真実
「何で出来ないの?」
属性魔法が使えない私と院長は出来るんだから、出来て当然だと思ってたんだけど。純粋に疑問だ。
ジェードは困惑顔だ。私も困惑してる。
「何でって……風や炎で加速出来たりするけど制御が難しいし、『身体強化』なんて重いものを持ったり、身体が少し頑丈になるだけでしょ」
「足も速くなるし、視力も上がるよ」
「限度ってものがあるんだ。無理に魔法をかければ反動で肉体を傷つけかねないから、そんな無茶な使い方する人いないし、他の魔法で事足りることの方が多いから」
確かに他の魔法使えれば、わざわざ『身体強化』の魔法を使って何かしようって考えないか。私は使えないから院長に教わってただけで。
でもゲームでは壁とか天井とか走れなかったもんね。そんなことするのはバグ技上等なRTA走者くらいだ。
バグ技のせいでゲームおかしくなってるとかそんなことないよね? 私のせいじゃないよね?? いや、院長も使ってるもん。私のせいじゃない。よし。
見たくない真実には蓋をして、走り続けながらジェードに疑問を投げかける。
「でも『身体強化』で無理した反動なんて、今まで使ってきたけどそんなものなかったよ」
「それは……」
ジェードが大変言いにくそうに口を閉じる。
なんだなんだ。黙られると余計に気になるんだけど。
じっと見つめているとジェードは折れてくれたのか、再び口を開く。
「それは院長の教えがスパルタ過ぎて、身体が対応しないと死ぬって必死になってただけだと思う」
「えっ」
そんなにスパルタだったか? 記憶にない。私の中ではいつでも優しい院長だ。
「昔、サクラが8歳の時に狼の群れに放り込まれたって僕は聞いたんだけど」
「うん! お陰でさっきみたいに敵を躱せるようになったよ」
「9歳の時はイノシシと戦って、10歳の時は熊と戦わされたって聞いたけど」
「倒した後に捌き方と料理の仕方も教わったよ!」
牡丹鍋と熊鍋美味しかったな。その後、星が出るまで二人でお喋りした楽しい記憶だ。
かつての思い出に浸っていたらジェードが私を睨んできた。
「それ、おかしいから」
「おかしかったの?」
私が教わるくらいだから異世界だからそれくらい皆教わるのかと思ってた。道理で院長は私だけ院外に連れ出して特訓させてたわけだ。
「その話聞いて、孤児院の皆は施設の人も含めてサクラが院長に虐められてるんだと思ってたよ! 他の子からそんな話聞かなかったでしょ!?」
「皆が私に優しかったのそのせい!?」
属性魔法が使えないから同情して優しくされてるのかと思ってた。
「でも院長は狼の群れに放り込んだ時もイノシシや熊と戦った時も怪我しないように見守っててくれたよ!」
「普通の人は子どもにそんなことしないから!」
じゃあギルドにいる冒険者とかはどうやって魔物を倒せるようになるんだ。ぶっつけ本番か? 怖っ。
現実とゲームの差に眉を潜めていたら、ジェードは額を押さえて深い溜息をついた。どうやらまだ言いたいことがあるらしい。
「それにサクラは勉強量もおかしかった」
「えっ」
「僕らの倍以上あったし、内容も専門的過ぎて全然わからなかったけど」
自分の事で手いっぱいだったから気づかなかったけど、考えてみたら高校・大学までの知識がある私が手間取ってたレベルの勉強ってかなり専門的なものだったのかもしれない。この世界特有のものかと思ってたけど。
アンバーが疑問に思うはずだわ。
でもそのおかげで今の職場で付いていけてるし、それも院長の優しさだと思うんだけどなぁ。あとは院長が見た目に反して割と脳筋思考だから周りに誤解されてるだけだと思う。
「あと……」
「まだあるの!?」
驚いてジェードの顔を見ると、何故か彼は苦々しい悔恨入り混じる顔をしていた。
「その……夜にサクラが一人で院長の部屋に行くの見たことがあって……そういう意味でも虐められてるのかと……」
「あーーー!! それは誤解!!」
すみません、それは深夜のお菓子パーティーしてただけです! 皆に内緒で!! 至福のひと時だったから抗えずに! これは院長も悪いけど私も悪い!
「そう……だよね、僕なんかには言えないよね……」
「本当に違うから……!」
ダメだ、否定すればするほど疑惑が深まっていく。私はいいとして、院長の事だけでも誤解を解かねば。
「でも本当に、院長は優しい人で……」
「そんなことない」
何とか誤解を解こうとする私の言葉に被せるように、やけにきっぱりとしたジェードの声が重く地下道にこだます。
「あの人には人の心なんてない……。あったら僕に仲間を殺させたりしない……!」
「え……?」