震えを抑えながら、事に当たった。

 それを、こんなにも真髄な眼差しで感謝されると……助けた事実には違いないが。

(微妙な気分、だな。助けたい気持ちがないわけじゃないが、報酬なかったら関わらなかったぜ)

 俺はそんな気持ちを抱きながら、隣に立っている人物を横目で見た。

「……」

 腰まで伸びた綺麗な黒髪に、赤色の瞳。黒いローブを着込み、この国では物珍しいだろう、下駄を履いている。歳は忘れたらしいが、俺と同じくらい、十代後半と見てる。

 容姿は文句なしに美形だし、スタイルも悪くない。惚れていたかもしれない……あの出会いがなければ。

「……なにを見ているのですか。船長。胸ですか?気持ち悪い」

「い、いや。そんな訳ないだろ!なんでもない!」 

 確かにその豊かな胸に目が行くときもあるが、正直、今でも少し怖いんだ。あんな目にあったんだから、当然だ。

「出来れば貴方がたを王都にお招きして、もてなしたいところですが……もう旅立つのでしたな」

 しかし、それでも離れることはない。

「では、船へ報酬の積み込みを――」

 

 彼女は我が船の、船員なのだから。


■我が船のある一場面■


「ふー、メシメシ。朝飯」


■俺は木の扉を開け、良い匂いが漂う部屋に入った■


「よー!ジン太!なにやら活躍したようじゃないか!!」


■声を掛けてくる少女は、大きな台所に立ち、フライパンを振るっていた■

■赤い短髪の、活発さが溢れた彼女■


「おう、【料理長】。体力回復料理で頼むよ」

「まっかせな!【肉類もりもりラーメン】だ!オレの全力を見せてやる!」

 俺はその部屋に並ぶ長机(10以上)の内、一番扉に近い席に着く。

 柔らかいソファーに沈む体。

「……」

 その席を選んだ理由は。


「まだまだ……ううーん」

 

■対面のソファーに横になっているのは、赤い髪の少女■

■料理長とおそろいだなと思った■


(マリン。フィルと同じ、俺の仲間)

 彼女の体には薄い布団が掛けられていて、微妙に揺れ動いている。

(ここで寝てるってことは、また料理の練習か)

 俺は台所の料理長に目配せした。

 彼女はうんうんと頷く。


「塩……胡椒……?いや、砂糖かなぁ……うううあぁ」

 なにやら、うなされている様子のマリン。

 頑張れッ。夢の中でも応援するぞッ。うおおおおおッ!!


■俺は食事を済ませ■


「辛いッ!?」

「はははは!! 今回は特別サービスで唐辛子スーパー投入だ!!」

「余計なことをッ」


■たらこ唇になって、【広い】食堂を後にした■


「……」

 食堂を出ると、狭い船内通路。右か左か一本道。

 何の変哲もない、ごくごくありふれた木船の中だ。

「やっぱり、ロマンだな」

 背後の食堂を振り返り、その【釣り合わない】広さに改めて感心する。


■この船は、外から見た大きさがあてにならない■


 ――空は晴天、風は穏やか、そんな海で三本マストの船は進む。

「……本当に凄いよな。この船」

 大型船に分類されるであろう木造の船は、四反の帆を張らない状態で、凄まじい水しぶきを上げながら、普通ならあり得ない速度で海を行く。

 普通の船ではないのだから、当然だが。

「……魔法のような船ですね。船長にはもったいない」

 船首の甲板に座って風を受けながら、右手に鉄アレイ、左手に紙の束を持っていた俺に向かって、背後から声がかけられた。

 平坦だが、確かな悪意が感じられる声。奴しかいない。

「……ああ、俺には合わないよ。お前みたいな才能あふれる奴は。色んな意味で」

 嫌味に嫌味で返してやった。

「あら、私は船長のこと好きですよ。悲しいことを言わないで」

 楽しげな声で言われても、説得力がない……!

「……何か用なのか。フィル」

「あの子が湯に浸かっていて暇なので、暇つぶしです」

「その為に、俺の時間を潰すと」

「船長はいつも忙しいですね。マリンが不満言ってましたよ」

 マリンが不満を?まいったな、少し弱る。

「船長が作ってくれた、玩具を大事そうに抱えながら」

 おっ、それは嬉しいな。作った甲斐があった。

「――これでキャプテンの頭を、かち割りたいって言ってました」

「そこまでなのッッ!?」

「冗談です」

 びびらせるなよ……。ぐれたかと思ったじゃないか。

「でも、不満言ってたのは本当よ。必死なのは分かるけど、もっと構ってあげたら」

「いや、だが、うーん……」

 そんな訳には、いかないんだよ。仲間との交流も大事だが、俺は才能を手に入れて……。

「……」

「船長」

「なんだ」

「なにを見ているのか。と、思いまして」

フィルは背後から、俺が見ていた資料を覗き込む。

「まとめた資料ですか」

「そうだ。才能を手に入れたら、重要になる情報だからな。今の内に頭に叩き込んでおくんだ」


【――じゃないか?】


 そう言うと俺は、再び資料に目を落とす。集中して目を通し、なるべく早く覚えようと努力する。かなりの量があるから、大変だ。半年かかっても、全て覚えるのは不可能だろう。

「資料室にあったやつですよね。なんか妙にごちゃごちゃしてたのですが、資料室の机」

「少し急いでたからな、後でやる……悪いがフィル。集中してるから――」

「暇つぶしに読みました。一日で覚えました」

「……!!」

 一日……だと!?そんな馬鹿な……!!そんなに差があるのか!?というかこの野郎、なんでわざわざそんな事を。嫌がらせか!!

「それじゃ、頑張って下さいね。応援してます」

 嬉しくない応援を送った後、フィルの奴はその場から去った。

「ありがとよ。くそったれっ!」

 一人ぽつんと、青空を見上げながら、涙をこらえるように悪態を吐いた。

「だー、くそっ!!」

 そうだ集中しなくては、これから俺は才能を手に入れるんだ。フィルほどではないにしても、特別な人間の証を。


「ふー」

「ひゃほおおッ!?」

 

■右耳に息を吹きかけたフィルは■

■今度こそ去っていた■


 資料を眺める穏やかな時間。風に乱れはなく、船は快調に海を進む。

「――」

 眺めながら、俺は別の作業も行っていた。

(乱れているな。やっぱり。使った後は、特に)

 体に満ちる、不思議な感覚。断続的に、感じるもの。それによって、俺はあの力を制御する。

(力を更なる高みに押し上げる、イメージ)

 何度かこういう風に鍛えてきたが、この方法が一番効果的だと理解した。

(疲れるのは、変わらない)

 楽な修行なんて、存在しない。長時間やってると、当然疲れる。下手すると、立ち上がれなくなる。

 それでもこつこつと、積み上げてきた。

(今回は、立ち上がれなくなるなんてことはない。時間的に)

 

 少し時が経ち、息が苦しくなってきた。走った後みたいだ。

(まだまだ)


 更に時が経ち、汗が出てきた。

 肺が苦しい。

 息が乱れる。

 体が重い。

(行ける。行ける)


【これは――じゃないと良いな】


 そして、更なる時が経ち――。


「……そろそろかな」

 俺は顔を上げ、立ち上がり、呼吸を整えて、海の見やすい前へと歩いていく。

「見えた」

 船首から眺める遠方の海上に、白い何かが見えた。


(霧の海【ミスト・ガーデン】。全く別の、異なる世界に繋がる海)


 海上に発生した、謎の霧。突破不可能な、最強の盾。ぶつかった船が大破することもある。

 形を変え、移動するが、ある程度の法則性が存在する。勿論、例外はあるけど。

(あれは、使わなくても良いな)

 あの霧は、これから移動するようだ。集めた情報もそれを証明している。

(あの霧を越えたら、次は)

 いよいよあの国へ。

(タイドスの北東に位置する国、リアメル。彼女がいる地へ)

 強い風を浴びながら、俺は彼方を見据え。


「――待っててくギャブッッ!?」

 どっかから飛来した大きな鯛が、顔面に直撃した。

「……」

 今日は魚料理にするかと、前向きに考える。


【俺の目的――才力(サイクロ)に手が届く日は近い】


「待っててくぎゃぶろうッ!?」


 どっかから飛来した漁師のおっさんがドロップキックをかましてきた。

 おっさんは鼻で笑った後、海を泳いで去っていった……。 


「……なんやねんッ」

 

●■▲

 

 強風と雨に晒される海で、盗賊との戦闘、その同時刻に起きたもう一つの戦いは決着した。

 

「……くそがッ」

 メインマストがぽっきりと折れた船上中央で、両者は対峙する。

 舌打ちと共に右手に持ったサーベルを敵対者に向けるのは、青いスカーフを頭に巻いた男。

 その佇まいから経験を積んだ強者であることを伺わせるが、敵対する勇者はそれ以上の威圧感を持って【海賊】である彼を威嚇する。

「――大人しく投降してください。勝ち目はないですよ」

「冗談じゃねぇぜ。おれはお前みたいな人種が嫌いでね……」

 海賊は己の持った武器を握りしめ、己の内に渦巻く【力】に集中する。

(見せてやるぜ……育ちの良さそうなお坊ちゃんよ)

 掴んだサーベルと繋がる、海賊に宿る【器】。

 それは、人間が誰でも有している【力】の源。

(接続――開始――)

 海賊の意識が【世界】と繋がる。

(くっ、下手すると意識が現実から離れそうになるぜ!)

 目前の鎧を纏った(顔にはない)男に注意しながら、【力】を使用する為の工程を済ませていく。

(五秒……六秒……七秒……まだかよっ)

 力を発動するまでの時間は十数秒かかり、海賊は焦りによって舌打ちを繰り返す。

(チクショウ……早く……発動さえすれば……っ)

 今にも鎧の男が動き出すのではないかと、気が気ではない彼は。


「――ククク」

 不敵に笑い、その【力】を生み出した。


「……その力は」

 鎧の男は、サーベルから発生した青い【霧】のようなものに注目した。

「貴方も使えるのか。【天の力】を」

 霧に込められた力は尋常ではなく、全てを切り裂けるかのような異質な印象を与えてくる。

「呼び方なんざ知るかよ!いくぜ!」

 スカーフを風で揺らしながら、海賊男は攻撃に移った。

(敵は強いが……やってみないと分からねぇこともあんだろ!)

 疾走しながら両手でサーベルを握り、勢いよく振り上げて。


(長年鍛えたこの力――受けて見ろや!!)


「あ?」

 それを振り下ろす間もないまま、彼の視界を雷光が襲った。


「ぐああああっ!?」

 雨を切り裂くように吹き飛ばされる海賊と、霧を纏ったサーベル。

「ぐがぁっ!」

 彼は背中から甲板に転がり、サーベルは海に落ちてしまった。

(なんだっ、体が動かないっ)

 単純なダメージとは無関係に、身動きすることが出来ない海賊。

「無駄ですよ。【麻痺属性】を付与しましたから」

 鎧の男はそんな彼を見下ろしながら、静かに言った。


「やってみなくても分かる、当然の結果です」


「お!倒したみたいだな!【ジーア】」

 戦闘が終わってから現れた男は、友人である鎧の男に走って近付いていく。

 彼が着込む鎧も同様のスタイルだ。

「まったく無茶しやがるぜ!いつもいつも、なんでそんなに頑張るんだよ」

 新手の男は、呆れ混じりに言った。

「決まっているだろう?リアメルの民……【皆】の為さ」

「おう……言い切りやがったな!善人め」

 人によっては胡散臭いと捉えかねない発言も、彼が言うからこそ説得力を増す。


「ははは……そんなことないさ」


【雨は過ぎ・時は進む】

 

「――天の力。つまるところは、それに尽きる」

 

 白塗りの部屋、部屋の中央に置かれた大きな丸テーブルを囲む様に、鎧を着た屈強な男達が座っていた。そのどれもが武人として、強力な気配を発している。

 彼等を監視するような鋭い目つきの、剣を掲げた短髪男性の石像が部屋の隅にあり。外見について諸説ある、伝説の英雄像だ。

「団長、外来から訪れて、排除したのは何人だったか」

 座っている男達の中でも、一際強力なオーラを放っている男がいた。白い髭を顎に生やし、鋭い眼光を燃やしている。

「この一年で、約五十です。王よ」

「五十か。どこで、天の力を授ける者を知ったのか。嘆かわしい」

 やれやれと、ため息を吐く王。

「私もあまり、残虐なことはしたくないんだがな。……これも定めだ。仕方ないか」

「王は充分お優しいと思いますよ。本来やるべき罰を、一、二、省いてあげてるんですから。凡夫の分際で、天の高みに近づこうとした劣悪の者共には寛大な処置かと」

「そうか?……まあ、そうだな」

 王は落とした肩を、即座に戻した。あまりに軽すぎる落胆。

「とにかくこれからも、罪深き者たちは厳重に対処していこう。天の価値を貶めてはならん」

 会議室に集まった騎士達に向けて、王は改めて気を引き締めるように言った。

 

「――当たり前でしょう。天の定めに抗うなど、許されることではない」


 室内に響く、凛とした返答。清純さを現したような、そんな声だった。

「凡夫と天に選ばれし者、どちらが優れているということはない。――平等だ。我々は平等」

 椅子から立ち上がり、手振りを加えて語る金髪の青年。整った顔立ち、体全体から溢れる高貴な雰囲気は、育ちの良さを伺える。

「ジーア。君が聖人であることは分かるが、少し落ち着きたまえよ。会議中だぞ」

「しっ、失礼しました」

 ジーアと呼ばれた青年は、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、着席した。

「……話を戻しますが、我々は平等。それは間違いない。しかして、ルールは大事。破った者には、しかるべき罰を。人の道理とはそういうことです」

「その通りだが、つまり躊躇いはないのだな」

「全くないわけでは、ないです。ですが、心を鬼にして処罰しなければ、今まで犠牲になってきた者達に顔向けできない……!」

 拳を固く握りしめ、ジーアは苦渋の思いを吐き出した。

「そうか、安心したぞ。心優しい君のことだ。心に躊躇いが生じているんじゃないかとな、そう思っていた」

「ご安心を。どんな敵がこようと。例え、天の力を使える敵がこようと。全力で打ち砕きます」

 紡がれる言葉には、迷いが一切無い。


「同じ天の力を扱える、この私が」


「……ジーア。彼もまた、強者と呼べるのでしょう」

 青空の下、王都を囲む防壁上から、王城越しに遠くのジーアを見定める者がいた。

 風になびく紫の髪・美貌・少々童顔と言った特徴を持つ、落ち着きと礼儀正しい雰囲気を放つ美女。

 現在、彼女の頭の中はある思考で埋め尽くされていた。


■殺意、殺人、惨殺、必殺、方法、否定、禁則――諦観■


「駄目です。駄目。何を考えているのでしょうか」

 両頬を叩き、己を戒める女性。

 しかし、歪な笑みと眼光は変わらない。今も、獲物を狙っている。


■少々、否定、重否定、許容?■


「ああ、ああ、ですが今は」

 苦しそうな表情で、彼女は己の責任を思い出す。

「愛する彼に任された事を、果たさなくては」


■獲物、横取、――可能性■

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