15.魔獣対策と従者の思惑
「魔獣の増加は≪魔王の世紀≫の影響でしょう」
「やっぱりか・・・」
翌朝の会議で、草原の民が魔獣の襲撃で困窮している情報を発表した。
キリキスに聞いてみたが、別に魔獣は魔王に従属する存在ではないらしい。
人知れず俺は胸をなでおろした。草原の民の困窮が俺のせいではないかと、密かに心配していたのだ。
「過去の≪魔王の世紀≫においても、発動前後から魔獣の数が増殖しました。増加率は地域差が顕著で、時間経過とともに上昇します。最終的に五十倍にまで増えた例があります」
「五十倍!? 大事じゃないか!!」
「増殖した魔獣の影響で滅亡した小国もあります」
「・・・キリキス、どうしたらいいと思う?」
「放置しても問題はありません。魔獣は挑発しなければスケルトン兵を襲いませんし、陛下たちは城砦の外に出なければ安全です」
「ラキスはどうかな?」
「わたしも賛成だ。籠城なら、魔獣が群れをなしてもフィリラ様を守り切れる」
「クルスも同じ意見か?」
「・・・いいえ、積極的に駆除を行うべきです」
「必要ありません」
クルスがためらいながら案を述べると、キリキスがにべもなく反対する。
「魔獣を刺激しては、かえって陛下たちに危険が及ぶ可能性があります。城砦のごく周辺に防御陣地を敷き、接近する魔獣のみを撃退すれば十分です」
「ですが、近隣の住民たちには被害が出ています。対策をとらなければ」
「従者は、主のことのみを考えればいいのです。陛下たち以外の人間がどうなろうと、私たち従者には関係のない―――」
「キリキス、ちょっと待って。クルス、どうして魔獣の駆除を行うべきなの?」
「近隣住民に被害が増えれば、カズサ様たちの危険が増え、カズサ様の計画にも支障が出るからです」
「続けてくれ」
「はい、昨日の件でもあきらかなように、魔獣によって食料事情が悪化すれば、近隣の民は城砦の物資が狙ってくるでしょう。それを防ぐためです」
「人間たちがいくら徒党を組もうと脅威じゃないさ。人間を抑えるために、人間より強力な魔獣の害を招いては本末転倒だ」
「ラキス、それは違います。カズサ様、アルフェシオ様、フィリラ様たちにとって、より危険なのは、魔獣よりも人間たちです」
クルスは断言した。
「魔獣はたしかに厄介です。ですがそれは兵をそろえ、武器で立ち向かえば対処可能です。一方で人間は狡猾で、笑顔の仮面の下に牙を隠し、友好の握手の中に毒針を忍ばせているのです。カズサ様たちは魔王であると同時に人間です。魔獣に対しては警戒できても、同族である人間には本能的に気を許してしまうでしょう」
クルスは人間が嫌いなのだろうか。あるいは俺たちに、戒めを与えているのかもしれない。
「魔獣の増加によってゾルガー領の治安が悪化すれば、カズサ様たちは人間と接触するのに危険を伴うようになるでしょう。そうなれば、カズサ様の計画が達成困難になります。魔獣の駆逐は人間のためではありません。わたしたちの主のためなのです」
クルスが語り終えると、沈黙が落ちた。しばらくしてからアルフが口を開く。
「わたしは騎士だ。これまでの人生は民を守ることに費やしてきた。だから民を守るために魔獣を狩ることに賛成だ」
「わ、わたしも」
フィリラも賛同する。
「わたしが住んでいた村の周囲にも、ときどき魔獣が現れました。そんなときは村にこもり、怯えながら魔獣が立ち去るのを待つしかありませんでした。あのときの恐さはいまでも忘れませんし、他の人にも味わって欲しくありません。ですから」
「お任せ下さいフィリラさま! わたくしめが魔獣どもを狩り尽してごらんにいれます!」
こぶしを振りあげて張りきるラキス。なんというかブレないね?
「魔獣狩りをやろう」
「陛下のお望みのままに」
キリキスがうなずき、全員一致で可決だ。
そこでふと、思いつく。
「魔獣、というのはお金になるかな」
「王都であれば、魔獣の種類によっては結構な値で引き取る場所もあったが。この辺りでは、需要はあまり望めないだろう」
アルフの言葉に納得する。ご近所様といえば遊牧民に、開拓村だけだ。
自給自足が原則だろうから、あまり貨幣も流通していないかも。
「とりあえず、高額で売却できる魔獣の部位や、食用に適した肉などは保存用に加工しましょう」
「クルスは解体作業や加工に詳しいの?」
「一人では難しいので、スケ兵を何体かお貸し頂ければ、問題ないと思います」
有効活用できるなら、魔獣を狩る罪悪感が少しは減りそうだ。ただ殺戮するだけでは後ろめたいから。
どちらにしても魔獣にとっては迷惑な話しだけどね。
それからみんなで、魔獣狩りの手順を話し合う。まずは魔獣狩りの訓練だ。
アルフの指導の下、魔獣狩りの方法を学ぶことになった。
明日は朝早く出発ということで、会議はお開きになった。
「カズサ様、よろしいでしょうか?」
みんなが自分の部屋に引き上げる中、クルスが寄ってきた。
「なにか用?」
「はい、少々お時間を頂きたいのですが」
そう言いながら、傍らにいるキリキスを見る。
「他の人には話しにくいことか?」
「申し訳ありません」
謝りながらも否定はしない。彼女が何を言いたいのか、興味がわいてきた。
「キリキス、ちょっと席を外してくれ」
わずかな間、キリキスは無言のままクルスを見詰めた。いつにもまして無感情な視線で、まるで解剖前のカエルを見る目だ。そんな感じがした。
「では陛下、先に戻らせて頂きます。クルス、陛下が部屋に戻られるまでの護衛はお願いします」
キリキスが立ち去ると、俺たちは再び席についた。
「それで話というのは?」
「採点をして頂けないでしょうか?」
「採点?」
「はい。今晩の提案は、カズサ様の考えと一緒だったでしょうか?」
―――なんとか、表情に出るのを抑制したと思う。
「うん、とても良い提案だったね。参考になったよ、ありがとう」
「内容の優劣ではありません。カズサ様の思考をどれだけ再現できたのか、それが重要なのです」
わかっているのでしょう? そう言いたげなクルスの表情。
しばらく考え込んでから、尋ねた。
「従者は、ひとの心が読めるの?」
「まさか、そんな魔術はありません。ですが、その人の一挙手一投足を観察し、発する言葉の端々を分析すれば、多少でも人となりが見えてくると思います」
「それで、俺はどんな感じの人間になるのかな」
「とても計算高く、しかもそれを人から隠すのに長けた方かと」
うん、ちょっとショックだ。クルスのような美人に言われるとよけいキツイ。
「・・・そうかあ・・・」
「あ、でも、悪い意味ではありませんから!」
ちょっと焦ってフォローしてくれる。
「草原の民に食料を提供したのは、彼らが流賊化するのを防ぐためですね?」
「うん、まあ。多少の出費で近所が平穏になるなら、そのほうが良くない?」
「はい。あと狩った魔獣の肉は、彼らに提供したらいかがでしょう。私たちだけでは消費しきれないでしょうから」
「まさにとらぬ狸の皮算用だね」
「タヌキ、ですか?」
「獲物が手に入る前に使い道をあれこれ算段をするのは愚かだという意味。タヌキは俺の世界の獣だよ」
「なるほど。ですが魔獣は,私たちに従者とっては難しい相手ではありません」
「頼もしいね。仮に魔獣狩りが上手くいったとして、無料で提供しないほうがいいね。何かと物々交換をしよう」
「草原の民の持ち物で、私たちが必要なものがあるとは思えませんが」
「うん、物は何でもいいんだよ。タダで施しをされたら疑念がわくし、誇りを傷つけられ恨みを買うかもしれない。それに交易をすることによって、何らかの情報も入手できるかもしれないからね。そうだ、彼らとの接触は今後、クルスに任せてもいいかな? 彼らの扱いの機微を理解している人が望ましいから」
「承知しました。ご期待に添えるよう、努めます」
話しがひと段落したと思い、先ほどから脳裏に占めている疑問を出すことにした。
「なぜ、こんなに積極的に協力してくれるの?」
そう、クルスはあくまでアルフの従者だ。なのに彼女がここまでしてくれる理由がわからない。
「わたしは今でも、アルフェシオ様の従者です。カズサ様にはアルフェシオ様を通じてお仕えしていますが、まず第一の忠誠はアルフェシオ様に捧げられています」
たしかアルフとフィリラが直臣、彼女たち従者は陪臣とか言ってたな。
「アルフェシオ様への忠誠はいまでもいささかも曇ることなく私の胸にあります。ですが、こうして日々を送る内、わかってきたことがあるのです。例えあの時、カズサ様に勝利したとしても、アルフェシオ様は決して、魔王群との戦いを生き抜くことはできなかっただろう、と」
「・・・・・」
「あの方は、とても高潔で勇敢です。騎士の理想を体現したような方です。だからこそ王には、魔王には相応しくないのだと悟ってしまったのです」
「・・・・・・」
「わたしはあの方と初めて接したとき、あの方の眩しさに魅了され、ただあの方についていくことだけを考えてしまった。カズサ様との戦いのときも、あの方に全てを任せてしまった。本来ならいくらでも進言で来たのに、自分で考えることを放棄していたのです」
クルスは俺をまっすぐに見て、背筋を反らした。
「ですから今度は後悔しないように、自分に出来ることをするつもりです。カズサ様の覇業が盛んになれば、あの方のためにもなるでしょうから」
「うんわかったこれからもよろしくね。あと、覇業とかないから」
「はい、承知しています」
クルスはにっこり笑って頷くが、本当に分かっているのかなあ。
その後、クルスに部屋まで送ってもらった別れ際、
「忠誠はすべてアルフェシオ様のものですが、その他はどなたの物になるか、わかりませんよ?」
すごく意味深なセリフを吐かれてしまった。
ハートがドキドキした。
ふと気配を感じ、後ろを振り返る。
隣の部屋のドアの隙間から、じっとこちらをうかがう赤い瞳に気付いた。
パタンと、声をかける間もなくドアが閉められた。
心臓がキリキリと痛んだ。




