第131話 鴻巣の遺言2
で、おっかなびっくり行ってみた学校は、特殊清掃の業者が入ったってことで、あんな戦いがあったとは思えないほど跡形もなくきれいに掃除されていた。どこにも、僕たちの苦闘を窺わせるようなものは見当たらなかったんだ。
唯一、外から校舎を見てわかるのは、来客玄関へ上る階段のコンクリートの手すり。落ちた蒼貂熊の首筋が当たって砕けたところの補修は、さすがにまだされていなかった。
なんか、それはそれで悪い夢を見ているようだったけど、再び今生きている喜びってのを僕の全身の細胞が噛み締めていた。それこそ、胸の手術痕の痛みすら嬉しかったんだ。
僕の横には青い顔で車椅子に乗った坂本。坂本も僕と一緒にすぐ病院に戻る予定だ。
中島梢暖は三角巾で腕を吊っている。
間藤紗季は目を覚まして、自力で立っている。まだ時折めまいがするらしいけど、問題はなさそう。
蔵野の手は包帯でぐるぐる巻きだ。だけど、テンションは異様に高い。
上原は松葉杖をついている。
ここに来れなかったのは五十部と赤羽だけ。さすがに大手術組はそうはすぐに動けない。
学校の中庭にはたくさんの花束が置かれていて、僕たちもそこにいくつかの数を加えた。
そのあと僕たちは教室に移動し、話し、泣き、笑いさえした。
そうこうしているうちに、井野の言うとおり、学校は再び戦場から日常へと戻っていった。
だけど、戻ってこないものは心の中からは消えなかった。たぶん、一生消えない。でも、それは消しちゃいけないものでもあるんだ。
2時間の雑談後、僕たちはそれぞれに帰ることにした。
僕は、ここで初めて宮原雅依と北本珠花の2人と一緒になった。3人だけで顔を合わせると、恥ずかしさと困った感の方が先に立つ。
気がついたら僕、耳が熱い。僕は、女子2人の前で冷静さを失っている。
「……なんか、なんだろ、恥ずかしいな」
「……吊り橋効果ってだけかもしれないよ」
僕の言葉に宮原はそう返す。
吊り橋効果、つまり、戦いの中でのどきどきを恋と誤認識してしまうってやつだ。
宮原、ソレ、どういう意味だろう?
僕は振られるってことかな?
でも、僕が振られないということは、北本が振られることを意味する。そう思ったら、僕はどうしたらいいかわからなくなった。北本がいい娘すぎるほどいい娘なのを、僕は知っている。
きれいごとだよな。だけど、それでも誰かの不幸の上にしか僕は幸せになれない。その事実は、どう見方を変えても変わらないし変えられない。
……沈黙が痛いな。
耐えきれなくなった僕は、「……あの」と声をあげ、そこで凍りついた。
教室の戸が開き、喪服かというくらい黒いスーツの男たちが5人も入ってきたんだ。
猫のような足音を立てないしなやかな動きで、彼らは僕らの前に立った。僕は宮原と北本を背中に庇い、正面からその男たちと向き合った。
怖い。
5人が揃いも揃って身体の厚みが違う。ラグビー部の五十部ぐらいではあるんだけど、五十部とは堅さがぜんぜん違うように見える。この男たちなら、蒼貂熊ともフィジカルで戦えるんじゃないかってそんな気がした。
「君が並榎君か?」
その質問の口調がもう怖い。一般人はそんな感じじゃ喋らないよ。つまり、この人たち、自衛隊とか、警察の特殊なところにいる人とか、そういう存在で、それを隠そうともしていない。
そして、そういう人たちに囲まれるようなことを、僕はした覚えがない。
「君が並榎君かと聞いている」
「……はい」
繰り返し問われて、僕はそう返事をした。「違う」なんて嘘を言っても無駄なのはわかりきったことだからだ。
第132話 鴻巣の遺言3
に続きます。




