『深淵の魔眼と、放課後のコンソメポテチ』
【神界・第4観測ルーム(S-157組デスク)】
放課後の教室のような、どこか気だるくゆるい空気が流れる室内。
窓からは神界の穏やかな夕焼けが差し込んでいる。
デスクに座るミルルの左右から、同僚のレイとセツがこれでもかと距離を詰めていた。
「ミルルちゃん!この期間限定のコンソメ味、マジで神がかった美味しさだよ!はい、あーん!」
レイがポテトチップスの袋を掲げ、黄金色の一片を差し出す。
ミルルは愛用の扇子ですっと口元を隠し、ツンとそっぽを向いた。
「ふっ……身の程を知りなさい、凡俗ども。この私が、そのような俗世のジャンクフードを口にするとでも思って?」
(心の声:食べたい!もの凄く食べたい!それ絶対美味しいやつじゃん!)
大好きな兄『ソウゾウ』の一挙手一投足を真似た、完璧な悪役令嬢風中二病のポーズ。
しかし、付き合いの長いレイとセツには、その頑なな態度に隠された本音が「感覚」で100%筒抜けだった。
「はいはい、あーん」
セツが流れるような手際で、ミルルの唇の隙間にポテチを滑り込ませる。
「ふぐぅっ!? ──サクッ、もぐもぐ……」
咀嚼音と共に、コンソメの濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。ミルルの眉間が、あまりの美味しさにピクピクと震えた。
「……ま、悪くない味わいね」
(心の声:美味すぎるーー! 箱買いしたい、これ!!)
そんな女子高生の放課後のようなやり取りの最中。
ミルルの手元にある観測画面の裏側──他の二人の画面とは似ても似つかない、もし万が一覗き込まれたら一発でドン引きされるレベルの地獄絵図が広がっていた。
画面的にも、血のような赤色で不吉な警告灯が明滅している。
『魔王軍の最終兵器・暗闇の化身が起動。人類滅亡まであと3秒』
今これを上司に報告すれば、愛着のあるこの世界は一瞬で「改良グループ」に没収され、自分は別の世界へ担当替えになってしまう。それだけは絶対に嫌だった。
ミルルはコンソメの粉が少しついた指を格好良く突き出し、お兄ちゃんの真似をして冷徹に言い放つ。
「今日も暗闇の化身が仕掛けて来る。失礼な。わたくしにかなうはずも無いのに──」
(心の声:あー、はいはいポチッとな)
心の声は、完全にゲームのデイリークエストを消化するノリだった。
ミルルが画面の端の防衛システムを気だるげに「ポチッ」とタップする。
その瞬間、兄譲りの超優秀な頭脳が瞬時に弾き出した隠蔽術式と、彼女が生まれ持つ圧倒的な「強運」が発動した。
担当世界の遥か上空から、偶然にも超巨大な隕石がピンポイントで落下。起動直前だった魔王軍の最終兵器を、暗闇の化身ごと跡形もなく粉砕した。
世界は「手に負えない状態の一歩手前」のまま、何事もなかったかのように奇跡的な平和(キープ状態)へと引き戻される。
「あ、ミルルちゃん。指にコンソメの粉めっちゃついてるよ。ティッシュ使う?」
画面の裏で世界が救われたことなど露知らず、レイが呑気にティッシュ箱を差し出してきた。
「くっ……これは混沌の魔力を授かった代償……! ありがたく頂戴するわ!」
ミルルは扇子を引っ込め、大急ぎで指をふきふきした。
セツが伸びをしながらカバンを持ち上げる。
「あはは、じゃあそろそろ定時だし、帰りに神界の購買寄ってアイス買ってこー?」
「賛成! ミルルちゃんも行くでしょ?」
左右からグイグイと腕を組まれ、ミルルはまたしても顔を真っ赤にして「な、なな何を言っているの!?」とツンツンし始める。
ひとまず、今日も大好きなこの世界を、誰にも奪われずに守りきることができた。
嵐のような超絶隠蔽ワークを涼しい顔で終えたミルルは、カバンを肩にかけ、夕焼けの広がる窓の外を眺めた。
すっと悪役令嬢の仮面が外れ、素直な、少し満足気なトーンの声が漏れる。
「……今日も観測しちゃったなぁ」
「ねー! 今日も平和で本当によかったねー!」
レイとセツが笑顔で応じる。
「ええ、本当に……。さあ、早く購買へ向かうわよ、凡俗ども!」
ツンデレ中二病の少女は、感覚を共有する大切な友人たちと共に、夕暮れの廊下へと歩き出すのだった。




