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百八番目は異世界魔王  作者: 藤正治
第二章 魔王領ゾルガー
14/24

14.草原の少女

 盗賊の女の子は、スケ兵さんたちを遠目に見た時点で、既に引き返そうとしていたらしい。

 つまり、彼女から逃げる途中で踏み潰されたスケ兵さんたちは、まったくの災難だったようだ。申し訳ない。

 そして盗賊の女の子は追いついたアルフに馬から叩き落された。

 怪我はなかったが、痛みで動けない彼女に群がるスケ兵さん。

 恐怖のあまり気絶、あえなく御用となった。

 ちょっと可哀想だった。だって女の子だもん。

 他の盗賊たちも、クルスひとりで全員制圧。

 結果を見れば、たいした戦いではなかった。


「と、わたしは思うわけですよ?」

「・・・それで?」

「ですからね? 被害も軽微ですしね? 終わり良ければすべて良し?」

「その口調、いらいらするから止めろ」

「すみません」

「あの、カズサ様? その格好はいったい・・・」

「これは正座といって、故郷では深い反省を示す所作なのです」

「はあ」

「いいかカズサ、反省するのも結構だが、本当に分かっているのか? 万が一のことがあったらどうするつもりだ!」

「まことに申し訳ありませんでした」

 俺は両手をつき、深々と頭を下げた。究極の謝罪兵器、ドゥゲザア!である。

「や、やめろ! その格好、なんだかこちらがいたたまれなくなる!」

 だってそれが狙いだもん。

「こ、今度だけだからな! に、二度と無防備に戦場に立つなよ!」

 さすがドゥゲザアである。貴族な騎士団長様もこの精神攻撃には耐え切れなかったらしい。

 俺はニヤリと笑い

 伏せていた俺の顔を、じっと覗き込んでいるクルスに気付いた。

「どうかしたのか、クルス?」

「いいえアルフェシオ様、たいしたことではありませんわ」

 顔といわず背中まで、どっと汗が噴出した。



「それでこの者たちの処遇はいかがいたしましょう」

 クルスの声にびくっと背筋がふるえる。

「どうしたカズサ?」

「いやなんでも? さて君たちの頭目は誰かな」

 武器を取り上げられ、地面に座り込んだ盗賊たちが、おどおどと顔を見合わせた。

 抜き身の剣をぶら下げたスケ兵さん百体が取り囲んでいるのだ。生きた心地もしないだろう。

「ちょっと話しがしたいんだ、素直に名乗り出てくれないか?」

 なるべく優しく語りかけたのだが、いっそう怯えてしまう。

 彼らの視線が一点に集中した。

 俺を追いかけてきた少女は、まだ気絶したままだ。

「この娘さんが?」

 男達が一斉に頷く。

「・・・女の子に責任をなすりつけるのはみっともないよ?」

 ぶんぶんと首を振って否定された。ふむ?

 女の子は革のジャケットに膝まであるズボンをはいていた。

 茶色の髪をポニーテールにして、青い顔で横たわっている。まだ意識が戻る様子はない。

「アルフ・・いやクルス、その娘を起こしてくれないか?」

「まて、なぜわたしに頼まない?」

「理解しました。手加減して起こします」

「まて、どういう意味だ?」

 クルスは少女の側に跪くと、肩をゆすった。

「もし、もし、あの、もうし?」

 二度、三度と揺り動かして目覚めないとみると、クルスは水筒を取り出し、水を口に流しこんだ。

「ゲホゲホゲ、ぐ、ゲホゲホゲホゲホゲホゲホ」

 女の子ははね起き、苦しそうに咳き込んだ。

「これでよろしいでしょうか?」

 よろしくないけどね?

 アルフの冷たい視線を無視して、俺は少女の背中をはたくように撫でた。

「だいじょうぶ? しっかりして」

「ゲホ、ああ、すま、ゲホ、すまない」

「それは言わない約束でしょ?」

「ゲホ、なんだゲホ、そんな約束」

 涙が滲んだ目で俺を見て、周囲を見回す。

 仲間の盗賊たちの無事な姿に安堵し、その背後を取り囲む無数の骸骨たち。

 やあ。スケ兵さんたちに一斉に片手をあげさせる。

「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイ」

「大丈夫だから! だいじょうぶだから!!」

 暴れだす彼女を抱きしめ、懸命になだめる。

「ヤダヤダヤダアアア!」

 彼女が子供のように泣き出し、必死になってしがみついてくる。

 感触が! 太ももとか! 胸とか!

「何をしているんだ?」

「さすがカズサ様です」

「「「・・・・・」」」

「ち、ちがうんだ、トラウマとかな! 恐がらないようにとかな!」

 俺の必死の弁解もむなしく、汚物でも見るような蔑んだ視線が痛かった。



「あらためて、名前を聞こうか?」

「・・・サラン」

「サランちゃんか。良い名前だね」

「・・・」

「さて、なぜ君たちが捕らえられたのか、わかっているね?」

「・・・・・・」

「住居侵入に窃盗行為、なにか弁解はあるかい?」

「・・・・・・」

「盗賊が捕まったらどういう罰が与えられるか、もちろん知っているよね?」

 俺は知らないけど。盗賊たちの恐怖に満ちた表情から、だいたい推測できる。

「・・・・・・・・・・」

 なのににサランちゃんは沈黙する。ぷいっと顔を背けて徹底抗戦の構えだ。

「・・・こんなことはしたくないんだけど」

 俺がちょいちょいと指で呼ぶと、スケ兵さんがこちらに寄ってくる。

「ヒイ!」

 サランちゃんは涙目になってしりもちをついたまま後ずさる。

「弁明があるなら一応聞くよ?」

「あ、あたしたちは盗賊なんかじゃない!」

 おや?

「盗賊じゃなかったら、なんだい?」

「そ、草原の民だ!」

 俺はクルスに目を向けると、彼女は人差し指をあごにあてた。

「このあたり一帯を住処とする遊牧民族です。家畜を引き連れて転々と拠点を変え、草原をさすらう騎馬の民です」

「その草原の民が、どうして盗っ人の真似を?」

「盗っ人じゃない!!」

「・・・人の住居に勝手に入ってかってに物を奪うのは盗っ人じゃないの?」

「ちゃんとことわった!」

「え?!」

「この石の家に入る前に、入りますけどいいかって聞いた!」

「ええ!? 留守なんだから返事をするわけないじゃないか!」

「そうだ! だめだとは言われなかった!」

 ・・・・あれええ?

「それからどうしたの?」

「中に入ったら食料があるから、貰ってもいいか尋ねた」

「もしかして・・・」

「ダメだとは言われなかった」

「ああ、そうだろうね」

「金貨も見つけたから、貰ってもいいか尋ねたら、ダメだとは言われなかった」

 そこでアルフが怒り出して剣を抜こうとしたから、それを止めながらクルスに目を向ける。

「草原の民の所有権の概念は、他民族には理解しがたい面があります」

 クルスも困り顔である。

「自分たちが財産を常に携えて移動しているせいか、草原に落ちているものは天からの贈り物だと信じてるふしがあります」

「この城砦は落し物じゃないよ?」

「彼らには一ヶ所に定住の習慣がないので、無人なのを置き捨てにしたと思ったのでは?」

「そんな馬鹿な話しがあるか!」

 アルフをなだめながら、想像してみる。

 草原にぽつんと残された謎の城砦。中には誰もいないし、お宝が山積みだ。

 ・・・うん、普通ならもらって帰るんじゃね?

 俺はアルフたちを引き連れて捕虜達から離れ、話し合った。

「そういうことなら、釈放してもいいかな?」

「カズサ! あいつらは盗っ人だぞ」

「まあいいじゃないか。物資は奪いかえしたし、こちらに怪我人はいないし」

「だが正義はどうなる!」

「アルフ」

 自然と声が低くなる。

「俺たちには俺たちの、彼らには彼らの常識がある。この土地では俺たちは侵入者であり異分子だ。隣人の価値観は尊重すべきではないか?」

「い、意味がわからん。盗っ人は盗っ人ではないか」

「ちなみに、盗っ人ならどういう罰になるんだ?」

「暴力を伴わない窃盗なら一回目が鞭打ち、二回目が刺青、三回目が縛り首だ」

「中世レベルなら人道的なほうかな。ちなみに俺の国では何回盗みを働いても、縛り首にはならないね、牢には閉じ込めるけど」

「そんな馬鹿なことがあるか! それではいつまでも犯罪がなくならないではないか!」

「そうかもね。ところで、その法律を実施して犯罪は無くなったの?」

「そ、それは・・・」

「社会情勢を知るのに犯罪の発生率は興味深いけど、いまはいいや。とにかく俺は自分の常識をアルフに押し付けるつもりはないよ? だってここは君たちの世界だからね」

 アルフは顔をしかめた。俺の言い分を検討しているようだ。

「・・・ではカズサは、人から奪われても黙って見過ごすのか?」

「そんなことはないさ。他人の価値観は尊重するけど、俺の利害に抵触しない範囲だね。まず俺や皆の安全が第一だ。だからこそ無益に血を流して、余計な恨みを買いたくない。憎しみは、めぐり巡って危険招く可能性があるから」

「ここで釈放しても、またやってくる可能性もあるぞ」

「かもね。そのときは過ちのツケを払わないと」

 俺はアルフの瞳をまっすぐ見詰めた。

「そのときはアルフにも付き合ってもらう。どうせ俺だけじゃ支払いきれないからね。諦めてくれ」

「・・・ずいぶん自分勝手だな」

「うん」

「それに傲慢だ」

「うん、確かに」

「責任を取れるほど強くないくせに」

「口ばっかりだからね」

「・・・ほんの少しぐらい悪びれたらどうだ」

「だって本当のことだし」

「・・・仕方のないやつめ。いい迷惑だ」

「見捨てないでね?」

「バカ、男ならもっと毅然としろ」

 苦笑しながらも、呆れられてしまった。

 でも、格好つけてもしかたないよね?


「諸君の処遇が決定した」

 俺たちは捕虜の元に戻ると宣言した。

 サランは胸をはった。

「好きにしろ。天意を試した罰だ」

「・・・天意ってなに」

「あたしたちだってバカじゃない。土の民に、あたしたちの掟が通じないことぐらい知っている。だから三度、天に自らの行いの是非を尋ねた。天意が示されなかったのをあたしたちの都合で解釈した。だから天はあたしたちを罰し、この有様になったのだろう」

「君たちの都合って?」

 俺が聞きとがめた。だがサランは口を閉ざして語らない。

「・・・魔獣が増えた」

「よせ! 見苦しいぞ!」

 仲間がぽつりと漏らすのをサランがさえぎる。

「魔獣?」

「ああ、さいきんやけに魔獣が増えて、俺たちの家畜を襲うようになった」

 ああ、それで食料が足りなくなったわけだ。

「まあ、君たちの事情なんか知らないけどね」

「お、おいカズサ」

 あれ、アルフが慌ててる。彼らの事情を知って、ほだされたんだろう。

 やっぱり優しいなあ、アルフは。だけど、俺にとっては知らない人間よりも、そんなアルフたちのほうが大事だ。

 一瞬、サランが憎しみのこもった目で俺を睨んでから、諦めたように俯いた。

「さて、いつまでもこうしているのも面倒だ。さっさと帰ってもらおう」

 スケ兵さんたちに指示して包囲を解いた。

 草原の人たちが驚く。だがサランは怒りもあらわに叫ぶ。

「情けをかけたつもりか!」

「そうだ。情けだ。敗者なら勝者に従ってもらおう。だが二度目はない。我が軍勢はこれだけではない、今度おろかな真似をしたら―――」

「殺せ! 生きて恥をさらせるものか!」

 あれえ? 脅して再犯防止をはかるつもりだったのに。メンドくさい娘だなあ。それ以前に、俺の交渉術に難点があるのか。

「君はさらに天に逆らうつもりなのか?」

 今度は穏やかなアプローチを試みる。

「天意を蔑ろにした君には敗北という罰が下された。だが天は、生きて罰から教訓を学ぶことを望んでいる。自分の小さな誇りのためにさらに天意に背き、仲間の命を無駄にするのは、人の上に立つ者の器量ではない」

 サランは考え込み、しぶしぶと頷いた。

「・・・わかった。天意に背くのは本意ではない」

「それでいい」

 やった! 俺は内心でガッツポーズをとった。

「話しは変わるが、ちょっといいか」

「・・・なんだ」

 まだなんかあるのかと言わんばかりの視線にも俺はめげない!

 キリキスで鍛えられているからな!

「挨拶が遅れたが、俺はカズサ、こっちはアルフにクルスだ。よろしく」

「・・・草原の民、白狼の氏族の族長、バアトルの娘、サランだ」

 彼女はちゃんと名乗った。そうか、族長の娘さんか。だから男たちを率いていたんだな。

「俺たちは今度、ここいらに引っ越してきた新参者だ。挨拶が遅れて申し訳ない。いつかご機嫌を伺うことがあるかもしれないが、誇り高き白狼の族長には、良い狩りを祈っていると伝えてほしい」

「あ? ああ」

 サランが戸惑ったように頷く。なんだかテンションがあがってきたぞ。

「偉大な族長には、ささやかだが贈り物をしたい。こちらの食料をすべて持ち帰り、どうか俺の敬意の念を伝えてもらえないか」

「い、いや、それは!」

 サランが目を見開き、拒絶しようとする。

「俺の国の風習で、引越しの際には隣人に贈り物をすることになっている。どうか断って、俺に恥をかかせないでほしい」

 サランはキョロキョロと助けを求めるように仲間をみる。

 そうでしょうそうでしょう。こういう言い回しをされると断りにくいでしょ?

 施しとか援助とか言われたら反発されるのは目に見えている。だけどこれはあくまで族長への贈り物。

 それに彼女達はどうか知らないが、贈り物を断るのは礼儀に反する文化もある。

 なんかで読んだけど、贈り物とは自分が金持ちであることを示す行為で、贈り物を拒絶するのは侮辱だとかなんとか。

「・・・とてもありがたいけど、受け取れないよ」

 だのに、彼女は拒絶する。やわらかく、女の子らしい口調だ。

「氏族の弱みを明かした後で、贈り物なんて受け取れない。飢えたときにもらう兎は、大きな恩だと教えられているから」

 慣習と名誉が複雑に絡まった倫理観。その糸を解きほぐす必要がある。

 俺は彼女の望む言葉を探さなくてはならない。

「・・・あの馬車は、とても素晴らしいね」

 俺は彼女たちの馬車の一台を指差した。

「え? そ、そうかな?」

「俺たちの城砦には馬車が一台もなくてね、狩りをしても獲物を運ぶのに苦労しているんだ。あんな立派な馬車があればとても助かるんだがなあ」

 俺の意図に気付き、彼女は叫ぶように言った。

「・・・それなら馬車を一台、あなたに譲るわ!」

「いやいや、別にそんなつもりで言ったわけじゃないんだ! ただ草原の民の馬車の素晴らしさに感銘して、つい物欲しげな言い方になってしまったんだ」

「そんなに氏族の匠の技を賞賛されては、譲らないわけにはいかないわ。ぜひとも贈り物にさせて」

 それからしばらく、いやいやまあまあのやり取りをして、めでたく食料と引き換えで落着した。

 儀式として、お互いの手を交互に打ち合わせ、首に手を回して抱き合った。

 サランからは、爽やかな草の匂いがした。




「なんというか、カズサは小賢しいよな?」

「ええ、ほんとうに」

「ひどい!?」

「誉めたんだが?」

「誉めたのですよ?」

「嘘だよね! 誉めてないよね!」

「抱きつかれて鼻の下をのばしていたな」

「のばしてましたね」

「のばしてなんか!―――のびてた?」

 気のせいか、鼻の下がむずむずした。

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