第19話
夕暮れが迫り、空は青から深い茜色へと溶け合うようなグラデーションを描いていた。
海で遊び疲れた私たちは、賑やかに砂浜でバーベキューの準備を始めている。
炭火の爆ぜる音、肉の焼ける香ばしい匂い。
そして冷えた缶ビールのプルタブを開ける軽快な音が、波音に混ざる。
「美絵ちゃん、野菜切ってくれた? ありがとー!」
「あ、いえ! これ、運んでいいですか?」
先輩にお礼を言われ、切った野菜が乗った大皿を持ち上げようとした、その時だった。
「っと……!」
深く砂に足を取られ、身体がぐらりとバランスを失う。
手の中の皿が滑り落ちそうになる浮遊感。
(あっ、落とす!)
そう思って反射的に目を瞑った瞬間、グイッ、と強い力で腕を引き上げられた。
「――大丈夫?」
耳元で、低く落ち着いた声がした。
はっと目を開けると、すぐ目の前に瀬川くんの広い胸が迫っていた。
彼が私の腕を支え、もう片方の手で、落下しかけた皿をしっかりとキャッチしてくれている。
「あっ……ご、ごめん!」
「足元、砂が深いから気をつけて」
彼はそう言って皿をテーブルに置くと、私を支えていた手をゆっくりと離した。
一瞬だけ触れ合った、彼の手のひらの熱さと、ゴツゴツとした固さ。
そして、ふわりと鼻をかすめた、彼の日焼け止めと、微かな制汗剤の混じった男の子の香り。
「……ありがとう。助かった」
「いーえ」
瀬川くんは穏やかに微笑んで、すぐに同期の男子に呼ばれて焼き場の方へ戻っていった。
心臓が、早鐘を打って痛い。
助けられた安堵だけじゃない。
彼に触れられた腕の皮膚が、そこだけ熱を持って痺れたまま。
右腕で引いてくれたけれど……中学時代に怪我をした肩は大丈夫だっただろうか。
さっきの、私を守るように支えてくれた腕の強さ。
私を見下ろした時の、心配そうな、でもどこまでも優しい瞳。
(力、強いんだなあ……男の子だなあ)
夕暮れの湿った風が、熱った頬を冷やしていく。
けれど、胸の奥に灯った火照りだけはどうしても消えない。
いずみが言っていた言葉が、波のリズムに合わせて繰り返し蘇る。
『美絵が、これは恋がいいって思ったら、それはもう恋でいいと思う』
私は、彼の手のぬくもりを、もっと知りたいと思っている。
もっと近くで、あの香りに包まれたいと願っている。
尊敬とか、憧れとか、そんな綺麗な言葉でラッピングして誤魔化していたけれど。
私はただ、彼という男の子に、惹かれているんだ。
(……私きっと、『これは恋がいい』って思ってるんだ)
波打ち際に寄せる白い泡を見つめながら、心の声が呟いた。
その言葉は、不思議なほどすんなりと、私の心に染み渡っていく。
自分の心を認めた瞬間、今まで見ていた景色が、一層鮮やかに、そして切なく色づいて見えた。




