1-1:旅行の準備
ひとつの、きっかけ。
「ねえ、グレイア」
事の始まりは、いつもの、何の変哲もない呼びかけだった。
もはや精神的にも完全に我が家となったこの家で、使いやすいからと大きい方の身体で夕食後の片付けをしている俺の近くに、いつも通り音もなく歩いてきて。
俺が食器洗いをしている時の定位置についたティアは、静かに俺の名を呼んだ。
「ん?」
また、何かの相談だろうか、と。
そう考えた俺は、洗い物の手を止め、彼女の方を向く。
今はグリムとニアが風呂に入っている頃だろうから、まあ、そういう目的なのかと思っていると───彼女は、少し躊躇ってから口を開いた。
「これから行くところって、もう・・・決めた?」
彼女にしては珍しい話の切り出し方に疑問を覚えながらも、俺は魔法で手を乾かし、シンクの縁に手を置きながら答える。
「いいや、まだ決めてないけど。
もしリクエストがあるなら大歓迎」
「・・・よかった」
俺の言葉に安堵し、らしくもない仕草をするティア。
なんだか妙だなと思いつつも、俺は逆に彼女へ問いかける。
「で、どしたの急に」
「・・・・・少し、ね。やりたいことがあって」
絶妙に歯切れの悪い回答だが───やりたいこと、か。
確かに、あれから一ヶ月くらい経っているし、そろそろ何かやりたいことを見つけていても不思議ではない。
何せ、今月はわりとダラダラ過ごしていたのだ。
色々と思いつくための要素は十分にあった。
「・・・ねえ、グレイア」
「うん?」
再び俺の名を呼び、上目遣いでこちらを見つめながら。
彼女は静かに、言葉を続けた。
「きみのこと、お祖母様に紹介したい」
・・・そう来るか、と。
まさか、ここに来て新手のプロポーズをされるとは思いもしなかった。
───── 一節:世界樹の麓へ
「・・・知らないの。行き方」
ティアの提案によって、これから向かう先が「エルフの国」である「フェアリア王国」に決まったため、次の日の朝方に全員で会議を始めたところ、先ず初めにと彼女は申し訳なさそうにそう言った。
どうやら、幼少期に国を出てしまっているため、入国の仕方に何らかの条件があったことは覚えているものの、肝心の条件や───根本的に、どういうルートで入国すればいいのかもわからない、と。
随分とまあしょぼしょぼしている彼女ではあるが、俺としてはその「入国に何らかの条件がある」という事柄があることさえ知れた分、何の情報もないよりは数百倍マシである。
「であれば、私が調べましょう。ルートについては・・・」
「大雑把でいい。今回は時間制限がないからな」
「承知しました」
相変わらず有能なニアと簡単にやり取りをしてタスクを任せると、ニアがスっと俺の頭の中に戻ってきた。
判断が早い。
だがまあ、助かる。
たぶん、いつも通りなら直ぐに教えてくれるはずだ。
「じゃ、準備して行こう」
「・・・え。アニキ、もしかして今日から行くんすか?」
「そりゃまあ。善は急げって言葉があるし」
俺の思考を見た瞬間から準備をしに部屋を去るティアとは対照的に、グリムは思い立って直ぐに行動する俺の判断に驚いている様子。
そう思って考えてみれば、俺はよく「思い立ったが吉日」なんて言ってポコポコと行動を起こしていたが、周りに同じくらいフッ軽な奴はあんまり居なかった気がする。
ならまあ、アレか。
慣れてもらうしかない感じだな。
「いつまでも家に居たって何も変わらないだろ?
それに、俺達はニアのお陰で行き当たりばったりにはならない」
「そう・・・っすか。わかりましたっす」
グリムが不服そうな顔をしているのは、もっと家に居たいからなのか、それとも別の理由か。
どちらにせよ、グリムについては置いて行った方が酷いことになりそうだから我慢してもらうことにする。
「ん〜ッ!
・・・てことで、俺はちょっと野暮用があるから庭に行ってくる」
立ち上がって伸びをして、グリムにそう伝えて歩き出す。
そして、障子を開けるタイミングで振り返ってみると、グリムがローテーブルの下にもぞもぞと入っていくのが見えた。
もしかしたら、単に家から出たくないだけなのかもしれない。
「・・・・・」
まあ、それならそれで連れていくから構わない。
というのも、今回は確実な遠出ということもあって、この家を空けている間の対策をいくつか考えてある。
俺が庭でやるのは、そのうちの一つだ。
「・・・うん」
庭まで来て、丁度よさそうな広めの地面に魔力でアタリをつけると、俺は指を鳴らして魔法を起動。
白く輝くシンプルな輪が地面に出現したことを確認すると、その輪の中心を目掛けて収納魔法から幾つかの魔石を放り出した。
見た目で言うなら、それぞれ野球ーボールより少し小さいくらいのモノが計七つくらい。
今からこれらを使って何をするかと言うと、俺はこれらを使って、ちょっとした「ロボット」を作ろうと考えている。
ただ、この魔石を使って作るのはあくまで「コア」のみ。
それ以外は魔法を用いてどうにかするつもりだ。
「よっし・・・」
寝間着からいつもの袖無しワイシャツと短パン姿に着替え、靴も履いて庭に降りる。
そして光る輪の中に入って、手を擦って魔力を馴染ませながらヤンキー座りでその場に座り込んだ。
「・・・やるか」
今から俺がやる事は、簡単に言うなら「魔石の結合と形成」と表現するのが最も正しい。
この世界においては空気中に存在し、魔法の元となり、人体にすら流れている「魔素」と呼ばれる元素が、それはまあ色々な反応を経て結晶化した物体である「魔石」を、人体によって変質させた「魔力」によって変形させる行為。
要は、難しいタイプの粘土細工みたいなもの。
それと、結合と形成の過程自体は魔法で行うため、魔法の「イメージ力が重要」という特性上、内部構造を理解してから弄らないと大変な事になりかねない。
だから一応、ニアに魔石の分子構造を調べてもらって、具体的なイメージをできるようにはしておいた。
あとは、この魔素という元素の特性を用いて、魔石の結合と形成を行うだけ。
「・・・ん〜」
魔石を手で拾い上げて、一個ずつくっつけていく作業。
異物や余計な魔力が混ざったらダメらしいので、細心の注意を払って、ひたすらにチマチマとくっつけていく。
ちなみに、魔石がくっつく時は両者が液状化して「ぬぷっ」てなカンジの挙動で合体していくため、見ていて少し気持ちが良い。
「・・・・・よし」
ということで、魔石の結合が完了。
直径が目測で十センチをそこそこ上回るくらいに見え、思っていたよりもデカくなったが、これでいい。
ここから弄れば、扱い易い形になる。
「ニア、ちょっといいか」
『はい。ブループリントを添付します』
「ありがと」
少し前に設計しておいた形にするため、インタフェースに設計図を添付してもらい、作業を進めていく。
と、何故ここで設計図が必要になるかと言うと、それは、この成形の作業には専用の魔法を用いなければならないからだ。
「ん〜・・・?」
成形途中の魔石は基本的に流体であり、何もしなければダイラタンシーのように流れていってしまう。
そのため、この作業には型が必要な訳だが───生憎、不純物が混じってしまっては失敗するそうなので、そのために専用の魔法を使うわけだ。
この魔法について説明する場合、端的に言うなら「空中に特定の形をずっとイメージし続けること」が魔法の概要であり、必須事項であること。
つまり、手で整形する作業とは別に、まるでCADでレンダリング中のモデルのように、脳内で完成形をイメージし続ける必要があるのだ。
ハッキリ言ってクソゲー。
集中力と想像力と持続力と繊細な魔力操作を同時に要求してくる、正真正銘のクソゲーである。
「・・・・・」
だが、俺には「任意の感情および感覚を遮断することで、視覚以外では能力使用者を感知できなくなる能力」がある。
戦闘では縛るが、日常生活で縛る理由は無い。
ここでは聴覚を遮断して、集中力を高めていく。
「・・・んー」
まあ、クソゲーとは言っても慣れれば簡単。
やっている事だけで言えば、いつも戦ってる時と何ら変わりはしない。
だから、こうして集中してやっていれば、思っていたよりも直ぐに終わってしまう。
「・・・・・よーし」
ということで、形は完成。
最後は魔石に流していた魔力を遮断し、硬化が確認できたら専用の魔法を解いてしまえば普通に扱える魔石が誕生する。
調べた感じで言えば、この世界での扱いを前世の価値観で述べた場合、今の工程で作った魔石は芸術作品としての価値もあるということだから「実用の幅が更に広がったガラス工芸品のようなもの」と表せるだろう。
「形はオーケーだな。設計通り」
色々と使用していた魔法と能力を全て解き、魔石をキャッチする。
デザインについては、簡単に言えば「宝石の心臓」って感じの造形をしたつもりで、どちらかと言えば寄せているのは臓器の方。
だが、寄せているとはいえデザインは工夫したため、本来は管として色々飛び出ている部分についてはトゲトゲした石らしいデザインにしてある。
運用上のコンセプトも併せてデザインしているため、わりかし自信作な代物だ。
「・・・ふふん」
色も付与できるため、この魔石には黒い色に銀色のラメみたいな模様を散りばめておいた。
言い表すなら「黒く銀に輝く魔力の心臓」・・・なんて、少し厨二臭い気がするのは今更か。
ちょっとばかし小っ恥ずかしいが、とにかく、色については力んで放出した時でなく、滲み出た時の魔力の色に似せてある。
「・・・・・」
さて、次は魔法の付与だ。
この工程については優秀なハードウェアたる魔石に対して、用意しておいた魔法をぶち込むだけで機能するから、そこまで複雑な作業は必要ない。
今から俺がすることは、シンプルに念じて魔法の術式を刻むこと。
「ふー・・・・・」
魔法を発動する際には「リアルタイムでイメージしながら発動する」という尋常じゃないくらい力技な方法と、「事前に用意しておいた術式や数式を用いて発動する」という魔法世界ならコレだろと言えそうな方法の二つがある。
いつも前者で魔法をぶちかます俺ではあるが、今回利用するのは後者。
そのため、俺は前者のやり方で作った魔法を後者のやり方で発動できるようにするために変換・・・それっぽい言い方をすれば、コンバートという作業をした。
わりかし面倒ではあったが、まあ、十分だ。
備えあれば憂いなし。
かつての面倒が、今の楽に繋がる。
「いよっし」
魔法の付与が完全に完了したことで、これでモノは完成。
あとは動作確認をするだけ。
「楽しそうだね」
ふと、後ろから声をかけられた。
なんだろうと思って振り返ってみると、ティアは微笑みながら首を傾げ、俺に問う。
「邪魔しちゃった?」
「いいや。大事なところは終わった」
「そう。じゃあ、今は何を?」
「こいつを起動する。
家を守って、維持してくれるヤツをな」
ティアとの会話が一段落するタイミングを見計らい、指を鳴らす。
これを合図に魔法が起動し、作ったコアを軸として魔法が発動、スタンドアロンで機能する警備ロボットが誕生するはずなのだが───どうだろうか。
俺は立ち上がって数歩下がり、庭に降りてきたティアとともに起動しようとしているコアを見守る。
「・・・・・」
ふわりと浮き上がったコアは空中にて停止し、数秒後待機。
バランスと向きが整ったところで、コアが魔法を発動することで、コアの材質を参照した人型の肉体を作り出していく。
今回は魔石を用いたため、魔石の色や性質を参照して肉体が形作られていくわけだが───ここでひとつ、魔法について大雑把にした点がある。
「・・・これ、大丈夫?」
「問題ない・・・はず」
それは、人型の肉体の「詳細な形状」について。
この点については、以前に城下町でカセットテープに入れておいた魔法にも同じような要素を仕込んでいた。
さらに今、このコアから生成されていく魔石の肉体についても、同じように「人型だけれど、大雑把で化け物らしい形状」を狙い、その通りに生成されていっている。
具体的には人に見える人参のように、あくまで「自然」において生成されたような、人工物の気を感じない、少し不気味な形状。
言うなれば、魔物っぽい形状・・・とでも表そうか。
「よーし。カンペキだぜ〜」
はてさて、これでハードウェアとしての形は完成した。
あとは指定したルートの通りに動き、仕事をこなすか。
まあ、これは最悪やらなくても問題は無いが。
「はーい、動けー!」
俺はそう言いながら、手をぱちぱちと叩いた。
するとコイツはシャリシャリとした音を立てながら、魔石に似た材質でできた身体をギリギリと動かし、俺の目の前まで歩いてくる。
「・・・これ、量産とかって」
「コアの形状に拘らなければ」
「・・・・・すごい」
ティアの質問に答えると、彼女は静かに感嘆した。
まあ、理由はわかる。
実質的にコアさえあれば駆動するゴーレム(仮称)なんて、刻む魔法さえ工夫してしまえば使いようは無限大だ。
転生直後の俺が戦ったダミーのように、木偶の中にコアを入れて動かす方法とは違い、こちらは臨機応変に外見を変えることが可能。
本気で量産しようと思えば、最適化できる箇所は大量にある。
「ただまあ、ある程度の大きさの魔石が必要だから、どうしてもコスパは悪いけど」
「・・・どれくらい使ったの?」
「カッターの魔石を七つ」
「・・・・・コスパが悪い?」
「一般的なモノと比べてってことよ」
ティアの言わんとすることも分からなくはないが、趣味でやる分ではコスパの悪さを実感できないというのもまた事実。
とくに俺達は「魔物の素材を売って生活費を稼ぐ」という行為をする必要がないため、魔石をそのままポッケにイン・・・だと言い方が悪いが、普通に物資として使うことが可能。
よく分からない人は、「実家暮らしであるがために食費がかからない状況」を物資面に当てはめてみると分かりやすいはず。
「んじゃ、仕事開始〜!」
ということで、早速仕事をしてもらう。
あくまで試作段階であるため、こいつの業務は家の巡回警備と清掃、それから最低限の防衛行為のみだ。
「・・・うん。キッチリ動いてるな」
一歩、また一歩と、重さを感じる足取りでゆっくりと歩いていくゴーレム(仮称)。
パッと見だと未知の魔物っぽいが、まあ、俺の趣味だ。
初めてこの家に来た人には、悪いが驚いてもらおう。
「ねえ、グレイア」
「ん?」
俺達の横を過ぎ去り、廊下の先へ歩いていったゴーレム(仮称)を見送ったあと、ティアが俺の肩を叩きながら名前を呼んできた。
彼女の方を向き、耳を傾けてみると、彼女は言葉を続ける。
「名前って決めてたりする?」
「・・・まあ、一応」
「それって、どんなの?」
名前については、まあ、小っ恥ずかしいが、決めているものがひとつ。
個人的な習慣みたいなものだから、今まで誰かに話した事はないが───いざ話すとなると、小説なんかとは違って、少し躊躇する。
「───ファスティ。
俺は自分にとって最初の作品を、大抵そう名付けてる」
「・・・ファースト、だからファスティ?」
「ああ。簡単だろ?」
「うん。良いと思う」
名付けの範囲は広いし、例外はない代物。
だが、命名センスが乏しい俺にとって、使いまわせる理由がある名前というのは貴重なものだった。
・・・のだが、この世界では一回しか使えないな。
「大切にするもんね、きみは」
「・・・うっせ」
俺の顔をじっと見つめ、によによと意地悪な笑顔を浮かべるティア。
何度も墓穴を掘るのは俺の悪いクセだが、彼女に対してはどうにも、その能力(思考を見る力)もあって墓穴が勝手に生成されていく気がする。
べつに悪い気はしないからいいけど。
ただ、なんというか、俺は前世から扱いが変わらないなとは思う。
「そうなの?」
「墓穴を掘りがちなのはそう。扱いについては自意識過剰かもしれない」
「ふうん」
自分語りばかりだと思いつつ、思い悩むなと言わんばかりに腕を組んでくるティアを、なんとなく小突こうとしたら避けられて脇腹にカウンターをくらったり。
意味の無いじゃれ合いをしていると、ニアが重い口を開いた。
『マスター、調査とプランニングが完了しました』
「・・・ん、終わったか」
心做しか呆れていそうな声色でそう告げると、ニアはインタフェース上に書類を添付した。
魔法で印刷するなり、そのまま読むなり好きにしろ、ということだろう。
「じゃあ、行く?」
「ああ。行こう」
書類を視界の外にはじき出すジェスチャーをすると、ティアが俺の方を向いて問いかけてきたため、肯定して俺はぐっと伸びをする。
作業のために丸まっていた解して楽にした。
「・・・グリムは?」
「テーブルの下。今から引きずり出す」
「はーい」
ということで、準備は万端。
誰かに伝えなきゃいけない情報も、用事も、とくにない。
ティアは俺の言葉で色々と察して、先に玄関へ向かった。
あとはグリムを引きずり出して、この家を出るだけだ。
「・・・・・ふう」
少し呼吸を整え、グリムの所へ向かう。
正直なところ、俺はかなり高揚している。
目的地はあれど、それ以外は自由であることの開放感がどれだけか。
久しく忘れていただけに、これはかなりの寄り道をしてしまいそうだな。
ようやく三章が始まりました。
例のごとく、章の結末まではそこそこ決まっているので、学業の影響で更新頻度が減ったからといって、更新が完全に止まる事は有り得ない・・・とだけ書いておきます。
それと、私の新作「Lilium - 月白の夢想者」も投稿を始めました。
更新頻度は遅いですが、どうぞ宜しくお願いします。