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綻びを繕う者 ~三十五歳の設備保全員、異世界で唯一の修繕師になる~  作者: のむ


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第八章 帰還と最初の完全修繕

王都での修行から二ヶ月半。柏木のレベルは八に到達していた。


 ——————————————

 レベル8

 スキル更新:

 【修繕術】Lv.7

 【鑑定眼】Lv.6

 【構造理解】Lv.5

 【強化修繕】Lv.4

 【領域修繕】Lv.2

 新スキル獲得:

 【瘴気浄化】Lv.1

  瘴気に侵された対象を浄化し、正常な状態に戻す

 ——————————————


 瘴気浄化の専用スキルを獲得した。これまで修繕術の応用で行っていた浄化を、独立したスキルとして使えるようになったのだ。効率が格段に向上し、より広範囲の瘴気に対処できるようになった。

 「ブランデルの綻びは、レベル八で修繕可能のはずです。行きましょう」

 セリアの言葉に、柏木は頷いた。


 四人はセリアの馬車で王都を発ち、五日かけてブランデルに戻った。

 町の門をくぐったとき、門番のマルクス——護衛のマルクスとは同名の別人だ——が目を丸くした。

 「柏木さん! 戻ったのか!」

 柏木が町を歩くと、次々と住人が声をかけてきた。

 「おかえり、柏木さん!」

 「修繕師さんが帰ってきたぞ!」

 「綻びを直してくれるんだってな!」

 二ヶ月半前に出て行った時とは、まるで違う歓迎ぶりだった。ブランデルの綻びを縮小させたことが、町の人々の記憶にしっかりと刻まれていたのだ。

 赤猪亭でトーマスと再会した。

 「でかくなったな——いや、見た目は変わらんか。中身がだ」

 トーマスは柏木の目を見て、そう言った。

 「直せるのか、今度こそ」

 「直します」

 「そうか」

 トーマスはそれだけ言って、エールをもう一杯注いだ。


 ガルドの鍛冶場にも顔を出した。

 「帰ったか。鍛冶場の二階、言った通り空けてあるぞ」

 「ありがとう、ガルド」

 「ふん。礼はいい。さっさと綻びを直して、修理の仕事に戻れ。お前がいない間に、また壊れた品が山積みだ」

 ガルドはぶっきらぼうに言ったが、その口元には笑みが浮かんでいた。


 翌朝、柏木たちは町の北側に向かった。

 綻びは、柏木が修繕した時の状態をほぼ保っていた。五メートルほどの紫色の亀裂。拡大は止まっているが、瘴気の放出は続いている。

 町の住人たちが、遠巻きに見守っていた。

 「セリア、封印魔法を頼む。前回と同じだ」

 「はい。今回はもう少し強い封印を張ります。時間稼ぎの必要はないかもしれませんが、念のため」

 セリアが魔導書を開き、封印魔法を展開した。青い光の膜が綻びを包む。

 「リーナ、マルクス、周囲の警戒を」

 「了解です」

 「任せろ」

 二人が剣を構えて周囲に散った。綻びの修繕中に魔物が現れる可能性がある。

 柏木は綻びの前に立った。

 【鑑定眼】を発動。


 ——————————————

 対象:空間の綻び(小規模)

 損傷度:72%(前回の修繕により低下)

 状態:安定(拡大停止中)

 修繕難易度:修繕術 Lv.7以上

 現在の修繕術レベル:Lv.7

 修繕可能:はい

 ——————————————


 修繕可能。

 柏木は深呼吸した。

 両手を綻びの端に当てる。前回とは違い、瘴気の圧力に押し返される感覚がない。レベルが上がったことで、瘴気に対する耐性も向上しているのだ。

 まず、【瘴気浄化】を発動。綻びの周囲に蓄積した瘴気を浄化する。紫色の霧が薄れ、空気が澄んでいく。

 次に、【構造理解】で綻びの全体構造を把握する。空間の断裂面の形状、深さ、裂けた両端の状態。前回の部分修繕の跡も見える。あの時繕った端部は、しっかりと安定していた。

 そして——【修繕術】を全力で発動。

 金色の光が、これまでとは比較にならない強さで溢れ出した。光が綻びの全体を包み込み、空間の断裂面に浸透していく。

 柏木の頭の中に、空間の「正しい形」が描かれた。裂ける前の、完全な空間の姿。それを目標に、断裂面を接合し、空間の構造を再編していく。

 設備保全員としての経験が、全て活きていた。機械の修理と同じだ。壊れた部分を特定し、正しい状態を理解し、それに向けて修復する。対象が空間であっても、原理は変わらない。

 綻びが縮み始めた。

 七メートルから五メートルに——これは前回と同じだ。しかし今回は、ここで止まらない。

 五メートルから三メートルに。

 三メートルから一メートルに。

 一メートルから——。

 最後の一点。柏木は全身の魔力を注ぎ込んだ。

 金色の光が最大に輝き——。

 綻びが、消えた。

 紫色の亀裂があった場所には、何もなかった。ただ青い空があるだけだ。瘴気も消え、空気は澄み渡り、かすかに草の匂いがした。

 柏木は膝をついた。魔力の大半を消耗し、全身に疲労が重くのしかかる。

 しかし、顔には笑みが浮かんでいた。

 直った。

 世界の綻びが、一つ直った。

 「やった……! やったぞ!」

 トーマスの声が響いた。

 町の住人たちが歓声を上げた。抱き合い、涙を流し、空を見上げて笑っている。三十年近く、この町を脅かし続けた綻びが、ついに消えたのだ。

 リーナが柏木に駆け寄った。

 「リョウイチさん、やりましたね! やりましたよ!」

 その目は涙で濡れていたが、満面の笑みだった。

 セリアは無言で柏木の傍に膝をつき、魔力回復の術をかけてくれた。彼女の手は温かく、眼鏡の奥の瞳は潤んでいた。

 マルクスは左腕を押さえながらも、不敵な笑みを浮かべていた。

 「いい仕事だった、隊長」

 「隊長って呼ぶなと——」

 「今回ばかりは呼ばせろ」

 セリアは無言で柏木の傍に膝をつき、魔力回復の術をかけてくれた。温かな光が身体に染み渡る。

 「おめでとうございます、柏木さん。世界初の綻びの完全修繕です」

 マルクスは腕を組んで、遠くを見ていた。

 「これが、始まりだな」

 その通りだった。百二十七か所の綻びのうち、一つが消えた。残りは百二十六。

 長い旅の、最初の一歩だった。


 その夜、ブランデルでは盛大な宴が開かれた。

 赤猪亭に町の住人が集まり、エールと料理が振る舞われた。音楽が鳴り、人々が踊り、笑い声が夜空に響いた。

 柏木は宴の隅で、静かにエールを飲んでいた。

 「浮かない顔だな」

 トーマスが隣に座った。

 「いや、嬉しいんだ。ただ……この町の綻びを直すのに、全力を使い切った。残り百二十六か所。しかも、もっと大きな綻びもある。今の俺じゃ、まだ全然足りない」

 「当たり前だ。最初から全部できると思う方がおかしい。一つ直した。その事実が大きいんだ」

 トーマスはエールを一口飲んだ。

 「お前が来る前、この町には希望がなかった。綻びは広がり続け、町は縮み続け、いつか消えてなくなると、みんなが思っていた。お前が来て、綻びが直せると証明してくれた。それだけで、この町は救われたんだ」

 柏木は黙って頷いた。

 「それに」とトーマスは続けた。「お前ひとりで百二十七か所を直す必要はない。お前がやり方を示せば、きっと仲間が増える。方法が確立されれば、もっと多くの人間が綻びに立ち向かえるようになる。お前は先駆者なんだ」

 先駆者。大げさな言葉だ。しかし、トーマスの言葉には重みがあった。

 「ありがとう、トーマスさん」

 「おう。さっさと残りも直してこい。この町の北側にゃ、元々いい畑があったんだ。瘴気が消えたら、また耕せるかもしれん」

 宴の賑やかさの中で、柏木は静かに決意を新たにした。

 一つずつでいい。一つずつ、直していく。それが、自分にできることだ。

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