閑話:想起した記憶(2)
夢でもなく、幻でもない。
これは一人の青年の───未だに輝かしく感じられる、幸せに満ちた泡沫の記憶。
学校が終わり、帰路に着いていた三人。
ワイワイと色々な音が響く道を歩く最中、その場その場の話題について、無意味に議論を繰り広げている。
「いやZLだから」
『は? ZLだろ舐めんな』
本日の議題は「コントローラーのトリガーボタンの呼び方について」であるようだ。
それと、どうやら「LT」派閥に人権はないらしい。
「お前イギリス英語使うなって」
『いやイギリスだから英語なんだが?』
「じゃあアメリカはどうなんだよ」
『アメリカ語だろ』
「はぃー?」
かたやイギリス英語の派閥で、かたやアメリカ英語の派閥で。
マトモに英語なんて話せないくせに、やたら無駄な議論を、脳みそからでなく、脊椎からポコポコと進めていく。
『じゃあお前、水なんて言うんだよ』
ここで彼がひとつ、話を振る。
すると、彼の振りに気がついたのか、もう一人がニヤリと笑って答えた。
「・・・ウォータ」
『イギリス英語じゃねえか』
「ダッハハハハ!!!」
彼はそれに間髪入れずツッコミをし、ボケた方は馬鹿みたいに笑う。
そんな楽しそうな二人に対し、議論を静かに見ていた一人は冷たい目線を二人に送っている。
するとここで、彼がスマホをポケットから取りだして、二人に声をかけた。
『ん、ちょい待ち』
なんて言い方をしてみれば、さっきボケた方はあっけらかんとした表情で一言ボケてみる。
「なにカズ、どしたん話聞こか?」
『丸出しじゃねえかやめろって』
流れるようにボケを捌き、SNSアプリに届いた通知に顔をしかめる彼。
『・・・おーう』
すると、何も知らない二人は各々の反応を見せる。
「え、なに?」
「電車行った?」
他人の不幸は蜜の味と言わんばかりに、彼の言葉を待つ二人。
というか、現状は「友人の不幸すら蜜の味」であるため、かなりド畜生である。
『呼び出しくらった。先輩に』
そんなことは重々理解しつつも、彼は素直に今しがた起こった出来事を述べた。
すると案の定、ド畜生な二人は、面倒くさそうに顔を顰めている彼に対し、心配している風に見えなくもない様子で煽り倒す。
「えーい!ドンマーイ!」
「おーつでーす」
彼が先輩をどう思っているのか知っていて尚、この反応。
帰りのホームルームの間際に彼が述べた「はよ家帰ってゲームしたい」という言葉がどれだけの本音であるか、よく理解しているようだ。
対する彼も彼で、だるそうに頭をかきながら歩き出す。
『じゃー・・・また来週。お前らちゃんと鯖来いよ』
後ろ手で手を振りながら、そそくさと人混みへ消えていく彼。
別れ際の言葉に、二人は各々言い返す。
「俺普通に行ってるんだけど」
「オレはちょっと〇ァロが・・・」
かたや不満げに、かたや言い訳するように。
だが、もう既に彼は遠く彼方。
伊達に高身長やっていないわけである。
〇 〇 〇
はてさて、場面は代わり件の彼。
待ち合わせとして指定された場所に早歩きで向かっていると、早々に人混みを抜けてビル街へ。
僅かに見えた人影に察しがつき、止まる想定で近づいてみると、彼の予想は大当たり。
太めの電柱の影から、不健康な体つきをした制服姿の女性が飛び出してきた。
「・・・わっ!」
『・・・・・』
よくあるタイプの威嚇ポーズで飛び出してきた彼女に対し、彼はじっと、蔑む眼差しを静かに向ける。
「やーめてよそのゴミを見る目ぇ」
『・・・角待ちなんて嫌われますよホント』
膨れっ面でいじける彼女を横目に歩き出す彼。
やはりこういうのは無理かと溜息をつきながら、彼女はやや早歩きで彼についていく。
「てか、後輩クンってやっぱホラー強いタイプ?」
『ジャンプスケアに耐性があるだけです。
雰囲気系ホラーはふっつーにビビるんで』
「えー意外」
『そういう先輩はどうなんすか。
あんまりホラー強いイメージないですけど』
「めっっっちゃ嫌い。
でもホラー映画は見る」
『ふーん』
他愛もない会話をしながら、駅前の大通りに出て、歩道を歩く。
普通に歩行者もいる中で、彼女はジェスチャーをしながら一言。
「やっぱね、バイトとホラー映画の後の一服は最高なのよ」
『バレて退学になっちまえばいいのに』
だがしかし、悪ぶった言動も受け流され、辛辣に返される。
「あー・・・またそういうこと言うじゃん君ぃ」
『今俺はまさしくゴミを見てるんですが何か』
しかし気に病むことなかれ。
彼は脊椎で話している。
「・・・あっほんとにゴミだ」
『一瞬マジで猫かと思ったんですけど違ったですわ』
「急にお嬢様みたいになってるじゃんですわ」
『おシバき回しますわよ先輩』
こんなふうに話題のすり替えもお手の物。
それはそれとして、普通に暴言は言うが。
『そういえば、今日はどこに行くんですか結局』
「え、そんなのゲーセンに決まってるでしょ?」
『まーじですか』
「まーじよ?」
とはいえ、二人はゲーマーで遊び仲間。
今日も仲良く駅前で遊び回るわけである。
『んじゃ先輩をボコボコにしてさしあげますわよ』
「やって見なさいですわ君ぃ」
今日の一発目はゲームセンター。
互いに煽り合いながら、マイペースに歩いていく。
『・・・なんかハマってます?』
「新作の異世界学園モノに・・・・・」
『あーはん・・・』
すっかり歩く速度も整え、わざわざ視線を合わせるように首を傾ける。
何気、ツンケンしている風に見えて気にしてはいるのだ。
〇 〇 〇
次に時間は進み、数十分後のゲーセンの中、格ゲーコーナー。
わりかし人が集まっている筐体を後目に、二人の戦いは彼の勝利によって決着する。
『っし!』
「あーッ!!!」
悔しそうに叫びながら天井を見上げる彼女と、マジになりすぎて心臓がバクバクと激しく鼓動している彼。
「まーた負けたぁ・・・!」
『よーし・・・・・!』
二人の実力は拮抗しているものの、僅かに彼の方が全体的に上手く、状況把握が正確で判断も早い。
スタミナが無さすぎるという欠点はあるものの、その点さえ除けば彼は凄まじくゲームが上手いと言える。
「ねーもう強すぎんだけどねえ君さあ・・・」
『え、言うて俺も体力ミリだったんですけど?』
「でも勝ったじゃんねぇ」
対する彼女は、その体躯のわりにはスタミナが凄まじく、いつでも変わらぬコンディションを維持してゲームに打ち込んでいる。
彼と違って努力型である彼女は、こうして頻繁に敗北するわけだが・・・その度にどうしているかというと。
「はーもうまぢむり・・・クレーンやろ」
拗ねきった表情のまま、ゆらりと立ち上がり、リュックを抱えて真っ直ぐに階段へ。
後ろから着いてくる彼のことは全く気にせず、目指すは一階のクレーンゲームコーナー。
『・・・あっコレ先輩が追ってるヤツ』
と、ここで彼から一言。
視界が狭くなっていた彼女には見えなかった、現在進行形で彼女が負っているという作品のクレーン筐体である。
「えっホント!?」
『ほんとほんと』
はしゃいで筐体に飛びつく彼女を横目に、スマホで現在時刻を確認する彼。
「じゃーもう取れるまでやっちゃうもんねー」
『じゃーそのまま破産してもらって』
天気を確認しながら、相変わらずの辛辣な語彙で相槌を打つ。
それから百円を三枚くらい入れてプレイを始めた彼女に対し、何の気なしにこれからの予定を問う。
『で、この後はどこに?』
「えー・・・カラオケは一昨日行ったし、じゃあボウリング行く?」
『またですか・・・』
予定を委ねたわりに、不満気な顔を───否、非常に嫌そうな顔をする彼。
これは何やら、飽きたとか文句があるとかではなく、根本的に当該のモノが嫌いな時の人間がする顔だ。
「あっ取れた」
なんて、顰めっ面で固まる彼の様子には目もくれず、彼女は持ち前の豪運によって目当てのフィギュアを三百円で手に入れるのだった。
『・・・癪だなあホント』
〇 〇 〇
ゲーセンを出て移動中、また二人は他愛もない話で場を繋ぐ。
話を切り出したのは、彼女だった。
「パパが買った車、まさかのアレでさあ・・・」
『・・・・・アレ?』
ふわっとした語彙に聞き返すと、彼女は指をクルクルと空中でなぞりながら答える。
「ほら、名前だけ冠してる隣国産のやつなの」
『あーはん。なんとなく察しました』
「今から不安なんだよね・・・・・」
オタク的な車の会話をしつつ、なんだか不安そうにしている彼女を見かねたのか、彼はひとつ、今しがた思考に浮かんできたネタを口にした。
『・・・ウチの会社、三年間、車作ってないんです!』
「なーに急に」
『OEMって知ってますかあ?』
「あっはw」
いつもはツンケンしている彼が唐突におかしくなった事態に、一時はニヤニヤと期待した彼女に、思った通りの笑いを提供する彼。
楽しそうにしている彼女は、彼の肩をバシバシと叩きながら笑う。
「ちょっとマ〇モ湯やめてよw」
『マジで最近これしか流れてこなくて』
「わかる〜」
等々におかしくなったかと思えば、いつのまにかスンといつもの調子に戻り、会話を続ける。
今日も今日とて、彼は絶好調だ。
〇 〇 〇
・・・なんてのは前言撤回。
いやはや、これはまったくの例外。
「ぶっw」
『・・・スー』
吹き出す彼女と、顰めっ面で息を漏らす彼。
そんな二人の上には、よくわからないキャラクターが古典的なトラップに引っかかり、「GUTTER」と表示される映像が映し出されたモニター。
「〜〜〜ッ・・・・・!」
ベンチの上で口を塞ぎ、笑いを必死にこらえる彼女。
そんなギリギリの彼女に対して、ゆっくりと振り返り、これまたゆっくりと歩み寄った彼は、腕を組んで彼女を見下ろすと、極まった顰めっ面で告げる。
『・・・跪け。ガーター王の御前であるぞ』
「ッ! だぁっはははwwww」
運動音痴が過ぎて余りにもおかしな現状に、凄まじく下品に大爆笑する彼女と、ひどく顰めっ面で頭をかく彼。
うんざりしているような態度の彼は、馬鹿笑いする彼女を横目に、振り返りざま呟く。
『・・・・・満足したら早よ投げてください』
「ひーw・・・ひーwww・・・・・」
だが、そんな彼の様子を気にする暇は彼女には無い。
ツボにハマったのか、腹を抱えて悶絶する始末。
そんな彼女に呆れつつも、彼はボウリングの球が帰ってくるところの空気が出ている穴みたいなモノの上で素早く手を擦りながら、もう一度彼女に話しかける。
『ホラ、俺はアライグマしてますんで早く』
「いっw・・・・ひひひひwww」
〇 〇 〇
さて、そんなこんなで三ゲームが終わり、結果発表。
見上げた位置にあるモニターに視線を向け、二人は真逆の反応を見せる。
『・・・・・ッスー』
「アッハハハ!!!」
なんかもう清々しくなっている彼を横目に、耐えきれなくなって馬鹿みたいに笑い続ける彼女。
あまりにも結果が面白すぎて、どうやら笑いが堪えられないらしい。
「ト・・・トリプルwww」
震える声で煽ろうとするも、彼の言葉によって崩される。
まったく、大変なことだ。
『トリプルスコアっすねえ』
「アハハハハハ!!!」
彼は彼で、だから嫌だったんだ・・・と、頭を抱える。
運動音痴がゆえにスコアが取れなさすぎて、毎度こうなるのだ。
『・・・三回目っすよコレ』
「いひひひひひwww」
因みに、スコアは百六十と四百八十。
見事なトリプルスコアである。
〇 〇 〇
遊び回り、時刻は夕方を超えている。
二人はともに門限がないものの、それはそれとして家でゲームをしたいという意見は一致しているため、そろそろ帰ろうということで最後に再びゲーセンにやってきた。
その提案をした彼女の目当てはプリクラ。
「はい! 笑って!」
『いー・・・・・』
トリプルスコアで負けたことによる罰ゲーム・・・というわけで、彼女は自分が格ゲーで負けたことは棚に上げつつ、彼に色々と押し付けた。
具体的には、笑えと言いつつ、口を横方向へと指で引き広げ、小学生なら「学級文庫」って言いそうなポーズで撮れなんて命令して。
「あはっw ぶっさwww」
『くたばれマジで』
「冗談だってw じゃ、ちょっち待って・・・」
そして、撮ってみれば素直に罵倒し、マイペースに落書きを始める彼女。
彼はもはや呆れを通り越して眠そうにしている。
大方、身体を動かしたせいで体力が尽きたのだろうが。
『・・・・・』
そうこうすること一分ほど。
落書きを終えた彼女は、パッと印刷して機体から出ると、嬉しそうに一枚のプリクラを彼に差し出した。
「ほら、かんせー!」
『・・・は?』
受け取り、視線を落とした彼の動きが一瞬だけ止まる。
それは何故かと言うと・・・
【⬇ガーター王♛︎】
こんなふうに、彼を思いっきりバカにする落書きが書いてあったからだ。
いやはや、全て任せたのが間違いだったと後悔しつつも、やり返さねば気が済まないと彼は怒りを露わにするが───
『おいコラ馬鹿先輩が』
「そいじゃーねー!」
プリクラに視線を取られているうちに逃げられ、彼は、既に店から出ていく間際の彼女の背中を一瞬だけ視界に捉えたのみ。
『あっコラ』
やっちまったと気付き、追いかけるがもう遅い。
運動音痴な彼の脚では、到底追いつける速さではなかった。
『・・・えぇ』
彼女は既に駅の方向へと消えてしまったため、いつも通りの人混みを只管に見つめながら、彼は呆れたように呟く。
『・・・・・逃げ足はっっっや』
すっかり日が沈み、人工的な明かりが辺りを照らすビル街での一幕。
尚、こうして「仕方ない」と気を取り直して帰路に着いた彼が、持ち前の不運によって電車の時間が噛み合わず、二十分ほど駅で待ち続けたのはまた別の話。
ダイジェスト風に書いてみたつもりです。
あと、コンディションに左右されるんじゃなくて、意図的に省エネで書いたのは今回が初めてだと思う。




