# 第一話 ## 「魔王と勇者は、今日も向いてない」
# 第一話
## 「魔王と勇者は、今日も向いてない」
雨が降っていた。
魔王城の窓を、
静かに叩く冷たい雨。
広い玉座の間には、
重苦しい空気が流れている。
黒い鎧を着た魔族たちが並び、
中央には巨大な地図。
そして、
その一番奥。
玉座に座る男――魔王レオン・ヴァルディスは。
「……帰りたい」
めちゃくちゃ小さい声で言った。
「魔王様」
側近のゼルグが真顔で言う。
「聞こえてましたよ」
「うそぉ……」
レオンは頭を抱えた。
「本日の議題ですが、人類側への圧力として、東の村を襲撃――」
「却下」
「まだ最後まで言ってません」
「聞かなくても嫌な予感した」
「ですが魔王様。人間側は最近、勇者を中心に勢力を強めています。このままでは魔族は――」
「わかってる」
レオンの声が少し低くなる。
その瞬間だけ、
空気が震えた。
さすが魔王。
圧だけで、
部下が息を飲む。
だが次の瞬間。
「……でもさぁ」
レオンは困ったように笑った。
「村燃やすの、気分悪くなるんだよ」
沈黙。
部下たちは慣れていた。
この魔王、
強さは歴代最強。
だが性格が終わるほど平和主義なのだ。
「魔王様」
ゼルグが疲れた顔で言う。
「魔王らしくしてください」
「努力はしてる」
「結果が伴っていません」
「知ってる」
レオンは机に突っ伏した。
「俺、絶対職業選択ミスってる……」
その頃。
人間側の王都でも、
別の意味で空気が死んでいた。
「勇者様! 本日の予定です!」
「九時、演説!」
「十時、騎士団訓練!」
「十一時、貴族会談!」
「昼から魔王討伐作戦会議!」
「夜は子供たちとの交流会です!」
「…………」
勇者アレン・クロスは、
静かに天を仰いだ。
逃げたい。
心の底から。
だが周囲は期待に満ちた目で見る。
“勇者様”。
その言葉が、
最近では呪いみたいに聞こえていた。
「……アレン様?」
側近の女性騎士リシアが不安そうに覗き込む。
「顔色が悪いですが……」
「大丈夫」
アレンは笑った。
その笑顔は、
完璧だった。
だから誰も気づかない。
この勇者が、
夜になるたび一人で吐いていることを。
人を傷つけるたび、
眠れなくなっていることを。
本当は戦いたくないことを。
「今日も頑張りましょう!」
誰かが言った。
アレンは笑う。
「……はい」
それしか、
言えなかった。
――その日の夜。
魔王レオンは、
こっそり城を抜け出していた。
黒いローブを羽織り、
フードを深く被る。
「魔王様。またですか」
背後からゼルグの声。
「息抜きは必要だろ……」
「前回はクレープ食べ歩きしてましたね」
「めちゃくちゃ美味しかった」
「魔王がする顔じゃないんですよ」
レオンはふいっと顔を逸らした。
「……少しだけだ」
「はぁ……護衛は」
「いらない」
「毎回そう言って問題を起こすんですが」
「今回は大丈夫」
そして。
レオンは夜の街へ消えた。
その頃。
アレンもまた、
城下町を歩いていた。
変装用の眼鏡。
ラフな服。
誰にも“勇者”だと気づかれない姿。
彼にとって、
唯一息ができる時間だった。
「……落ち着く」
屋台から漂う匂い。
笑い声。
普通の人たち。
その中にいる時だけ、
勇者ではなくなれる。
その時だった。
ドンッ。
「うわっ」
誰かとぶつかった。
「す、すみません!」
同時に謝る。
顔を上げる。
そして二人は固まった。
「……」
「……」
魔王レオン。
勇者アレン。
最悪の遭遇。
だが。
二人とも、
変装中だった。
だから気づかない。
レオンは先に口を開いた。
「大丈夫か?」
「あ、はい……」
アレンは答えながら思った。
(なんかこの人、疲れてるな……)
レオンも思っていた。
(この人も、めちゃくちゃ疲れてる顔してる……)
なぜか、
親近感があった。
妙に。
沈黙が流れる。
その時。
グゥゥゥゥ……
腹の音。
アレンだった。
「…………」
「…………」
勇者、
顔真っ赤。
レオンは吹き出した。
「ははっ」
「わ、笑わないでください!」
「いやごめん、タイミング完璧すぎて」
アレンもつられて笑ってしまう。
それは、
久しぶりの自然な笑顔だった。
レオンは近くの屋台を指差した。
「なんか食う?」
「え?」
「奢る」
「いやでも」
「俺も腹減ってる」
少し迷ってから、
アレンは頷いた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
まさか。
世界で最も敵対している二人が。
このあと一緒に焼き鳥を食べながら、
仕事の愚痴で盛り上がることになるとは。
まだ、
誰も知らない。




