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【10/7コミックス①巻発売!】婚約破棄されたが、そもそも婚約した覚えはない【書籍化・コミカライズ】  作者: 西根羽南
恋人編

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厚意に甘えてみます

 それを拾ったエリアスは、じっとカードを見つめる。

「――麗しの『紺碧の歌姫』へ。スヴェン。……これ、知っている人?」


「いいえ。顔も知りません」

 スヴェンというのは大して珍しくもない名前だし、そもそも本名とも限らない。

 面と向かって渡されたこともないので、ノーラには見当もつかなかった。


「ノーラ宛てのお花も増えたわよね。やっぱり、建国の舞踏会の歌姫を務めたっていうブランドかしら」

 フローラの言う通り、あの舞踏会の後からお花の量が一気に増えている。

 今までも貰ったことはあるが、その量と質がまったく異質だ。


 それまでは平民が気持ちを渡すという感じだったが、最近の花束は明らかに貴族の物だろうとわかる物が多かった。

 これが建国の舞踏会で歌うことによってもたらされた『紺碧の歌姫』の価値の上昇。

 レベッカが手放したくなかったのは、この影響力なのだろう。


 このためにノーラに悪評を立て、クランツ領に法外な通行料を課し、それだけでは飽き足らずに嫌がらせを続けた。

 あの場で歌ったのはトールヴァルドの作戦の一部であって、ノーラ自身の功績ではない。


 きちんと自分を戒めなければ。

 慢心すれば、レベッカの様に愚かな道を選ぶかもしれないのだ。

 気を付けようと思いつつ、何となく桃の花に触れる。

 甘い香りが、少し心を落ち着かせてくれるような気がした。



 食事が終わると、エリアスがじっと桃の花を見ている。

「この花だけ、持って帰るの?」

「はい。ジャムにするつもりなので」

 立ち上がったエリアスは、椅子の上で優雅に枝を伸ばす桃の花を手にする。


「これは、俺が持つよ。……このカードは貰ってもいい?」

 エリアスの手にあるのは、桃の花についていたメッセージカードだ。

「……どうぞ?」

 別に構わないが、一体どうするのだろう。


「それじゃ、行こうか」

 花束を抱えたエリアスを見て、ノーラは思わず感嘆の息をついた。

 桃の花はピンク色だ。

 女性ならともかく、男性で似合う人はあまりいない。


 だが、この灰茶色の髪の美青年は何の違和感もなく、優美な桃の花を抱えている。

 それどころか、空色の瞳と桃の花が爽やかな春の雰囲気すら醸し出し、花束を自身の美貌の引き立て役にしていた。

 エリアスを彩るために、この桃の花は咲いた。

 ……そう言われても、納得するしかない光景である。


「……やたらと絵になりますね」

 すると、虚をつかれたように数回瞬いたエリアスが、にこりと微笑んだ。

「何? 惚れ直した?」

「そ、そういうことでは――」


 笑顔は反則だ。

 美男美女の背景にお花が見えるという比喩を聞いたことがあるが、実際に花を抱えているエリアスを見れば納得だ。


 美しい花と美しい人は相性がいい。

 相性がいいということは、攻撃力が増すということであって。

 ノーラは首を振りつつ、自身の頬に熱が集まるのを感じた。


「おい、惚気は二人だけの時で頼むぞ」

「そうそう。もうさっさと帰ってくれる?」

 アランとフローラに追い出されるようにして、ノーラとエリアスは店を出た。




「さて。ノーラの晴れ舞台のドレスを作らないとね」

 帰り道にそう言われ、ノーラの顔が強張る。

 そうか、ドレスか。


 お店で着ているドレスはどちらもエリアスに贈られたドレスで、その後はお店で衣装として使っている。

 ヴィオラの所に行くために作ったドレスも、建国の舞踏会のために作ったドレスも、それなりの回数着用している。

 果たして、次の舞踏会に着ても大丈夫だろうか。


 着用回数で言えば、ノーラの手持ちのドレスの方がまだいいのかもしれないが、あちらは仕立ての質もあって、とても舞踏会で歌うのに適しているとは思えない。

 ……エリアスへのプレゼントとか言っている場合ではなかった。


「そんなに余裕がないので……こうなったら、衣装に手を加えてイメージチェンジを図ります。幸い、王城の針仕事を少し学べましたし、以前のリメイクよりはいい出来になるかと」

「いや。俺が贈るから、いいよ」

「でも、それは」

 毎度毎度ドレスを仕立ててもらうなんて、さすがに図々しいというか、申し訳なくて仕方がない。


「恋人としてのプレゼントだよ。何もおかしくないだろう?」

 ノーラとしてはおかしいと思うのだが……もしかして、こういう申し出をすべて断るのも、エリアスに気持ちが伝わらない一因だったりするのだろうか。

 今回は国王に招かれる公式の場に相応しい装いのためであり、浪費をするわけではないのだから、厚意に甘えてもいいのかもしれない。


「……じゃあ。お願いしても、いいですか?」

「もちろん」

 即答したエリアスは、何やらにこにこと御機嫌な様子だ。



「……嬉しそうですね」

「そりゃあね。恋人を飾るドレスを贈るなんて、楽しいに決まっている」

「そう、なんですか」

 申し訳ないし少し恥ずかしいが、こんなに喜んでくれるのならば、ノーラも嬉しい。


「花すら受け取ってもらえなかった頃に比べれば、凄い進歩だろう? 嬉しいよ」

「す、すみません……」

 清々しい笑顔が、今は心に痛い。

 どこからともなく湧いてくる罪悪感に、自然と頭を垂れた。


「いや、責めるつもりはないよ。ノーラからすれば見知らぬ男に突然婚約破棄されて、同じ顔の男にプロポーズされたわけだから。警戒して当然だよ」

 幼子をあやすように優しくそう言うと、エリアスはノーラの頭をそっと撫でる。


「今は俺のそばにいてくれるから。それでいいんだ」

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