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――うわ、ここ何でこんなにぬるぬるなの?
心臓がバクバク止まらない私をよそに、KYは足が滑ったあたりの壁を観察していた。
――これ、油だよ。この壁、油だらけじゃん。
――遠回りして避けられないの?
私は迂回する道がないかと縦穴を右回りに回って上へ延びる道を探したけれど、360度すべてどこかに油でぬるぬるした壁があって、そこから上には足が滑って登ることはできなかった。
――これじゃ登れないね。
――どうしよう?
――別の縦穴を探すしかないね。
――はぁ、また振り出しに戻るだよー。
――ん、そんなことはないかな。
私がため息をついていると、KYは何か考えがあるような素振りを見せた。
――一番下まで降りなくても、途中にも横穴はあったよ。
――そんなのあったっけ?
――結構あった。気づいてなかったの?
――あんまり見てなかったかも。
――とにかく、そういう横穴を調べていけば、きっとどれか1つくらいは当たりを引くよ。
――気が遠くなるね。
最下層のダンジョンの探索でも結構な時間がかかったのだ。それと同じことを横穴1つごとにやっていけば、全部終わるのは一体いつになるんだろう?
――しかも、それで確実に道があるって保証はないんだよね。
――まあ、そうだけどね。
とはいえ、他に縦穴を登るいいアイデアがあるわけでもなく、私はKYが提案するように縦穴に空いた横穴を虱潰しに探索していくことにした。
横穴を調べるならできるだけ上の方の横穴から調べる方がいいことは明白だった。なので私は縦穴をねじの溝のようにぐるぐると回って上の方の横穴から順次調べていくことにした。横穴に入る前には必ず探索済みの印をつけることを忘れずに。
実際、注意してみると、確かに想像以上に横穴の数は多かった。ただ、その大半はモグラ穴のような狭い穴だったり、体が入ってもすぐに行き止まりになったりして、探索対象となる横穴はそれほど多くはなかった。
――あのさっきのぬるぬるの油、この辺の横穴の周りにも時々ついてるね。
――うん。何だろうね、これ。
しばらくぬるぬるを回避しつつ旋回しながら降りていくと、ようやく探索できそうな奥行きの横穴が出現した。私は早速中に入って探索を開始した。
入口は私の体が入る程度の大きさしかなかったけれど、中に入ってみると他の横穴とは違い急に幅が広くなった。奥の方を眺めて見たけれど、チョウチンヤモリの尻尾の光ではどこまで続いているのか分からない程ある。これは当たりだ。
――これは外れだ。
――え、何で? これだけ広かったら期待が持てるじゃん。
――これだけ広かったら探索が大変だよ。
――あ、そっち。
確かに、KYの言う通り広いダンジョンは探索が大変だ。チョウチンヤモリの尻尾の光も隅々まで届かないからいちいち立ち止まって壁際によって確認しないといけないし、壁に印をつけても見落としやすくなる。それに、広ければ単純に歩く距離も長くなる。
――こんなことならマッピングスキルがほしかったよ。
――そんなことを言ってもスキルは選べないじゃん。
――そうだけど。
マッピングというのは私の接合魔法と同じスキルの一種で、一度通った道をいつでも正確に思い出せるという能力だ。
聞くと便利そうだけれども、一度通った道しか覚えられないし、大抵人の生活する場所には地図が作られているので使いどころは少ない。学校では死にスキルと言われて冷遇されていたけれど、今の状況ではあれほど便利なスキルはないと思う。
まあ、ないものねだりをしても仕方がないので、再び地道に壁に印をつけながら進み始めた。
新しい階層に来て、モンスターの種類も少し変化した。最下層にいたモンスターも依然として見かけるものの、新しいモンスターも出現して全体として多様性が増える方向に変わった。
その中でまず最初に注目を引いたのは、丸々と太ったバカでかいハサミムシだった。体長は私の身長より長く優に2メートルはある大物だった。ただ、一番の特徴は大きさではなかった。
このハサミムシは全身の表皮に体液を分泌する腺があるようで、常に体の表面が体液に覆われているのだ。さらに分泌された体液は地面にも垂れてハサミムシの周囲に液溜まりができていた。この体液がぬるぬるしていて油のように滑るのだ。
――もしかして、縦穴のぬるぬるの正体ってこれじゃない!?
――え、あ、本当だ。
足を液溜まりにつけてみるとぬるぬる滑ってまさに縦穴で滑った時と同じ感触がした。これが、この辺りの横穴に生息していて体液が縦穴に流れ込むことで縦穴の壁をぬるぬるにしていたのだ。
――こいつらのせいで私はこんなに苦労してるのか!