第三十五話 呼
「中に入らないの?」
「ひゃ!?」
銀葉の声に驚いたらしく、穉瑳は見た目と同じようにかわいらしい声で驚いていた。
「ごめん、驚かすつもりじゃなかったんだ・・・」
謝る銀葉に笑いかけてきた穉瑳。それに答えるように銀葉も笑う。
「どうして中に入らないの?」
「兄様の話の邪魔をしたくはないの」
なんとも兄想いな子だろう。いや、そうではないな、と銀葉は思う。玩愉とて、この穉瑳を大事に扱っている。妖怪って怖いとかそういうイメージがあったけれど案外、仲間思いの強い種族なのだろうか。
「兄様はトキと早くあってもっとちゃんと話をしたいみたい。でも、できない。トキったらぜんぜん出てこないから」
穉瑳が唐突にそんなことを言ってきたので驚いて眼を見開いたまま頷いていた。そんな様子を悟って穉瑳があせったように言葉を付け足した。
「あ、あんまり、言ってはいけないことかな・・・・。兄様に怒られてしまう・・・」
「怖いの?」
「怒れば、ね」
「怒るの?」
「ん~・・・。よほどの事がなければ」
「優しいんだ?」
「うん!」
幸せそうに笑った穉瑳の笑みが銀葉の心も温かくした。
「別に中に入ったって話の邪魔になんてならないよ。こんなところにいたら風邪引いちゃうよ」
「風邪?引かないよ。別に寒くないもの」
「その薄着で!?」
穉瑳の服装は玩愉と同じように腹の部分に鎧のようなものをつけていて袖のない衣服だ。下も短めで模様のように靴が太ももまでかかっている程度。
「妖怪って、人間とは違って体感温度が強固なんだよ」
「へぇ・・・って、私がそういうこと知らないの、分かるの?」
「え?」
「だって、普通なんでしょう?妖怪って。だから疑問な顔をするかな?って思ったんだけど」
「あ・・・いや・・・べ、別にそんなことは。不思議そうだったから答えただけよ?」
「そっか」
穉瑳が少しあせったようにうつむいたのはなぜだろうか。
「銀葉。外にいると寒いぞ?」
中から双輝が出てきて中に入るように促した。それに習って穉瑳も中に入ることを決めたようだった。
「兄様・・・ごめんなさい、私・・・」
「気にすることか?」
座っていた玩愉に穉瑳が言う。それに返した玩愉は見上げているはずなのにまるで見下ろしているような圧力があった。
「さて。いくら俺でもあの森に入ったらたまらんな。トキを引き摺り出してきてほしいんだがなぁ」
玩愉が言う。みんなの目が軽く流れる。それからふらふらと銀葉に目が移る。
「はい?」
「こんなかじゃぁ、四季神様の森に入れるのは銀葉だけだなぁ」
ガスイが申し訳なさそうに言った。銀葉は首をかしげる。なぜ、そんな態度で回答したのか。
「まぁ、いいじゃないか。お前、行って来いよ」
「・・・・ふん。はいはい。行ってきますよ」
玩愉の物言いに腹立ったが、双輝を助けてくれた手前、苦情を言うわけにもいかずさっさか家を出て森へと足を運んだ。
「あの女、妙だな」
「銀葉?そうだな、女性っぽくない」
「いや、そういうことじゃねぇよ。俺がそんな下らんことに頓着すると思っているのか」
「・・・じゃぁ、なにに?」
「・・・・」
玩愉はちらりと双輝を見てふんと鼻を鳴らすだけだった。
相変わらず凛とした空気。これが四季神の力なのだろう。初めて入ったときに気付かないものかと銀葉は考えた。探しても探してもトキは見つからない。まぁ、森が広いから見つけるのも大変なんだけど。それでも、過去の二回、トキ自らこちらに会いに来てくれた。それなのに、今は姿を見せる気がまったく感じられない。きっと銀葉がこの森に入ってきた理由を知っているのだろう。
「う・・・・」
銀葉は胸の辺りを押さえて急に苦しそうに呼吸を始めた。ついには座り込んで蹲ってしまった。
「苦し・・・い・・・」
ひたすら悶絶する。むせるような咳も出してげほげほと苦しそうに方を上下に動かす。
「大丈・・・夫・・・?」
トキの声。銀葉はがばっと顔を上げてトキの服をがむしゃらにつかむ。
「やっぱり見ているんだね?」
「え・・・・演技・・・?」
「うん」
「上手いね・・・・」
呆れたようにトキが言う。銀葉はにっこりと笑ってトキに笑顔を送る。トキはそれを受けて苦しそうに笑う。やはりこの後の展開をなんとなく想像できているようだ。
「よぉし!!行こう~!!」
「いや、ちょ!!」
裾をしっかりとつかんだまま銀葉は双輝の家まで直行する。