バイクチェイス
9月3日2022時
音火はヘリの中で資料を読み終えた。
「これが縦仙基地襲撃の全容……」
音火は考える。
青仮面との戦闘で、里絵と司は抜群のコンビネーション(?)
でピンチを乗り越え、青仮面を撃退した。この後、二人はイーティル領内に潜入を開始した。この解釈で間違えないだろう。
この後の潜入作戦についての資料も少ないが存在し、ちゃんと持っている。だが、読むのが怖い。任務の最終的な結果は教えてもらってない。里絵があれほどの傷を全身に負い、さらに記憶まで失った任務…………。さらに司中尉がいまどうなっているか、私も里絵もも知らないことを考えると…………。
音火はその後の資料を読むかどうかを考えた。
「一度休憩……」
音火はそう言い、資料を脇に置き、知恵の輪を取りし、それを解き始めた。ヘリのローター音と、知恵の輪の金属音が混ざりあう。奇妙な空間となった。
ヘリはすぐに縦仙基地に到着した。
同日同刻
里絵は目を覚ます。
暗闇が周りを包み、何も見えなかった。
「そうだ……木陰に入ったんだっけ……」
里絵は縦仙基地までの道中の約半分に来たところで、休憩するためにバイクと共に木陰に入り、仮眠をとった。
夢の中で里絵はあの任務のこと、司結のことを思い出していった。
「司……」
里絵は記憶を思い出すたびに、司結という人物の存在が、自分の中で大きな存在となっていくのを感じた。奇妙な感じだが、暖かくて、優しい気持ちになれる気がした。
だが、それでも小さくなることがない焦燥感、罪悪感、虚無感……。
そして里絵も薄々と感じていた。
「司……あなたは今どこに……」
司結が今どこにいるかの情報は里絵には持ち得ない。ただ一つ自身の記憶の中を除いては。
もうすでに、殉職してしまったかもしれない。里絵は最悪の結果も予想した。
考えても始まらない、というかのように里絵はさっと立ち上がり、バイクにまたがった。ライトはつけない。暗闇の中をゆっくりと進んでいった。
9月4日1028時
里絵は縦仙基地付近に到着した。バイクは近くの木陰に隠し、里絵は刀だけ持って隠れながら縦仙基地が見える場所まで来た。
あの任務の記憶が思い出されるたびに、里絵が忘れていた以前の記憶(つまり物心着いてから、軍学校に入学し、卒業、司に出会うまで)がいつの間にか思い出していた。これで、記憶が無いのは縦仙基地襲撃から、里絵が任務中に記憶を失うまでの間だけとなった。
縦仙基地を見ても、何も異常はない。騒がしかったり、異常な警戒があったりもない。遠くから見てるのもあり、細かな状況は判別できなかった。こんな時自分が身術士だったら、視力を《強化》するできるのになあ……と心の中で嘆く里絵だった。
里絵は情報不足に悩んだ。
「これからどうしよう……」
もう一通手紙が来ないかな……そう思う里絵だったが、縦仙基地に見覚えのある人影があるのに気づいた。
中肉中背で黒くて少し長めの髪、そして赤く染まった両目。表情までは見えなかったが非戦闘時からは似ても似つかない真剣な表情をしているだろうと里絵は思った。
音火希梨少尉が縦仙基地に来ていた。思った以上に早い到着、ヘリかなんかを使ったのだろうと予想する里絵。
「バレちゃアウト……」
里絵はじっとその場で動かずにいた。だが、音火は基地に戻ろうとはしなかった。逆にこちらに歩をすすめてきた。
「げ……」
音火が向かう方向は里絵の方角と言っても、少しだけずれている。まだ見つかったわけではない…………しかし、身術、動術、刀術の三つ全てを持ってる音火は、さっき里絵が考えたように視力の《強化》、《知覚》もできる能力者である。近づかれただけで非常に危険な状況であるのには変わりなかった。
里絵は低い姿勢のまま、ゆっくり後ずさる。極力動きを見せないように、音を立てないように……。
その時だった。
突然の頭痛が里絵を襲った。慣れた感覚に、里絵はすぐに何か判断できた。
「こんな時に……」
この状況で、意識を失うのは危険と考えた里絵は必死に意識を保とうとする。目を開けようとするが、白いもやが視界を包み込み、視覚情報が脳に届かない。
バランスを崩す里絵。地面に手をついてしまい、その時の音が日々てしまった。
里絵は音火に気づかれたことを悟った。
「ダメ…………だめ!!」
里絵は握っている鞘に入った刀で、自分の右手の甲を激しく打った。強烈な痛みが里絵の神経を走った。その痛みのおかげで、里絵は失いかけた意識を取り戻した。
「里絵!」
音火の声が里絵の耳に届く。幸い、声は遠くからだった。
里絵は《加速》を発動させ、バイクの元へ走る。
音火が追いつく前にバイクに乗る里絵。《加速》も使い、バイクを急発進させる。
里絵はしばらく《加速》を使用して逃げるが、異変にきづいた。音火が追ってくる気配がない。
一瞬だけ振り返っても、音火の姿は見えなかった。
「あれ……」
里絵はバイクを停めることはしなかったが、少しだけ、速度を緩めた。でも、里絵の耳には音火が呼ぶ声が届いていた。聞き間違えるはずはない。
その時、けたたましいエンジン音が急接近してくる。明らかに、バイクの速度じゃない高速で。
「まずい……!」
音火の乗ったバイクは突如として、里絵のバイクのすぐ後ろに現れた。その速度に里絵は度肝を抜かれた。
「速い……」
「逃がさない!」
里絵と音火のバイクチェイスが始まった。
次回「『能力バカの馬鹿力、見せてあげる!』」




