1-3:気ままな道中(下)
その次は、更にその次は。
「ここを───」
「左」
「・・・早いな」
「ニアさんのも見てるから」
時刻は午前十時、場所は王都より北西方向に直線距離で五キロくらい。
入り組んだ森の中、俺達はニアが調整してくれたルートの通りに進みつつ、小遣い稼ぎがてら魔物を狩って進んでいる。
代わり映えの無い景色なので時折駆け足になりつつ、適当に魔物をしばいて素材を剥ぎ取る、その繰り返し。
目的地は国境付近の大規模都市であるため、どうせなら迷惑じゃない程度に魔物を辻斬りしていこうという算段だ。
『三時方向、木の影───』
「やった」
「確保ぉ」
ニアが通知し、ティアが処理、俺がアイテムを回収。
雑魚相手は専らこの調子。
まさに作業と言って差し支えない。
「なんか・・・アレっすね」
「ん?」
「当たり前かもしれないっすけど、魔物いっぱいっすね」
「まあねえ」
グリムが暇そうに感想を垂れるが、全く本当にその通り。
前世の日本におけるスマホのように、どれだけ庶民であっても「魔法」が当たり前であるこの世界においては、当然のように移動手段も強化されており───俺達のように、素の状態のまま徒歩で移動をするのは少数派。
稀に人とすれ違うが、それでも魔物は全スルーで速度は車並みの全力ダッシュ。
というより、普通に街で依頼を受けたほうがコスパが良いため、街道の魔物は放置状態で数が多い。
だから流れ作業で処理できる俺達にとって、この状況は小遣い稼ぎに最適だというワケだ。
「片手間にできるって言えば聞こえはいいんだけど───」
そうして歩きつつ、話をしていた俺達。
しかし、ふと俺の視界の周りが赤く輝いた。
「おっと」
次の瞬間、下方向の矢印が俺の視界の中央に出現するとともに、俺達の足元がいきなり眩い輝きを放つ。
魔力は感じず、猶予は一瞬だけだが───俺は直ぐに理解した。
「・・・・・」
小規模の爆発が起こり、ニアが展開した防御にダメージが入る。
それと同時に爆発による土煙が巻き起こり、俺達から視界を奪いつつ───土の粒子に付与されているであろう妨害魔法によって、魔力による探知すら阻む。
まあ、要は賊の類いだ。
それも、無防備かつ襲いやすい人間をターゲットに絞った、そこそこキチッとした賊。
『魔力探知が妨害されています。
襲撃者の人数は不明』
ニアが状況を報告すると、ティアはグリムを引っ掴んで土煙から離脱。
とりあえずは展開の予想がつくため、俺はその場を動かず待機しておく。
襲撃者がやろうとしていることを考えれば、探知は必要ない。
俺は魔力を放出し、展開、スパークを生じさせ───ニアの合図を待たずにストーム・プロテクションを発動。
『気体の動きを検知。
左右から、来ます』
「・・・ふん」
決め打ちはドンピシャ。
俺の技およびニアの報告とともに突っ込んできた二人の襲撃者は、物の見事に魔力の奔流へと突っ込み、肉体の制御を失って地面に倒れ伏す。
全身に激痛が走っているだろうに声すらも発しない襲撃者達に感嘆しつつ、俺は魔力で糸を生成して床ペロ中の二人を拘束。
次に全身から魔力を放出して、邪魔な土煙を吹き飛ばす。
「ふう・・・」
息を整え、状況を整理しよう。
敵の狙いは、不意打ちによって的確に足回りを削ぎつつ探知魔法を妨害し、確実な致命傷を与えることだった。
そして、仮に土煙から逃れたのなら、今しがたティアが対処している奴らが追撃する・・・という算段だったのだろう。
確実に手馴れている。
それと、恐らくは襲撃者のうちの誰かが隠蔽系の自己証明を所持しているはずだ。
最初の罠を探知できなかったのは───
『グレイア、一人抜けた』
「・・・ん」
と、ここでティアから通信。
どこからだと思って探知しようとすると、ニアが呟く。
『四時方向、槍』
「はいよ」
端的なアナウンスに従ってくるりと回転した俺は、左手に遠距離から物体を掴める魔法を準備してから襲撃者を目視した。
槍を構え、そのまま突っ込んでくる襲撃者には特段ヤバそうな魔法などを所持しているような予感がしなかったため、俺は左手に準備した魔法を用いて襲撃者の槍を掴み、少しだけ向きをズラしつつ思いっきり引き寄せる。
「!?」
必死の形相が瞬時に困惑、尚早へと変化していく様を見ながら、俺は回避をしようとする襲撃者の首を右手で引っ掴み、思いっきり地面に叩きつけた。
「───」
と、思いきや、すんでのところで襲撃者は俺の手から離脱。
瞬間移動魔法を用いて移動し、少し受身を取ってから、俺の後方七メートルくらいを陣取った。
「・・・そういうことね」
ティアが取り逃した時点で薄々察していたが、なるほど。
こいつは恐らく、ティアと同系統───しかし任意で発動が必要なものであろう、危機回避に特化した自己証明を持っているって訳だ。
それと、こいつが接近してくる過程で理解したこともある。
「ニア、さっきの探知は」
『音響探知に切り替えています。
魔力は依然として感じ取れません』
「ふうん」
裏付けはできた、能力も割れた。
なんとなくモヤっとしていた部分も晴れて気分がよろしい俺は、魔力を放出しつつ固有武器を短剣にして構え、踏み出す。
「了解、対処する」
「〜ッ!?」
一瞬にして加速し、接近。
向けられた槍をすり抜けて懐に入り、下段から斜め上方向に切り上げたところで、再び襲撃者はその場から消えた。
だが、向かった先は音でバレバレだ。
背後八メートル辺りで聞こえた受け身の音を、俺は聞き逃さない。
「!」
展開したのは簡易的なバリア。
これで襲撃者を囲うことで身動きを封じつつ、思考に制限をもたらす。
次は分身を作り出し、相手の死角から直情に配置、動きは直滑降からの───全体重をかけた、物理的な睡眠誘導。
「・・・・・」
凄まじい音が響き渡り、ぶわっと土煙が舞う。
相手を動揺させるために後ろを向いたままだった俺が振り返り、戦いが済んだ場へと視線を向けると、そこには地面に倒れて見事に気絶した襲撃者がひとり。
やっぱり真後ろに瞬間移動していたなと思いつつ、念の為に魔法の糸で拘束してから、物体を動かす魔法でこの襲撃者を運び出す。
「おつかれ、グレイア」
「おつ。怪我は?」
「大丈夫。きみは?」
「ない。オールクリアだ」
計六人、全員が軽傷もしくは無傷で確保。
ただの盗賊にしては強かったが、もしかして───この世界の盗賊って、大抵このくらいの実力だったりするのだろうか。
だとすると、いくら対処が楽だとしても面倒だ。
「・・・そうなると、移動を素早くするっていうのも」
「合理的なんだろうな。
襲撃する側からすればリスクが多いわりにリターンが変わらないし、される側・・・っていうと言い方がおかしいけど、移動してる側はとにかくリスクを回避できる」
小遣い稼ぎの手段と言えば聞こえは良いが、自己証明というシステムの都合上、盗賊の戦法は決まったパターンばかりなわけがない。
むしろ、相対する盗賊によって戦法がまるっきり違うとかいうアホみたいな状態になりかねないのがこの世界だ。
対処が難しい場合もあるかもしれないし、とにかく面倒くさい。
・・・これからは避けていくのが無難か。
「なら、グリムに頑張ってもらわなくちゃ」
「そうだな」
「・・・へ?」
武者修行みたいなテンションで小遣い稼ぎをしていくのも構わないが、どうせなら転生者っぽく移動してみるのだって悪くはない。
俺は襲撃者六人をまとめて魔力の糸と物質移動の魔法で括り、運ぶ際に負担が少なくなるように配慮しつつ、とりあえず空中に浮かべた。
すると、唐突な俺達の言動にキョトンとしていたグリムは、俺の行動を見て意図を察したようだ。
「こういうことっすね?」
巨大化し、翼を下ろしてこちらを向くグリム。
久しぶりに見た姿で待機する彼女の横で、俺達はそそくさと準備を進める。
浮かべた六人を動かして彼女の骨格のどこかに連動して動くように関連付けたのち、移動のリソースの供給元を俺に指定、これで物理的に一塊となった六人は俺の魔力が続く限りは簡単に運ぶことが可能だ。
「Exactly。さあ、こいつらを近場の街に突き出すぞ」
「はいっす!」
そしてグリムの上に乗り、背中をポンポンと叩いて指示を出す。
すると元気な返事とともに翼が大きく羽ばたき、ゆっくりと宙に浮く。
「ちなみに・・・速度はどのくらいっすか?」
そこから十数秒後、高度が安定したところで、グリムが翼を安定させた状態で質問してきた。
流石に人を乗せるのは初めてだろうし、その辺は気になるのだろう。
・・・が、ぶっちゃけで言えば、俺達は最高速度だろうと問題ないタイプのヒューマン。
生身で飛行機にしがみついている時の風圧の程度なんて知る訳もないので、それとなく調整してもらうしかない。
「無理に急ぐ必要はないとだけ伝えておく。
目的地の場所は把握しているな?」
「把握してるっすよ!」
「ならオーケーだ。そのままで頼む」
体感的には時速七十キロくらいだろうか。
この世界の人間の体は前世の人類より少しばかり頑丈っぽいので、速度が出ていても、思ったより呼吸は辛くならない。
感覚から言うと、魔法で風圧の制御をしていない位置に顔を出した場合、強の扇風機に顔を近付けた時みたいになる。
「風がきもち〜」
「・・・なんか、自分で飛ばないって不思議な感覚」
「それな」
そんなやり取りをしながら、俺は正座から上体を後ろに倒して脱力。
流れゆく景色を隣で眺めているティアは、俺の太腿の上に手を置いて人差し指でトントンと何らかのリズムを刻んでいる。
「・・・・・」
目的地までの十数分、俺達はこうして時間が流れるのを待つのだった。
〇 〇 〇
さて、件の目的地とは、所謂「商業都市」の類である。
地名は「ブルー・レイク・シティ」で、巨大な街のほとりに大きめの湖が存在しているという、そこそこ特徴のある立地。
その湖というのも、魔素を大量に含んでいるから色が透き通った青色になっていて、当該の魔素は近くのダンジョンが供給源だとか・・・
まあ、とにかく話題が尽きないうえ、この国随一と言って遜色ないほどに色々なモノやヒトが集まる都市だ。
「ご協力ありがとうございました」
そんなこんなで俺達は、ひとまず確保した六人をまとめて引渡し、報酬として結構な量のお金を貰ったところ。
警備隊の駐屯地という、ちょっとイレギュラーなルートから街に入ったため、現在地はよくわからない。
だがまあ、問題は無いだろう。
「・・・大きいっすね、アレ」
ふと、グリムが声を漏らす。
彼女の視線の先にあるのは、目測で百メートルは優に越していそうな石っぽい材質の塔。
例えるなら窓のないビルのようで、壁面にはよくわからない青色のラインが引かれていて、ぼんやりと発光している。
微妙に魔力を感じるあたり、何らかの使用用途があるのだろうと推察してみるが、よくわからない。
「因みにアレ、俺達なら入れるぞ」
「そうなの?」
「え、行ってみたいっす」
この街について調べる過程で得た情報だが、あの塔の麓にはAランク冒険者限定で入れる施設があり、更にその内部にはSランク冒険者だけが入れる場所がある・・・と。
よくよく調べてみたら管理者がSランクの冒険者らしいので、まあ、興味本位で行くのは断然アリ。
「・・・ただ、今日は行きたいところがあるから明日な」
「えー」
「たしか、アウトレット・・・だっけ?」
「そうそう。湖のほとりにデカい商業施設がある」
有橋アウトレットパーク、ブルー・レイク・シティ店。
ほぼ確実に転生者が建てたであろう商業施設で、扱いは前世におけるアウトレットと同じなはず。
となれば、前世になくて今世にあるモノとかも色々とあるだろうし、もしかしたら良さげな物品とかも大量に手に入るかも。
グリムは乗り気ではないようだが、こいつは目の前の物が全部欲しくなる性分っぽいからスルーが安牌。
ティアは物欲が少ないから、楽しめるかどうか・・・
「・・・べつに、私だって欲しいものがないわけじゃないけど」
「そうか? 悪いな」
「ううん。あるとは言っても、最近見つけたものだから」
「ほう」
どうやら心配は無用だったようで、グリムを挟んで歩くティアは、自分の服をつまんでこちらを向き、言葉を続ける。
「服・・・をね。見たいと思って」
「・・・奇遇だな。俺もデカい時の服が欲しいと思ってた」
なら、いい機会だ。
あるかは分からないが、デカい時の俺の服と、それから・・・
「そうと決まればアレだ、ニアの服も選ぼう」
「ニアさんも・・・」
「いいだろ? ニア」
流れで思いつき、頭の中のニアに問いかけてみる。
すると、すぐに答えが返ってきた。
『ようやく衣替えですか。待ちくたびれましたよ」
ゆっくりと実体化しながら、ニアは俺の横を歩く。
出現する際に言われた言葉から、そういえば暇神様から「好きにしろ」と言われていたな・・・と、今更ながら思い出した。
ならアレだ、もう好き放題だ。
どうせなら色々と買ってしまおう。
「お前も身長高いからなあ、映えるぞ〜?」
とくに、デカい時の俺とニアは身長が高くて足も長い。
似合わないなんてことは絶対に有り得ないから、これは長引くぞ。
〇 〇 〇
「どう・・・かな」
「・・・俺は一つ前のやつが好き」
「我も」
「・・・・・やっぱり?」
時間は経ち、数十分後。
俺は現在、色々な服屋を回りながら自分に似合いそうな服を選んでいる。
更衣室に入るのが面倒なティアは、服を正面に合わせるだけで判断をしているが、まあ問題はなさそう。
「じゃあ、私はこれと・・・これ」
因みに、彼女が選んだのは、上が主に寒色系で下が淡色系。
傾向としてはシンプルなものが多く、フリフリとかの装飾はあまりない。
それぞれ長いのと短いのを、上下合わせて六着くらい選んでいる。
「他はいいのか?」
「うん。お金のこともあるから」
「・・・そうかあ」
資金面について気にしているようだが、まあ、資金繰りしている俺が問うのだから問題はない。
むしろ、好き勝手に選んでくれても構わないのだが・・・
「なら次の機会。今の私はこれで満足」
「他に欲しいモンがあったら言えよ?」
「うん。ありがとう」
なんてやり取りをして、ふと「この言動、親とまんま一緒だな」と思いつつ、俺はニアの方にも意識を向ける。
「で、ニアは・・・っと」
「私の服はどうすれば?」
「持っといて。俺はちょっとニアを見てくる」
「わかった」
グリムとティアを待機させておいて、俺はさっきニアが向かった方向へと歩いていく。
二つほど棚を跨ぎ、壁際のあたりを覗いたところで、お目当ての人影を見つけた。
「おいニア・・・」
なんだか黙々と服を選んでいるようなので話しかけ、彼女の足元を見たところで、俺は絶句する。
「・・・・・」
「はい? どうかしましたか、マスター」
微笑みながら振り返る彼女の足元には、かなりの量の服が入ったカゴが置いてあった。
パッと見でも十着はある衣類に、俺が思わず顔をキュッとすると、彼女は足元を見てから首を傾げてすっとぼける。
「?」
「遠慮しねえなお前」
「失敬な。資金面に影響しないように選んでいます」
「ホントかあ?」
とは言いつつも気になり、カゴからはみ出ている値札を見てみれば、しっかり安い類の衣類のみを選んでいることがわかった。
ただ、チョイスに偏りが少ないので、恐らくは気になったものを片っ端からカゴにぶち込んでいると思われる。
かなり大量の衣類を選んでいるし、これを機に、外にいる時間を増やしてくれたら嬉しいのだが。
「・・・やっぱり私はパンツスタイルの方が良いですかね」
「拘る必要は無いんじゃねーの」
「どうせなら似合う方が良いじゃないですか」
「えー、じゃあその右のやつ着れば」
「コレですか」
「うん」
ただ、偏りが少ないとはいえ、ニアの服はわりとカッコイイ系が多めな印象。
戦う時の格好とか、わりと意識しているのだろうか。
「それなら上で合わせるモノが欲しいですね・・・」
「あっちに良さげなのあったぞ。
ティアが青いヤツ選んでた」
「マジですか?」
「大マジ〜」
俺がそう言うと、ニアはカゴを持って移動を始めた。
方向からして先程の場所に戻るっぽいので、俺も着いていく。
「因みに、マスターは」
「向かいの店で済ませた。欲しいのはズボンだけだったし」
「マスターのサイズ、あったんですね」
「まじでね。あってくれて助かった」
デカい時の俺が必要とするズボンのサイズは、はっきり言ってアホだ。
極端に長いわけではないし、もっと身長が高い人とかと比べたら短い方だと言うのは重々承知している。
だが、俺は前世において「日本で生きていくのは厳しい」と言われた。
そのため、自分のサイズがあるのがわりとガチで嬉しかったり。
「・・・ニアさん、終わったの?」
「いえ、まだです。まだ足りません」
んで、戻ってきてみれば足りないといい、再びどこかへ行くニア。
どんだけ増やす気なんだと思いつつ、俺は去りゆくニアの背中を見やる。
「・・・・・アニキが見たことない表情してるっす」
「・・・くそったれめ。
一丁前に財布に気を使ってるのが一層ムカつく」
まあ、好きにさせよう。
そのための時間───だとは思いつつも、なんだか腑に落ちない。
「なあ、グリム」
「はいっす」
・・・ので、なんとなくグリムを甘やかす。
「甘いモン食べたくない?」
「・・・いいんすか?」
「モチロン」
唐突なスイーツの誘いに目を輝かせるグリムの横で、ものすっごいジト目で俺のことを見ているティア。
めちゃめちゃ何か言いたげだ。
「それ、きみが食べたいだけじゃ」
「近場でクレープ屋探すか・・・」
「・・・・・」
そんな彼女の言葉を無理やりに誤魔化しながら、グリムを撫でる。
はてさて、その次はどこへ行こうか。
時間は思ったよりもあるから、甘いものでも食べながら考えればいいか。
もしくは、件の湖に行ってみるのも良いかもしれないな。




