第五十二話 過去のキヲク
ヒコウは双輝の横についた。ヒコウからしてみればこの霍忌という男が一体何をしたか全く知り得ていない。双輝に聞こうにも傷口をえぐり兼ねないために聞くのは控えていた。しかし、今の双輝の様子を見るに、霍忌は生半可な存在ではないことが見て取れた。
「双輝・・・霍忌、だよな?」
「・・・そうだ」
苦しそうに答える双輝の表情にヒコウは嫌な予感がして堪らなかった。
長いこと雨に打たれた赤褐色の髪が顔に張り付く。それでもそんなことを全く気にせずただ、扉の向こうに現れた過去の遺物に笑みを送った。
「久しいね、双輝」
笑いかけてきた霍忌に返そうにも言葉が出なかった。そんな双輝の様子を見て霍忌はさらに笑みを深めた。
「おやおや。言葉が詰まっているようだよ。大丈夫か?昔と相も変わらず護られて過ごしているのか?」
「そんなことっ・・・」
「違うのか?この土地は妖怪と四季神の森に挟まれて存在している。護られているんだろう?四季神と・・・妖怪にも」
仮にも護人が、四季神を呼び捨てとは、双輝は手に力を込めた。いや最早そんなことはとやかくいうことではない。双輝にとっての消し難い過去のキヲク。
「何故?何のためにここへ?」
「ふふふ。また温いこと言っているのな。言っただろう、さっき」
霍忌は笑う。感情の篭っていない冷たい瞳で冷ややかに。霍忌は目的など一言も言っていなかったはずだと、双輝は会話を呼び起こす。しかしやはりそれらしい会話はなかった。
「全く何を聞いていたのやら。この土地は妖怪と四季神の森に挟まれて存在している、と言ったねぇ」
双輝は全身に悪寒が走った。
「まさか・・・四季神様を・・・?」
霍忌の笑みが本格的に凍てついた。
「以前は力が及ばず失敗したから今度こそ、ってね」
まるでゲームに失敗した子供みたいな言い草だった。双輝はついに家から飛び出した。ヒコウを構えて霍忌に向かう。
「そんなことして何になる!この世の均衡が崩れるだけだろう!」
「わかっているじゃないか。そうしてこの世界を混沌へと導く。足掻き苦しむのは人間だ。妖怪が暴走し食い殺され、巫女は死に絶え・・」
「霍忌!何を言っているのかわかっているのか!?」
双輝の叫び声に霍忌は表情を無にした。まるで人形のような何もないその表情に冷や汗が出る。
「双輝、あんたなら平気だろ」
ヒコウの声が頭に響く。ただどことなくその声が遠く思えたのは何故かまだ考える余裕がなかった。