5-11:被さる疲労
お気楽な帰還。
状況を整理するなら、考えることは単純。
とりあえず、やるべき事は終わったということ。
ようやく・・・とは言っても、俺の中ではあまりにもアッサリ事が進みすぎて怖いくらいなのだが、レールの上の人生なんて、往々にしてそんなものなのだろう。
きっと、おおよそ、メイビー・・・・・
まあ、そうだとしても、事前に頑張った分が使われないまま終わってしまったのは少しモヤモヤしていたり。
あとは件の「管理者」についてだったりとか。
まあ色々とあるものの、とりあえず仕事は終わり。
被害状況の確認と現状の報告だけ済ませて、あとは自由の身だ。
「その言い方だと・・・なんか、罪を犯してるみたいじゃない?」
「・・・・・確かに」
なんてことを話しながら、さっき瞬間移動で都まで帰ってきた俺達は、ユカリ達が待つ城へと歩いて向かっている。
人がいない城下町を、ティアと二人でゆっくりと歩く。
当初の予定では、時間が許す限りこの街を楽しんでから仕事にかかるはずだったのに、結果は途中から独善教とかいう組織のせいで全く気が休まらないハードな毎日が続いた。
本来なら見て回るはずだった街並みを見ていると、既に宇宙の彼方へと放り出した女がとても憎らしく思えてくる。
旅の醍醐味を潰しやがって、と。
まあ、隣の王国と違って、こっちは三和町(最初に襲撃された場所)以外に人的被害は殆ど無かったようだから、そのうち元通りになって活気づくことだろう。
だから、その時にまた来ればいいだけ。
城下町の被害状況だって、ハルトの頑張りのお陰か、そこまで酷くないようだし───これなら、次の次あたりに来たってなんら問題はなさそうだ。
「もう先の事を考えてるの?」
「なんとなく・・・
でも、次に行きたいところとかは決めてないカンジ」
「ふうん・・・」
まあ、親からの遺伝かは知らないが、俺は「家からずっと出ないでいると狂うタイプの人間」なので外出は必至だし、この世界だとゲームで言うところのファストトラベル的なことができるから、来たい時に楽に来れるというのは凄まじいアドバンテージ。
しかし同時に、どうせ急ぎの用事じゃない遠出をするのなら、いかに慣れた道であっても道中は極端な短縮をしたくない・・・という、これまた面倒な価値観が顔を出してきて素晴らしく葛藤するのもまた厄介。
だがしかし、今世は時間が十分にある。
つまり、好きなだけ道草を食えるわけだ。
「楽しそうでよかった。
復讐・・・というわけでもないけど、私の血筋の関係で、きみを色々な事に巻き込んじゃったから」
「巻き込まれに行ったのは俺だから無問題だ。
それに、暇神様の意向から考えれば、どうせ処理しなきゃならない課題だった」
「・・・ふふっ、ありがとう」
申し訳なさそうに笑うティアだが、俺としてはそこまで気にしないでもらいたい話題。
見た感じはクズだけど可哀想なヤツだったヒナタとかはまだしも、独善教関連の転生者は全員が記憶にすら残しておきたくないレベルのヤツばかりだったから、恐らく少ししたら俺の記憶からだんだんと薄れていくことだろう。
なんならあのゴキブリみたいな速さをしていた男、確か戦闘中に名前を呼ばれてた気がするが、俺は既に名前を忘れている。
「私がきみごと撃ち抜いた相手のこと?」
「そうそう。たぶん動体視力とかはそのままだった類のヤツ」
速さばかりで他に意識が行っていないという、完全に能力頼りの戦い方だったせいで対処がクッソ簡単だった・・・と記憶しているが、肝心の名前が思い出せない。
まあ、覚える気なんて毛頭ないが。
「まあ、どっちにしたってただの反面教師だし───っと」
「ん・・・」
なんて話しながら歩いていたら、今まで誰も居なかった通りの向こうに、ひとつの人影と小動物の影が見えた。
今の俺は小さくて素の状態だが、魔力の反応を見れば一目瞭然。
となると、やっぱり、肩の荷が降りたことによって気分が高揚しているのか、なんとなくで身体が動く。
「・・・っへへ」
俺の思考を見たのか、隣で絶妙な表情を浮かべるティアを横目に、彼女の手を離してノールックの瞬間移動。
ニアの後ろに出現し、後ろから思いっきり抱きついた。
「どーんッ!」
よくイメージするメイドみたいに、両手をお腹あたりで合わせて姿勢よく立っていたニアは、俺の体重にも一切揺らぐことなく、何事も無かったかのように立ったまま。
しかし、ほんの少しだけ顔をこちらに向けると、相変わらずの声色で口を開く。
「バイタルサインに異常なし。
ですが・・・少しばかりドーパミンが過多になっているようですね?」
いつも通りの声・・・だが、心做しか嬉しそうにそう問いかけてくるニアに対して、俺は再び瞬間移動をして彼女の前に出現した。
そして両腕を大きく開き、笑顔で答える。
「ああ、元気いっぱいだぜ。最高だろ?」
「勿論です。おかえりなさい、マスター」
「ただいまー」
軽くハグを交わしつつ、頭の中に彼女を受け入れることで、いつも通りの状態へと戻す。
すると、俺の視界にインタフェースが再び表示され、次の目標としてマーカーがユカリ達が待つ城の方向を指した。
とはいえ、とりあえずは不要なため、スワイプして視界の外へポイ。
今はとにかく、ついさっきから無言で俺の背中を爪とぎみたいにカリカリと引っ掻いているグリムを、どうにかして宥めなければならない。
「グリム」
かと思えば、気配を隠して近づいてきていたティアがグリムを引き剥がし、空中で足をばたつかせるグリムを、デカい亀を持ち上げる時みたいな持ち方で抱えた。
そのため、俺は素直に振り返ってグリムと話そうと思ったのだが───どうやら、グリムに抵抗する気はないらしく、ティアに持たれた途端にしゅんとして脱力してしまう。
可哀想で可愛い、を具現化したみたいな姿で。
「・・・なんか、悪いな。すごい申し訳ない」
そうやって笑顔で謝ってみれば、まるで猫を撫でるようにグリムの小さい頭をこねくり回す俺に対し、グリムは目を瞑り、不満気に耳と尻尾を揺らしながら答える。
「そう思うなら、無理するのはやめてほしいっす」
「・・・善処しなくもない」
ただまあ、要求としては無理があるので首は縦に振れない。
心配してくれるのは嬉しいが、殺し合いをする上で無理をするなと言うのはそれこそ無理のある話であるわけで。
「まさかアニキごと撃ち抜くなんて、アニキの半身を吹き飛ばした時にはホントにびっくりしたんっすからね!」
「それはもう、慣れてもらうしか。多分もうやらないけど」
「ホントっすかぁ・・・?」
「遊びゼロで殺しに行かなきゃならないような戦いがない限りは」
とはいえ、今回みたいにガチで作戦を立てて殺しに行くような、本当に手段を選ばない戦いがない限りは、グリムが心配するような事態はあまり怒らないと言っていい。
言っていいが、まあ、それはそれとして、俺が明確な肯定をすることは無いだろう。
例外も色々とあるし。
何より、想定してる以上にガッツリ安心されても困る。
「まあ・・・とりあえず」
なんて考えつつも、どうせ戦闘はフィーリングなのだから気にしたところでという話。
俺はティアからグリムを受け取り、抱き抱えながら言葉を続ける。
「ユカリ達の所へ行くか。
あんまし待たせるのも悪いしな」
とにかく、ここで時間を食っていたって仕方ない。
さっさと色々やって、家に帰ろう。
〇 〇 〇
「では、こちらに」
使用人に案内され、前回と同じ襖の前に立った俺達。
正確にはグリムが初めてだが、本人(?)は礼儀作法などをあまり気にしていないようなので、一つだけ頼み事をしておいた後、世話はティアに任せることにした。
こういう場で使い魔みたいな扱いのグリムを連れて来て良いのかは調べていないが、駄目なら謝罪すればいい。
今はもう、色々と終わったことによる余韻で、ニアにそういうことを頼む気すら起きないからな。
「虚無の寵愛者、入りなさい」
さて、そんなこんなで思考を回しているうち、襖の向こうからかかった声によって、襖がひとりでに動き出して開き、俺達を迎え入れる。
前回とは違い、大広間には屈強な顔付きをした様々な種族の偉い人っぽい人らが並び、江戸時代までの城っぽい内装も相まって、俺の心境はさながら大名に謁見するいち武将。
だが、実際は国を救った英雄である。
奢り昂ることはなくとも、恐縮するような言われは無い。
「・・・・・」
いつも通り、しかし姿勢や歩き方には最新の注意を払って移動し、前回と同じように胡座をかいて畳に座った。
普段は感じることの無い、視線が肌に突き刺さるような、ぞわっとした感覚がすることから、俺がとても注目されていることが伺える。
そして、俺の入室によって更に空気が重くなったであろうこの大広間で、以降の空気感に最も影響するであろう話を始めなければならない。
疲労がゆえか、この空気感を面倒だと思ってしまう自分が非常に恨めしいが、まあ、やる事そのものはいつも通りだ。
いつも通りに、進めればいい。
「・・・まあ、もう疲れたから簡単に言う」
と思ったが、なんかもう疲れたし、どうせ説明できるならパッと済ませてしまった方がいいだろうと思い───頭の中にあった硬っ苦しい文言をゴミ箱へぶち込んだ。
「ええ。どうぞ」
「・・・・・雑兵と三人の転生者はキチンと殺したから証拠があるけど、独善の寵愛者は不死性があるうえに自爆かまそうとしてくるようなバカタレだったから、勢いで宇宙にサヨナラした」
ユカリの許可を皮切りに始まり、大規模な戦闘の報告としては短すぎる結果に終わった俺の報告は、一瞬にして大広間の空気を変え、集まっていた偉そうな人達をざわつかせる。
面倒だなと思いつつも、俺は言葉を続けていく。
「証拠がない以上、信用できないって意見も出てくるのは承知してる。
だから、仮にアンタらが望むのなら、俺の仲間の使い魔の力を使って、宇宙の彼方・・・ってほどでもない場所にいるであろう独善の姿を見ることが可能だが、どうする?」
視界を共有して巨大スクリーンに表示して、まあ、納得してもらう。
フェイク映像みたいな疑惑が出たら?
それはもう知らない。
なんか、本末転倒だけどナギに来てもらうか。
「・・・いいえ、それでは正義の寵愛者が推薦した人物を採用したことに意味がない。仮に我々が貴方々を信じないというのなら、それはナギに対する裏切りに等しいわ」
なんて、どうやら杞憂だったらしい。
ここに来て、まさかナギの名声と立場に助けられるとは思いもしなかったが───とりあえず、結果オーライだ。
アリバイのための援軍を派遣してくれた判断を含め、今回の件については色々と、アイツには感謝しなきゃいけない。
「・・・・・随分とまあ、信用されてるんだな。アイツは」
「いいえ、彼だけでなく、彼に信頼されている貴方のことも十分に信用している。少なくとも私はね」
「・・・そうか、なら俺は何も言わない。他でもない依頼主の決定であるのならな」
初めて会った時には尋常じゃなく警戒していたのが嘘だったんじゃないかと疑うほどに、つらつらと笑顔で耳障りの良い言葉を並べるユカリ。
疲れからか、最初ビビってたくせに・・・なんて卑屈ぎみになっている俺を励ますように、インタフェースに表示された情報は彼女の感情に不一致が見られないと告げている。
俺の回答についても、彼女はポジティブな感触を抱いたらしい。
表情から伺える感情と、ニアの能力によって映し出された感情に差異はなく、本心から言ってそうな雰囲気のまま話は続く。
「これにて依頼は終了。
ミコト国元首として心から感謝を申し上げるとともに、ひとつ、私から報酬として贈り物があるの」
「・・・報酬は必要ないはずだったんだがな」
「伝え忘れたのが悪いのよ」
バツが悪そうにする俺を尻目に、ユカリは両手を挙げて二回ほど拍手をすると、彼女の横にいた女性───シグレが俺の前に出てきて、ひとつの木製の小箱を差し出してきた。
装飾なんて全くない、無垢の木材で作られた小箱を両手で受け取り、その蓋をゆっくりと開いてみる。
すると中には、微かに魔力を帯びた無色透明の綺麗な宝石が三つ。
「・・・・・これは」
「ヨビモド石という特殊な宝石を三つ用意したわ。
通常、国に所属する兵士が一生に一度あるかないかの勲章を得た際に、特定の武器とともに授与される宝石・・・」
「持ち主の魔力と結びついて、文字通り「呼び戻す」石だな?」
「よく知ってるわね。取説は不要なようで何より」
名前を言われて思い出したが、そういえば少し前に調べていたモノだったか。
扱いについては初めて知ったものの、どうやら、俺が当初想像していたよりもずっとレアな物であることはわかった。
実用性にも長けているし、これは嬉しい報酬だ。
「必要になれば、また用意できる準備はある。
不足した時は、その時にまた来て頂戴」
・・・勲章を得た際に授与されるものだと言っていたのは、俺の幻聴か。
もしくは、俺は色々な因縁を知らなかったから実感がないだけで、彼女がそこまでするほどの事を成し遂げていたのか。
笑顔で言ってるし、「常識的な範囲内で」という暗黙の了解が付きまとうような気がしないでもないが、それほど信用されているということで納得しておく。
深く詮索する理由もない。
「・・・ありがとう。
だけど、もう十分だからな」
「あらそう?」
「あの家だって、お前の差し金なんだろ。
報酬はもう十分だ。これ以上ないほど充足してる」
依頼が終わったと宣言した辺りから妙にラフになったユカリが、なんだか両手を擦りながら、まだ何かありそうな雰囲気を醸し出していたため、俺はもう十分だと制止した。
すると、彼女は今まで見せたことがないような、いじらしい笑顔を浮かべて横を向き、くすくすと笑いながら小さく口を開く。
「・・・らしいけど?」
「薄情っすね、師匠」
かと思えば、当初は反抗心マシマシだったハルトが、いつの間にか砕けた敬語で俺のことを「師匠」と呼んだ。
嘘だろと驚きつつもハルトの方を見ると、彼の服装は他の偉そうな人達と同じように「戦国時代の礼服」を着用していて、少し前の「未熟な思春期の男子」の面影はない。
「・・・・・似合ってるな」
「もとは平民なんで、意匠は急ごしらえですけどね」
俺が言葉に詰まりながら褒めてみれば、ハルトははにかんで笑い、頭をかいて顔を少し下に向ける。
ぼんやりとした思考のままに、こうしたやり取りをしたところで、ふと「師匠」と呼ばれて嬉しくなっていた自分に気がつく。
そして、少し葛藤はしたものの───この感情を無下にする訳にはいかないと、軽くなったはずの肩を引き摺りながら、脳内で引き出しを片っ端から開けて言葉を選び、自分の考えを形にして口に出す。
「───まあ、俺は仕事をしただけに過ぎないから、本当に、本心でお前が俺の弟子として振る舞いたいのなら。俺は消して止めはしない」
肯定はせず、かといって否定もせず。
責任なんてクソ喰らえと言わんばかりに、俺は倦怠感のままに言葉を投げ、意志と判断をハルトに投げつける。
だが、俺が視線を向けてみると、彼は俺の投げやりな言葉には構わず、嬉しそうな表情を浮かべていた。
「じゃあ遠慮なく。やっぱナシ、とか言わないでくださいよ?」
「なら私も「グレイアの友人」を名乗ろうかしら」
それどころか、ユカリも便乗してふざけた事を言い出す始末。
一見すれば単なる友好関係についての提案だが、打算ガッツリあるだろう、その目は。
いくら意識が散漫だからって、俺の目は誤魔化せやしないぞ。
「・・・友人、ね」
「あら、良いでしょう?
貴方とは既に仕事だけの関係ではない。むしろ、仕事という据が無くなった分、正しく同郷の「友人」として縁を紡ぎ、振る舞える仲じゃない」
やっぱり耳障りの良い言葉で誘導してくるユカリ。
でも、俺の目とニアの自己証明によって、その言葉が本心によるものだと推察できるのが小癪なところだ。
ただまあ、対応は変わらない。
肯定も否定もせず、判断を委ねる。
嫌な感情を抱かれていないのなら、それで十分。
わざわざ手を握って仲良しこよしする必要はない・・・と思いたい。
「もう好きにしてくれ・・・」
「そうするわ」
俺の言葉にノータイムでキッパリと反応するあたり、彼女の意図としては、今の会話は部下に対して色々と意識させる意味合いもあるのかもしれないと推察する。
仕事が終わって、彼女曰く「友人として縁を紡ぎ、振る舞える仲」だそうだから、まあ、次に来た時あたりに色々と言質を取っておこう。
「・・・はあ」
視線を落とし、深呼吸。
もう用事がないことを再確認しつつ、俺は立ち上がって振り向き、一人と一匹に声をかける。
「ティア、グリム。帰るぞ」
「わかった」
ティアがグリムを抱き抱えつつ立ち上がったところで、俺はユカリの方に向き直り、別れの言葉を言おうとするも言葉を選ぶのが億劫になったので、頭の中の文言をそのまま口に出す。
「・・・また来るからな」
「ええ。その時はきっと、全力でもてなすわ」
「ボクの成長、期待しててくださいよ?」
二人からの返事を受け取り、ティアが肩に手を置いたことを確認すると、俺は瞬間移動でこの場を去る。
ニアがマーカーを置いてくれた場所に着地し、辺りを見回す。
だが、周囲の景色を見た感じ、ここは城下町だ。
「?」
「どうしたの? グレイア」
俺はてっきり家に直で転移すると思っていたから、彼女の行動を少し疑問に思って、話しかけようとした。
「おい、ニア───」
・・・その時だった。
「ねー、私の事忘れてなーい?」
俺の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
「・・・あ」
自ずと声が漏れ、気がつく。
そういえば、今回の戦いをほぼ無傷で乗り切れた理由の人物を、すっかり忘れてしまっていた・・・と。
マズったなあと思いつつ、声がした方向に視線を向けてみれば、それはもうビックリ仰天。
「や。
久しぶりだね、後輩クン」
もうマジで記憶の中で固まっていたイメージから、そのまま綺麗に成長を遂げたみたいな見た目をしている天沢 凛が、俺達の目の前に立っていた。
期間が開いてしまって申し訳ないです。
ぜんぶ、ぜんぶ......どっかのウワさんがいけないんです。
私はただゲームをしていただけ......