生きるための労働です
「……というわけで、下働きからアンドレア様付きに業務内容が変更になりました」
ノーラの報告を聞くと、灰茶色の髪の美青年二人がほっとしたように息を吐いた。
「良かったな」
アランに労われるようにそう言われたが、何だかしっくりこない。
「別に、下働きでも問題ありませんでしたよ。裁縫の鬼と呼ばれる方の針さばきも、大変参考になりましたし」
「今度は針さばき? ……ノーラは一体、何をしに王城に行っているのかな」
呆れた様子のエリアスは、鶏肉の香草焼きにナイフを入れている。
最近は入荷する香草の質が上がっているらしく、味が良くなったと言っていた。
侯爵令息に褒められるとは、お店の料理もなかなかのものだろう。
貴族の客も増えているらしいが、この分では料理目当ての客も多そうだ。
「ノーラを専属の仕事を与えずに放置したら、そこらじゅうの仕事に手を出すわ。その上、ほとんどが人並み以上の練度よ」
ピンクの花を抱えたフローラはそう言って、空いている席に腰を下ろした。
「フローラ、それは過大評価ですよ。単純にありとあらゆるバイトをした、というだけですから」
「王都中を探しても、芋掘りに染め物に縫物、荷運びに大工仕事までこなす貴族令嬢なんていないわよ」
「……大工仕事までやっていたの?」
少し引いている様子のエリアスに、ノーラは慌てて首を振った。
「そんな大したことはしていません。ちょっと雨漏りを直したり、桶を作ったりしたくらいで」
「普通の貴族令嬢は、雨漏りを直さないわよ」
今日も鳥の皮を揚げた物を食べていたアランは、ノーラとフローラのやりとりを眺めていたかと思うと、ふと首を傾げた。
「……ノーラって、意外と多才だな」
「これは多才というわけではなくて、生きるための労働の結果です。アラン様だって、必要に迫られれば何でもできますよ」
「それはまあ、そうかもしれないが」
「ノーラはね、もともと街ではちょっとした有名人だったのよ。何せ力仕事から職人仕事に家事まで何でも請け負うし、その仕事ぶりがいいってね。それで男爵令嬢だって言うから、面白いと思って声をかけたのよ」
花束をテーブルに立てかけると、フローラは早速お酒を注文する。
一時期は控えていたようだが、最近はまた飲むことにしたらしい。
「懐かしいですね。フローラのおかげで、このお店で歌えるようになったんですよね」
「水場で洗濯しながらいい声で歌っているから、誘っただけよ。店長のお眼鏡にかなって、お客さんの支持を得たから続いているの。これはノーラの力よ」
フローラはそう言うが、あの時声をかけられなければ今の様に歌う仕事を得ることは恐らくできなかっただろう。
何せ飛び入りで歌わせてもらうことは困難だし、伝手がなければ門前払いだ。
「へえ。それじゃ、フローラは俺にとっても恩人だね」
「ああ。そう言えば、エリアス様はこのお店でノーラを見つけたのよね」
「うん。トールに連れられて来て、偶然ね」
「エリアス様。そういう時は『運命』と言っていいと思うわ」
真剣に提案するフローラを、アランが物珍しそうに見ている。
「フローラの口から、そんな言葉が出るとは思わなかったな」
「アラン様。フローラはこう見えて、乙女な物語が好きなんです」
「へえ。意外だな。それで花を抱えてやって来たのか?」
ちらりと傍らに置いてあるピンクの花束に視線を送るアランを見て、フローラは少しばかり唇を尖らせた。
「失礼ね、私だって年頃の乙女なのよ。それに、この花はノーラ宛てよ。持ち帰るだろうから持って来たの」
その言葉にもう一度見ていると、ピンクの花は桃の花のようだった。
「今日も届いたんですか?」
「最近、多いわね。本当に熱心なファンだわ」
建国の舞踏会が終わってから届き始めた気がするが、ここのところはその頻度が上がっているような気がする。
「確か、花言葉は『あなたの虜』だったわね」
「桃は簡単に手に入るものではないよ。伝手も金も必要だ」
エリアスの指摘に、フローラが大きくうなずいた。
「へえ。ますます上客ね」
「そんなに貴重なお花なのですか?」
確かに滅多に見かけないし珍しいとは思っていたが、エリアスがそう言うのなら余程のものなのだろう。
「では、花弁で作ったジャムは売れるでしょうか。……いえ、頂き物を売るのはさすがに失礼ですね」
「ジャムを作ったの? 器用だね」
「あれ、可愛いし美味しかったから、売れるわよ」
エリアスに褒められ、フローラに太鼓判を押されたが、だからと言って売るわけにもいかない。
「でも、材料がプレゼント頼みな上に高価となると、使うわけにはいきませんね」
「あれ。フローラはジャムを食べたの?」
「ええ。あら、エリアス様は食べていないの? ノーラ、ジャムはもうない?」
「材料が来たので作ればありますけれど、エリアス様の口に合うかどうか」
元々そんなに数を作っておらず、家で食べてフローラに渡して終わりだった。
だからエリアスに渡すなんて考えてもみなかったが、日頃一流の物を食べ慣れている侯爵令息に手作りジャムを渡すというのは、なかなか難易度が高い。
「是非、食べたいな」
嬉しいような辛いようなその一言に、ノーラも覚悟を決める。
「では、この花弁で作ったら、持ってきますね」
材料である花弁の量を確認しようと花束を持ち上げて椅子に乗せると、ひらりと何かが落ちた。