第三十七話 夜
「どうしてその障壁ができたのかは、今でもわからない。そして、その時、オレの力がいつまでたっても回復しなかったことも、わからない・・・。でもそれは全て言い訳に過ぎない。だから・・・」
「うるせぇよ」
トキの言葉を切って玩愉が放った。話を聞いていた双輝たちも玩愉のほうへ首をめぐらせた。
「だから。お前にそんな根性があったとは思ってねぇよ。お前のせいじゃねぇ。そのくらい分かっている。わかっていなければ大嫌いなお前をあがめる人間どもなんぞ、当の昔に殺している」
玩愉の言った言葉をトキがどう取ったのかなんて分からない。それでも、少なからず、嬉しそうな顔をしたのはきっと銀葉の気のせいではないだろう。
双輝の家でトキと玩愉と穉瑳は楽しそうに話をしていた。いや、玩愉は表情が読み取りづらいから楽しそうかどうかは定かじゃないけれど。
やっと完全に仲直りできたトキと玩愉はひとしきり話を終えると互いの森へと帰っていった。その直後だ。深くため息をついて後ろに倒れた双輝を見たのは。
「そ、双輝!?」
「あ、平気。大丈夫だよ、銀葉」
微笑んだ双輝の顔がどっと疲れを感じさせた。四季神であるトキが傍にずっと居たことで鋭敏な双輝の感性に疲労を与えたのだろう。
「俺達だってかなりきついって・・・・」
ガスイが肩をすくめて言った。銀葉は何も感じない。感じ取ることができない。それでも、玩愉いわく、巫女の力も護人の力も備わっているという。それが一体どういうものなのか、到底銀葉には理解できない。
双輝はそのまま眠りについてしまった。ただでさえ、神気を浴びて壊れかけている双輝の体にその神気の根源が傍に居ては確かに疲労するだろう。眠ってしまった双輝をスイセツが大切そうに運んでいるのを見てなんとなくおかしくなった銀葉だが、ばれないように小さく笑った。
その日の夜。四季剣たちも剣になって休息をしているようでシンと静まり返った双輝の家。なんとなく銀葉は寂しくなった。自分の家族は今どうしているだろう。心配しているだろうか。いや、しているに決まっている。警察とか呼んでいるのだろうか。家に、帰りたい。家族に会いたい・・・。会いたい・・・。
そんな気持ちからか、そっと寝ている双輝の横に座った。しずかに眠っている双輝。彼は四季剣と共にあるが、親や友達と呼べる存在がいない。それが何を指すかなんて、今の銀葉には理解することも知ることも出来ないと思っている。
「眠れないのか?」
すごく小さな吹けば飛んでしまいそうな声が銀葉の耳に届いた。はっとしてひざ元を見るとうっすらと目を開けて心配そうな表情をしている双輝の顔があった。双輝がこんな顔をするべきではない。そういう顔をするのは今は自分のはずだと思った銀葉は、目元を綻ばせて笑いかけた。
「そういう訳じゃ無いの」
「・・・そうか。いや、不安そうだったからついね」
双輝のその表情に銀葉は何か嫌な予感を過ぎらせた。最近はこの状況に慣れてきたのか双輝の態度に疑問を持つことや驚くことが減ったけれど、さすがに今の双輝には不安というか、疑問というか、驚くというか。とにかく、そういった何とも言えない漠然としたものをたたき付けられた。
「どうしてそんな顔をするの?」
「え?」
「今までそんな顔したこと無いじゃない。私に気を使って?そんな・・・何て言うか・・・・」
「恐怖」
突然したその声に驚いて一瞬飛び上がった。
「スイセツ・・・・?」
驚きとも取れる声でその名を呼んだ双輝。スイセツは冷たい視線を双輝に注いでいる。
「珍しいな、眠りから覚めるなんて」
「お前が昏倒しているというのに、たやすく眠れる訳が無い」
「あぁ、すまないな」
双輝の横、つまり銀葉の反対側に腰を下ろしたスイセツは双輝にそっと触れた。頬に触れて、首に触れて。
「熱はなさそうだな」
「はは、そうかもしれない。スイセツの手が少し温かい気がするしな」
微笑みながら言った双輝の言葉にスイセツは少し機嫌悪そうに双輝から手を離した。