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霧の海と雷光の騎士

「盗賊達の引き渡し、ありがとうございました!!」


 町の外れの野原。そこには多くの馬車が停まっていた。馬車の中には、盗賊達が収容されている。


「タイドス王国の騎士団、団長ロードルが、貴方たちの活躍を心に刻みました!! 刻みましたとも!!」

 

 馬車の近くで騒がしい声を上げているのは、盗賊達を捕縛するために町まで来た騎士団の団長、体格の良い中年大男ロードス。

 鎧で全身を包み、ひとの良さそうな笑みを俺達に向けていた。


「本当に本当に感謝申し上げる!! このお礼は必ずッ!!」


「あー、ハイ。それは嬉しいですね」

 

 お礼の言葉を受けながら、俺は少し微妙な気持ちになっていた。


(お礼欲しくて、戦っただけなんだよな……)

 

 事前に報酬は確認していた。正直、盗賊団と戦うなんて荷が重すぎるが、背に腹は替えられない気持ちで戦うことを決めたんだ。

 怖かったのでマントの下に鎧を着込んで、足の震えを抑えながら、事に当たった。

 それを、こんなにも真髄な眼差しで感謝されると……助けた事実には違いないが。


(微妙な気分、だな。助けたい気持ちがないわけじゃないが、報酬なかったら関わらなかったぜ)

 

 俺はそんな気持ちを抱きながら、隣に立っている人物を横目で見た。


「……」

 

 腰まで伸びた綺麗な黒髪に、赤色の瞳。黒いローブを着込み、この国では物珍しいだろう、下駄を履いている。歳は忘れたらしいが、俺と同じくらい、十代後半と見てる。

 容姿は文句なしに美形だし、スタイルも悪くない。惚れていたかもしれない……あの出会いがなければ。


「……なにを見ているのですか船長。胸ですか? 気持ち悪い。最低・最悪」


「い、いや。そんな訳ないだろ! なんでもない!」 


「動揺が表面化していますよ。落ち着きなさい下郎船長」

 

「船長に対する言動とは思えないな……」


 確かにその豊かな胸に目が行くときもあるが、正直言って今でも少し怖いんだ。あんな目にあったんだから、当然だ。


「出来れば貴方がたを王都にお招きして、もてなしたいところですが……もう旅立つのでしたな」


「はい。これから【リアメル】へ」


「ふむ。【人魚姫】の伝説があるかの国ですか、それは何とも羨ましい! 私も一度は行ってみたいものですな!」

 

 しかし、それでも離れることはない。


「では、船へ報酬の積み込みを――」

 

 彼女は我が船の船員なのだから。


●■▲


■我が船のある一場面■


「ふー、メシメシ。朝飯」


■俺は木の扉を開け、良い匂いが漂う部屋に入った■


「よー! ジン太! なにやら活躍したようじゃないか!! 盗賊をばったばったと倒していったって!? オレも鼻が高いぜ!!」


■声を掛けてくる少女は大きな台所に立ち、フライパンを振るっていた■

■水色短髪の活発さが溢れた彼女。控えめに言っても美人の部類に入るかな?■

■凛としたまなざしが意思の強さを感じさせた■

■着ている赤いチャイナ服が、心に燃え盛る熱意を表現しているかのようだ■

■汗水流しながら、船員たちのためにと楽しそうに料理を作る彼女の姿に、何度も元気づけられた気がする■


「おう、【料理長】。体力回復料理で頼むよ」


「まっかせな! 【肉類もりもりラーメン】! オレの全力を見せてやる! おりゃー!!」


「うおおっ。気合入ってるのはいいが、前みたいにボヤ騒ぎを起こさないでくれな?」


「あの時は本当に悪かった! オレはテンション上がると周りが見えなくなっちまう! バーニングよ!!」


「まあ、熱意があるのは良いことだな……うん」


 料理長……彼女が、料理のために様々な努力を積んでいることは知っている。

 その飽くなき前進力は、どっかのバカ船長も見習わせたいぐらいだ。

 汗水流しながら己の道を突き進む……これもまた青春かな。

 そのひたむきな美しさに、見惚れてしまう時もあるぐらいだ……前にそのせいでフィルに変態扱いされたが。

 

「? なんだぁ? 変な視線送りやがって」


「ああ悪い。ちょっとな」


「ははは! オレに見惚れちまったか! なんてな!」


 可愛らしくウィンクする料理長。

 冗談めいた行動ではあるが、普通にかわいいので困る。

 ……俺も男なので、この船における男女比率は色々と心臓に悪い時があった。

 

「よっと! ……そんなところで突っ立ってないで! 座れよ船長さん!」


「……ああ。そうする」


 俺はその部屋に並ぶ長机(10以上)の内、一番扉に近い席に着く。

 柔らかいソファーに沈む体。


「……」

 

 その席を選んだ理由は。


「まだまだ……ううーん」

 

■対面のソファーに横になっているのは、赤い髪の少女■

■料理長とおそろいだなと思った■


(マリン。フィルと同じ、俺の仲間)

 

 彼女の体には薄い布団が掛けられていて、微妙に揺れ動いている。


(ここで寝てるってことは、また料理の練習か)

 

 俺は台所の料理長に目配せした。

 彼女はうんうんと頷く。


「塩……胡椒……? いや、砂糖かなぁ……うううあぁ。お尻ぺんぺんはやめて船長……」

 

 なにやら、うなされている様子のマリン。お尻ぺんぺんなんてしたことないぞ、事案だぞ。

 それはともかく頑張れッ。夢の中でも応援するぞッ。うおおおおおッ!!


■俺は食事を済ませ■


「辛いーッ!?」


「はははは!! 今回は特別サービスで唐辛子スーパー投入だ!! 眠気覚ましに気合を入れなー!!」


「余計なことをッ。唇が……ッッ!! くそォ……! フィルに笑われそうな予感……!!」


「なにを言ってんのさ! いまさら、その程度を気にするタマじゃないだろうが! 男ならドンと構えな! ほらもう一丁追加ー!!」


「よ、よせっ。やめろー!!」


■たらこ唇になってしまった。しかもひどいレベルの■

■……そのあと料理長に文句を言い、【広い】食堂を後にした■


「……」

 

 食堂を出ると、狭い船内通路。右か左か一本道。

 何の変哲もない、ごくごくありふれた木船の中だ。


「やっぱり、ロマンだな」

 

 背後の食堂を振り返り、その【釣り合わない】広さに改めて感心する。


■この船は、外から見た大きさがあてにならない■

■内部は、一つの城のような領域が広がっている■


「わわわわッ!! どいてくださーい!! 船長!!」


「なぬっ」


 通路に響くおっとり声に振り向くと、銀の長髪を揺らしまくっている小柄少女が目前に。

 というよりも、ぶつかってしまった。

 なかなかの衝撃と謎の感触と共に、尻もちをついてしまう。


「……」


 顔に当たる感触はやわらかい何か。

 はわわという、羞恥心に悶えるような声が聞こえた。

 それでもう今の状況分かってしまう。くそ。


「ひゃああ!? なにやってるんですか! はなれてー!!」


 顔に当たっていた胸の感触が離れ、顔面に平手打ちがおみまいされた。

 いきなりすぎて呆然としてしまう。

 なぜにこんな理不尽な目に遭うのか?

 地味に左頬が痛い……。


「……【司書】。ちゃんと前を見て歩けよっ。いつもいつも突っ込んできやがって!」


「はわわっ。そんなに威圧しないで……!! フィルさんに言っちゃうかもしれません……! 死ぬかもしれないですね船長……はわ」


「こ、この野郎……!」


 おっとり風な雰囲気でこちらを脅す、タレ目の巨乳美少女。着ている衣装は青いレオタード風。腰の両脇に下がったスカート的な布が、申し訳程度に両足の露出を隠している。

 いつもながら思わずぶん殴りたくなる言動だ……っ。

 彼女はさっきの料理長と同じ、【人外】の存在である。

 しかし、その性格に関しては……という感じの奴である。


「うう……。さっきの激突で肩が外れてしまったかも、です……。これは治療費をもらわないと許せないかも、です」


「はぁ!? おいこらっ。ふざけんなっ」


「ひゃあ。やめてくださいっ。そんな大声ださないで……! お願い……!!」


「ぐぐぐッ」


 なんだこれはっ。なんか俺が悪いみたいな感じっ。涙目で座り込む美少女に迫る、鬼気迫る表情の男とか……はたから見ると俺が不利なのは分かる。がッ。

 こんなところをフィルに見られたら制裁喰らいそうだ……。

 

「あ、あのっ。【例の本】見つかりました、そういえば……」


「……お、そうか。悪いな」


「この船の書物を司る王……いや神……!! それが私ですからねっ。当然なんですっ。ふふっ。えっへんっ」

 

「お、おう」


 いきなり威張りはじめる司書に、少し引いてしまう。

 こいつはおっとり系に見せかけて、狡猾・傲慢なオーラを放ちまくっている。

 油断ならない女だ……。そういう女はフィルだけで十分なんだがなッ。本当にッ。


「ごほんっ。と、とにかく、今度【書庫】に来た時に渡しますね……。えへへ」


「ああ、それは助かる。本当に」


「今回の報酬はその後でOK、です。期待してますねっ。しょぼかったら覚えておいてください」


「……ああうん」


 さりげない脅迫に真顔になってしまうぜ。

 この船の船員は、どいつもこいつも濃いやつらばかりで困る。

 船長である俺がないがしろにされているのは、フィルの態度も原因ではなかろうかとか思ってしまう。


「……フィルさ……いえ様が……もっと本のバリエーションを増やしてほしいと要望しているんです、けど。ジン太船長なんとかしてください……」


「いやそんなこと言われても。わが船の資金的に、余計な出費は抑えたいところなんだが……どうせいつものワガママだろ。無視しとけ無視」


「DEADッ。それは勇気ッ。むりです……むり、フィル様相手にそんな不遜な態度ッ。私には荷が重いです……! なんでそんなひどいこと言うんですか……? くずです?」


「……ほほう。船長をくず呼ばわりすることはできるのにか? それは悪かったな。お前の面の皮の厚さなら平気かと思ったぜ」


「ひいっ。やめてください……っ。そんなに圧をかけないで……! ぶっ●しますよ……!」


 さらりととんでもないこと言いやがる。

 しかし、こいつの対応を間違えると後々やばいことになるのだ。

 ここはおとなしく退いておこうッ。


「……それじゃあ、書庫に来るのを待っています。ね。ジン太船長……なるべく早く来るようにしてくださいっ。寂しいのでっ」


「寂しいなんて繊細なこと言うとは……それは分かったが、さっきのトラブルに関してはフィルに言わないでくれよ。頼むから」


「えっ、あっ、それはっ」


「?」


 司書の巨乳と(不可抗力で)接触したことを口止めしたが、なんか彼女の顔がやけに赤い。

 どういうことだ?

 赤いだけなら分かるが、なんか嬉しそうな顔をしていないか?


「ふ、ふふ。私とジン太船長だけの秘密……ですねっ。ふふっ」


「ああ、秘密といえば秘密……だな」


「わかりましたっ。内緒にしておきますね……!」


 いきなりテンションが上がった声色でそう言うと、そのまま書庫の方へと去っていく司書。

 あいつもイマイチ掴めない奴だな。いつも姑息で小物くさいのは変わらないが。

 ……まあ、約束通りなるべく早く書庫に行くようにするか。


「さて、今日も一日頑張りますかね――」

 

●■▲


 ――空は晴天、風は穏やか、そんな海で船は進む。


「……本当に凄いよな。この船」

 

 大型船に分類されるであろう木造の船は、四反の帆を張らない状態で、凄まじい水しぶきを上げながら、普通ならあり得ない速度で海を行く。

 普通の船ではないのだから、当然だが。


「……魔法のような船ですね。船長にはもったいない」


「おっ」

 

 船首の甲板に座って風を受けながら、右手に鉄アレイ、左手に紙の束を持っていた俺に向かって、背後から声がかけられた。

 平坦だが、確かな悪意が感じられる声。奴しかいない。


「……ああ、俺には合わないよ。お前みたいな才能あふれる奴は。色んな意味で」

 

 嫌味に嫌味で返してやった。

 いつも通りのやり取り。俺も慣れたもんだぜ……こいつの扱いは既に熟知しているっ。心乱されることはないっ。ふっ。


「あら、私は船長のこと好きですよ。悲しいことを言わないで」

 

 楽しげな声で言われても、説得力がない……!

 だが俺は平常心。

 なんの動揺もない。


「……何か用なのか。フィル」


「あの子が湯に浸かっていて暇なので、暇つぶしです」


「その為に、俺の時間を潰すと」


「船長はいつも忙しいですね。マリンが不満言ってましたよ」

 

 マリンが不満を? まいったな、少し弱る。


「船長が作ってくれた、玩具を大事そうに抱えながら」

 

「おっ、それは嬉しいな。作った甲斐があった」


「――これでキャプテンの頭を、かち割りたいって言ってました」


「そこまでなのッッ!?」


「冗談です」

 

 びびらせるなよ……。ぐれたかと思ったじゃないか。

 いやびびってないけどね。


「でも不満言ってたのは本当よ。必死なのは分かるけど、もっと構ってあげたら」


「いや、だが、うーん……」

 

 そんな訳には、いかないんだよ。仲間との交流も大事だが、俺は才能を手に入れて……。


「……」


「船長」


「なんだ」


「なにを見ているのか。と、思いまして。ずいぶんと熱心に……いえ、無駄に熱心に」


「なんで言い換えた?」


 フィルは、背後から俺の見ていた資料を覗き込む。

 香水のようないい匂いがして、惑わされそうになる心を、なんとか保つ。こいつは割と距離感が近い時があるな……。


「まとめた資料ですか」


「そうだ。才能を手に入れたら、重要になる情報だからな。今の内に頭に叩き込んでおくんだ」


 ――じゃないか?


■頭に響く声を無視する■


 俺は再び資料に目を落とす。集中して目を通し、なるべく早く覚えようと努力する。かなりの量があるから大変だ。半年かかっても、全て覚えるのは不可能だろう。


「資料室にあったやつですよね。なんか妙にごちゃごちゃしてたのですが、資料室の机」


「少し急いでたからな、後でやる……悪いがフィル。集中してるから――」


「暇つぶしに読みました。一日で覚えました」


「な、に……!!」

 

 一日……だと!? そんな馬鹿な……!! そんなに差があるのか!? というかこの野郎、なんでわざわざそんな事を。嫌がらせか!!

 たしか前に行った(知能的な)処理速度対決でも圧倒的大敗を喫したが、どうやらこいつは記憶力も異常なレベルのようだ……。


「それじゃ、頑張って下さいね。応援してます」

 

 嬉しくない応援を送った後、フィルの奴はこの場から去った。

 結局、ただ俺をおちょくりに来ただけのようだ。ちくしょうめっ。


「ありがとよ。くそったれっ!」

 

 一人ぽつんと青空を見上げながら、涙をこらえるように悪態を吐いた。

 あいつに聞かれたら怖いので若干小さい声で。


「だー、くそっ!!」

 

 そうだ集中しなくては。これから俺は才能を手に入れるんだ。フィルほどではないにしても、特別な人間の証をっ。

 うおおおお!! 燃えてきた!!


「ふー」


「ひゃほおおッ!?」

 

■右耳に息を吹きかけたフィルは■

■今度こそ去っていた■


 資料を眺める穏やかな時間。風に乱れはなく、船は快調に海を進む。


「――」

 

 眺めながら、俺は別の作業も行っていた。


(乱れているな。やっぱり。使った後は、特に)

 

 体に満ちる不思議な感覚。断続的に感じるもの。それによって、あの力を制御する。


(力を更なる高みに押し上げる、イメージ)

 

 何度かこういう風に鍛えてきたが、この方法が一番効果的だと理解した。


(疲れるのは、変わらない)

 

 楽な修行なんて存在しない。長時間やってると当然疲れる。下手すると、立ち上がれなくなる。

 それでもこつこつと積み上げてきた。


(今回は、立ち上がれなくなるなんてことはない。時間的に)

 

 少し時が経ち、息が苦しくなってきた。走った後みたいだ。


(まだまだ)


 更に時が経ち、汗が出てきた。

 肺が苦しい。

 息が乱れる。

 体が重い。


(行ける。行ける)


 これは――じゃないと良いな。


■心に響く声を


 そして、更なる時が経ち――。


「……そろそろかな」

 

 俺は顔を上げ、立ち上がり、呼吸を整えて、海の見やすい前へと歩いていく。


「見えた」

 

 船首から眺める遠方の海上に、白い何かが見えた。


(霧の海【ミスト・ガーデン】。全く別の、異なる世界に繋がる海)


 海上に発生した、謎の霧。突破不可能な、最強の盾。ぶつかった船が大破することもある。

 見ているだけで心臓が壊れそうな威圧感を感じ・目を逸らしても引きずり込まれそうな不気味さも感じる。

 圧倒的異質・未開領域、【あの中】で行方不明になった者は数知れず。

 形を変え、移動するが、ある程度の法則性が存在する。勿論、例外はあるけど。


(【あれ】は使わなくても良いな)

 

 あの霧はこれから移動するようだ。集めた情報もそれを証明している。


(あの霧を越えたら、次は)

 

 いよいよあの国へ。

 人魚姫の伝説が渦巻く、【才を手繰る力】を崇める国へ行くことになる。


(タイドスの北東に位置する国、リアメル。彼女がいる地へ)


 強い風を浴びながら俺は彼方を見据え。


「――待っててくギャブッッ!?」

 

 どっかから飛来した大きな鯛が、顔面に直撃した。


「……」

 

 今日は魚料理にするかと、前向きに考える。


■俺の目的――再起の流星に手が届く日は近い■


「待っててくぎゃぶろうッ!?」


 どっかから飛来した漁師のおっさんが、ドロップキックをかましてきた。

 おっさんは鼻で笑った後、海を泳いで去っていった……。 


「……なんやねんッ。なんで鯛やねん!!」


■俺の渾身の叫びは■

■アホウドリの鳴き声に重なって、打ち消された■

■……なんでやねん!!■


 ●■▲


 強風と雨に晒される海で、盗賊との戦闘、その同時刻に起きたもう一つの戦いは決着した。

 

「……くそがッ」

 

 メインマストがぽっきりと折れた船上中央で、両者は対峙する。

 舌打ちと共に右手に持ったサーベルを敵対者に向けるのは、青いスカーフを頭に巻いた男。

 その佇まいから経験を積んだ強者であることを伺わせるが、敵対する勇者はそれ以上の威圧感を持って【海賊】である彼を威嚇する。


「――大人しく投降してください。勝ち目はないですよ」


「冗談じゃねぇぜ。おれはお前みたいな人種が嫌いでね……」

 

 海賊は己の持った武器を握りしめ、己の内に渦巻く【力】に集中する。


(見せてやるぜ……育ちの良さそうなお坊ちゃんよ)

 

 掴んだサーベルと繋がる、海賊に宿る【器】。

 それは、人間が誰でも有している【力】の源。


(接続――開始――)

 

 海賊の意識が【世界】と繋がる。


(くっ、下手すると意識が現実から離れそうになる……ぜ!)

 

 目前の鎧を纏った(顔にはない)男に注意しながら、【力】を使用する為の工程を済ませていく。


(五秒……六秒……七秒……まだかよっ)

 

 力を発動するまでの時間は十数秒かかり、海賊は焦りによって舌打ちを繰り返す。


(チクショウ……早く……発動さえすれば……っ)

 

 今にも鎧の男が動き出すのではないかと、気が気ではない彼は。


「――ククク」

 

 不敵に笑い、その【力】を生み出した。


「……その力は」

 

 鎧の男は、サーベルから発生した青い【霧】のようなものに注目した。


「貴方も使えるのか。【天の力】を」

 

 霧に込められた力は尋常ではなく、全てを切り裂けるかのような異質な印象を与えてくる。


「呼び方なんざ知るかよ! いくぜ!」

 

 スカーフを風で揺らしながら、海賊男は攻撃に移った。


(敵は強いが……やってみないと分からねぇこともあんだろ!)

 

 疾走しながら両手でサーベルを握り、勢いよく振り上げて。


(長年鍛えたこの力――受けて見ろや!!)


■筋肉が駆動し、海賊は己の修練を誇りながら攻撃を放つ■


「あ?」

 

 振り上げた剣を振り下ろす間もないまま、彼の視界を雷光が襲った。

 あまりに速い一撃は回避を許さない。


「ぐああああっ!?」

 

 雨を切り裂くように吹き飛ばされる海賊と、霧を纏ったサーベル。

 勝敗は明らかだった。


「ぐがぁっ!」

 

 海賊は背中から甲板に転がり、サーベルは海に落ちてしまう。

 なんとか立ち上がろうとするが、


(なんだっ、体が動かないっ)

 

 単純なダメージとは無関係に、身動きすることが出来ない。


「無駄ですよ。【麻痺属性】を付与しましたから」

 

 鎧の男はそんな彼を見下ろしながら、静かに言った。


「やってみなくても分かる、当然の結果です。ですが、なかなか強かったですよ……称讃してあげます」




「お! 倒したみたいだな!【ジーア】」

 

 戦闘が終わってから現れた大男は、友人であるジーアに走って近付いていく。

 大男が着込む鎧も、ジーアと同様のスタイルだ。


「ほぼ一人で倒すとか、まったく無茶しやがるぜ! いつもいつも、なんでそんなに頑張るんだよ」

 

 新手の男は、呆れ混じりに言った。

 それに対するジーアの返答はさわやかだ。


「決まっているだろう? リアメルの民……【皆】の為さ」


「おう……言い切りやがったな! 善人め!」

 

 人によっては胡散臭いと捉えかねない発言も、彼が言うからこそ説得力を増す。

 リアメルという国を守護する騎士の中において、【天才】の称号を欲しいままにする彼だからこそ。


「ははは……そんなことないさ。……さあ、捕らえた海賊を連行しようか」


「おう。……しっかし、今回の奴らは大したことなかったなー。【眼帯の男】はやばかったのに」


「私は接敵したことはないが、そんなに強かったのか?」


「はは、全然おまえの方が強いさ! 当然な! だがまあ、天の力を使ってたしよ。圧倒的WINともいかなかったと思うぜ? お前でも」


「たしか……【謎の船】と接敵して、倒されたんだったな。その眼帯の海賊」


「ああ——帆を張らない状態で進む、奇怪な船にな。幽霊船とか噂されてるぜ」


■雨は過ぎ・時は進む■

■彼らの運命が交差するのは、まだ先■


●■▲


「――天の力。つまるところは、それに尽きる」

 

 白塗りの部屋、部屋の中央に置かれた大きな丸テーブルを囲む様に、鎧を着た屈強な男達が座っていた。そのどれもが武人として、強力な気配を発している。

 彼らを監視するような鋭い目つきの、剣を掲げた短髪男性の石像が部屋の隅にあり。外見について諸説ある、伝説の英雄像だ。


「団長、外来から訪れて排除したのは何人だったか」

 

 座っている男達の中でも、一際強力なオーラを放っている男がいた。白い髭を顎に生やし、鋭い眼光を燃やしている。

 その場にいる全員がその人物の一挙一動に注目し、決して軽はずみな発言をしないようにふるまっていた。


「この一年で、約五十です。王よ」


「五十か。どこで【末裔】を知ったのか。嘆かわしい」


 やれやれとため息を吐く王。

 リアメルに存在する【ある人物】を狙って国内に侵入する者は多く、それが彼の悩みの種となっていた。

 

「私もあまり、残虐なことはしたくないんだがな。……これも定めだ。仕方ないか」


「王は充分お優しいと思いますよ。本来やるべき罰を、一、二、省いてあげてるんですから。凡夫の分際で、天の高みに近づこうとした劣悪の者共には寛大な処置かと」


「そうか? ……まあ、そうだな」

 

 王は落とした肩を即座に戻した。あまりに軽すぎる落胆。

 内心では当然の刑罰であると、今まで排除してきた外来者たちに対して思っている証拠だ。

 為政者としての冷徹さが垣間見える。


「とにかくこれからも、罪深き者たちは厳重に対処していこう。天の価値を貶めてはならん」

 

 会議室に集まった騎士達に向けて、王は改めて気を引き締めるように言った。

 発破をかけられた者たちは、すさまじい緊張を感じながらも肯首した


「――当たり前でしょう。天の定めに抗うなど、許されることではない!」


 室内に響く凛とした返答。清純さを現したような、そんな声だった。

 王は、予想していたと言わんばかりの視線を発言者へと向けた。


「凡夫と天に選ばれし者、どちらが優れているということはない。――平等だ。我々は平等」

 

 椅子から立ち上がり、手振りを加えて語る金髪の青年。整った顔立ち、体全体から溢れる高貴な雰囲気は、育ちの良さを伺える。

 周囲にいる騎士たちは、彼の発言を聞き逃すわけにはいかないとばかりに無言。


「ジーア。君が聖人であることは分かるが、少し落ち着きたまえよ。会議中だぞ」


「しっ、失礼しました」

 

「天に仕えし騎士として、冷静さを失わぬように努めよ……。まあもっとも、どこかの誰かとは違って、君は優秀であるから大丈夫とは思うがね」


 ジーアのことをいさめた中年の騎士が、自分から少し離れた位置にいる老騎士をちらりと見遣った。それに対し老騎士は、鋭い眼光で睨むことで威嚇する。

 そんなやり取りを尻目に、ジーアは恥ずかしそうに顔を赤らめながら着席した。


「……話を戻しますが、我々は平等。それは間違いない。しかして、ルールは厳格に。破った者にはしかるべき罰を。人の道理とはそういうことです」


「その通りだが、つまり躊躇いはないのだな」


「全くないわけでは、ないです。ですが、心を鬼にして処罰しなければ、今まで犠牲になってきた者達に顔向けできない……!」

 

 拳を固く握りしめ、ジーアは苦渋の思いを吐き出した。

 そこに秘められた想いは本物であると言える。

 王は彼の言葉に満足したように、深く頷いた。


「そうか、安心したぞ。心優しい君のことだ。心に躊躇いが生じているんじゃないかとな、そう思っていた」


「ご安心を。どんな敵がこようと。例え、天の力を使える敵がこようと。全力で打ち砕きます」

 

 紡がれる言葉には、迷いが一切無い。


「同じ天の力を扱える、この私が」


●■▲


「……ジーア。彼もまた、強者と呼べるのでしょう」

 

 青空の下、王都を囲む防壁上から、王城越しに遠くのジーアを見定める者がいた。

 風になびく紫の髪・美貌・少々童顔と言った特徴を持つ、落ち着きと礼儀正しい雰囲気を放つ美女。

 現在、彼女の頭の中はある思考で埋め尽くされていた。


■殺意、殺人、惨殺、必殺、方法、否定、禁則――諦観■


「駄目です。駄目。何を考えているのでしょうか。目標は別にいます……自制しなくては」

 

 両頬を叩き、己を戒める女性。

 しかし、歪な笑みと眼光は変わらない。今も獲物を狙っている。


■少々、否定、重否定、許容?■


「ああ、ああ、ですが今は」

 

 苦しそうな表情で、彼女は己の責任を思い出す。


「愛する彼に任された事を、果たさなくては」


■獲物、横取、――可能性■

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