第六話 拘束
閑静な夜の住宅街に似つかわしくない厳つい男が2人門の前で見張りをしていた。
そこに近づく3つの影。
挨拶も必要はなかった。
政孝は大臣(将軍)宅の門の前にいた背の高い盗賊の首を槍で串刺しにする。
その膂力たるや、一撃で喉の骨を貫通し首の後ろから槍が突き出る。
そして槍を手放したあとスローイングナイフを瞬間移動の魔術を駆使してポケットから手に転移させた後、もう1人の門番の脳天目掛けて投擲した。
ドスンと鈍い音がして盗賊の脳天にナイフが突き刺さる。
「やるじゃん」
「死ぬほど練習したからな」
ヴィリディナの称賛に対して政孝は素っ気なく返事を返した。
作戦内容を説明しよう。
今晩、大臣(将軍)宅を強襲し大臣を捕縛する。
その後、ニーベルが将軍にかかった洗脳を解除する。
その間にヴィリディナが匿われているエルフを捕える。
と言った流れだ。
将軍の屋敷にエルフが匿われているのはニーベルが魔術の探知をしたおかげで調べがついている。
エルフという生き物は魔術と弓が得意だと言われている。
そして満月の夜に力を発揮して、新月の夜になると力を失うらしい。
この3人なら満月の夜でも力押しできるが、万が一に備えて強襲するのは新月の夜にしようという段取りになった。
ヴィリディナのキーピック技術で門を開けると、3人は屋敷に飛び込んだ。
政孝とニーベルは正面玄関から、ヴィリディナは2階の空いた窓から。
一階のリビングルームは盗賊の溜まり場になっていた。
政孝は部屋の影からスローイングナイフを取り出すと寛いでいる盗賊の1人に目掛けて投擲した。
部屋中に頭にナイフが突き刺さったドスンという鈍い音が響き渡る。
「な、なんだ!?」
思わず仲間の死を目の当たりにしてソファーから飛び上がる盗賊たち。
その1人の首にもナイフが突き刺さった。
それと同時に政孝がリビングに突撃する。
残る盗賊は3人。
その1人に左手に持った槍を心臓目掛けて突き刺した。
魔術で強化された槍と、魔術で身体強化した体から放たれる素早い動きについて来れるものなどいるはずがない。
防具を装備していない人間に放たれたその一撃は胸板を突き破り、心臓を串刺しにし、背骨を粉砕して背中から突き出した。
彼は残りの2人に驚く間も与えない。
至近距離からスローイングナイフを投擲、それは彼の右手側にいた盗賊の胸板に深々と突き刺さった。
盗賊は胸に刺さったナイフを引き抜こうとするが激痛で思うように引き抜くことができない。
そもそも刃物が刺さった場合、即座に引き抜くという行為はお勧めされない。
何故なら引き抜いた瞬間に血が吹き出す可能性があるからだ。
だがそれを容赦なく引き抜いたものがいる。
政孝だ。
彼は瞬間移動の魔術を使って刺さったスローイングナイフを無理やり引き抜いて手元に手繰り寄せると、今度は反対側にた最後の盗賊目掛けてナイフを投げつけた。
それは逃げようとする盗賊の喉の後ろに深く突き刺さる。
そして蚊の鳴くような声をあげて絶命した。
「一階制圧完了、2階に行くぞ」
政孝とニーベルは階段を駆け上がる。
「政孝、将軍はその部屋だよ。鍵はかかってない。いつでも行ける」
小声のニーベルに対して政孝はゆっくりと頷いた。
そして彼はゆっくりとドアを開ける。
「こんばんは、将軍閣下殿」
「誰だ貴様は、敵だ、誰かいないのか!」
「残念だが一階の盗賊は全て殺した、死にたくなかったら俺の言うことを聞いてもらおうか」
「くそっ、役立たずどもめ!」
政孝は悪態をつく将軍の背後に素早く回り込むと、膝の裏側を蹴って跪かせ、両腕を後ろで縛った。
「は、離せ、貴様、こんなことをしてタダで済むと思っているのか?」
「そっちこそ、国王陛下を殺したんだ、天国に行けると思うなよ」
「な、何故それを、違う、私じゃない」
「じゃあ誰がやった!」
政孝は激怒していた。
彼は自国の王が殺されてのうのうとしている国民が許せなかった。
「そ、それは・・・」
答えに窮する将軍を見かねたニーベルが将軍の顔を両手で掴んで問いただした。
「マーサ、君はもういい、あとは僕がやる。ここからはデリケートな作業なんだ。無闇に洗脳を解除すると今覚えていることを忘れてしまったりするからね」
「任せるぞ」
ニーベルは魔術を使って将軍から情報を聞き出した。
将軍はニーベルの目に吸い寄せられるように視線を逸らすことができない。
「ガベルさん、教えてほしい、国王を殺したのは誰?」
「陛下を、殺したのは、おそらくサーリアだ」
「サーリアはエルフ?」
「そうだ、サーリアはエルフ。彼女は自分のことをエルフ族と言っていた。北の大地から小舟でやってきた。彼女は、自分のことを、使者だと言った。この国に安寧と平和を齎す」
「続けて」
「彼女はいった。安寧と平和のためには国王は邪魔だと、アズファルド帝国も邪魔だと言った。だから私は秘宝を使うべきだと進言した」
「わかった、ありがとう、最後に一つ、サーリアとはどこで出会ったの?」
「たまたま、城の下の崖に小舟が止まっていたのを発見した。それにサーリアが乗っていた。彼女は、1人だった」
「分かった、ありがとう、今から貴方の洗脳を解きます、気を強く持ってください」
「あ・・・が・・・ぐっ・・・」
「僕の目をしっかり見て」
「あぁ・・・国王、陛下・・・」
そう呟いて将軍は深い眠りについた。
「洗脳は解いたよ」
「ニーベルは大臣をベッドまで運んでやってくれ、俺は一階の死体を片付けてくる」
「ヴィリディナは大丈夫かな?」
「あいつがしくじることはないだろ」
そんなことを言っていると政孝のスマホに電話がかかってきた。
「もしもしマーサだ」
「こっちは子猫ちゃん捕まえたよ、今は眠らせてある。今から合流するから」
「分かったリビングで合流しよう」
「了解」
政孝は電話を切ったあとリビングに急いだ。
そこにこの屋敷の女給と思われる女性がいた。
女性はリビングの死体をただぼうっと眺めている。
政孝は少し様子が変だと思いながら、恐る恐る声をかけた。
「あの、すみません、大丈夫ですか?」
ショックで混乱してると思って声をかけたが、次の瞬間、女性は死体が持っていた剣を取り上げて奇声を発しながら政孝に襲いかかった。
「うわっ、あぶなっ、って、くそっ、よりにもよって・・・!」
瞬時に彼は理解した。
洗脳されていたのは大臣だけじゃなかったと言うことに。
恐らく屋敷に住まうもの全員に洗脳がかけられていたのだろう。
流石に無実の人間を殺すわけにもいかない彼は、女給が切り掛かってきたところを流すようにして躱し、剣を壁に突き立て、無理やり女性から引っぺがした。
だがなおも女性は奇声を発しながら暴れ続ける。
「ニーベル、頼む、助けてくれ!」
大声で2階にいるニーベルに助けを求める。
程なくして慌てたニーベルが1階に降りてきた。
「どうしたの!?」
「女性が洗脳されてる。解除してくれ!」
「わかった!」
と言ってニーベルはこちらに駆け寄ってくると、ばっと女性の顔を両手で掴んでじっと目を見つめた。
「もう大丈夫、大丈夫だからね」
そう言うと女性は瞼がとろんとして目を閉じて眠りについた。
無事に洗脳が解除された様子を見て政孝がほっと胸を撫で下ろしつつも、呆れとも深刻そうな表情とも取れる顔でニーベルにいった。
「ニーベル、大変だ。この屋敷の人たちは恐らく全員洗脳されてる。いやそれだけじゃない。エルフが関わった人間全員が洗脳されてる可能性が出てきた」
「あぁ、それは、流石に僕でも骨が折れるよ」
と、男2人が途方に暮れてる最中、ヴィリディナが戻ってきた。
その背中には1人の長い耳をした女性を乗せている。
恐らくこの人物がサーリアなのだろう。
「2人ともおつかれー、なんかすごく疲れてるけどどしたの?」
「いや、疲れるのはこれからなんだ。主にニーベルが」
「どゆこと?」
政孝は事情を説明するとヴィリディナはニーベルを見て気の毒そうに「お疲れ」と告げる。
「徹夜かな。まぁ徹夜は慣れてるとしても、本当にとんでもないことをしでかしてくれたね、この子は」
「こいつのお陰で俺たちが今ここにいるってワケだ、徹底的にお礼してやらねぇとな」
「マーサ、分かってると思うけど・・・」
「大丈夫、流石に重要参考人をいたぶることはしねぇよ。それよりこいつ、どうやって拘束するんだ?魔術が使えるなら縄とかすぐに破いてきそうなんだが?」
「他の人の洗脳を解いている間だけでいいんで2人で見張っててくれないかな?それ以降は僕がなんとかするから」
「了解、ヴィリディナ頼みがある。ここの死体を片付けるから今はそいつを1人で見張っててほしんだ」
「言われなくてもそうするわ、安心して、この子の洗脳は私に通用しないから」
「分かった。それと提案なんだが、当分の間はここを借りよう。流石に家にエルフを連れてくるわけにはいかないからな、子供達が危ない」
「それもそうね(だね)」
そういうことで、ニーベルは洗脳された人の洗脳を解くために屋敷と城を駆け回り、ヴィリディナは見張りをし、政孝は死体処理に努めた。
「うぅ、ここは・・・」
と言ってエルフのサーリアが目を覚ます。
「おはよう、お嬢さん」
「お前は!くそっ、離せ!」
サーリアは魔術を使えると言う前提でも逃げられる可能性を低くするために両手両足を縄で縛り付けていた。
「お嬢さん、ちょっとお話しない?」
「誰が下賤な人間となど!」
「お嬢さん、スパイはもっと冷静に努めないとダメよ。そして冷徹に、どんな時でも情報を引き出すためだったら体だって差し出すくらいじゃないとこの業界では生きていけないわ」
「ふん、人間風情に体を差し出すくらいなら私達は死を選ぶだろう」
「私たちっていうのは、もしかしてアズファルド帝国に潜入しているお仲間のことかしら、それについて、貴方にとってとても残念なお知らせがあるわ」
「・・・・・・」
ヴィリディナがそういうとサーリアは驚きを隠せず目を見開いた。
「恐らく、今頃全員仲良く牢屋にぶち込まれてると思うわよ」
「ははっ、なんだ、そう言うことか。関係ない。もうすぐ祖国がやってくる。そうすればお前たちは終わりだ!」
「エルフ帝国だっけ?あまり期待しない方がいいわよ、こっち側には私を含めた正真正銘の化け物が6人いるから」
「はっ、たかが6人で何になる」
「貴女たちは船で来るのかしら?」
「お前に教えてやる義理はない」
「貴女、確か船できたそうね。次は大きい船で来るのかしら、そうね、例えば1隻1000人が乗れる船で来たとしましょう、この6人なら1人で1隻沈めるのに5分もかからないわ。私なら2分で1隻を皆殺しにできる自信がある」
「・・・はっ、何を世迷いごとを」
「カマかけてみたんだけど、どうやら規模感はそこまで外れてなさそうね」
「貴様っ!?」
「でも嘘じゃないわ、近いうち、船で来るエルフは皆殺しに遭う、この事実はひっくり返りそうにないわね」
「・・・・・・」
「あたしね、戦争って嫌いなの、汚いおっさんに体を売るのも嫌だし、人を殺すのも嫌だし、誰かを誘拐するのも嫌なの、でも殺傷与奪を握られてたから逆らうことができなかったんだ、それを解放してくれたのは貴女、だから感謝してるのよ」
「何の話をしているんだ?」
「暇だから、ただの愚痴と感謝をしてるの、貴女がいなかったら私はこの世界に来れなかったから」
「感謝してくれるならこの縄を解いてくれ、恩人に対する行為ではないだろう」
「それはちょっと無理かな、私にこの縄を解く権限なんてないし、私はただの貴女の見張りだから」
「お前、本当に人間か、何故私の魔術が効かない?」
「えぇ、れっきとした人間よ、色々と規格外だけど」
「お前からは全く魔力を感じない、その代わり鉄やよくわからないマナだけは異様に感じる」
「魔力とマナって違うのかしら?」
「ふん、いつの時代も人間は魔術に疎いな、おまけに野蛮だ」
「そうね、野蛮ということに関しては同感だわ、どこに居たって戦争が絶えないものね、でも戦争を仕掛けてくる貴女たちに非難される筋合いはないと思うのだけれど?」
「人間は我々の土地を奪った悪魔だ。悪魔は根絶やしにされなければならない」
「フフフ」
「何がおかしい?」
「まるで宗教だわ」
「・・・」
「ここの人たちが貴女たちの土地を奪ったの?」
ヴィリディナがまっすぐな瞳でサーリアに問いを投げかけた。
だがその瞳をサーリアは受け止めることができず、目を逸らした。
ヴィリディナもサーリアから目を逸らして話を続ける。
「正直ね、こんな土地の人間のことなんてどうだっていいの、こんな不便な未開の地、私にとっては何の価値もないわ」
「では何故人間の味方をする」
「私は誰の味方でもないわ、強いていうなら自分の味方かしら。でもそうね、何故こっち側についているのかと言われたら、今からね、何かとても面白そうなことが起こる予感がする、そのためよ」
「何だそれは?」
「女の勘ってやつよ」
「極めてくだらないな」
「私もそう思うわ、でもそれくらいしか楽しみがないのよ、今のところはね」
その言葉を聞いてサーリアは意を決して言った。
「じゃあお前が私と共にエルフ側に着けばいい。お前は強い、それなりの待遇は約束されるだろう」
それを聞いてヴィリディナは少し驚いた表情をした後にすぐに優しそうな笑みを浮かべて言った。
「ありがとう、でも、その誘いには乗れないわ」
「何故だ」
「だって、貴女とても辛そうだもの、それに楽しくなさそうだわ」
「誰だって縄で縛られれば辛いし楽しくないぞ」
「じゃあ人間を殺すのは楽しいのかしら?」
「・・・・・・」
「貴女だって本当はわかってるんじゃない?人を殺すのは良くないことだって」
「人間を殺すことは善行だ、それだけは変わらない」
勝ち誇ったようにサーリアがいう。
「そうか、それなら俺たちはエルフを殺すことを善行にしよう」
そこに死体処理を終えた政孝が帰ってきた。
「マーサ、頼むから穏やかな会話に暴力を持ってくるのはやめてもらえるかしら?」
と、ブレードを仕込んでいる反対の手から小型の銃を取り出して政孝に突きつけた。
「それはすまなかった。引き続き、俺はいないものだと思って会話を楽しんでくれ」
彼は両手をあげて降参するポーズを見せながらソファーに座った。
その時だった。
「誰か、誰かいないのか!」
2階から声が聞こえてくる。
恐らく大臣のものだろう。
「引き続き見張りをのたむ」
そう言って政孝は2階の寝室の大臣のもとへかけて行った。
「大臣閣下、もう起きられて大丈夫ですか?」
「誰だ貴様は、いや、先ほど夢の中で見たことがあるような気がする。それより、今日はいつだ?私はどれほどの間、眠っていたんだ?国王陛下は無事か?」
矢継ぎ早に質問をする大臣(将軍)に政孝は悲痛な表情を浮かべながらことの経緯をゆっくりと話した。
「そんな、夢が全て現実だったとは・・・」
「心中お察しします。ですが大臣閣下、今は国の一大事です。早急に国土の回復を図らねばなりません」
「今更私に何ができる、私のせいで陛下がお亡くなりになられたんだぞ!」
それを聞いて政孝は怒った。
「本当に自分をお責めになるなら償いをしてください、不覚にも貴方が呼んできてしまった異世界人のせいで街道沿いに住む街の人たちの生活が滅茶苦茶だ。その人たちの生活を元通りにするのが貴方の役目だ、それまで貴方は死ぬことも許されない、大臣の席を降りることもです。本当に貴方にこの国の大臣としての誇りがあるなら、最期まで仕事をやってから退任してください!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな・・・その通りだ」
そうして政孝に顔を向けて聞いた。
「異世界から来たものよ、名は何という?」
「黒淵政孝です、皆からはマーサと呼ばれています」
「マーサ、お前に頼みがある」
「なんなりと」
「わたしが大臣を降りたら、お前が引き継いでくれ」
「それは出来ません」
「今、なんなりと、と申したではないか」
「恐れながら私にはこの国の人たちに対する信頼がありません。もし次に大臣を決めるとすれば、それは然るべき民意によって選定された人物が指導者となるべきでしょう」
「然るべき民意とは何だ?」
「皆んなで話し合って賢き者を選定するのです。それはエルメニア共和国の中から選出されるべきです」
「そうか、そう言われても私には良くわからん。制度設計はお前に頼みたい。出来るな?」
「仰せのままに」
それからの政孝は忙しかった。
朝になれば新兵の訓練に付き合い、昼になれば街道沿いを移動して町から町に移動し、夕方からは盗賊狩りを開始するという毎日を過ごした。
彼のこうした活躍により街道沿いの町に盗賊が現れることは無くなった。
だが安寧が訪れるのはまだ少し先のことだった。
「マーサ、ニーベルたった今、向こうさんから奴らが来たと連絡が入ったわ、その数合計5隻、3隻がアズファルド帝国へ、残りの2隻がこっちに向かってるそうよ」
「ようやくおいでなすったな」
「作戦は簡単、まずあたしとマーサをニーベルが空ろで魔術を使って敵の船の甲板まで運んでもらう、それからは船を壊すなり、乗員を皆殺しにするだけ、簡単でしょ?」
「一隻に何人乗ってるんだ?」
「一隻あたり500人のエルフが乗ってるそうよ」
「それは少し骨が折れるな」
「あら、手こずるようなら、こっちが片付いた後、手伝いに行ってあげようか?」
「そうならないように全力を尽くすよ」
「よし、それじゃあ死なない程度に頑張るとしますか」
こうして人間とエルフの戦いが幕を開けた。