09.魔王領ゾルガーと異世界魔王カズサ
「とりあえず異世界云々はカズサ殿の妄想として、脇に置いておこう」
「ちょっと待て!」
「それがよろしいかと」
「ああ賛成だ」
「あの、よく分かりませんが、私は気にしませんから、大丈夫ですよ?」
誰も味方がいない!
そうだみんな敵だった!
しかもフィリラちゃんの慰めは何気にひどい!
「わたくしも特に問題はないと思いますが?」
「キリキスお前もか!」
「たとえ陛下の妄想であろうと、陛下のお言葉が私にとっての真実です」
キリキスの真剣な眼差しに思わず心臓の鼓動が跳ね上がる。
「そ、そうか?ってぜんぜん信じてないよね!?」
危うく騙されるところだった!
「よろしいかカズサ殿」
「・・・いいよもう、勝手にしろよもう・・・」
「拗ねられてもなあ」
アルフェシオは困惑したが、一転して真剣な面持ちになる。
「カズサ殿、貴方に慈悲を乞いたい」
「慈悲?」
「そうだ。敗れたとは言え私も貴族の端くれ。敵に慈悲を乞うのは屈辱であるが、どうか私の願いを聞き入れてはくれまいか」
なんだか微妙にへりくだっていないような表現だが、俺は頷いた。
「俺に出来ることなら」
「そうか、ありがたい。遺書をしたためるので、いつか、私の家族に届けてはもらえないだろうか?」
「遺書!?」
フィリラが目を見開く。
「そうだ、フィリラ嬢。君も最後の言葉を届けてもらったほうが良い」
フィリラの顔が蒼白になる。だが、しっかりと頷いて俺を見る。
「カズサさん、私もお願いします。帰らないわたしを待たせて、家族をいつまでも悲しませたくありません」
彼女達の従者は、沈鬱な表情のまま何も言わない。
ラキスは涙目で俺をにらみ、クルスは諦念の眼差しで天井を見上げる。
そんな重苦しい雰囲気の中、ひとり蚊帳の外の俺は尋ねた。
「あのお、どうして遺書が必要なのですか?」
「人として、家族を思いやる気持ちは自然だろう?」
「いえ、そういう意味ではなくて。なんだかふたりとも、これから死んでしまうような雰囲気なので、どうしてなのかな、と?」
「いいだろう、そこまで人を玩弄するなら、はっきりと言ってやる。いつでも殺すがいい、覚悟はとうに出来ている!」
「殺さないよ! なに物騒なこと言ってんだよ!!」
「殺さない? 貴様こそ何を言っている。それが魔王の宿命だろう!」
「なんだよ宿命って! 馬鹿なこと言うなよ!」
「陛下、よろしいでしょうか」
「なんだキリキス!」
「魔王アルフェシオ殿が仰っているのは正典の伝承のことです」
「正典?」
「はい、盟約以前に編纂され、盟約の侵蝕を受けずに伝えられた魔王に関する伝承です」
「魔王は、同族の命を貪り、力を得る」
クルスの言葉にキリキスは頷く。
「その一節が広く人々に伝わり、一種の教訓話として認知されています」
「アルフェシオ様にはその伝承が真実だと伝え、他の魔王を討伐するように申し上げました」
クルスは俺の目を見た。
「そうしなければいずれ、他の魔王から逆に侵攻されるからと」
俺とクルスは見詰め合った。俺を殺せと進言した彼女に対する不快感はなかった。
彼女に対しては奇妙な仲間意識さえ芽生える。同じ状況で同じ結論に至った同志めいた感情だ。
「知っていた?」
俺の問いかけにフィリラちゃんは曖昧に頷く。
「ちゃんと説明する前に、貴様が攻めてきたんだろうが」
ラキスさんが吐き捨てる。それは申し訳なかった。
「なぜ話さなかった?」
「詳しい話しをする間もなく、陛下が出撃の命を下されましたので」
キリキスの返答は単純明快。
あーそうか。初日は従者が新任魔王にあれこれ解説する流れだったんだろうな。
それをぜんぶすっ飛ばしたから、状況認識に齟齬が出ているんだ。
「魔王は他の魔王を倒すことにより、より大きな力を得ることが出来ます。陛下が生き残るためには、必然的に他の魔王を殺さなければならないのです」
「それは聞いた、だからこうして彼女たちを降伏させたんじゃないか。もう戦う必要は」
第一〇八城砦? 俺は歴史上から数えて、一〇八番目なのだと思った。
「・・・魔王は、108人もいるのか?」
だとしたら厄介なことになる。魔王108人36組の大乱戦など考えたくもない。
だがキリキスは、首を振ってとんでもないことを言った。
「最低でも百八人です。総数は不明です」
俺は言葉をなくして呆然とした。
だってそうだろう?
まさか魔王がそんなにうぞうぞといるとは思わないじゃないか?
ワシを倒しても無駄だ。人の心に闇がある限り、第109、第110の魔王がいずれって、多すぎだ!
「すまなかった、カズサ殿。貴方を誤解していた」
アルフェシオは謝罪し、澄んだ眼差しで俺を見た。
「貴方は本当に私たちを助けるつもりだったのだな」
「カズサさん」
ふたりの魔王が、静かに微笑んだ。
「どうか私たちの分までこの非道な宿命を戦い抜き、生き延びてくれ」
俺は考えた。必死に考え込んだ。
思考の海に自分を沈め、解決策を模索する。
彼女たちを殺す選択肢は、ない。優しさや倫理の問題じゃない。
彼女たちを殺せば、きっと笑えなくなる。
二度と、心の底から笑える日は来なくなる。
たとえ元の世界に戻って家族に会えても、後悔し続けるだろう。
あれ?と不意に気が付く。
「アルフェシオ、君はどうするつもりだったんだ?」
「・・・どういう意味だ」
「とぼけるな、君は俺の命を保障すると言った」
「あれは虚言だよ。戦いに勝てば、やはり殺すつもりだった」
「それこそ嘘だ。最初からそのつもりだったら、あの戦いの最後でためらわず殺していたはずだ」
そうだ。剣と蹴りでぶっ飛ばされたが死ななかった。
いま思えばあれは手加減されたのだ。
彼女がスケルトン兵に使っていた斧槍なら上下半身泣き別れだった。
「隷属の魔術です」
「クルス!!」
「申し訳ありません、アルフェシオ様。私は貴女に生きていて欲しい。たとえどのような忍従を強いられようと」
クルスは申し訳なさそうに頭を下げる。
「クルスさん?」
「クルスでかまいません、カズサ様」
「分かった。さっきの言葉はどういう意味なの?」
「アルフェシオ様もカズサ様と同じように、この戦いの有り様について悩みました。ですから他の魔王を殺さずに済む方法について、提案しました」
そしてクルスは語った。
隷属の魔術と言う、他者を自らの奴隷として支配する方法について。
魔王さえも呪縛可能な、最低最悪の禁術の内容を。
隷属の魔術は、対象となる者を奴隷にし、禁止事項によって束縛する。
例えば主人に致命的な攻撃を加えれば、ペナルティとして奴隷の命が奪われる。
また主人は絶対命令権を持ち、いかなる行為でも奴隷に命じることができる。
従わない場合は、やはり命を奪われる。
さらに魔王同士で隷属魔術が施されると、特殊な効果が生じる。
主人である魔王と奴隷の魔王との間に特別な絆が生じ、奴隷の能力を主人が引き出し、一時的に自分のものにできる。
奴隷が死んだ場合は、力の全てを主人が引き継ぎ、魔王として進化できる。
隷属魔術の解除は、主人の死か、主人の意思のみである。
検証してみれば、隷属の魔術は主人の安全を絶対に保障するものではないのは明らかだが、まあいい。
「・・・本当かキリキス」
「はい、ですが力を引き出すといっても、魔王の命から得られるものと比べ格段に弱く、お二方の魔王としての格が低いので、さほど効果は望めません」
「そうすると隷属の魔術を使ってフィリラちゃんを奴隷すれば、故郷に帰してあげられるのか?」
「それはだめだ、他の魔王に狙われる」
俺のアイディアに、ラキスが反対する。
「でも、仮に殺しても彼女の力は俺が引き継ぐんだろう? だったら狙われる理由がない」
「貴様を殺すまでフィリラ様が囚われの身になるかもしれない」
魔王にとって、同族である魔王の生贄はそれほど価値があるのだろうか。
「魔王が奴隷になった場合、従者はどうなるの?」
その質問に従者達が順番に答える。
隷属魔術は従者には施せない。
従者は主人である魔王に、隷属魔術よりも上位である盟約によって従属しているから。
従者は奴隷の魔王を通じて、陪臣となる。
陪臣である従者が俺に反逆すれば、自分の直接の主人に隷属魔術のペナルティが課せられる。
なので基本的には俺に服従するとのこと。
これもけっこう抜け道がありそうだが、まあ仕方がない。
整理してみよう。
アルフェシオとフィリラを殺したくない
例えスケ兵さんがなくても、従者が危険なので、無条件には解放できない
幽閉するのは気の毒だ
他の魔王を殺さないと、俺は脆弱なままで生き残れない
俺が殺さなくても、他の魔王に命を狙われる
隷属魔術で奴隷にすれば、基本的には俺に反逆できなくなる
俺が生きている限り、他の魔王には殺される危険性が減る。
故郷に帰してあげるのは現状では無理っぽい
ふたりから力を引き出せば、ちょっぴり強くなるらしい。
ふむ、
最大のメリットは誰の犠牲も必要がない点だ。。
ふたりに奴隷になってもらい、みんなで協力して他の魔王から身を守る。
悪くない案じゃないか?
「そうだね、それじゃあふたりとも、俺の奴隷になってくれるかな?」
「「「「・・・・・」」」」」
あれ、反応が冷たい。何故だ?
「カズサ様、隷属魔術を自ら望む女性はおりません」
クルスが目を背ける。自分で言い出したくせに。
「奴隷になりたくないのは分かるけど。でも主人ぶるつもりはないよ、仲間として生き延びるために協力しようよ」
「・・・それは本心か?」
アルフェシオが問う。
「本心も何も。家事や仕事は分担してもらうけど、俺だってさぼるつもりはないよ?」
掃除は割と好きな方だが、料理はあまりしたことがない。
「そもそもアルフェシオさんだって、俺を奴隷にするつもりだったんだろ?」
「それはそうなのだが」
戦場であれほど凛としていた彼女がなぜか歯切れが悪い。
「・・・女が主人になるのと、男が主人になるのは、いささか事情が異なるのだ」
「事情って?」
「はっきり言えば! 男の主人は女の奴隷に夜伽を強制するだろう!」
「よとぎ?」
「男女の交わりだ!!」
ついに怒鳴られてしまった。
え?
キリキスを除く女性陣がジトっとした目で俺を見る。
奴隷? 命令に逆らえなくなる魔術? あれ、つまり、それって?
「そ、そそんな、そんなこと! 考えたこともありません! まったくこれっぽっちも!」
俺が全力で否定したのにアルフェシオとクルスが目くばせをして頷き合う。
「そこ! 誤解だから!」
すみません嘘です今ちょびっとだけ考えました。でも考えるだけです本当に。
「だが死ぬよりはましか」
あっさりおっしゃるアルフェシオ。え、いいの?
「ただし、この中の誰であれ無理強いしたなら容赦はしない。禁止事項に触れても必ず」
ぎろりと睨まれた。
「ワカッテオリマス」
俺は彼女の迫力に、カクカク震えながら返答する。
「基本的には頼むだけだから。命令なんてしないよ」
あ、ひとつだけあった。
「従者の必殺技は禁止ね。これ絶対だから」
「なぜです!」「どうしてだ!」
クルスとラキスが血相を変えて抗議する。
「理由を聞いてもいいか。あれは強力な術だぞ、戦いでは頼りになる」
アルフェシオがいぶかしげな表情で聞く。
「あれ、あんまり使いすぎると死ぬらしいから」
「なっ!」「そんなっ!」
アルフェシオが驚き、フィリラが悲鳴をあげる。
「とにかくダメだからね」
「私はいいよな? まだ一回も使ってないんだし」
「ずるいですわよラキスさん!」
「卑劣極まりないですね」
キリキスさん、それはひどすぎ。
「そんな~~」
従者にとって、必殺技はそんなに大事なものなのだろうか?
わいわい騒ぐ従者たちを尻目にアルフェシオが立ち上がり、俺に近付いた。
「ありがとう、カズサ殿。従者たちのことも考えてくれて。貴方が主人となるなら、奴隷もそれほど悪くはないかもしれないな」
背の高い彼女は俺を見下ろし、浮かべた笑顔はとてもきれいだった。
「わたしのことはアルフ、と呼んでくれ」
その日の晩、隷属魔術の儀式が行われた。
城砦前でスケ兵さんたちが取り囲む中、三人の従者が立ち会う。
儀式は厳かに執行され、アルフとフィリラは俺の奴隷となった。
「ここに、第一〇六、第一〇七、第一〇八魔王領が統合されたことを宣言する!」
キリキスは格式ばった様子で、星空に向かって言い放つ。
彼女の視線の先には、目に見えぬ何かがあるような気がした。
「これより以降、本領域はカズサ陛下を盟主に、魔王領ゾルガーとして樹立する!」
虚空に潜む存在に対し、挑むようにキリキスは抜き放った剣を掲げる。
「盟約よ、承認し、記録せよ!」
『承認し、記録せよ!』
ラキス、クルスも同様に剣を掲げて叫ぶ。
スケ兵さん達もまた無言のまま剣を掲げる。
『魔王領ゾルガーと、魔王カズサの名を!』
俺は隣のキリキスの手を握った。
「いつか君に言わなければならないことがある」
「なんでしょうか?」
「いまは駄目だ。たぶん今言っても、君には伝わらない」
殴ってすまなかった。言葉にするのは簡単だ。
しかし自らを道具と見なす彼女には俺の謝罪の気持ちは伝わらない。
いつか人間の心を知るようになったら伝えようと思った。
だから彼女に人間の心を理解させるのが、俺の責任のひとつなのだろう。
彼女達の宣言と共に、魔王領ゾルガーにおける戦争は三日で終結した。
後世から、俺達が繰り広げた戦争の一つとして挙げられる、ゾルガー三日戦役と呼ばれる戦いだった。
いや、嘘だけど。
いろいろあったが、とりあえずスタート地点に立ったようなものだ。
明日を生き残るために、ちぐはぐながら整えた態勢だ。
不出来だし、問題もいろいろあるだろう。
だけど今は何も言わず、あるがままを受け入れるべきなのかもしれない。
しかしキリキスよ、俺はあえて言いたい。
ゾルガーはないよね?
どういうネーミングセンスしてるの?
いかにも勇者かヒーローに滅ぼされそうな名前じゃん?
彼女の手を握り満天の星空を見上げながら、そんなことを考えた。
次話掲載予約 2014/08/23 00時
魔王カズサと仲間達の奮闘が始まる。
予想される魔王群との戦いを前に
カズサが語る、なすべき事とは?
次話『戦争よりも大事なこと』
新章スタート
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。