13話 「クリスマスはどうするの?」
師走入れば近づく聖夜、
嬉し恥ずかし想いは募る、
どの手で決めるか、一発勝負。
さて、どう出る、――皆の衆?
「ふたりはさぁ……、クリスマスはどうするの?」
と、上目遣いでのたまったのは、我らが "姫" こと、坪能由香里嬢である。
その問いかけに俺らは一度顔を見合わせてから、
「特に予定らしいものは無いが、たぶん家でケーキかケンタのパーティバーレルでも食ってんじゃないかな?」
「一応、家族でパーティ……の予定有り」
と各々が答える。
俺らがいるのは、この街唯一の大型ショッピングモール、ニュー・オーダー・ショッピングシティ。通称『ニオ』の一角にあるファーストフードチェーンの店内テーブル席。
フライドポテトの大を中心にしてそれぞれが好みの飲み物の容器を手にしてるといった毎度の光景。
集いし面子は対面の席にひとり掛けの、俺らを呼び出した "姫" 。
それに向かい合わせの席に並んで腰掛けてる、散切り頭にバンダナがトレードマークの新さんこと新月和浩と、一部で怪しげなメガネ男子などと失礼な呼称をされている、俺、キムこと木村邦明の三人。
この夏、 "姫" が俺らの仲間・信濃寛に失恋したのを機に度々呼び出されるようになり、三人でつるんで遊ぶようになった。
さすがに落ち着いたのか、秋の声を聞くようになってからはそんなことも少なくなってきていたのだが、師走に入って久々に招集がかかったと思ったら、開口一番にこれだ。
「で、どうしたのよ、いきなりそんなこと訊いたりして?」
まー大体の見当は付いているけど、 "姫" が話を切り出し易いようなことを云っておく。
「どうせ、当てにしてた付き合いが皆全滅したとか、そーゆーとこだろ?」
そんな俺のお膳立てを気にすることなく、ホットコーヒーのブラックを一口啜ると新さんが半場あきれたような口調で容赦なく云い捨てる。
図星を指された "姫" はカプチーノをちびちびと飲みながら、恨めしそうな目をして俺らを見、
「……毎年、彼氏いない組で集まって、女だらけのクリスマスパーティやってたのに、今年はみんな "ちょっと予定が……" とか云って不参加表明よ。で、そのあといつの間に作ってたのかわかんない彼氏のとこ行って、 "イブはふたりっきりだよね" とか、甘酸っぱいこと云いあってたりしてるのよーっ。親友だからって信じてた志保ちゃんも、二学期が始まったら陸上部の男の子と良い感じになっててさ、いの一番に "今年は一緒に出来ないから" なんて頬染めながら云って来るしで……。ああっ、みんなの裏切り者ぉ。そんなに男がいいのかーっ」
と、愚痴ること愚痴ること。
いや、そんな風に憤ってる "姫" だってさぁ、夏に男作りかけていたじゃないかと、言葉が喉元まで込み上げて来たが、ここはぐっと飲み込む。
いらんこと云って、火に油を注ぐのは愚か者のすることですからねー。
しかし、まぁ、どうしたものですか?
このまま、ほおっといてもいいんだけども、そしたら、それはそれであとがメンドクサイし。
かと云って、いつもみたいに甘やかせてると、俺らへの依存が長引いちまうしで、まったく持って痛し痒しなんだよなー。
"なんかいい案ない?" と、新さんに視線で訊いてみる。
俺からの要請を受け取ったからか、飲みきったコーヒーのカップをテーブルに置くと、新さんはやれやれといった感じで口を開くと、
「――坪能、いい機会だから、クリスマスまでに彼氏作ってみたらどうだ?」
なんて、爆弾宣言かましてくれましたよ。
どっかの変態紳士が活躍する恋愛ゲームじゃないんだから、クリスマスまで三週間をきった、しかも間に期末試験挟んだ状況でそれをやれと? どんな無理ゲーですか。
云われた "姫" も信じられないこと聞いたって顔して動きが止まってる。
「……新さん、それはあまりにもギャンブル過ぎない? ほら、急ぎすぎて悪い奴に引っかかってもアレだしさぁ」
一応、代替案はないかい? って感じで聞いてみるんだけど、
「そうなったら、それは坪能に男見る目がないってことで自己責任だろ?」
と、正論で返されましたよ。
「正直、俺らは坪能に甘くしすぎてたからな。このままじゃいつまで経っても俺らに依存したままになっちまう。せっかく距離置きかけているんだ、自立するいい機会じゃないかな?」
うーん、新さんの云うことにも一理ある。って云うか、その辺は俺も考えてたことなので、強く反対する理由がないんだよねー。
俺に向かってそんなことを云った後、新さんは "姫" へと向き直り、
「なぁ坪能。前にも云ったことがあるが、坪能は可愛いんだ。性格だって女の子女の子してて好ましいと思う。寛に気持ちが向いてたから気がつかなかっただけで、実はお前のこと憎からず思っている野郎が回りにけっこうな数いるはずだ。見られている自分を感じて、その視線の中から肉欲オンリーじゃない好意を向けている奴を探せ。大丈夫。今の坪能なら出来るし、わかるはずだ。伊達に俺らとつるんでた訳じゃないんだからな」
と、男の俺でも惚れ惚れするようないい声と喋りで "姫" へと訴える。
……いやさ、云ってる内容は結構無茶でひどいことなんだけどね。
それでも、一応の熱意と信頼のこもった言葉に打たれた "姫" はと云えば……感動してうち震えていますよ。
「……新さん、あたし頑張る。頑張って探してみせる。坪能由香里は伊達じゃないってとこ、見せるよっ」
うわー、すごいやる気になってる(棒)
こんな風に妙にノリが良くなったのって、良くも悪くも俺らの影響だよなぁ。
"姫" 的には吉だったのか凶だったのか? ……当事者としては吉だと思いたいですが。
「よしっ、その意気だ坪能。お前がその気になれば男の一人や二人、軽いもんだ」
「だよねっ」
あー、燃え上がってるねー。変な方向へ飛び火しないことを祈るよ。
「なに、失敗したらそんときは、キムんとこのパーティに混ぜてもらえばいい。あそこはウェルカムな人の集まりだからな、三男坊の友達ってことで快く受け入れてくれるって」
変なとこに飛び火したーっ。
「ちょっと新さん、なに云ってんの? 身内のパーティに外の人って……居心地考えろって」
「中学んとき俺と寛が混ぜてもらったけど、あれは実に楽しく過ごさせてもらった覚えがあるが?」
慌てて止めさせようとする俺に、新さんがピシャリと返してくる。
「あれはふたりが男だったからでしょうが。女の子相手じゃどう暴走するかわかんねーよ、うちの家族っ」
あんた知ってるでしょ、うちの家族がどれほど面白がる連中かって?
「なんにしても歓迎はしてくれるんだろ? なら大丈夫だって」
「もしものときは、お願いするねキムくん?」
うわぁ、"姫" まですっかりその気になってるよーっ。
間違いない。これは "姫" の問題を押し付けようとした俺に対する意趣返し。
おのれ新さん、謀ったな?
胸のうちで歯軋りする俺を尻目に、"姫" と新さんは盛り上がっていく。
……しかたない。もしものとき、そんときはそんときだ。
すっかり冷めてしまったホットミルクを口にしながら、"姫" のボーイハントが上手く行きますようにと祈る俺であった。
――ま~、たぶん、失敗するんだろうけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……クリスマスの予定、空いてるかな?」
師走の風が冷たく感じる学校からの帰り道。
徒歩通学な俺に合わせて、自転車を押しながら歩く、彼女未満ただの友達以上っていう微妙な関係の付き合いをしている井流志保が、会話の途切れたそんなとき、ポツリと云った。
「と、特に立ててないから。井流がいいって云うんなら、合わせるよ」
井流からそんな風に誘いを受けるのはあまりないことだったので、ちょっと慌てた感じに答えを返す。
「――良かった。じゃイヴのお昼から、一緒に遊ぼ?」
寒さからなのか、気持ちが緩んだからなのか、頬を染めながら斜めの上目使いで俺に向かってそう云う井流。
ちくしょうッ。いつだって可愛いけど、今のは卑怯すぎるくらいに可愛すぎるぞ。
そんな風に云われて、俺が断れる筈がないじゃないかっ。
「お、おおっ。昼からといわずそのまま一緒にクリスマスを迎えたいくらいだっ」
なんて、弾けちまったテンションのまま思っていたことをそのまま口走ってしまう。
「え?」
心の思うままに発したその言葉に、井流が戸惑いの表情で小さく口にする。
……あ、今のって、次の日の朝まで一緒に居たいって意味に取れる、よな?
うわわわっ。拙いっ。
いや、本音はそうしたいけど、そんな間柄になってねーし、そもそも、未だお試し期間中じゃないかっ。
バカバカっ俺のバカっ。いくらスプリンターだからってとばしすぎだ。
と、とにかく、今のは深い意味はない、考え無しに口から出ただけだって云わないと。
「あ、い、今のは」
「……ごめんね。夜は、――まだ気持ちの準備が出来ていないから」
俺が先走りの言葉を訂正しようとしたら、井流が小さいけど、しっかりした声でそんなことを云った。
「え、井流……?」
云われた言葉の意味を掴みかねて井流の方を見るけれど、秋になってから伸ばし始めてる髪が顔にかかってて、表情は良く見えなかった。
ただ、口元には小さな笑みがあって、顔が耳まで真っ赤になってたのは寒さのせいだけじゃないだろう。
「――クリスマスにね」
「ハイ?」
「クリスマスにね、答え出すよ。アタシと津坂くんの」
紅い顔をしたままで俺にそう云ってくる井流。
答えを出すって、お試し期間を終わらせるってことか?
つまり、俺と彼氏彼女の関係になるかどうかって、ハッキリさせるってことで――。
「い、井流?」
「……夏からで、もう冬なんだよね。……ずいぶん待たせちゃってるけど、もう少しだけ待ってもらえるかな?」
少し、申し訳なさそうな顔して、そう云う井流。
ふん、なにを今更。
今まで待ってたんだ、たかがあと数週間を待てないわけがないだろうっ。
「井流が待ってくれって云うんなら、俺はいつまでだって待つよ」
だから、ちょっとだけ、精一杯のカッコつけたことを云う。
「津坂くん……」
井流が感極まったって顔して見詰めてくる。
「あ~でも、さすがに早くしてもらえないかなーってのが本音なんだけど」
決めすぎるのは柄じゃないし、場の雰囲気が照れくさかったんで、本音半分で砕けとく。
「――、もうっ」
井流の顔もほころんだ。俺も笑う。
女っぽい顔もいいけど、やっぱ笑ってる方が井流には似合ってる。
俺はそっちの方が断然好きだ。
しばらくバカ話して笑いながら歩いてから、お互いの家への分かれ道へ差し掛かった辺りで、
「な、期待していいのかな、クリスマス?」
なんて、祈願半分不安半分な気持ちを隠しつつ、何気ないそぶりで聞いてみる。
そんな俺の内心を見透かしたみたいに、井流は意地悪っぽく、
「さぁ、どうでしょう?」
笑いながら、そう云った。
なんとなく、なんとなくなんだけど、悪い答えは返ってこないって気がしてる。
今までのお試し期間中での付き合い方や、学校や部活での俺への態度とか、そういうのまとめて考えると、俺のこと、受け入れてもらえてるって思う。
……まぁ、俺の一方的な希望的観測なのかもしれないけど。
正直なところ、今の好感触な雰囲気で振られちまったら、立ち直れそうにないしなぁ。
「津坂くん?」
自転車に跨った井流が、考えすぎてボーっとしてた俺に声をかけてくる。
「あ、いやや、なにでもない。なんでもないぞ、うん」
慌てて返事する俺。しっかりしろよ。
「じゃ、また明日ね」
ペダルを漕ぎ出しながら別れと再会の言葉を云う井流。
「おう、また明日」
それを見送りながら応える俺。
数十メートル走ったと思ったらふいに自転車を止め、こちらに振り向いたと思ったら、
「期待、しといていいよっ!」
そう云い放つと、力強くペダルを踏み込んであっという間に井流は去って行った。
……今なんつった? 期待しといていい? それって、つまり……、
「いぃぃぃぃぃっやっほぅーーーーーーーーーっ!」
喜声を上げ、俺は飛び跳ねる。
そのままクルッとターンして自宅の方へと向き直り、溢れんばかりの気持ちいっぱいに走り出す。
あーっ、早く来やがれ、クリスマスッ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「つかぬことを訊くのだけれど、紗江はクリスマス、どうするの?」
二学期期末試験の最終日。
とりあえず開放された心持での帰り道の途中、隣を歩く我が友、滝本千代美がそんな話題を振ってきた。
「特にどうってことはないわね。たぶん家族と過ごしているのじゃないかしら?」
別にキリスト教徒でもないし、その日を特別なものとして過ごしたい誰かがいる訳でもなし。
大体クリスマスを特別な日と考えていたのは小学生の低学年まで。
それだって、正体のバレているサンタクロースに何かしらのプレゼントを貰えるからだったりだしね。
「あの日に思い入れとかないから、普通に過ごしていると思うわ。たぶんケーキくらいは食べるかもしれないけど」
ご近所のベーカリーが、毎年クリスマスフェアとかでケーキを安く売り出すので、お付き合いも兼ねて父や母が買って来るのを家族で食べるのが恒例行事になっている。
晩御飯がケーキとか、どこのフランス貴族だって思ったりもしたものだけど。
甘いものは別腹、なんて言葉もあるように、お菓子食べたところでおなかは膨らまない。
いやそれなりの満腹感は得られるが、しっかり食事をしたという気持ちになれないのだ。
私は晩御飯はがっしりと食べたい派なのである。
さらに云えば、白いご飯にふりかけと汁物、そして肉料理があれば文句はない。
「千代美のとこは弟さんや妹さんが居るから、クリスマスらしいことしているのでしょ?」
これ以上クリスマスのことを悶々と考えてたら、ひどい破壊衝動に襲われそうなので、とりあえず話の矛先を滝本家へと変えてみる。
「どっちももう中学生だからね、友達と一緒にクリスマス会やるとかで、今年は家族でどうこうっていうのはなくなったのよ」
弟さんたちがそんな年頃になったことを喜んでいるような、家族での団欒の機会が無くなったことを寂しがっているような、そんな複雑な表情を浮かべながら言葉にする千代美。
小学生の頃、生活が大変だった時期があり、家族の強い絆でそれを乗り越えてきたこともあって、彼女の家族に対する思いはかなり深いものがある。
だから、"家族一緒で何かをする" というのは彼女の中では大切な行事なのだろう。
そのひとつが今年は行われないことへの残念さが滲み出ていた。
「そういうこともあってね、今年は特に予定みたいなものがなくなったから、紗江はどうするのかなって思って訊いてみた訳」
成程。彼女らしくない話題の振り方だなと思ったけど、そういうことね。
なら話は早いかな。
「だったら、うちに来る?」
特に畏まることもなく、それこそ明日のお天気の話でもするように、無造作に誘いをかける。
「え?」
意外って顔をする千代美。ま、そうでしょうね。
「さっきも云ったけど、うちも特に何かするわけじゃないけど、ケーキくらいは食べるから、一緒にどう?」
だので、それらしくもっともな理由で改めて誘う。
「え、でも、お邪魔じゃない?」
彼女にとっては降って沸いた話なので、それは躊躇するわよね。
「いえ、別に。むしろ私の友達が来たって、喜んで迎えてくれると思うわ」
以前井流さんが訪ねてきたときの母親の顔を思い出しながら、そう云うと、
「あ、なんとなくそれはわかるかな。紗江って、友達呼びそうにないものね」
何でも云いあえる間だからか、結構容赦ないことをズケズケと云う千代美。
「……それは私に友人が少ないといいたいのかしら?」
ふつふつと湧き上がってくる怒りを抑えつつ、親しき仲にも礼儀ありでしょ? と私。
「家に招くような友達が少ないのは事実でしょ? 学校での付き合いだってその場だけなの見え見えだし」
なのに、彼女の舌禍はおさまらない。いえ、確かにそれは本当のことだけど。
「自分のテリトリーをあまり他人に踏み込まれたくないだけよ」
節度を保った関係を築くのは難しい。だから距離をとる。それはわかるでしょ?
「心許せる相手を作るのって難しいものね。その気持ちは、まぁわかるけれど」
先ほどの慇懃さはどこへといった風情で、苦笑を浮かべつつ賛同の言葉を述べる千代美。
さすがに我が心の友。理解が早くて助かるわ。
今の千代美と私のように歯に衣を着せない物言いが出来る相手を探し出すのは、大変な努力と時間を要するものなのである。
そして、その多くは無駄に終わることの方が多い。
女の場合、同性同士では特に。
大体はそこまでの関係を築く前に破綻する。
私と千代美は互いを尊重しあっているし、そもそも友好関係を結ぶまでの経緯が特殊だったので、特異な例としかいえないけど。
だからこそ、その出会えた奇跡に、私は感謝している。
「で、どうする。来る来ない?」
話を戻して、我が家へ遊びに来るのかどうかを問い直す。
「うーん……」
唇に人差し指を当て、少し顔を上げ、宙を見詰めるような仕種を取ったあと、
「では、お言葉に甘えて、招かれるとしましょうか」
と、好ましい笑みを浮かべながら、私へ告げる。
「決まりね」
私もそれに笑みで返す。
「紗江御自慢のお兄さんにも会ってみたいしね」
などと云う千代美の余計な一言がなければ、いい感じに幕を下ろせたものを。
「……自慢なんかじゃないし、会っても大したことはないわよ」
だから、その手には乗るかと、普段どおりに否定してやる。
「してるよ。お兄さんのこと話すときって、いつもより頬が緩んでいるし、声に張りがあるもの」
表面上はニコニコだけど、内側ではニヤニヤって擬音が聞こえてきそうな笑顔で、そんな誤情報を云い連ねる千代美。
「それはあなたの見間違い聞き方違い。そうあってほしいって先入観がそう思わせているだけよ」
冷静に、なに馬鹿なことを云っているのといった風に、穏やかに訂正する私。
「……ふーん。――わかりました。私の勘違いってことですね。ハイハイ」
何かを見透かしたような、ちょっとイラッと来るようなそんな表情と声音で自らの過ちを認める千代美。
そんなこと、全然思っていないなんてのは百も承知だけど。
「どちらが正しいのかはクリスマスにお邪魔すればわかるかな? 楽しみが増えたなー」
しれっとそんなことを云って笑っている。
油断した。
心から友と呼べる存在が出来たことで、少し緩んでいたようだ。
仮にも私が友と呼ぶ相手、一筋縄ではいかないのはわかっていた筈なのに。
普通の友人同士がやるような、そんな遊興にまみれるのもよかろうと思った私が浅はかだった。
私の横を並んで歩きながら、ほくそ笑む友をジト目で睨みつつ、失策を悔やむ私であった。
消えて無くなれ、クリスマス。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで、千代ちゃんは何か欲しいものとか、ある?」
二学期の期末試験も終わり、あとは冬休みまでの幾日かを残すだけとなったとある日、互いの学校帰りの待ち合わせ場所、ニオのファーストフードショップのテーブル席に向かい合わせに座っている、わたしの彼氏さんである信濃さんが何気なくそう云った。
「え、なにがですか?」
「ん、クリスマスのプレゼント」
信濃さんのお友達一同からの猛烈な後押しのおかげで、クリスマスは二人で過ごすことになったのですけれど、それらしいことをしようってことでプレゼントの交換をすることになったのですが、
「それ、送られる当人に聞いたらダメなんじゃ……」
「んー、だけど、女の子に送る物って思いつかなくてさ。だから欲しいものがあればそれをって」
"欲しいのは、あなたです。"
そう伝えられたら、楽なんだろうけど、とても云えない。
信濃さんがこの言葉の意味をどう受け止めるのか?
もしも、わたしが思っているそのままを知られたりしたら、ふしだらな娘だと、そう見られるだろう。
わたしはそれが怖い。
わたしは信濃さんとお付き合いする前に、交際していた人が居た。
ただ、あれを交際だと云えるのかは、わからない。
一方的に云い寄られて、なし崩しに付き合うことになって、振り回されて、玩ばれて、傷つけられて、飽きたからと捨てられた。
夏の盛りから秋を迎えるまでの僅かな日々。
あの人からすれば、ちょっと毛色の違う娘と遊んだだけ、そんなところだろう。
良くない噂のある人だとは耳にしていたけど、背の高い二枚目が甘い言葉を投げてきたのだ、そんな経験のない私に抗えというのは難しい。
私だって恋に夢見てた女の子、絵に描いたようなハンサムから迫られていい気になるのも仕方なかったこと。
その結果がポイ捨てだものね。笑い話にしかならないよ。
でも、それはみんな浅はかだった自分が招いたことで、あの人だけが悪いんじゃなかった。
捨てられたことと自分の浅薄さ加減が嫌になって自暴自棄になってた頃、親戚の昇一兄さんがなにかと気にかけてくれていた。
そして、季節が巡ってまた夏を迎える前に紹介されたのが信濃さんだった。
初めは会う気なんかなかった。けど昇一兄さんの顔をたてるつもりで一度だけ会うことにした。
そして会ったその人は、無愛想でしかめっ面で、昇一兄さんと同級生だというのに、何かとても年上に見えた。
出会いの印象はお互いに最低だったと思う。
わたしは男性不信から抜け出せないままだったし、信濃さんは不機嫌そうな顔をしたまま、とにかく喋らなかったから。
ふたりだけにして、遠目から見守っていた昇一兄さんや、新さんやキムさんが慌ててやって来て、
「お前らいったいなにやってんだ?」
と、ダメ出しをしてくれなかったら、きっと別れる時間まで互いに黙りこんだままだったはず。
突っ込まれた信濃さんが、
「いきなり惹き合わされて、それで何か話せって、そんなことが出来るくらいなら、俺はとっくにハーレムキングだよっ!」
って、自棄になって反論してたっけ。
そんなやり取りをみていて、悪い人ではないのだろうなって思った。
けど、やっぱりどこかで信じ切れなくて、距離を置いた対応を続けてた。
それでも、信濃さんはいつも同じで、わたしが連れなかろうがつっけんどんなこと云おうが、変わらない態度で接してくれていた。
合う回数が増えてくると、いつの間にか次に会えるのが楽しみになってきていた。
そして、やっと信濃さんに心を許せるようになって、正式にお付き合いするようになったんだっけ。
影ながら見守ってくれていた、新さんたちが我がことのようにすごく喜んでくれてたなぁ。
今、私が当たり前のように笑えてたり、楽しんだりすることが出来ているのは、信濃さんに出会えたから。
だから、信濃さんが望むならなんだってしてあげたいと思っているし、求められるのならば、私自身だって捧げることも厭わない。
……もっとも、もうキレイな体じゃないから、信濃さんが欲しいって思ってくれるかはわからないけど。
それでも、わたしは信濃さんを欲しいと思ってる。
本当の意味での "信濃さんの女" にしてもらいたいって、そう願っている。
だから、求めるものは、――あなたです。
「なんでもいいですよ。信濃さんからもらえるのなら、なんだっていい」
本心を隠して、そんな言葉を返す。
「なんだって、って云うのが、結構難しいんだけどねー」
苦笑いをしながらこぼす信濃さん。
ホント、なんだっていいんです。あなたからのプレゼントなら。
わたし、今までにたくさんあなたから大切なもの、貰っちゃいましたから。
「じゃあ、信濃さんが思う、わたしの欲しそうな物でいいですよ」
なんだっていいって思う気持ちをそんな言葉にして伝える。
信濃さんが思う、わたしが欲しがりそうな物。
例えば、以前読んでみたいって云ったことあるノベルだったり、聞きたいって云ったCDだったり、そんな物で構いません。
あなたから渡されるものなら、なんだって私は嬉しいから。
そんなことを思うわたしの目を一瞬覗き込んで、信濃さんは云う。
「……もしかして、俺、とか?」
少し真面目に少し照れた様子で、わたしの欲しかった一言を。
言葉を失ったわたしに向かって、
「あー、正解っぽいな。けどあげない。俺は俺のもんだからね」
わざとふざけて意地悪っぽくそうも云う。
きっとわかってる。
わたしが信濃さんを欲しいというその意味を。
けど、それを笑い話にして誤魔化してしまう、その優しさを少し悔しく思うし、またありがたくも感じてしまう。
信濃さんは言外に、まだ早いって伝えてる。
わたしと信濃さんはまだ始まって間もないのだから、そんなに急ぐこともないんだと。
聞いてきたりはしないけど、前の人とどんなことがあったのかは、きっとわかっている。
わたしがもう男の人を知っていることも気づいているはず。
だのに、そんなことには触れたりしない。
キレイな体のままのように扱ってくれている。
そんな心遣いが、私をもっと信濃さんを好きにさせていく。
「それじゃあ、定番ですけど、お揃いの身に付ける何かで、どうですか?」
「ペアの何とかってやつ? うーん、恥ずいなぁ」
「いいじゃないですか、彼氏彼女っぽくて」
「んー。ま、千代ちゃんがそれでいいってんなら、そうしますか」
「ハイッ」
初めて迎える信濃さんとの聖夜。
早く来い来い、クリスマス!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、迎えるクリスマス。
あるところでは、ボーイハントにしくじった娘がむやみにオープンな家族に激しくウェルカムされ、あれやらこれやら訊きまくられ、いいように弄くられ、遊ばれて――。
またあるところでは、初々しい少年少女が夕暮れの街を見下ろす高台で、互いの気持ちを伝えあい、初めての口付けを交わし――。
別の場所では、少女同士がある事柄に対して辛辣な意見を、それでも楽しげに交し合い――。
そして、とあるカップルは、恥ずかしげに揃いの装飾品を見せあう――。
皆、それぞれ思うままであれば良い。
そう、好きなまま、好きでいい。
二ヶ月あまりお付き合いいただいた今作もこれにて終了。
お読み下さって、ありがとうございました。
次回作があれば、またお会いしましょう。