第九話:訓練
彼らの来店前に商品メニューが書き換わった事と、商品リストの過去から未来を選択できるスライダーの存在が気になる。
来客に合わせて商品を用意するなんて予約制の店のようだし、銃を規制するならなぜ俺に買えるようにした?
あのスライダーがあるということは、様々な時代の客を迎える想定しているはずだ。
「まあ君たちが初めての客だから断言できないよ?だけど店として考えたらここは街から遠すぎる」
「調査隊が到着すればベースキャンプが出来るぜ、鉱山として再開すれば町になる、まあ場所としちゃ半端だけども十分繁盛すると思うけどねぇ」
口調は軽いがボーマーの意見ももっともで、近くに街ができるなら徒歩一時間は近くもないが、来客は期待できる。
「儲かるのは間違いないけど、それ以上にお宝の山だから襲われそうね」
「いっその事全員でここで働いちゃおうよ、報告も全員で行く必要はないから誰か残ればいいじゃない」
ミアーナの言うとおり客が増えれば危険も増すし、そうなれば従業員も足りないのでマトルの意見も魅力的、しかし問題がある。
「かなり魅力的な提案なんだが、やっぱやめておいたほうがいい。さっきも言ったけど、ある日いきなり移転する可能性があるんだ、近所ならまだしも、移転先が遙か遠くだったらどうなる?故郷に帰ったり、家族や友人に二度と会えなくなるんだ。戻れたとしても死ぬ間際かもしれない」
「……マシューは故郷に戻れないの?」
「どうだろうね……旅に出た時点でそれまでの生活とは縁を切ったつもりだし、ここに来たのは幸運だと思うよ」
いかん、全員黙りこんでしまった。
「そんなに考えこまないでくれよ、移転しないでここでこのままって可能性もあるんだ、そうなってからでも君たちを雇うって判断は間に合うだろう?」
「たしかに戻ってこれないかもしれない、と言われるとためらいは出てしまいますね」
「店を任せるのに何も説明無し、しかも戻れるかもわからんというのは気に食わんな、待遇はいいが奴隷みたいなもんだ」
この雰囲気からなんとか脱出を図らねば。
「話は変わるけど、アキーノスの弓はどうするんだい?うちでも取り扱ってるから用意できるけど」
「欲しいのは確かですが、共有のお金では足りないですし、ないと生死に関わるというほどではありません」
「調査だけならそれでもいいが、帰りの道中で必要になるかもしれんぞ」
説得して新しい弓を売りつけるのもいいが、ここはお互い得になる選択をしてみよう。
「さっき弓の練習をしてみたんだけど的の近くまで飛ばすのが精一杯だったんだ、軽く稽古をつけてくれるなら代わりに弓を用意してもいい」
「剣や槍の使い方も覚えたほうがいいよな?そっちは俺が教えてやる!」
スパンドが割り込んできた、たしかにその通りであり、教えてもらえるのはありがたい。
しかし全身から「これで酒が飲める」という欲望のオーラを漂わせるのはやめていただきたい。
「でも体格的には俺が教えたほうがマシューにはあってるんじゃないか?」
ボーマーの意見ももっともであるが、スパンドの意図がわかるだけに断るのも可哀想である。
「取り敢えず今日は弓で、明日二人で俺に教えてくれないか?報酬は先に出すからさ」
こうでもしないと飯を用意する暇どころか寝る時間すら削られかねない。
なんとか話もまとまったため、練習場に移動する。
マトルとミアーナはお風呂に向かい、移動してきたのは男たちだけである。
「うわあ、すごいや」
「ちょっとしたダンジョンですね、ここは」
「うむ、しかもここもこれだけ広いのに柱がない、どういう構造なんだ」
「地面もこれ、草じゃないよな、ちょっと滑るけど投げ飛ばしたりしてもそうそう怪我しなそうだ」
先ほど練習に使っていた弓をアキーノスに見せる。
「ちょっと張りが弱いですね、引いてみてください、うん、引きすぎてますからもっと張りの強いのを用意した方がいいですね」
アドバイスに従って一旦返品し、張りの強いものに変更するのと同時に、アキーノスをユーザー登録して彼の弓も用意する。
「うん、これならさっきより安定すると思います、こっちが僕用ですか……これはいいですね、これ、本当に貰っても?」
「もちろん、まあとりあえず試してみよう」
アキーノスに射型をチェックしてもらいながら弓をつがえ、射ると真ん中こそ外したものの、的に命中した。
「おお、ちょっとした違いでぜんぜん変わるんだな」
何本か続けて射るが、外れることは多いものの、午前中とは手応えが全く違う。
「これなら後は練習を重ねればもっと良くなりますね。あまり教えることがないですよ、これでこの弓はもらい過ぎな気がします」
「アドバイスがなかったら多分投げ出してた、投げ出さなくても道具の良し悪しやコツを掴むまでの時間を一気に縮めてくれたのだから正当な報酬だよ、まあとりあえずそっちも試してみてくれ」
今度はアキーノスの弓を試す番である。
アキーノスは矢をつがえるとそのままの流れですぐに発射、放たれた矢は鋭くのたうちながら飛び、的の中央を射抜く。
そのまま文字通り矢継ぎ早に矢を射り、その全てが中央を射抜くか既に刺さった矢を引き裂いてゆく。
そして今度は左右に歩きながら射って全て命中、これが熟練者の業か。
「これは非常にいい弓です、大事にさせていただきます」
いつもどおりの穏やかな口調ではあるが、かなり満足してもらえたようである。
「お、そっちは終わったのか、なんだったら今からでもやるか?」
どうやらボーマーと素手で組み手をしていたらしいスパンドが、ボーマーを地面に転がしたまま声をかけてきた。
「あーちっくしょ、やっぱ素手じゃ相手になんねーわ、岩みたいにどっしりしてやがる」
起き上がりながらぼやくボーマーが、滑り止めとして人工芝に撒かれていたゴムチップをはたき落としながら起き上がる。
「リーチの長いお前の攻撃を捌くのも大変なんだぞ」
やはり二人共高度な領域で戦っていたようだが、そこに飛び込む気にはなれないし、それ以前に知るべき事がある。
「今日は獲物の選び方のコツを教えてもらえないかな、そこから始めないとダメだと思うから」
「おーし、呑みながらその辺を話すとしようじゃねぇか」
スパンドが満面の笑みを浮かべながらいそいそと食堂に戻って行った。