10.戦争よりも大事なこと
「この大陸には多数の魔王方が配置されていると予想されます」
玉座の間で、クルスは一同を前に説明を始めた。
「魔王領ゾルガーは将来的に、これら魔王群からの侵攻にさらされる可能性は高いと思われます」
「その根拠はなんだ」
「はい、盟主カズサ様の看破したとおり、≪魔王の世紀≫は魔王方が互いに攻伐し合うように仕組まれている。そう考えるのが合理的だからです」
「先手を打ってこちらから攻めることはできないのか?」
「残念ながらそれは不可能です。盟約が開示している情報は次の通りです」
現在、魔王たちは三人ごとに領域を封鎖され、他の領域の魔王方は侵入することができない。
魔王たちがある程度淘汰されると、隣接する領域は融合する。
こうして小規模、中規模、大規模と魔王領は拡大していくらしい。
「なるほど。自領の魔王を倒して力を得なければ、脆弱なまま他領域の攻撃を受けるというわけだ」
「その通りです、カズサ様」
隣接する魔王が領域を統合して強力な力を得る。
力を得た魔王が自分の領域に進入するかもしれない。
侵略に怯える魔王達は懸命になって自分の領域を攻略し、敵の侵入に備えようとする。あるいは積極的に他領域への侵攻を目論むだろう。
盟約の情報を元に、クリスは今後の展開をこのように予測した。
だからこそ盟約の目的は魔王同士の攻伐だと確信したらしい。
「魔王が淘汰されればさらに領域が融合し、同じ繰り返しで戦乱が拡大するわけだ」
「その通りです。幸い我らの魔王領ゾルガーはカズサ様を盟主として、一人の魔王の犠牲もなく統合されました」
しかし進化をしていない魔王三人では、進化した単一の魔王には戦力的に及ばないだろうと言う。
「だろうな。でなければ他の魔王を倒して力を得る意味がない」
「ですが協力体制を築いていない個々の魔王よりは絶対的に有利な状況にあります。これはカズサ様の英断の賜物です」
「ありがとう。話しは理解できた」
「ご静聴、ありがとうございました」
クルス先生による第一回 『はじめての魔王講座』はこうして幕を閉じた。
二十分ぐらいの休憩をはさみ、第一回 魔王定例会議を開催した。
「俺からみんなに検討課題を出したい」
俺が議長役となって会議を進行することになった。
「まず優先度の低いほうから。予想される魔王群からの攻撃に対して、俺たちはいかに対処すべきか?」
防衛か侵攻か。いずれにしても兵力の増強は必須課題だろう。
「兵力の増強といっても、我々の兵力はスケルトン兵九百体のみだ。増やしようがないぞ?」
アルフが眉をひそめる。
俺は玉座の部屋にテーブルを持ち込み、簡単な会議場を設置した。
左手にはアルフ、右手にはフィリラだ。
「スケ兵さんたちは確かに優秀だ。食事不要で疲れ知らずで命令遵守。まさに戦場の指揮官が思い描いた理想の兵士のような存在だ」
だけど、問題点がないわけではない。
「スケ兵さんたちは便利すぎる。便利すぎて俺達の思考と選択を無意識に狭めてしまう可能性がある」
「う、うむ?」
それとは別に人的資源の問題もある。
俺たち魔王の傍らには、それぞれ従者たちが控えている。
魔王とその従者、計六名。≪魔王の世紀≫を戦い抜いていくには心細い数字だ。
「俺達は通常の魔王がたどる進化の過程とは別の、新しい強化の道筋を模索しなくてはならない」
人数が少ないなら質で補う必要がある。
「進化ができないなら、俺達はあらゆる面で成長しなくてはならない」
今後の方針を定めるこの会議の開催を告げたとき、フィリラちゃんはこう言った。
「ではその間、皆さんのお部屋のお掃除と洗濯をしていますね」
「いや、フィリラにも出てもらうから」
彼女は首を傾げた。
「でも、大事な話し合いをされるんですよね?」
「そうだよ?」
「でしたら、わたしはお役に立てないでしょうから」
朗らかに辞退する彼女に俺は少し苛立ちを感じた。
「大事な話し合いだから、きみも参加するんだ。きみの意見も聞きたいから」
「でも、わたしはただの農家の娘ですよ?」
フィリラちゃんは困惑の表情をうかべる。
「よいではないか、彼女を退屈させても仕方がない。それよりも、着る物を洗濯してもらえるのはありがたい。この城砦にある衣類は少ないからな」
アルフが助け舟を出すと、フィリラはほっとしたように頷いた。
俺はじっとふたりの顔を見比べた。
その凝視が長かったせいで、彼女たちは居心地悪そうにモジモジしだした。
「陛下のお言葉です。遠慮など無用では?」
うん、キリキス。オブラートに包んでいるけどね。ごちゃごちゃ口答えするなと目が語っているよ?
でもそうか。貴族がいるのだから、この世界は階級社会なんだろう。
決定をするのは権力者の役目で、フィリラのような庶民はそれに従うのが習慣なのだろう。
だが、それでは困る。
俺たちはたった六名しかいないのだ。おまけに従者は基本的には主に追従するだけだ。
つまり自発的に行動できるのは三名しかいない。
フィリラちゃんには自分で考え、問題を解決する能力を身につけてもらう必要がある。
その自覚をうながすためにも会議にはぜひ参加してもらわなくてはならない。
「なあ、フィリラ」
俺はフィリラの肩に両手を乗せると、なるべく表情を柔らかくする。
「は、はい!?」
「俺はとても遠くから来たって、話しただろ?」
「え、ええ、その、はい」
異世界という話しは、いまだに彼女たちには受け入れてもらえなかった。
特にごく狭い地域社会で育ったフィリラには、そもそも世界という概念が把握できない。
なので彼女には、俺がはるか陸と海を越えてきた、という感じで説明してある。
「だからさ、この大陸のことは、なにも知らないんだ。どんなことでも良いんだ、俺にこの大陸のことを、そこに住む人々のことを教えてほしいんだ」
「でも、わたしは自分の村も出たことのない、ただの村娘ですよ? 教えて差し上げるようなことなんて」
「だったら、君の住んでいた村のことを教えてほしい。君がどんな暮らしをしていたのかも。そして話し合いでフィリラが何か気付いたり感じたりしたそのままを、俺に教えてほしいんだ。村人だったフィリラの物の見方や感じ方も、俺にはとても重要なんだ」
じっとフィリラちゃんの目を見詰める。
「・・・本当に、お役に立てるかわかりませんよ?」
恥ずかしげに顔をそむけ、フィリラちゃんは呟いた。
そんな感じで彼女も会議に参加した。
「とまあ、軍事にまつわる件は後まわしで。それよりも重要な話しがある」
俺が腰を浮かしてテーブルに両手を着くと、一同を見回した。
全員に緊張が走る。
「それは・・・・・・食生活の改善だ!!」
「まて! それのどこが大事な話しだ!」
アルフがつっ込む。
「だいじだろ! いいか、昼の食事はなんだった!」
「保存用堅焼きパン、陛下の命名によるガンパンと水です」
キリキスがおごそかに告げる。
「では朝食は!」
「ガンパンと水です」
「昨日は! 一昨日は!」
「ガンパンと水です」
「そうだ、来る日も来る日もガンパンガンパンガンパン! もう耐えられん!」
「ですが、ガンパンは滋養豊富な完全食ですよ?」
クルスが頬に手を当てて首を傾げる。
「栄養だけじゃないんだ!食べるって言うのはこう、おなかを満たす以外にもこう、なんか大事なことがあるんだ!」
「我慢しろ。戦場ではろくに食べるものさえないときがある。食べられるだけでもありがたいと思うべきだ。食事がガンパンだけでも、死ぬわけじゃない」
「死ぬんだよ! 心が! 魂が! まっとうな食事は明日への活力! どんなに今日がつらくても、おいしい食事があれば明日に向かって歩き出すことができるんだ!」
俺は立ち上がり、拳を突き上げる。
「そこで提案です、この中から料理係を任命したいと思います、キリキス!」
「できません」
「・・・はい?」
「わたしは食材の調理法方をまったく存じません」
うん、まあ、しょうがないよね?
「ラキスは?」
「はあ? できるわけないだろう?」
ということは
「クルス先生も・・・」
「もうしわけありません、従者の必須技能の中に料理は含まれていません」
「聞かれる前に言っておくとわたしも無理だぞ? 幼少の頃から剣一筋だ」
アルフが胸を張る。
威張るな。
最後の希望を込め、フィリラちゃんを見詰める。
「田舎の料理でよかったら、多少は」
「・・・おお、女神よ!」
天は我を見放してなかった。感謝の祈りをまだ見ぬこの世界の神に捧げる。
おれ、魔王だけどね。
「陛下、これを」
キリキスが、そっとハンカチを渡してくれた。
嬉しくても涙がこぼれるものなんだなあ。
「それじゃあさっそく!」
「でも、食材がありませんよ?」
無情にも下された、絶望の宣告。
終わった。魔王群襲来イベントを前にして、俺たちは滅亡する。
俺はばったりと床に倒れると、キリキスが慌てて抱きかかえてくれた。
「キリキス、世話になったな。色々あったけど、お前には感謝している」
「陛下!?お気を確かに!誰か!陛下が!陛下が!」
うろたえるキリキスの腕の中で、俺はやすらかに息を引き取った。
「・・・その小芝居は、あとどれだけ続くんだ?」
「いやだってさあ、正直なところアルフだってうんざりしてるだろ?」
俺は立ち上がって椅子に座りなおす。
「・・・騎士は食事に不満など言わん」
不満まるだしの渋い顔で答える。
「・・・え?」
なにやら硬直しているキリキス。
「あの、それでしたら、食料の調達にいきませんか?」
フィリラちゃんが提案する。
「食料の調達って、どうやって?」
「わたしのいた城砦の近くに、森がありましたよね?」
「・・・ああ、確かに」
第一〇六城砦に侵攻する途中で、森を見かけたな。
ずいぶんと深そうな森で、気にはなったんだ。
「森に行けば、多少の食材なら入手できます。故郷の森と同じかどうかは分かりませんが、似たような食材なら判別できますし」
「それだ! さすがフィリラ! やっぱりフィリラは役に立つな!」
俺がそう叫ぶと、フィリラはあせりだした。
「あ、あの、すみません。でしゃばるつもりじゃ」
「いいんだよ! それでいいんだ! 俺が求めていたのはこういうことなんだ。ありがとうフィリラ! これからもよろしくな!」
俺が絶賛すると、彼女ははにかみながらも、うれしそうに頷いてくれた。
「それじゃあ準備をして、森に出発しよう! メンバーは俺とフィリラ、それとラキス。後の人たちはお留守番ということで」
俺の言葉にみんなが立ち上がり、部屋を出て行く。
俺も続こうとして、ふと振り返る。
「どうしたんだ、キリキス?」
なぜかキリキスが、呆然と立ち尽くしていた。
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食料調達のため森に出かけるカズサ一行
そこで出会ったものとは?
次話『ある日、森の外』




