第二十話 レテに降る白銀のインク②
「……やるわね、九条さん。なら、リコが仕上げの『判子』を押してあげます!」
リコは九条の背後で、自身のデバイスを限界までオーバークロックさせた。九条が切り拓いた白銀の道に、リコが解析した Shadow Circuit(影の回路)のバイパスを接続する。レテの基幹システムへと、九条の「真実の記憶」を流し込むための最終シークエンスだ。
「記録の全消去じゃない……。リコがやるのは、この地獄の全自動更新です!」
リコの指が閃き、九条が万年筆を記録官の帳簿へと突き立てた。
瞬間、天を突くほど高かった書類棚が、内側から弾けるように崩壊を始めた。しかし、それは破壊ではなく、解放だった。棚の中に封じられていた数え切れないほどの記憶の断片が、光り輝く蝶の群れとなって灰色の空へと舞い上がっていく。
「馬鹿な……。レテが、私の監獄が、白く塗り潰されていく……!」
記録官の身体が、白銀の光に焼かれて透き通っていく。彼が執着していた帳簿は、白銀のインクによってすべての文字が上書きされ、真っ白な「未来の余白」へと変わっていった。
やがて、灰色の空からしんしんと、白銀の雨が降り始めた。それは雨というより、光の粒子の群れだった。
砂のように乾いていたレテの大地を、白銀のインクが潤していく。九条は、消えゆく記録官を冷徹に見届け、銀の万年筆を懐に収めた。
「九条さん……終わりましたね」
リコが歩み寄り、九条の服の裾をぎゅっと掴んだ。九条の実体は、もう揺らいでいない。それどころか、以前よりもずっと確かな存在感を放っている。
九条は、降り注ぐ白銀の光の中に手を伸ばした。
「ああ。だが、これは終わりではない。取り戻した過去は、これから僕という男を厳しく律し続けるだろう。……それが、契約の代価だ」
白銀の雨に包まれたレテの風景は、かつての荒廃した面影を失い、どこか厳かな静寂に包まれていた。
九条とリコは、再構築された影の回路を通って、再び自分たちの居場所――あの都会の喧騒が待つ地上へと、ゆっくりと歩き出した。
「灰色の空が白銀の雨でいっぱいになったとき、なんだかシステムが浄化されていくみたいで、リコも少しだけ泣きそうになっちゃいました。でも、九条さんの実体がちゃんと元通りになったのを見て、やっぱりリコのエンジニアとしての腕は天才的だなって確信しましたよ! 過去を取り戻した九条さんは、前よりも少しだけ『人間』っぽくなった気がします。さあ、地上に戻ったら、まずはリコへの報酬として最高級のピザを山ほど注文してもらいましょうか!」 ―リコ―




