第129話 答え合わせ
「どういうこと?」
僕だけじゃない。あの場で赤羽の最期を見たと思っていた、みんながみんな聞いたセリフだそーだ。
そして、僕を含め、聞かされたみんなが等しく納得した答えがこれだ。
蒼貂熊は、さんざ食べた哺乳類の体を知り尽くしていたということだ。
つまり、僕たちの前で赤羽のなぶり殺しショーをするつもりだったから、できるだけ長く断末魔の状態を保ちたかった。だからその牙は赤羽の胴体を貫きながらも、大きな血管とか重要な臓器は傷つけていなかった。でないとすぐに死んでしまうから。
そのあたり、きっと生き餌で釣りをする感覚なんだろう。生き餌にはできるだけ長く泳いでいてもらわないと、大きな魚が釣れないから……。
それなのに、この僕が赤羽を殺そうとした。これは蒼貂熊にとって大きな誤算だった。
で、次善の策として、僕たちを追い込むのに生き餌を最大活用した。僕たちがバリケードから出ていかないことが判明したから、電気トラップの電源を入れさせないように赤羽を使ったってことだ。これも、赤羽を殺していなかったからこそできたことだ。
それでも赤羽の出血はあまりに大量だった。蒼貂熊の牙で貫かれた赤羽の腹腔は圧力に耐えかねて胃と食道の間が裂けた。それが血を吐いた理由。マロリー・ワイス症候群ってヤツらしい。
で、大量に出血したからこそ血圧が下がって、それ以上のさらなる出血は抑えられていた、と。もともと太い血管は傷ついていなかったしね。
それでも、それでも救助されずにもう1日放って置かれたら、やっぱり死んでいた可能性が高かったらしい。なによりも、回収後の抗生物質の大量投与がなかったら、蒼貂熊の口の中の細菌の毒素でやられていただろうって。
一段落したあとで、井野が日本史の中に同じような話があると、籠城する味方の前で磔にされた鳥居強右衛門のことを話してくれた。
史実の鳥居強右衛門は殺されちゃったし、あのときは赤羽の生命が掛かっているところだったから、とてもじゃないけど引き合いにして話せなかった、ってね。
ま、そりゃそーだ。
……それから。
職員室の先生たちは……。学校には文書保存庫ってのがあるらしい。そこで僕たちの成績表とか、30年保存されるって。そこに逃げ込めた先生は助かった。だけど、とても狭い場所だったんで、入りきれなかった先生が……。
というより、自ら他の先生にその場所を譲って、他の安全ではない場所に隠れた先生から亡くなった。職員室でも、僕たち以上にとんでもない試練があったんだ。
それを聞いた僕たちは、みんな泣いた。
僕たちは職員室を助けに行けなかった。だけど、先生たちも僕たちを助けに行けなかったと、やはり泣いていた。
蒼貂熊は許せない。許せないけど、恨むのはなんか違う気がした。きっと、台風のせいで死んでも、台風は恨む対象にならない。だからって、対策はしないわけじゃない。
それと同じで、僕たちは、蒼貂熊に対して徹底した対応をすることになるだろう。
結果として……。
生徒の中で貧乏くじを引いて死んだのは、鴻巣だけということになる。赤羽が生きているのを知っていたら、鴻巣はどうしていただろう?
それでも半ば自殺のような特攻に賭けていただろうか?
僕は、鴻巣の抱いた懸念を知っている。人類の存続にかかるほどの重大事項だ。そして、僕はそれをどうしたらいいのかわからない。ネットを使い呼びかけるべきか、僕の胸の内にしまい込むべきなのか。
それこそ、悩んでも悩んでも答えが出なかった。
第130話 鴻巣の遺言
に続きます。




