第二十一話 精算屋のモーニングルーティン①
「埃を払って、営業再開だ。溜まった案件と新しい相棒――この銀の万年筆と共に、また街の掃除を始めるとしよう」 ―九条―
事務所の重い扉を開けると、一週間分の密閉された空気と、微かなインクの残香が迎え入れてくれた。
窓から差し込む朝日は、デスクに積もったわずかな埃を白く照らしている。都会の喧騒から切り離されたこの一週間、九条とリコは「忘却の監獄・レテ」での激闘によるダメージを癒やすため、互いに一切の連絡を絶って休暇を取っていた。
「んんーっ! やっぱり事務所の椅子が一番落ち着きますね!」
リコは愛用の高機能チェアに飛び乗ると、すぐさまメインシステムの電源を入れた。幾十ものホログラムウィンドウが空中に展開され、電子の海が再び脈動を始める。
「リコ、休暇中のログはどうなっている」
九条は上着を脱いで椅子に掛け、定位置に座った。その動作には、以前のような危うい揺らぎはない。レテで取り戻した「銀の万年筆」は、デスクのペンスタンドの中で静かにその時を待っている。
「大変なことになってますよ。未読メールが三桁、緊急性の低い影の残滓回収が二十件、それから……あ、リコが頼んでた限定ピザのクーポン、期限切れちゃってるじゃないですか!」
リコが頬を膨らませてキーボードを叩く横で、九条は一週間分の新聞を手に取った。
「まずは即早で片付けられるものから手を付ける。リコ、座標の近い案件をリストアップしろ」
「わかってますって。まずは近所の骨董品店に出没してる『迷子の影』の回収。それから、交差点の信号機に溜まった情報の澱みの清算。これなら、お昼休み前には終わります」
九条は銀の万年筆を手に取り、その感触を確かめた。レテを経て、彼と影の関係は「削り出す」ものから「共鳴させる」ものへと進化していた。
「いいだろう。執行を開始する」
精算屋の、日常という名の戦いが再び幕を開けた。




