またですか?
「では、こちらです」
「はい、確かに。ありがとうございます、サクラさん」
アンバーは書類を受け取るとざっと目を通してからこちらに視線を向けた。
私は下っ端なのでよく書類を運ばされる。しかしアンバーと話したかったので今は好都合だ。
「院長に手紙渡してくれました?」
「はい、お渡ししましたよ。ジェードの件も撤回していただいたようですし、内容も見ていただいていると思うのですが」
ジェードからも聞いていたけど本当に良かった。あんなに頑張ったのにジェードが殺されたら元も子もない。
その割には私に何の音沙汰もない。手紙くらいくれるかと思ってたんだけど。私にはそんな価値もないってか?
それとも『一対一で話し合いましょう』が良くなかったのかな。果たし状だと思われたのかもしれない。でも院長はそんなので怖気づく人じゃない。むしろ嬉々として来てくれそうな気がするんだけど。
「あちらにも事情があるのかもしれません。気長に待つしかないでしょう」
私の考えを読んだかのようにアンバーが肩を竦める。
「それもそうですね。忙しそうな人でしたから」
「ええ、待っている間に余計なことに首を突っ込まないようにしてください」
「言われなくても危ないことに関わったりしません」
アンバーは疑いの目を向けてくるが本音である。
前回は幼馴染のジェードの生死がかかっていたから関わっただけであって、これ以上ゲーム本編に関わるような真似は謹んで遠慮したい。死にたくないので。
仕事も残っているのでアンバーと別れて来た道を戻る。
残された書類の山を想像してげんなりしていると、突然肩を捕まれた。
咄嗟にその手を取って背負い投げしそうになったが思いとどまる。
青を基調とした上着には刺繡が施され、クラバットと呼ばれるスカーフ状の布を巻いている。そんな格好しているのは貴族様だ。問題を起こすのはまずい。
肩を捕まれて壁際に背を押し付けられ、そのまま相手は私の顔の横に手をついた。
嬉しくない壁ドンだな。初対面にやることか。
そこまで来てようやく背の高い相手の顔を見上げれば、それはそれは整ったご尊顔だった。
歳は2~3上だろうか、青交じりの銀髪が陽の光に煌めいている。瞳も晴れた空のように澄んだ青だ。切れ長の瞳に恐ろしく整った容貌はどことなく冷たい印象を受ける。『氷の貴公子』とか言われててもおかしくない……いや、妹が言ってなかったか?
こんな容姿の奴がモブなはずない。ひょっとしなくても攻略対象では?
私の葛藤を知らずに、相手はようやく口を開いた。
「お前がクロッカス殿下お気に入りの女か」
「申し訳ありませんが、人違いです」