第十一話:警戒
アキーノスの発言でマシューの表情も一変する。
「穴蔵トロルってかなりやばいやつだったよな、みんなは無事なのか?」
すぐに一行を見渡すが、幸い誰にも怪我はなさそうで、表情にも硬さはない。
店の中に戻りながらも会話を続ける。
「やばい奴がいるとしたらどんなのかって聞いた時に出た奴がよりにもよっているとはねぇ」
「ええ、僕達ではちょっと手に負えませんから、討伐隊が組まれることになりますね」
「しかしそんなのと遭遇して良く無事で」
「マシューさんがソントに貸してくれたライトのお陰ですよ、強い光を浴びせ続けてその隙に外まで逃げました」
「貸した時はまさかここまで役に立つとは思わなかったよ。ギルドへはリングで連絡したりとかしないの?」
「……本来なら奴の行動半径に村はありません。なので戻ってから報告すれば良いのですが……この辺りは範囲内なんです」
「ってことは夜になって追ってくる可能性があると」
「そうなるとギルドにこの店のことも含めて報告する必要が出てくるんです、そうなるとギルドがこの店をどう扱うか……」
「いきなり店を差し押さえに来たりはしないよね?」
「流石にそれはないと思いますが、扱っている品がすごいのでギルドの人間が常駐して取引をギルドに一元化、位はあり得ると思いますね」
「どのみちややこしい事にはなるってことか」
「本当なら日の高い今のうちに僕達と一緒に安全な場所まで離れて欲しいのですが、離れると言葉が通じなくなってしまいますよね」
「そうなんだよなぁ、ちなみにここを襲ってきた場合、朝までしのぎぎれると思う?」
「とりあえずドアは破られるかもしれません……でもこの中はかなり明るいので恐らく入ってこないでしょうが、もし入ってきたら僕らでも守りきれませんよ?」
「ちなみに穴蔵トロルってどのくらいタフなんだい?」
「平場でやりあうってんなら、うちらと同等以上のパーティ三組で取り囲んで数時間、体力も魔力も持たないから交代用のパーティを用意しないとそれでも全滅しかねない、洞窟内で挟み撃ちか罠にはめて動きを抑えられればいけるかってとこかな?どのみちかなり大変だ」
流石にハンドガンの二十発で相手取るのは無理らしい。
銃が買い足せるならアサルトライフルかショットガンが最低限、可能なら重機関銃がほしい感じか。
とは言えリストから消えてるからなぁ、と思いながらタブレットをいじる。
「ヤツはどうやって相手を見つけるんだ?匂いならここまで来るかもしれないが、体温なら時間的に追えない気がするが」
「過去の遭遇例から考えれば体温で間違いない、だからここまでまっすぐ追ってくることはなかろう」
「なんともいえませんね、安全な場所まで離れるのが鉄則なので、範囲内に留まるって発想がありません」
「ということはここに奴がやってくる確率は五分以下、やってきても明かりがあるということになるから侵入される確率はこれも五分以下、ならばここに篭って一晩明かして良いんじゃないかと思ってる」
「万が一を考えれば危険であることには変わりありませんよ?」
「そこについてもまだ謎が多いからねこの店は、検証するチャンスでもある、もちろん君たちがそれに付き合う必要はないよ」
「……みんなはどうします?」
「ここなら奴がすぐに来たとしても朝まで粘れる可能性はあるな」
「んだねぇ、それにその検証したいことってのが当たりだったら心配することもないってことだよな」
スパンドとボーマーは籠城に前向きな姿勢を見せる。
「離れたほうが良いと思うわ、言葉の問題はあるにしろ、なんとか助けられると思うわ」
ミアーナは安全を重要視して籠城には否定的だ。
マトルは無言で一瞬ソントくんに視線を送る。
「……マシューさんが残るのであれば見捨て行けません、僕達が残ればもし襲われたとしても朝まで耐えることはできるはずです」
「ミアーナごめん、私はソントを支持するわ」
「分かりました、ミアーナも構わないかな?」
「ええ、杞憂で終わってくれるのが一番だけど」
彼らもここに残るということで決定したため、万が一のために備えて入り口と店舗の中、ドアが破られた時のために備えて照明を設置、加えて店舗内に鉄パイプを組み合わせたバリケードを構築しておく。
床にボルトで固定したため、ある程度の強度があるので、そこから槍で突けば時間を稼げる。
最終防衛ラインとして食堂のドアを封鎖して朝まで耐えようという算段である。
「これはすごいな、これだったら余裕で朝まで凌げるかもしれんぞ」
鉄パイプの強度と軽さを見て、スパンドが興味深げにバリケードを褒めている。
「これ、村とかの柵として売り込んだら飛ぶように売れるわね」
「なんかホッとしたわ、ミアーナ、お風呂入ろうよ」
「えっ……まあ入るなら今のうちよね、行きましょ」
「まあこれで夜が更けるまでは普通に過ごしていても大丈夫じゃないか?酒は控え目にしたほうが良いだろうが、防衛を手伝ってもらうんだから報酬として考えておくよ」
「日が落ちたら念の為に交代で注意はしておきましょう」
全員風呂も済ませ、女性陣に芋煮用の材料を切るのを手伝ってもらう、打ち上げの宴的な発想もあって選んだメニューだが、結果的に交代で見張りを入れながらでも食べやすいというのは不幸中の幸いである。
ついでなので冷凍の鮎も仕入れて塩焼きにしよう、見張りながらでも食えそうだし。
流石に警戒態勢なので皆静かに食べているものの、芋煮、鮎の塩焼き共に好評で、わずかな緊張はあるものの、穏やかに夜は更けてつつあった。
しかし、アキーノスと見張りを交代しに行ったボーマーがそのまま戻ってきた事で状況が変化した。
「アキーノスが穴蔵トロルを発見した」
その言葉に待機していたミアーナが仮眠のためにソファーで横になっていたスパンドを起こす。
ソントとマトルも仮眠に入っていたが、ソントが覚醒し、マトルを起こす。
一気に緊張感が高まるが、ボーマーは落ち着け、と言いたげに両手を下に向けて振る。
「慌てなさんな、向こうはこっちに気づいてない。マシューさん、アキーノスが呼んでるんで行ってくれないか」
「僕も行きます」
「じゃあ俺は一旦こっちで待つぜ」
ソントくんと二人でアキーノスの元へ向かった。