第五十四話 開戦
禍々しい刀がぶんと降られる。双輝はヒコウを構える。気持ちが不安定になっていることが自覚できた。それでも、刀を振るわなければ負けてしまう。守らなければならないものを守ることができない。双輝は勢いよく前へ踏み込む。そしてそのまま刀を横へ振り、相手の切り返しを待たずに刀を持ち替え振り上げる。その振り上げた刀が霍忌の腹部を切りつける。互いに後ろに飛び跳ね距離をとった。
「ほら。斬れるだろう。俺はそう簡単には斬れないはずなんだよ。それがこの通りさ。それでも・・・まぁ、この程度か。これだとお前、俺に殺されるぞ。いいのか?」
「・・・良い訳ないだろう。俺がここで負けたら俺の背負っているものすべてが壊れてしまう」
双輝の昔にたてた信念。それは今で変わってなどいない。そしてきっとこれからも変わらない。霍忌の顔から笑みが消えた。そしてゆっくりと双輝の方へ歩み寄ってきた。刀を構え、霍忌は双輝に向かって刀を振り下ろした。それから間髪入れずに振り上げる。双輝は刀でそれを受け流しながら霍忌へ刀を向ける。しかし、その刀を手が斬れることも厭わず霍忌は鷲掴みにした。驚いた双輝のことなどかまわず顔面にめがけて己の刀を突き刺す。
「な・・・!?」
ぎりぎりで体をひねってそれをかわした双輝は刀をつかんでいる霍忌の手を蹴り飛ばして霍忌から離れるべく空を舞った。地面に着地して霍忌のいた方へ眼をやる。しかしそこに霍忌はいない。
「どこに・・・」
ふと、後ろに殺気を感じる。慌てて刀を頭の上に持っていく。すぐ後ろで霍忌が刀を振り下ろしてきた。またもぎりぎりでそれを受け止めた双輝はすでに大きく息が上がっていた。
刀を弾き返し距離を取る。
「どうしてそこまでこの世界を壊そうとしている?!」
「どうして?つまらんことを聞くな。面白いからだよ。人々が恐怖に慄き震えるざまを見るのがね」
双輝は黙った。持っているはずのヒコウの存在を感じることができないのが怖かった。しかしそれ以上に人の心を何とも思っていないような霍忌が恐ろしかった。
急に霍忌が踏み込む。驚いて何とかしえ刀でその攻撃を防いだ・・・が。双輝は胸に刀が突き刺さるのを感じた。
「がは・・・」
引き抜かれた際に声が漏れた。胸を押さえて膝を折る双輝。その様子を見下ろす霍忌。
窓ら様子を見ていた銀葉は言葉を失った。何か会話をしてる風な二人だったが、急に霍忌が双輝に刀を向けた。それに敏感に反応して刀で防いだはずだったのに。霍忌の刀は見事に双輝の刀を貫通して双輝に突き刺さった。手から落とした刀は刀身が折れてしまっていた。
「ヒコウ!」
銀葉は窓を叩いた。自分はこの家から出るべきではない。そのくらいはわかっている。出るだけ自分は足手まといになるだけ。そんな自分が悔しくて腹が立って。あまりの自分の無力さに涙すら出てきた。
「・・・大丈夫、銀葉。俺たち四季剣はそんなに脆くない。双輝さえ、主さえしっかりとした心を持ってくれていればいつでも再生はできる。時間がかかっても・・・」
必死で平静を保っているように話すガスイだったが、声が震えているのであまり意味を成してはいなかった。銀葉はそれを聞いて少しだけ安心した。でもそれでも少しだけだ。なんたって双輝自身が、刀で突き刺されてしまっているのだから。辛くて悲しくて悔しくて。銀葉の涙は止まらない。そんな銀葉の涙をガスイがそっと拭ってくれた。きっとガスイも今すぐに双輝の元へ走っていきたいに決まっている。なのに。それをしない。
「ガスイ・・・。双輝のところへ行くべきだよ。主の命令より主そのものが守るべきなんでしょう?」
銀葉は震える声で言う。しかし、ガスイは首を横に振った。
「確かにそうだ。でも、もし俺がここを離れて銀葉に何かがあたらそれこそ双輝の心に傷ができる。それは・・・きっと簡単には治らない」
ガスイの言葉は銀葉と同じように震えていた。しかしそれでもはっきりとして力のある声だった。銀葉は俯いた。ここで泣いていても何の意味もない。自分には何かできることはないのだろうか。玩愉が護人の力も巫女の力もあると言ったのに。銀葉はぐっと手に力を込める。