厚意に甘えてみます
それを拾ったエリアスは、じっとカードを見つめる。
「――麗しの『紺碧の歌姫』へ。スヴェン。……これ、知っている人?」
「いいえ。顔も知りません」
スヴェンというのは大して珍しくもない名前だし、そもそも本名とも限らない。
面と向かって渡されたこともないので、ノーラには見当もつかなかった。
「ノーラ宛てのお花も増えたわよね。やっぱり、建国の舞踏会の歌姫を務めたっていうブランドかしら」
フローラの言う通り、あの舞踏会の後からお花の量が一気に増えている。
今までも貰ったことはあるが、その量と質がまったく異質だ。
それまでは平民が気持ちを渡すという感じだったが、最近の花束は明らかに貴族の物だろうとわかる物が多かった。
これが建国の舞踏会で歌うことによってもたらされた『紺碧の歌姫』の価値の上昇。
レベッカが手放したくなかったのは、この影響力なのだろう。
このためにノーラに悪評を立て、クランツ領に法外な通行料を課し、それだけでは飽き足らずに嫌がらせを続けた。
あの場で歌ったのはトールヴァルドの作戦の一部であって、ノーラ自身の功績ではない。
きちんと自分を戒めなければ。
慢心すれば、レベッカの様に愚かな道を選ぶかもしれないのだ。
気を付けようと思いつつ、何となく桃の花に触れる。
甘い香りが、少し心を落ち着かせてくれるような気がした。
食事が終わると、エリアスがじっと桃の花を見ている。
「この花だけ、持って帰るの?」
「はい。ジャムにするつもりなので」
立ち上がったエリアスは、椅子の上で優雅に枝を伸ばす桃の花を手にする。
「これは、俺が持つよ。……このカードは貰ってもいい?」
エリアスの手にあるのは、桃の花についていたメッセージカードだ。
「……どうぞ?」
別に構わないが、一体どうするのだろう。
「それじゃ、行こうか」
花束を抱えたエリアスを見て、ノーラは思わず感嘆の息をついた。
桃の花はピンク色だ。
女性ならともかく、男性で似合う人はあまりいない。
だが、この灰茶色の髪の美青年は何の違和感もなく、優美な桃の花を抱えている。
それどころか、空色の瞳と桃の花が爽やかな春の雰囲気すら醸し出し、花束を自身の美貌の引き立て役にしていた。
エリアスを彩るために、この桃の花は咲いた。
……そう言われても、納得するしかない光景である。
「……やたらと絵になりますね」
すると、虚をつかれたように数回瞬いたエリアスが、にこりと微笑んだ。
「何? 惚れ直した?」
「そ、そういうことでは――」
笑顔は反則だ。
美男美女の背景にお花が見えるという比喩を聞いたことがあるが、実際に花を抱えているエリアスを見れば納得だ。
美しい花と美しい人は相性がいい。
相性がいいということは、攻撃力が増すということであって。
ノーラは首を振りつつ、自身の頬に熱が集まるのを感じた。
「おい、惚気は二人だけの時で頼むぞ」
「そうそう。もうさっさと帰ってくれる?」
アランとフローラに追い出されるようにして、ノーラとエリアスは店を出た。
「さて。ノーラの晴れ舞台のドレスを作らないとね」
帰り道にそう言われ、ノーラの顔が強張る。
そうか、ドレスか。
お店で着ているドレスはどちらもエリアスに贈られたドレスで、その後はお店で衣装として使っている。
ヴィオラの所に行くために作ったドレスも、建国の舞踏会のために作ったドレスも、それなりの回数着用している。
果たして、次の舞踏会に着ても大丈夫だろうか。
着用回数で言えば、ノーラの手持ちのドレスの方がまだいいのかもしれないが、あちらは仕立ての質もあって、とても舞踏会で歌うのに適しているとは思えない。
……エリアスへのプレゼントとか言っている場合ではなかった。
「そんなに余裕がないので……こうなったら、衣装に手を加えてイメージチェンジを図ります。幸い、王城の針仕事を少し学べましたし、以前のリメイクよりはいい出来になるかと」
「いや。俺が贈るから、いいよ」
「でも、それは」
毎度毎度ドレスを仕立ててもらうなんて、さすがに図々しいというか、申し訳なくて仕方がない。
「恋人としてのプレゼントだよ。何もおかしくないだろう?」
ノーラとしてはおかしいと思うのだが……もしかして、こういう申し出をすべて断るのも、エリアスに気持ちが伝わらない一因だったりするのだろうか。
今回は国王に招かれる公式の場に相応しい装いのためであり、浪費をするわけではないのだから、厚意に甘えてもいいのかもしれない。
「……じゃあ。お願いしても、いいですか?」
「もちろん」
即答したエリアスは、何やらにこにこと御機嫌な様子だ。
「……嬉しそうですね」
「そりゃあね。恋人を飾るドレスを贈るなんて、楽しいに決まっている」
「そう、なんですか」
申し訳ないし少し恥ずかしいが、こんなに喜んでくれるのならば、ノーラも嬉しい。
「花すら受け取ってもらえなかった頃に比べれば、凄い進歩だろう? 嬉しいよ」
「す、すみません……」
清々しい笑顔が、今は心に痛い。
どこからともなく湧いてくる罪悪感に、自然と頭を垂れた。
「いや、責めるつもりはないよ。ノーラからすれば見知らぬ男に突然婚約破棄されて、同じ顔の男にプロポーズされたわけだから。警戒して当然だよ」
幼子をあやすように優しくそう言うと、エリアスはノーラの頭をそっと撫でる。
「今は俺のそばにいてくれるから。それでいいんだ」







