第八章 帰還と最初の完全修繕
王都での修行から二ヶ月半。柏木のレベルは八に到達していた。
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レベル8
スキル更新:
【修繕術】Lv.7
【鑑定眼】Lv.6
【構造理解】Lv.5
【強化修繕】Lv.4
【領域修繕】Lv.2
新スキル獲得:
【瘴気浄化】Lv.1
瘴気に侵された対象を浄化し、正常な状態に戻す
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瘴気浄化の専用スキルを獲得した。これまで修繕術の応用で行っていた浄化を、独立したスキルとして使えるようになったのだ。効率が格段に向上し、より広範囲の瘴気に対処できるようになった。
「ブランデルの綻びは、レベル八で修繕可能のはずです。行きましょう」
セリアの言葉に、柏木は頷いた。
四人はセリアの馬車で王都を発ち、五日かけてブランデルに戻った。
町の門をくぐったとき、門番のマルクス——護衛のマルクスとは同名の別人だ——が目を丸くした。
「柏木さん! 戻ったのか!」
柏木が町を歩くと、次々と住人が声をかけてきた。
「おかえり、柏木さん!」
「修繕師さんが帰ってきたぞ!」
「綻びを直してくれるんだってな!」
二ヶ月半前に出て行った時とは、まるで違う歓迎ぶりだった。ブランデルの綻びを縮小させたことが、町の人々の記憶にしっかりと刻まれていたのだ。
赤猪亭でトーマスと再会した。
「でかくなったな——いや、見た目は変わらんか。中身がだ」
トーマスは柏木の目を見て、そう言った。
「直せるのか、今度こそ」
「直します」
「そうか」
トーマスはそれだけ言って、エールをもう一杯注いだ。
ガルドの鍛冶場にも顔を出した。
「帰ったか。鍛冶場の二階、言った通り空けてあるぞ」
「ありがとう、ガルド」
「ふん。礼はいい。さっさと綻びを直して、修理の仕事に戻れ。お前がいない間に、また壊れた品が山積みだ」
ガルドはぶっきらぼうに言ったが、その口元には笑みが浮かんでいた。
翌朝、柏木たちは町の北側に向かった。
綻びは、柏木が修繕した時の状態をほぼ保っていた。五メートルほどの紫色の亀裂。拡大は止まっているが、瘴気の放出は続いている。
町の住人たちが、遠巻きに見守っていた。
「セリア、封印魔法を頼む。前回と同じだ」
「はい。今回はもう少し強い封印を張ります。時間稼ぎの必要はないかもしれませんが、念のため」
セリアが魔導書を開き、封印魔法を展開した。青い光の膜が綻びを包む。
「リーナ、マルクス、周囲の警戒を」
「了解です」
「任せろ」
二人が剣を構えて周囲に散った。綻びの修繕中に魔物が現れる可能性がある。
柏木は綻びの前に立った。
【鑑定眼】を発動。
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対象:空間の綻び(小規模)
損傷度:72%(前回の修繕により低下)
状態:安定(拡大停止中)
修繕難易度:修繕術 Lv.7以上
現在の修繕術レベル:Lv.7
修繕可能:はい
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修繕可能。
柏木は深呼吸した。
両手を綻びの端に当てる。前回とは違い、瘴気の圧力に押し返される感覚がない。レベルが上がったことで、瘴気に対する耐性も向上しているのだ。
まず、【瘴気浄化】を発動。綻びの周囲に蓄積した瘴気を浄化する。紫色の霧が薄れ、空気が澄んでいく。
次に、【構造理解】で綻びの全体構造を把握する。空間の断裂面の形状、深さ、裂けた両端の状態。前回の部分修繕の跡も見える。あの時繕った端部は、しっかりと安定していた。
そして——【修繕術】を全力で発動。
金色の光が、これまでとは比較にならない強さで溢れ出した。光が綻びの全体を包み込み、空間の断裂面に浸透していく。
柏木の頭の中に、空間の「正しい形」が描かれた。裂ける前の、完全な空間の姿。それを目標に、断裂面を接合し、空間の構造を再編していく。
設備保全員としての経験が、全て活きていた。機械の修理と同じだ。壊れた部分を特定し、正しい状態を理解し、それに向けて修復する。対象が空間であっても、原理は変わらない。
綻びが縮み始めた。
七メートルから五メートルに——これは前回と同じだ。しかし今回は、ここで止まらない。
五メートルから三メートルに。
三メートルから一メートルに。
一メートルから——。
最後の一点。柏木は全身の魔力を注ぎ込んだ。
金色の光が最大に輝き——。
綻びが、消えた。
紫色の亀裂があった場所には、何もなかった。ただ青い空があるだけだ。瘴気も消え、空気は澄み渡り、かすかに草の匂いがした。
柏木は膝をついた。魔力の大半を消耗し、全身に疲労が重くのしかかる。
しかし、顔には笑みが浮かんでいた。
直った。
世界の綻びが、一つ直った。
「やった……! やったぞ!」
トーマスの声が響いた。
町の住人たちが歓声を上げた。抱き合い、涙を流し、空を見上げて笑っている。三十年近く、この町を脅かし続けた綻びが、ついに消えたのだ。
リーナが柏木に駆け寄った。
「リョウイチさん、やりましたね! やりましたよ!」
その目は涙で濡れていたが、満面の笑みだった。
セリアは無言で柏木の傍に膝をつき、魔力回復の術をかけてくれた。彼女の手は温かく、眼鏡の奥の瞳は潤んでいた。
マルクスは左腕を押さえながらも、不敵な笑みを浮かべていた。
「いい仕事だった、隊長」
「隊長って呼ぶなと——」
「今回ばかりは呼ばせろ」
セリアは無言で柏木の傍に膝をつき、魔力回復の術をかけてくれた。温かな光が身体に染み渡る。
「おめでとうございます、柏木さん。世界初の綻びの完全修繕です」
マルクスは腕を組んで、遠くを見ていた。
「これが、始まりだな」
その通りだった。百二十七か所の綻びのうち、一つが消えた。残りは百二十六。
長い旅の、最初の一歩だった。
その夜、ブランデルでは盛大な宴が開かれた。
赤猪亭に町の住人が集まり、エールと料理が振る舞われた。音楽が鳴り、人々が踊り、笑い声が夜空に響いた。
柏木は宴の隅で、静かにエールを飲んでいた。
「浮かない顔だな」
トーマスが隣に座った。
「いや、嬉しいんだ。ただ……この町の綻びを直すのに、全力を使い切った。残り百二十六か所。しかも、もっと大きな綻びもある。今の俺じゃ、まだ全然足りない」
「当たり前だ。最初から全部できると思う方がおかしい。一つ直した。その事実が大きいんだ」
トーマスはエールを一口飲んだ。
「お前が来る前、この町には希望がなかった。綻びは広がり続け、町は縮み続け、いつか消えてなくなると、みんなが思っていた。お前が来て、綻びが直せると証明してくれた。それだけで、この町は救われたんだ」
柏木は黙って頷いた。
「それに」とトーマスは続けた。「お前ひとりで百二十七か所を直す必要はない。お前がやり方を示せば、きっと仲間が増える。方法が確立されれば、もっと多くの人間が綻びに立ち向かえるようになる。お前は先駆者なんだ」
先駆者。大げさな言葉だ。しかし、トーマスの言葉には重みがあった。
「ありがとう、トーマスさん」
「おう。さっさと残りも直してこい。この町の北側にゃ、元々いい畑があったんだ。瘴気が消えたら、また耕せるかもしれん」
宴の賑やかさの中で、柏木は静かに決意を新たにした。
一つずつでいい。一つずつ、直していく。それが、自分にできることだ。




